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愛は無限か有限か
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「ねえ、ヨアンナはお兄様のこと、どう思ってる?」
「え……?」
入浴後に寝室にやって来るや否や、テレサは唐突に私に問いかけたのだった。
いつもは宮殿に遊びに行く場合も日帰りなのだけれども今日は違った。泊まりでの滞在、所謂お泊まり会なのである。
「ど、どうしたのですか? いきなり……」
「ううん、ちょっと気になったから聞いてみただけ」
ベッドに上がりながら、テレサは言った。天蓋付きのベッドは、私と彼女が乗ってもまだまだ余白が余る程に大きなものだった。テレサが一緒に寝たいと言ったので私は隣で寝ることになったのである。
袖口や襟元にレースが施された純白のナイトドレスを着た彼女は、まるで天使だ。天使は私の心のうちを探るように、こちらをじっと見つめていた。
「正直に、どう思ってる?」
「その……とてもお優しくて、素敵な方だと思っております」
テレサがヘンリクを心から慕っているのは言動から滲み出ている。きっと、私が兄に恋心を抱いてないか心配なのだろう。それを察して、私は当たり障りのない回答をした。
実際、ヘンリクのことは素敵な人だと思っている。けれどもそれは、恋心ではなく、憧れに近いものであった。
私なんかではなく、彼はもっと素敵な女性と結ばれるべきだと、そして幸せになって欲しいと願っていたのだ。
「やっぱりそうよね。じゃあ、男性としてはどう思ってる?」
「え、え……?」
「私ね。貴女とお兄様、とってもお似合いだと思うの」
テレサの一言は、私を酷く困惑させた。
自分がヘンリクと幸せになりたいなどとは思わない。思える自信が無かったのだ。身の程知らずなことを考えても、所詮夢物語。傷つくのは避けたかったのである。
「貴女が義姉上になってくれたら、きっと毎日が楽しいに決まってるもの。それに、お父様もお母様も貴女のことは良い子だっていつも褒めてるくらいだし」
「で、でも、ヘンリク様がどう思ってらっしゃるかは分かりませんし」
「あら、お兄様だって、貴女のことをとっても可愛いって褒めてるわよ? だから言ったんじゃない」
ヘンリクの笑顔を思い浮かべ、私は顔を赤らめた。お世辞だとは分かっていても、そう言われている光景を思い浮かべるだけで恥ずかしくて仕方なかったのだ。
「ね、私含めてみんな貴女が大好きなの。あとは貴女の気持ちだけ。どう?」
そう言ったテレサの瞳は、爛々と輝いていた。無邪気な仔犬のように悪意の無い瞳。うっかり頷いてしまいそうになっていた。きっとこの場で頷いたら、明日の朝にでも彼女は両親や兄に言いに行くに違いない。
それはダメだ。しかしテレサのことを妹のように思い始めていた私としては、期待に満ちた彼女を裏切るなんて到底できない。
「ま、まだ自分の気持ちが分からなくて。ヘンリク様とは知り合って日も浅いので……」
頷くのをギリギリで堪えて、私はそう言った。
「それに、顔に痘痕のある女なんて、お優しいヘンリク様であっても嫌に決まってますわ」
入浴後ということもあり化粧はしておらず、スキンケア後に粉を叩いただけの顔は、何時もより肌の凹凸が目立って見えた。
黙っていると、テレサは何故か私に顔を近づけて来たのだった。
目と鼻の先には、美しいかんばせ。同性ではあるが、どきりとしてしまう。
「て、テレサ様……?」
「ごめん、貴女とお喋りするのが楽しくて全然気付かなかったわ」
「え?」
彼女の目に、醜い跡が見えていなかったというのか。信じられない一言に、私は唖然とした。
「多分だけど。気付いてないのは私だけじゃないと思うわ。だって私からすれば貴女は大切なお友達だし、そんな細かいこと見てないわよ、他の三人も」
ずっと私を縛っていた鎖を、テレサはいとも簡単に引きちぎってしまったのである。
「そんなことより。ねえ、ヨアンナはお兄様のこと、どう思う?」
一人の人間として扱ってもらえる。私は今きっと、人生で一番幸福な時を過ごしているのだろう。
けれども、私は首を横に振った。
