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王子ヘンリクとの出会い
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ラフタシュ王室から私宛に手紙が届いたのは、舞踏会の翌日の午後のことであった。
手紙の内容は、王女テレサが私を王室の宮殿に招待したがっているという内容だった。そして良ければ、王室の馬車で迎えに来るというのだという。
「一体どういうことだ? ヨアンナ、確かに舞踏会に参加しろとは言ったが、だからといって王女と知り合って来いとは言ってないぞ!?」
「さ、さあ……私も何が何だか」
あまりにも現実離れした事態に、父上はこの上無く慌てていた。初めは何者かのイタズラだと思ったようだが、封筒に押されたシーリングスタンプの紋章は見まごうことなく王室のものであり、本物だと確信したらしい。
「取り敢えず、早急に返信を……」
そう言って羽根ペンを握った父上の手は、酷く震えていた。
父上が便箋に一行文を書いたところで、書斎にメイドが焦った様子で入ってきた。
「た、大変です!!」
「何だ!? 私は今忙しい、後にしてくれ!!」
「大変です、門の前に王室からお迎えの馬車が来てまして!!」
「え、えええっ!!」
慌てて部屋の窓から外を覗くと、白い豪奢な装飾が施された馬車が、我が家の門の前に停まっていた。
そしてその側面には、王室の金色の紋章が輝いているのが遠目でも分かった。
唖然とする私の後ろから、メイドが声をかけてきた。
「その……ヨアンナ様を呼んで欲しいと言われまして」
「そんな急に……」
「何言ってるんだ!! 早く行ってこい!!」
父上に急き立てられ、私は大急ぎで馬車へと向かった。
早足で歩く間も、まだ今の状況に頭がついてきていなかった。馬車の前に辿り着いた頃には、何かの間違いだ、詐欺にでも引っかかったのだろうと思い始めていた。
けれどもそれは、夢でも詐欺でも無かった。
「待ってたわよ、ヨアンナ」
馬車には、あの夜会で会った彼女ーテレサが居たのだった。困惑する私をよそに、彼女は無邪気な笑みを湛えていた。
「え、あ、テレサ王女……?」
「突然押しかけてごめんなさいね、取り敢えず、後は馬車の中で話しましょう?」
「は、はい」
テレサに言われるがまま、私は馬車に乗り込んだ。そして私が座った後、馬車はゆっくりと動き出したのである。
「父上には、まず手紙を出して日取りを決めてからにしなさいって言われたんだけど、どうしても待ちきれなくって。手紙が届くタイミングで迎えに来ちゃったわ」
どうやらテレサは、思い立ったらすぐ行動する性格のようだった。
彼女の雰囲気に押されつつも、私は精一杯笑顔を取り繕った。王女の気分を害してしまった場合、何が起きるか分からない。私は人生で感じたことの無い緊張感を密かに感じていた。
「でもね、ヨアンナ。うちの宮殿には綺麗なものが沢山あるから、きっと楽しいと思うの」
「は、はは……」
綱渡りのような命懸けのお喋りは、宮殿に着くまで続いたのだった。
+
宮殿に着くと、テレサは彼女の部屋に案内してくれた。
高い天井には空を飛びまわる天使の絵が描かれていたり、窓の縁が金縁で飾られていたりと、宮殿の内部は童話の世界そのものであった。はしたないとは思いつつも、彼女の部屋に行く途中、私はつい周囲をキョロキョロと見回してしまったのである。
「着いたわ。ここよ」
金色のドアノブを捻った先に現れたのは、可愛らしいテレサの部屋だった。家具は全て白で統一されており、可憐な外見の彼女の部屋には正にぴったりであった。
椅子に座ると、テレサはテーブルにジュエリーを並べ始めたのだった。
「わあ……」
図鑑や絵でしか見たことの無かった煌めきが、目と鼻の先にある。私はつい、歓声を上げた。
「凄い綺麗!! ルビーにサファイアにエメラルドに……私、初めて見ました」
「ふふっ、じゃあ当てっこしましょう。これは何か分かる?」
「これは……トパーズですね!!」
「凄い、詳しいじゃない!! じゃあこれは?」
こんな調子で、知らぬ間に私はテレサとの会話に夢中になっていた。先程まで感じていた恐怖心は、いとも簡単に消え去っていたのである。
「ね、衣装部屋も見てみる? 貴女、可愛いドレスとかも好きでしょう?」
