愛の重めな黒騎士様に猛愛されて今日も幸せです~追放令嬢はあたたかな檻の中~

二階堂まや

文字の大きさ
上 下
3 / 4

夜更かしの約束は、幸せの予感

しおりを挟む
「私が最も愛した女と、どうか結婚してくれないか」

 そう言って泣き崩れた旧友の姿を、私は今でも鮮明に覚えている。

「サルヴァドール、頼めるのがお前しかいないんだ。どうか……」

 私の返事を待つ間、ユリウスはただ悔しげに拳を握っていた。

 オフェリアの悪事が告発された後、ユリウスはそれを受け入れることができず、密偵を使い、事実確認を行ったのだという。

 そして、オフェリアの妹が病弱であること、その治療には多額の金が必要であることを知る。

 借用書に金の使い道として書かれていた品々は、全て舞踏会に出席するために仕方無く買い揃えたものであり、その分の金は既に完済していることも分かった。

 ユリウスはオフェリアを守るべく国王へそのことを伝えた。しかし王室を騙そうとした彼女に対して怒りを募らしていた国王は、全く聞く耳を持たなかった。

 そんな折、ユリウスはオフェリアの殺害計画が進行していることを知る。彼は食い止めようと必死になったが間に合わず、その前段として、彼女の家族は事故に見せ掛けて暗殺されてしまった。

 これ以上オフェリアを手元に置いてはおけない。彼女を身の危険の無い場所に行かせなければならない。そう考え、ユリウスは私に縁談を持ちかけたのだった。

 ユリウスは、オフェリアのことを恨んでなどいなかった。むしろ、深く愛していた。全てを許して、結ばれたいとすら願っていたのだ。しかし周囲はそれを許さなかった。

 特段好いている女も居なかったので、人助けとして私はオフェリアと結婚した。

 本当は自らの腕の中に閉じ込めておきたかった女を、ユリウスは私の腕の中へ譲り渡したのだ。

 理由はどうであれ、オフェリアが他人を利用しようとしたことは事実。結婚当初、彼女に対する心証は良くなかった。ユリウスの言葉は話半分で聞いており、いずれ化けの皮が剥がれるだろうとすら思っていた。しかし、そうなることは無かった。

 オフェリアは、疑いようの無い程に聡明で思いやりのある女だったのだ。

 やがて、私は彼女に恋慕の情を抱き始めた。国を追われた女に対する哀れみではなく、恋心が知らぬ間に心の内に芽生えていたのだ。正直、一人の女にこれ程までに入れ込むなど、思ってもみなかった。

 だが、想いが強くなる度に暗い感情が影を落とし始めた。

 彼女と初めて結ばれたのは自分であっても、彼女と初めて恋仲となり手を繋ぎ、口付けを交わしたのがユリウスであることに行き場の無い苛立ちを募らせていた。

 果てには、ユリウスとの婚約が破談となっていなければ、彼女と自分は夫婦とはならなかったという当たり前のことにすら苛立ちを覚えていた。

 とはいえ、過去は変えられない。自らの感情を抑えるために、私は彼女の全てを思い通りに支配した。

 毎夜彼女を抱き、自分の存在を身体の奥まで覚えさせた。

 情事の際、間違ってもユリウスの名を聞かぬよう、唇で言葉を奪った。

 事後も私の移り香を残すため、髪を長くさせた。

 オフェリアは嫌な顔ひとつせずそれに従った。しかし、いくら彼女を束縛しても、心が落ち着くことは無かった。

 心の内は他人からは分からない。だから、彼女が心の片隅にユリウスへの想いを残していたならば、束縛は何もかも無意味なものとなる。もしそうであったなら、という不安が常に付きまとっていた。