「もう少しだけ、考えさせてください」
「……そっか。今はまだそうよね。急かすような言い方をしてごめんなさい」
テレサは少しだけしょんぼりしたものの、何とか引き下がってくれた。内心ホッと胸を撫で下ろすものの、良心が痛むのを感じた。
「もう夜も遅いし、寝ましょうか」
「はい、そうしましょう」
テレサは明かりを消し、寝室を静寂が包んだ。
真っ暗となった部屋で、胸の鼓動がうるさくて私はなかなか眠れないでいた。彼女の一言で、ヘンリクの姿が頭から離れなくなってしまったのである。
舞踏会で彼と踊った時のことを思い浮かべていたところで、隣からモゾモゾと身体を動かす音が聞こえてきた。
「ね、ヨアンナ。まだ起きてる?」
「……はい」
「少しだけ、昔話に付き合ってくれない?」
「はい、私で良ければ」
いつものような明るい声色でもなく、彼女には珍しく淡々とした口調であった。それに驚きながらも、私は頷いた。
「ありがとう。実は私ね、昔はすっごく醜くて汚らしい子供だったの」
「え……?」
それは、美しい外見の彼女からは想像出来ない告白だった。
「私生まれつき肌が弱くて、酷い皮膚炎だったのよ。いつも全身痒くて、顔も身体もぐちゃぐちゃに掻きむしってた。消毒しても薬を塗っても痒みや痛みは止まらなくて。我慢して薬を塗って、かきやぶれが治りかけてまた掻きむしっての繰り返しよ」
「……」
「時折入浴後に包帯を消毒液に浸して、身体にぐるぐる巻いてたりしてたわ。ミイラみたいにね」
彼女の声からは、依然として何の感情も読み取れない。困惑しながらも、私は話に集中した。
「病気だから仕方が無いの。それでもね、子供って残酷だから。身体を洗ってないんじゃないかとか不潔とか、大人が居ないところで同年代から酷いことを沢山言われたわ。だから、人に会うのが嫌で仕方無かった」
好奇の目を恐れる気持ちは、痛いほどに想像出来た。何故なら私は、今だってそうだからだ。けれども分かる分、彼女に対してどのように声をかければ良いか分からなかった。
「そんなんだから、ずっと部屋にこもりきりだった。気持ちも荒んでたから、下らないこと癇癪を起こしては周りに当たり散らしてた。メイド達にも両親にも、凄く手を焼かれてたわ」
振り向くと、テレサは私に背を向けて寝ていたので彼女の表情は分からなかった。しかし、その華奢な背中は僅かに震えている気がした。
「でもね、お兄様だけは違った。毎日部屋に遊びに来てくれたの」
「え?」
「可愛いテレサ、元気?って。散々私が当たっても、気にすることなく次の日にはまた部屋に来るの。怒られたことは一回も無いわ。一度、私がお兄様の顔を思い切り引っ掻いてその傷が額に残ってるんだけど、それでもお兄様は絶対怒らなかった」
きっとヘンリクは、何時もの調子で穏やかに彼女を窘めたのだろう。
「皮膚炎が治ってから、皆手の平を返してきたわ。今まで散々陰口言ってたくせに、美しいだの可憐だの天使だの。でも、顔がぐちゃぐちゃだった時から変わらないのよ。お兄様が『可愛いテレサ』って言ってくれるのは」
態度を変えずに接してくれる存在は、テレサにとって大きな支えになったのだろう。
そんな素敵な存在、私には居なかったけれども。
「でね、最初は家族だからそうしてくれたと思ってたの。でも成長してから気づいたわ。お兄様は、皆に平等に優しいのだと。その優しさの一欠片を私も分け与えられたんだって」
そこまで言って、テレサは仰向けに寝返りを打った。枕にはウェーブがかった美しい髪が投げ出され、星の光を受けて艶めいていた。
「少し前に、お兄様との婚約が破談になった女がいるんだけどね、彼女からしたら愛は有限であって''特別大切な人に''注ぐための限定的なものだった。それに対して、お兄様からしたら愛は無限のものであって、皆に平等に分け与えるべきものなの」
「お考えが、正反対だったのですね」
「そうよ。そして彼女は、女好きっていうお兄様の世間の評価をそのまま鵜呑みにした。確かにお兄様は色んなご令嬢と噂は絶えないけど、全部ご令嬢から声をかけたものなのにね。それと、自分以外の女に親切にするのが許せなかったみたい」
「……」
