6 / 8
彼だけの‘‘聖女’’
しおりを挟む
まさか、二人で国を出ようと言う前に一服盛られるとはな。
身体を拭いてから服を着せ、俺は眠った愛しい女を横抱きにした。そして、彼女の寝室へと歩き出したのだった。
メルローズの身体は、信じられない程に華奢で軽い。そして、そこまで彼女を追い詰めた存在が、俺は何よりも憎い。
子供の頃、俺は不慮の事故により全身に酷い火傷を負った。そんな自分を助けたのが、メルローズであった。
彼女は癒しの力を使えるがため、神童と呼ばれていた。まだ幼いというのに、メルローズは怪我人や病人を癒すために日夜奔走していたのである。
「もう大丈夫、安心して」
痛みで意識が混濁する最中、柔らかい指に手を握られた感触は今でもよく覚えている。
死の淵をさまよっていたが、メルローズの尽力により自分は回復するに至った。
「助かって、本当に良かった!!」
そう言って喜びの涙を浮かべる彼女を、幸せにしたいと思った。そして両親に必死に頼み込み、婚約にまで漕ぎ着けたのである。彼女は親同士が決めた結婚だと思っているが、そうではないのが本当のところだ。
月日は流れ結婚を間近に控えていたある日、一つの転機が訪れる。長年敵対していた隣国が、自国に戦争を仕掛けてきたのだ。
俺は騎士として戦いに参加し、メルローズも貴族ではあるが自ら志願して野戦病院で働き始めた。当然、結婚は延期となった。
隣国が撤退したことにより終戦したものの、多数の犠牲者や怪我人を出す結果となった。しかし、メルローズは休むことなく皆のために力を使い続けた。
「戦争は終わったけれども、怪我に苦しむ人は沢山います。だから、まだまだ頑張りませんと」
「分かった。だが、絶対に無理はするな。それだけは約束してくれ」
「ふふっ、ありがとうございます」
厳しい状況だというのに、メルローズは笑っていた。そんな彼女の強さに、自分は一層惹かれていったのだった。
そんな中突然異世界から現れた存在。それが、リノンである。
リノンは無尽蔵の魔力を持ち、どんなに酷い怪我人や病人でも治すことができた。やがて彼女を、国の民は聖女として崇めるようになっていった。
そして、次第に人々はメルローズを追い込んでいくこととなる。
「聖女様がもっと早くいらっしゃれば、犠牲者も減っただろうに……」
「しっ、メルローズ嬢に聞こえるぞ!!」
メルローズも力を持っているとはいえ、それは有限のものであった。戦時中、彼女は力を使い過ぎて何度も倒れたという。そして、力を使ったとしても助からない者もいた。メルローズとリノンの間には、残酷なまでの力の差が存在したのである。
「私があの子みたいに強い力を持っていたならば、死なずに済んだ方々も沢山いたのでしょうね」
陰口を叩く輩に怒るでもなく、メルローズは自身を責めた。
彼女に助けられたことがある者は、リノンがやって来てからもメルローズへの感謝を忘れなかった。しかし、助けられたことのない者はリノンだけを褒めたたえ、メルローズの悪口を言うようになっていったのだ。
精神的に追い詰められ、メルローズは食事も喉を通らなくなってしまった。その後「結婚しても妻としての務めが果たせない」という理由で、二度目の結婚の延期を申し入れてきたのだった。
そして休養していた最中に、リノンと夜会で出くわしてしまった訳である。
リノンのメルローズに対する失礼極まりない態度は、腹立たしいことこの上無かった。当然ながら俺は素っ気無い態度を取ったものの、メルローズはあまり気付いていないようだった。
調子に乗るな。小娘が。
舌打ちしてそんなことを言いそうになるのを耐えていたのは、言うまでもない。
身体を拭いてから服を着せ、俺は眠った愛しい女を横抱きにした。そして、彼女の寝室へと歩き出したのだった。
メルローズの身体は、信じられない程に華奢で軽い。そして、そこまで彼女を追い詰めた存在が、俺は何よりも憎い。
子供の頃、俺は不慮の事故により全身に酷い火傷を負った。そんな自分を助けたのが、メルローズであった。
彼女は癒しの力を使えるがため、神童と呼ばれていた。まだ幼いというのに、メルローズは怪我人や病人を癒すために日夜奔走していたのである。
「もう大丈夫、安心して」
痛みで意識が混濁する最中、柔らかい指に手を握られた感触は今でもよく覚えている。
死の淵をさまよっていたが、メルローズの尽力により自分は回復するに至った。
「助かって、本当に良かった!!」
そう言って喜びの涙を浮かべる彼女を、幸せにしたいと思った。そして両親に必死に頼み込み、婚約にまで漕ぎ着けたのである。彼女は親同士が決めた結婚だと思っているが、そうではないのが本当のところだ。