 ユリウスは周りの勧めもあり、オフェリアを告発した女と結ばれたと風の噂で聞いた。だがしかし、オフェリアを迎えに来る可能性がゼロでは無い。

 もし仮にそうなったならば、決闘してでも阻んでやる。

 ユリウスに対する同情心は、いつしか漆黒の敵意へと変わっていた。

 不安が募る度、昼夜を問わず彼女を抱いた。昼寝と称して昼間から情を交わすなど我ながらタガが外れているが、止められないでいた。

 そこまで執着するのには、理由があった。

 幼少期、私は一羽の小鳥を飼っていた。雛の時から大事に育てて可愛がり、毎日世話を怠ることは無かった。

 けれども、ある日小鳥は私の元から居なくなってしまった。鳥籠の扉を自らこじ開けて、飛び立って行ったのだ。

 何時しか、オフェリアもそうして自分の元を離れて行ってしまうのではないか。彼女が窓を開けてバルコニーに行くたび、身投げしないかと心配でならなかった。

 少し前、彼女に寝台の内と外でまるで違うと言われたことがある。しかし、私をそうさせているのが自分であることを、彼女は知らない。

 情火を呼び覚ましたのは、間違いなく彼女であった。元々自分はこんな人間ではなかったのだから。

 しかし、それだけ狂おしい程の想いを募らせているなど言える訳が無い。言ったところで困惑されるのが関の山だろう。

 私の前から、居なくならないでくれ。

 それは口に出せぬ至上の願いであった。


+


「ん……う」

 目を覚ますと、腕の中が空になっていることに気付いた。辺りを見回しても、オフェリアの姿は無かった。

 窓は開け放たれており、レースのカーテンがはためいている。バルコニーには人影は無く、夕方の生暖かい風が、自分の頬を撫でるばかりであった。

 心做しか、城の外がざわめいているようにも聞こえる。

 まさか……。

「オフェリア!!」

「あら、お目覚めですか?」

 驚いて声のした方を向くと、丁度オフェリアは扉を開けて寝室に入ってくるところだった。彼女は水の入ったボトルとグラス二つを置いたトレイを持っていた。

「喉が渇いたので、お水を持ってきましたわ」

「……そんなこと、メイドに頼めば良かっただろ」

「ふふ、あまりにぐっすり寝てらっしゃったので、人が入ってきたらお邪魔になると思いまして」

 テーブルにトレイを置き、オフェリアは窓を閉めた。夕日に照らされたオリーブ色の長い髪は、美しく艶めいていた。

「私を起こさずに、よく腕の中から出られたな」

「ふふ、だいぶ苦労しましたよ」

 確かに腕の中に彼女を閉じ込めて眠ったはずなのに、オフェリアは腕の中から出ていった。何時も自分の方が早く目覚めるのが常なので、こんなことは初めてだった。

 やはり彼女も、あの小鳥のように何処かに行ってしまうのだろうか。

 ……否、いつまでも閉じ込めておけると考えたこと自体が誤りなのだろう。よくよく考えたなら分かることだ。我ながら、馬鹿らしい思い込みだ。

 内心諦めに似た感情を抱きつつ、溜息をつく。

「サルヴァドール様もお水、飲まれますか?」

「……ああ」

 グラスに水を注ぎ、オフェリアは私に手渡した。

「もう少ししたら夕食ですから、それまでゆっくりしましょうか」

「もうそんな時間だったか」

 どうやら自分は、思っていた以上に長い間眠っていたらしい。テーブルには本が数冊積まれているので、オフェリアは起きてからこの部屋で読書していたのだろう。

 窓は閉まっているが、それでも外の賑やかな声は部屋に聞こえてきた。

「今日は夜、街でお祭りなんですってね」

「そう言えばそうだったか」

 生返事をしたがオフェリアは気にしていないようで、構わず言葉を続けた。

「外も賑やかでこれだけ昼寝したのですから、夜は寝れないかもしれませんね」

「そうだな」

 氷水をあおると、寝すぎた頭にツンと染み渡っていった。

「ね、サルヴァドール様。良ければ、今夜は夜更かししませんか?」

 意外な誘いに思わず彼女の顔を見ると、オフェリアは穏やかに笑っていた。

「結婚してから、貴方のことやこの国のことを沢山教えていただきましたが、私のことをあまりお話出来てないと思いまして」

「……」

「私のことも知っていただきたいなと。……ご迷惑でなければ、お話したいなと」

 グラスを持つ小さな手は、微かに震えていた。

 オフェリアは、自分がこれまでの出来事をユリウスから聞いたことは知らない。彼女の口からどのように語られるのかは分からない。

 それでも、彼女からそう言われたことが嬉しくて仕方が無かった。

「ああ、是非。ゆっくり聞かせてくれ」

「……サルヴァドール様」

 サイドテーブルにグラスを置くと、オフェリアは何を言うでも無く身体を寄せてきた。そして、私も無言でそのまま彼女を抱き締める。

 逃げることなく、オフェリアは自分の腕の中に戻ってきてくれたのだ。

 最愛の女の髪に鼻先を埋めると、シトラスの香りがふわりと感じられる。どうやら、自分の匂いが移っているようだった。

 髪を片方の肩に避けると、白い項には私の付けた愛痕が残っている。

 これから先、ユリウスとの過去を自分の存在で塗り替えてみせようではないか。

 だが、今はまだ、彼女の気持ちが全て私に向いてる確証は持てない。

 気休めの偽りの言葉ではなく、それが確実になった時、彼女の言葉を聞きたい。不意にそんな欲求が頭に思い浮かぶ。我ながら、臆病な男だ。

「オフェリア」

「はい、サルヴァドール様」

「この世の誰よりも、お前を愛してる」

 彼女の応えを聞く前に、私はオフェリアにキスをした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

天才魔術師から逃げた令嬢は婚約破棄された後捕まりました

oro
恋愛
「ねぇ、アデラ。僕は君が欲しいんだ。」 目の前にいる艶やかな黒髪の美少年は、にっこりと微笑んで私の手の甲にキスを落とした。 「私が殿下と婚約破棄をして、お前が私を捕まえることが出来たらな。」 軽い冗談が通じない少年に、どこまでも執拗に追い回されるお話。