「男性の親切は恋愛感情に起因するとか言うけど、お兄様は違う。だって、妹の私にも、老婦人にも、身分の低い女にも優しいんですもの。それを女好きと言うと思う?」
つまりは恋愛感情の有無に関わらず、彼は女性に優しいということらしい。確かにそれは、女好きとは少し違うだろう。
「生まれた時から美しくて、蝶よ花よと育てられた彼女からすれば愛は限定的なものだから、''平等な愛''を支えとしていた私みたいな存在がいるだなんて考えつかないんでしょうね」
宙を見つめながら、テレサは少しだけ眉間に皺を寄せていた。
「妻としての特別な愛が欲しいのは仕方が無いと思う。でもね、女好きっていう有象無象の噂をまず信じて、どれだけお兄様本人の言葉を聞いたのかしら?って私は言いたいの。愛についてどう考えているか、絶対に一度くらいお兄様は話してるはずよ。それを聞いても、二人の考えに折り合いを付ける方向に行かなかったのかって疑問なの。自分の意見をぶつけるだけで話し合おうとしなかった彼女が、私は許せなかった」
察するに破談となったのも、一悶着あったからなのだろう。しかし、平素穏やかなヘンリクがご令嬢と喧嘩するなど全く想像出来なかった。
「ね、ヨアンナ。貴女は愛情は有限だと思う?」
この問いには誤魔化さずに答えなければならないと、私は直感した。
有限とは、言わばホールケーキのように、切り分けて食べてしまえば無くなってしまうものだ。それに対して無限とは、山麓の湧水のようなものを指すのだろう。
少し考えた後、私は口を開いた。
「私は、愛は有限ではないと思います」
「それは何故かしら?」
「結婚したり子供を産んだりして、生きていく上で大切な人は増えていくばかりです。けれどもそれが故に、元いる大切な人たちを無下に扱うようにはなりません。つまりは大切な人が増える度に、愛情の総和は確実に増えるものと言えます。それに限度は無いと思うのです」
自分なりに論理立てて、私は懸命に説明した。
「ふふ、貴女ならそう言ってくれると思った」
するとテレサは、嬉しそうに笑ったのだった。
「貴女の意見が聞けて良かったわ。じゃあ、今度こそおやすみなさい」
彼女の言葉を最後に、私達は眠りについたのだった。
「え……?」
入浴後に寝室にやって来るや否や、テレサは唐突に私に問いかけたのだった。
いつもは宮殿に遊びに行く場合も日帰りなのだけれども今日は違った。泊まりでの滞在、所謂お泊まり会なのである。
「ど、どうしたのですか? いきなり……」
「ううん、ちょっと気になったから聞いてみただけ」
ベッドに上がりながら、テレサは言った。天蓋付きのベッドは、私と彼女が乗ってもまだまだ余白が余る程に大きなものだった。テレサが一緒に寝たいと言ったので私は隣で寝ることになったのである。
袖口や襟元にレースが施された純白のナイトドレスを着た彼女は、まるで天使だ。天使は私の心のうちを探るように、こちらをじっと見つめていた。
「正直に、どう思ってる?」
「その……とてもお優しくて、素敵な方だと思っております」
テレサがヘンリクを心から慕っているのは言動から滲み出ている。きっと、私が兄に恋心を抱いてないか心配なのだろう。それを察して、私は当たり障りのない回答をした。
実際、ヘンリクのことは素敵な人だと思っている。けれどもそれは、恋心ではなく、憧れに近いものであった。
私なんかではなく、彼はもっと素敵な女性と結ばれるべきだと、そして幸せになって欲しいと願っていたのだ。
「やっぱりそうよね。じゃあ、男性としてはどう思ってる?」
「え、え……?」
「私ね。貴女とお兄様、とってもお似合いだと思うの」
テレサの一言は、私を酷く困惑させた。
自分がヘンリクと幸せになりたいなどとは思わない。思える自信が無かったのだ。身の程知らずなことを考えても、所詮夢物語。傷つくのは避けたかったのである。
「貴女が義姉上になってくれたら、きっと毎日が楽しいに決まってるもの。それに、お父様もお母様も貴女のことは良い子だっていつも褒めてるくらいだし」
「で、でも、ヘンリク様がどう思ってらっしゃるかは分かりませんし」
「あら、お兄様だって、貴女のことをとっても可愛いって褒めてるわよ? だから言ったんじゃない」
ヘンリクの笑顔を思い浮かべ、私は顔を赤らめた。お世辞だとは分かっていても、そう言われている光景を思い浮かべるだけで恥ずかしくて仕方なかったのだ。
「ね、私含めてみんな貴女が大好きなの。あとは貴女の気持ちだけ。どう?」
そう言ったテレサの瞳は、爛々と輝いていた。無邪気な仔犬のように悪意の無い瞳。うっかり頷いてしまいそうになっていた。きっとこの場で頷いたら、明日の朝にでも彼女は両親や兄に言いに行くに違いない。
それはダメだ。しかしテレサのことを妹のように思い始めていた私としては、期待に満ちた彼女を裏切るなんて到底できない。
「ま、まだ自分の気持ちが分からなくて。ヘンリク様とは知り合って日も浅いので……」
頷くのをギリギリで堪えて、私はそう言った。
「それに、顔に痘痕のある女なんて、お優しいヘンリク様であっても嫌に決まってますわ」
入浴後ということもあり化粧はしておらず、スキンケア後に粉を叩いただけの顔は、何時もより肌の凹凸が目立って見えた。
黙っていると、テレサは何故か私に顔を近づけて来たのだった。
目と鼻の先には、美しいかんばせ。同性ではあるが、どきりとしてしまう。
「て、テレサ様……?」
「ごめん、貴女とお喋りするのが楽しくて全然気付かなかったわ」
「え?」
彼女の目に、醜い跡が見えていなかったというのか。信じられない一言に、私は唖然とした。
「多分だけど。気付いてないのは私だけじゃないと思うわ。だって私からすれば貴女は大切なお友達だし、そんな細かいこと見てないわよ、他の三人も」
ずっと私を縛っていた鎖を、テレサはいとも簡単に引きちぎってしまったのである。
「そんなことより。ねえ、ヨアンナはお兄様のこと、どう思う?」
一人の人間として扱ってもらえる。私は今きっと、人生で一番幸福な時を過ごしているのだろう。
けれども、私は首を横に振った。
「もう少しだけ、考えさせてください」
「……そっか。今はまだそうよね。急かすような言い方をしてごめんなさい」
テレサは少しだけしょんぼりしたものの、何とか引き下がってくれた。内心ホッと胸を撫で下ろすものの、良心が痛むのを感じた。
「もう夜も遅いし、寝ましょうか」
「はい、そうしましょう」
テレサは明かりを消し、寝室を静寂が包んだ。
真っ暗となった部屋で、胸の鼓動がうるさくて私はなかなか眠れないでいた。彼女の一言で、ヘンリクの姿が頭から離れなくなってしまったのである。
舞踏会で彼と踊った時のことを思い浮かべていたところで、隣からモゾモゾと身体を動かす音が聞こえてきた。
「ね、ヨアンナ。まだ起きてる?」
「……はい」
「少しだけ、昔話に付き合ってくれない?」
「はい、私で良ければ」
いつものような明るい声色でもなく、彼女には珍しく淡々とした口調であった。それに驚きながらも、私は頷いた。
「ありがとう。実は私ね、昔はすっごく醜くて汚らしい子供だったの」
「え……?」
それは、美しい外見の彼女からは想像出来ない告白だった。
「私生まれつき肌が弱くて、酷い皮膚炎だったのよ。いつも全身痒くて、顔も身体もぐちゃぐちゃに掻きむしってた。消毒しても薬を塗っても痒みや痛みは止まらなくて。我慢して薬を塗って、かきやぶれが治りかけてまた掻きむしっての繰り返しよ」
「……」
「時折入浴後に包帯を消毒液に浸して、身体にぐるぐる巻いてたりしてたわ。ミイラみたいにね」
彼女の声からは、依然として何の感情も読み取れない。困惑しながらも、私は話に集中した。
「病気だから仕方が無いの。それでもね、子供って残酷だから。身体を洗ってないんじゃないかとか不潔とか、大人が居ないところで同年代から酷いことを沢山言われたわ。だから、人に会うのが嫌で仕方無かった」
好奇の目を恐れる気持ちは、痛いほどに想像出来た。何故なら私は、今だってそうだからだ。けれども分かる分、彼女に対してどのように声をかければ良いか分からなかった。
「そんなんだから、ずっと部屋にこもりきりだった。気持ちも荒んでたから、下らないこと癇癪を起こしては周りに当たり散らしてた。メイド達にも両親にも、凄く手を焼かれてたわ」