月日は流れ結婚を間近に控えていたある日、一つの転機が訪れる。長年敵対していた隣国が、自国に戦争を仕掛けてきたのだ。
俺は騎士として戦いに参加し、メルローズも貴族ではあるが自ら志願して野戦病院で働き始めた。当然、結婚は延期となった。
隣国が撤退したことにより終戦したものの、多数の犠牲者や怪我人を出す結果となった。しかし、メルローズは休むことなく皆のために力を使い続けた。
「戦争は終わったけれども、怪我に苦しむ人は沢山います。だから、まだまだ頑張りませんと」
「分かった。だが、絶対に無理はするな。それだけは約束してくれ」
「ふふっ、ありがとうございます」
厳しい状況だというのに、メルローズは笑っていた。そんな彼女の強さに、自分は一層惹かれていったのだった。
そんな中突然異世界から現れた存在。それが、リノンである。
リノンは無尽蔵の魔力を持ち、どんなに酷い怪我人や病人でも治すことができた。やがて彼女を、国の民は聖女として崇めるようになっていった。
そして、次第に人々はメルローズを追い込んでいくこととなる。
「聖女様がもっと早くいらっしゃれば、犠牲者も減っただろうに……」
「しっ、メルローズ嬢に聞こえるぞ!!」
メルローズも力を持っているとはいえ、それは有限のものであった。戦時中、彼女は力を使い過ぎて何度も倒れたという。そして、力を使ったとしても助からない者もいた。メルローズとリノンの間には、残酷なまでの力の差が存在したのである。
「私があの子みたいに強い力を持っていたならば、死なずに済んだ方々も沢山いたのでしょうね」
陰口を叩く輩に怒るでもなく、メルローズは自身を責めた。
彼女に助けられたことがある者は、リノンがやって来てからもメルローズへの感謝を忘れなかった。しかし、助けられたことのない者はリノンだけを褒めたたえ、メルローズの悪口を言うようになっていったのだ。
精神的に追い詰められ、メルローズは食事も喉を通らなくなってしまった。その後「結婚しても妻としての務めが果たせない」という理由で、二度目の結婚の延期を申し入れてきたのだった。
そして休養していた最中に、リノンと夜会で出くわしてしまった訳である。
リノンのメルローズに対する失礼極まりない態度は、腹立たしいことこの上無かった。当然ながら俺は素っ気無い態度を取ったものの、メルローズはあまり気付いていないようだった。
調子に乗るな。小娘が。
舌打ちしてそんなことを言いそうになるのを耐えていたのは、言うまでもない。
33
お気に入りに追加
263
あなたにおすすめの小説
片想いの相手と二人、深夜、狭い部屋。何も起きないはずはなく
おりの まるる
恋愛
ユディットは片想いしている室長が、再婚すると言う噂を聞いて、情緒不安定な日々を過ごしていた。
そんなある日、怖い噂話が尽きない古い教会を改装して使っている書庫で、仕事を終えるとすっかり夜になっていた。
夕方からの大雨で研究棟へ帰れなくなり、途方に暮れていた。
そんな彼女を室長が迎えに来てくれたのだが、トラブルに見舞われ、二人っきりで夜を過ごすことになる。
全4話です。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

冷徹公に嫁いだ可哀想なお姫様
さくたろう
恋愛
役立たずだと家族から虐げられている半身不随の姫アンジェリカ。味方になってくれるのは従兄弟のノースだけだった。
ある日、姉のジュリエッタの代わりに大陸の覇者、冷徹公の異名を持つ王マイロ・カースに嫁ぐことになる。
恐ろしくて震えるアンジェリカだが、マイロは想像よりもはるかに優しい人だった。アンジェリカはマイロに心を開いていき、マイロもまた、心が美しいアンジェリカに癒されていく。
※小説家になろう様にも掲載しています
いつか設定を少し変えて、長編にしたいなぁと思っているお話ですが、ひとまず短編のまま投稿しました。

【完結】私は義兄に嫌われている
春野オカリナ
恋愛
私が5才の時に彼はやって来た。
十歳の義兄、アーネストはクラウディア公爵家の跡継ぎになるべく引き取られた子供。
黒曜石の髪にルビーの瞳の強力な魔力持ちの麗しい男の子。
でも、両親の前では猫を被っていて私の事は「出来損ないの公爵令嬢」と馬鹿にする。
意地悪ばかりする義兄に私は嫌われている。

記憶がないなら私は……
しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。 *全4話
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる