ヤンデレルートが始められないのは何故かしら?~聖女に婚約者を奪われそうなので、先に監禁させていただきました~

二階堂まや

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彼だけの‘‘聖女’’

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 まさか、二人で国を出ようと言う前に一服盛られるとはな。

 身体を拭いてから服を着せ、俺は眠った愛しい女を横抱きにした。そして、彼女の寝室へと歩き出したのだった。

 メルローズの身体は、信じられない程に華奢で軽い。そして、そこまで彼女を追い詰めた存在が、俺は何よりも憎い。

 子供の頃、俺は不慮の事故により全身に酷い火傷を負った。そんな自分を助けたのが、メルローズであった。

 彼女は癒しの力を使えるがため、神童と呼ばれていた。まだ幼いというのに、メルローズは怪我人や病人を癒すために日夜奔走していたのである。

「もう大丈夫、安心して」

 痛みで意識が混濁する最中、柔らかい指に手を握られた感触は今でもよく覚えている。

 死の淵をさまよっていたが、メルローズの尽力により自分は回復するに至った。

「助かって、本当に良かった!!」

 そう言って喜びの涙を浮かべる彼女を、幸せにしたいと思った。そして両親に必死に頼み込み、婚約にまで漕ぎ着けたのである。彼女は親同士が決めた結婚だと思っているが、そうではないのが本当のところだ。

 月日は流れ結婚を間近に控えていたある日、一つの転機が訪れる。長年敵対していた隣国が、自国に戦争を仕掛けてきたのだ。

 俺は騎士として戦いに参加し、メルローズも貴族ではあるが自ら志願して野戦病院で働き始めた。当然、結婚は延期となった。

 隣国が撤退したことにより終戦したものの、多数の犠牲者や怪我人を出す結果となった。しかし、メルローズは休むことなく皆のために力を使い続けた。

「戦争は終わったけれども、怪我に苦しむ人は沢山います。だから、まだまだ頑張りませんと」

「分かった。だが、絶対に無理はするな。それだけは約束してくれ」

「ふふっ、ありがとうございます」

 厳しい状況だというのに、メルローズは笑っていた。そんな彼女の強さに、自分は一層惹かれていったのだった。

 そんな中突然異世界から現れた存在。それが、リノンである。

 リノンは無尽蔵の魔力を持ち、どんなに酷い怪我人や病人でも治すことができた。やがて彼女を、国の民は聖女として崇めるようになっていった。

 そして、次第に人々はメルローズを追い込んでいくこととなる。

「聖女様がもっと早くいらっしゃれば、犠牲者も減っただろうに……」

「しっ、メルローズ嬢に聞こえるぞ!!」

 メルローズも力を持っているとはいえ、それは有限のものであった。戦時中、彼女は力を使い過ぎて何度も倒れたという。そして、力を使ったとしても助からない者もいた。メルローズとリノンの間には、残酷なまでの力の差が存在したのである。

「私があの子みたいに強い力を持っていたならば、死なずに済んだ方々も沢山いたのでしょうね」

 陰口を叩く輩に怒るでもなく、メルローズは自身を責めた。

 彼女に助けられたことがある者は、リノンがやって来てからもメルローズへの感謝を忘れなかった。しかし、助けられたことのない者はリノンだけを褒めたたえ、メルローズの悪口を言うようになっていったのだ。

 精神的に追い詰められ、メルローズは食事も喉を通らなくなってしまった。その後「結婚しても妻としての務めが果たせない」という理由で、二度目の結婚の延期を申し入れてきたのだった。

 そして休養していた最中に、リノンと夜会で出くわしてしまった訳である。

 リノンのメルローズに対する失礼極まりない態度は、腹立たしいことこの上無かった。当然ながら俺は素っ気無い態度を取ったものの、メルローズはあまり気付いていないようだった。

 調子に乗るな。小娘が。

 舌打ちしてそんなことを言いそうになるのを耐えていたのは、言うまでもない。
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