振り向くと、テレサは私に背を向けて寝ていたので彼女の表情は分からなかった。しかし、その華奢な背中は僅かに震えている気がした。
「でもね、お兄様だけは違った。毎日部屋に遊びに来てくれたの」
「え?」
「可愛いテレサ、元気?って。散々私が当たっても、気にすることなく次の日にはまた部屋に来るの。怒られたことは一回も無いわ。一度、私がお兄様の顔を思い切り引っ掻いてその傷が額に残ってるんだけど、それでもお兄様は絶対怒らなかった」
きっとヘンリクは、何時もの調子で穏やかに彼女を窘めたのだろう。
「皮膚炎が治ってから、皆手の平を返してきたわ。今まで散々陰口言ってたくせに、美しいだの可憐だの天使だの。でも、顔がぐちゃぐちゃだった時から変わらないのよ。お兄様が『可愛いテレサ』って言ってくれるのは」
態度を変えずに接してくれる存在は、テレサにとって大きな支えになったのだろう。
そんな素敵な存在、私には居なかったけれども。
「でね、最初は家族だからそうしてくれたと思ってたの。でも成長してから気づいたわ。お兄様は、皆に平等に優しいのだと。その優しさの一欠片を私も分け与えられたんだって」
そこまで言って、テレサは仰向けに寝返りを打った。枕にはウェーブがかった美しい髪が投げ出され、星の光を受けて艶めいていた。
「少し前に、お兄様との婚約が破談になった女がいるんだけどね、彼女からしたら愛は有限であって''特別大切な人に''注ぐための限定的なものだった。それに対して、お兄様からしたら愛は無限のものであって、皆に平等に分け与えるべきものなの」
「お考えが、正反対だったのですね」
「そうよ。そして彼女は、女好きっていうお兄様の世間の評価をそのまま鵜呑みにした。確かにお兄様は色んなご令嬢と噂は絶えないけど、全部ご令嬢から声をかけたものなのにね。それと、自分以外の女に親切にするのが許せなかったみたい」
「……」
「男性の親切は恋愛感情に起因するとか言うけど、お兄様は違う。だって、妹の私にも、老婦人にも、身分の低い女にも優しいんですもの。それを女好きと言うと思う?」
つまりは恋愛感情の有無に関わらず、彼は女性に優しいということらしい。確かにそれは、女好きとは少し違うだろう。
「生まれた時から美しくて、蝶よ花よと育てられた彼女からすれば愛は限定的なものだから、''平等な愛''を支えとしていた私みたいな存在がいるだなんて考えつかないんでしょうね」
宙を見つめながら、テレサは少しだけ眉間に皺を寄せていた。
「妻としての特別な愛が欲しいのは仕方が無いと思う。でもね、女好きっていう有象無象の噂をまず信じて、どれだけお兄様本人の言葉を聞いたのかしら?って私は言いたいの。愛についてどう考えているか、絶対に一度くらいお兄様は話してるはずよ。それを聞いても、二人の考えに折り合いを付ける方向に行かなかったのかって疑問なの。自分の意見をぶつけるだけで話し合おうとしなかった彼女が、私は許せなかった」
察するに破談となったのも、一悶着あったからなのだろう。しかし、平素穏やかなヘンリクがご令嬢と喧嘩するなど全く想像出来なかった。
「ね、ヨアンナ。貴女は愛情は有限だと思う?」
この問いには誤魔化さずに答えなければならないと、私は直感した。
有限とは、言わばホールケーキのように、切り分けて食べてしまえば無くなってしまうものだ。それに対して無限とは、山麓の湧水のようなものを指すのだろう。
少し考えた後、私は口を開いた。
「私は、愛は有限ではないと思います」
「それは何故かしら?」
「結婚したり子供を産んだりして、生きていく上で大切な人は増えていくばかりです。けれどもそれが故に、元いる大切な人たちを無下に扱うようにはなりません。つまりは大切な人が増える度に、愛情の総和は確実に増えるものと言えます。それに限度は無いと思うのです」
自分なりに論理立てて、私は懸命に説明した。
「ふふ、貴女ならそう言ってくれると思った」
するとテレサは、嬉しそうに笑ったのだった。
「貴女の意見が聞けて良かったわ。じゃあ、今度こそおやすみなさい」
彼女の言葉を最後に、私達は眠りについたのだった。
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