「ぜ、是非見たいです!!」
楽しい時間は瞬く間に過ぎていった。そして気付いた頃には、夕方となっていたのである。
その頃にはすっかりテレサと打ち解けていたので、帰るのが名残惜しいとさえ感じていた。人生で一番充実した日と言っても過言では無い程に、彼女との宮殿散策は楽しくて堪らなかったのだ。
「テレサ様、今日はありがとうございました。そろそろ……」
「ね、折角だから夕食食べてかない? 父上や母上、お兄様にも貴女を紹介したいの!!」
テレサの一言を聞いて、さっと血の気が引いた。
彼女の父上と母上、それに兄上というとつまり……、この国の国王と王妃、王子だ。
一貴族の小娘がロイヤルファミリーに囲まれて食事をするなど、とんでもない話だ。
「そんな、も、申し訳無いです……!!」
「大丈夫よ、皆きっと貴女を気に入るに決まってるわ。ね、良いでしょ?」
最終的に彼女に根負けする形で、私は夕食に参加することになったのだった。
食堂に行くと、国王陛下と王妃殿下は既に座って待っていた。
「遅かったな、テレサ」
「お父様、今日はお友達も夕食に参加して良いかしら?」
当然、私は彼等と初対面だ。二人を前にして、私は恐る恐る挨拶をした。見知らぬ小娘の登場に余程驚いたのか、国王様も王妃様も目を丸くしていた。
そのままつまみ出されるかと思いきや、意外にもそうはならなかった。
「テレサ、食事に誘うなら前もって早く言いなさい。もてなす準備というものがあるだろう? それとヨアンナ嬢、娘の我儘に付き合わせて申し訳無い。まあ座ってくれ」
「と、とんでもございません」
「本当にこの子ったら、昔から頑固で言っても聞かなくて……ごめんなさいね」
「いいいいえ、そんな滅相もございません」
自国の国王と王妃を前にして、私は首を横に振るのが精一杯だった。食卓の椅子に座った後も、背筋が真っ直ぐのまま身動きが出来ないでいた。
「ヨアンナはね、昨日の舞踏会で偶然会ったの!! それで……」
テレサがこれまでの経緯を話し始めたところで、食堂の扉が開く音が聞こえた。
「遅くなりました。……おや」
遅れてやってきたのは、テレサと同じく美しい金髪をした美青年。
「今日は一人、可愛らしいお客様がいるね」
そう言って、ヘンリク王子は私に微笑んだのである。
手紙の内容は、王女テレサが私を王室の宮殿に招待したがっているという内容だった。そして良ければ、王室の馬車で迎えに来るというのだという。
「一体どういうことだ? ヨアンナ、確かに舞踏会に参加しろとは言ったが、だからといって王女と知り合って来いとは言ってないぞ!?」
「さ、さあ……私も何が何だか」
あまりにも現実離れした事態に、父上はこの上無く慌てていた。初めは何者かのイタズラだと思ったようだが、封筒に押されたシーリングスタンプの紋章は見まごうことなく王室のものであり、本物だと確信したらしい。
「取り敢えず、早急に返信を……」
そう言って羽根ペンを握った父上の手は、酷く震えていた。
父上が便箋に一行文を書いたところで、書斎にメイドが焦った様子で入ってきた。
「た、大変です!!」
「何だ!? 私は今忙しい、後にしてくれ!!」
「大変です、門の前に王室からお迎えの馬車が来てまして!!」
「え、えええっ!!」
慌てて部屋の窓から外を覗くと、白い豪奢な装飾が施された馬車が、我が家の門の前に停まっていた。
そしてその側面には、王室の金色の紋章が輝いているのが遠目でも分かった。
唖然とする私の後ろから、メイドが声をかけてきた。
「その……ヨアンナ様を呼んで欲しいと言われまして」
「そんな急に……」
「何言ってるんだ!! 早く行ってこい!!」
父上に急き立てられ、私は大急ぎで馬車へと向かった。
早足で歩く間も、まだ今の状況に頭がついてきていなかった。馬車の前に辿り着いた頃には、何かの間違いだ、詐欺にでも引っかかったのだろうと思い始めていた。
けれどもそれは、夢でも詐欺でも無かった。
「待ってたわよ、ヨアンナ」
馬車には、あの夜会で会った彼女ーテレサが居たのだった。困惑する私をよそに、彼女は無邪気な笑みを湛えていた。
「え、あ、テレサ王女……?」
「突然押しかけてごめんなさいね、取り敢えず、後は馬車の中で話しましょう?」
「は、はい」
テレサに言われるがまま、私は馬車に乗り込んだ。そして私が座った後、馬車はゆっくりと動き出したのである。
「父上には、まず手紙を出して日取りを決めてからにしなさいって言われたんだけど、どうしても待ちきれなくって。手紙が届くタイミングで迎えに来ちゃったわ」
どうやらテレサは、思い立ったらすぐ行動する性格のようだった。
彼女の雰囲気に押されつつも、私は精一杯笑顔を取り繕った。王女の気分を害してしまった場合、何が起きるか分からない。私は人生で感じたことの無い緊張感を密かに感じていた。
「でもね、ヨアンナ。うちの宮殿には綺麗なものが沢山あるから、きっと楽しいと思うの」
「は、はは……」
綱渡りのような命懸けのお喋りは、宮殿に着くまで続いたのだった。
+
宮殿に着くと、テレサは彼女の部屋に案内してくれた。
高い天井には空を飛びまわる天使の絵が描かれていたり、窓の縁が金縁で飾られていたりと、宮殿の内部は童話の世界そのものであった。はしたないとは思いつつも、彼女の部屋に行く途中、私はつい周囲をキョロキョロと見回してしまったのである。
「着いたわ。ここよ」
金色のドアノブを捻った先に現れたのは、可愛らしいテレサの部屋だった。家具は全て白で統一されており、可憐な外見の彼女の部屋には正にぴったりであった。
椅子に座ると、テレサはテーブルにジュエリーを並べ始めたのだった。
「わあ……」
図鑑や絵でしか見たことの無かった煌めきが、目と鼻の先にある。私はつい、歓声を上げた。
「凄い綺麗!! ルビーにサファイアにエメラルドに……私、初めて見ました」
「ふふっ、じゃあ当てっこしましょう。これは何か分かる?」
「これは……トパーズですね!!」
「凄い、詳しいじゃない!! じゃあこれは?」
こんな調子で、知らぬ間に私はテレサとの会話に夢中になっていた。先程まで感じていた恐怖心は、いとも簡単に消え去っていたのである。
「ね、衣装部屋も見てみる? 貴女、可愛いドレスとかも好きでしょう?」
「ぜ、是非見たいです!!」
楽しい時間は瞬く間に過ぎていった。そして気付いた頃には、夕方となっていたのである。
その頃にはすっかりテレサと打ち解けていたので、帰るのが名残惜しいとさえ感じていた。人生で一番充実した日と言っても過言では無い程に、彼女との宮殿散策は楽しくて堪らなかったのだ。
「テレサ様、今日はありがとうございました。そろそろ……」
「ね、折角だから夕食食べてかない? 父上や母上、お兄様にも貴女を紹介したいの!!」
テレサの一言を聞いて、さっと血の気が引いた。
彼女の父上と母上、それに兄上というとつまり……、この国の国王と王妃、王子だ。
一貴族の小娘がロイヤルファミリーに囲まれて食事をするなど、とんでもない話だ。
「そんな、も、申し訳無いです……!!」
「大丈夫よ、皆きっと貴女を気に入るに決まってるわ。ね、良いでしょ?」
最終的に彼女に根負けする形で、私は夕食に参加することになったのだった。
食堂に行くと、国王陛下と王妃殿下は既に座って待っていた。
「遅かったな、テレサ」
「お父様、今日はお友達も夕食に参加して良いかしら?」
当然、私は彼等と初対面だ。二人を前にして、私は恐る恐る挨拶をした。見知らぬ小娘の登場に余程驚いたのか、国王様も王妃様も目を丸くしていた。
そのままつまみ出されるかと思いきや、意外にもそうはならなかった。
「テレサ、食事に誘うなら前もって早く言いなさい。もてなす準備というものがあるだろう? それとヨアンナ嬢、娘の我儘に付き合わせて申し訳無い。まあ座ってくれ」
「と、とんでもございません」
「本当にこの子ったら、昔から頑固で言っても聞かなくて……ごめんなさいね」
「いいいいえ、そんな滅相もございません」
自国の国王と王妃を前にして、私は首を横に振るのが精一杯だった。食卓の椅子に座った後も、背筋が真っ直ぐのまま身動きが出来ないでいた。
「ヨアンナはね、昨日の舞踏会で偶然会ったの!! それで……」
テレサがこれまでの経緯を話し始めたところで、食堂の扉が開く音が聞こえた。
「遅くなりました。……おや」
遅れてやってきたのは、テレサと同じく美しい金髪をした美青年。
「今日は一人、可愛らしいお客様がいるね」
そう言って、ヘンリク王子は私に微笑んだのである。
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