婚約破棄される令嬢は最後に情けを求め

かべうち右近
恋愛
「婚約を解消しよう」 いつも通りのお茶会で、婚約者のディルク・マイスナーに婚約破棄を申し出られたユーディット。 彼に嫌われていることがわかっていたから、仕方ないと受け入れながらも、ユーディットは最後のお願いをディルクにする。 「私を、抱いてください」 だめでもともとのその申し出を、何とディルクは受け入れてくれて……。 婚約破棄から始まるハピエンの短編です。 この小説はムーンライトノベルズ、アルファポリス同時投稿です。

燻らせた想いは口付けで蕩かして~睦言は蜜毒のように甘く~

二階堂まや
恋愛
北西の国オルデランタの王妃アリーズは、国王ローデンヴェイクに愛されたいがために、本心を隠して日々を過ごしていた。 しかしある晩、情事の最中「猫かぶりはいい加減にしろ」と彼に言われてしまう。 夫に嫌われたくないが、自分に自信が持てないため涙するアリーズ。だがローデンヴェイクもまた、言いたいことを上手く伝えられないもどかしさを密かに抱えていた。 気持ちを伝え合った二人は、本音しか口にしない、隠し立てをしないという約束を交わし、身体を重ねるが……? 「こんな本性どこに隠してたんだか」 「構って欲しい人だったなんて、思いませんでしたわ」 さてさて、互いの本性を知った夫婦の行く末やいかに。 +ムーンライトノベルズにも掲載しております。

束縛婚

水無瀬雨音
恋愛
幼なじみの優しい伯爵子息、ウィルフレッドと婚約している男爵令嬢ベルティーユは、結婚を控え幸せだった。ところが社交界デビューの日、ウィルフレッドをライバル視している辺境伯のオースティンに出会う。翌日ベルティーユの屋敷を訪れたオースティンは、彼女を手に入れようと画策し……。 清白妙様、砂月美乃様の「最愛アンソロ」に参加しています。

鉄壁騎士様は奥様が好きすぎる~彼の素顔は元聖女候補のガチファンでした~

二階堂まや
恋愛
令嬢エミリアは、王太子の花嫁選び━━通称聖女選びに敗れた後、家族の勧めにより王立騎士団長ヴァルタと結婚することとなる。しかし、エミリアは無愛想でどこか冷たい彼のことが苦手であった。結婚後の初夜も呆気なく終わってしまう。 ヴァルタは仕事面では優秀であるものの、縁談を断り続けていたが故、陰で''鉄壁''と呼ばれ女嫌いとすら噂されていた。 しかし彼は、戦争の最中エミリアに助けられており、再会すべく彼女を探していた不器用なただの追っかけだったのだ。内心気にかけていた存在である''彼''がヴァルタだと知り、エミリアは彼との再会を喜ぶ。 そして互いに想いが通じ合った二人は、''三度目''の夜を共にするのだった……。

冷酷王子と逃げたいのに逃げられなかった婚約者

月下 雪華
恋愛
我が国の第2王子ヴァサン・ジェミレアスは「氷の冷酷王子」と呼ばれている。彼はその渾名の通り誰に対しても無反応で、冷たかった。それは、彼の婚約者であるカトリーヌ・ブローニュにでさえ同じであった。そんな彼の前に現れた常識のない女に心を乱したカトリーヌは婚約者の席から逃げる事を思いつく。だが、それを阻止したのはカトリーヌに何も思っていなさそうなヴァサンで…… 誰に対しても冷たい反応を取る王子とそんな彼がずっと好きになれない令嬢の話

「君と勝手に結婚させられたから愛する人に気持ちを告げることもできなかった」と旦那様がおっしゃったので「愛する方とご自由に」と言い返した

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
デュレー商会のマレクと結婚したキヴィ子爵令嬢のユリアであるが、彼との関係は冷めきっていた。初夜の日、彼はユリアを一瞥しただけで部屋を出ていき、それ以降も彼女を抱こうとはしなかった。 ある日、酒を飲んで酔っ払って帰宅したマレクは「君と勝手に結婚させられたから、愛する人に気持ちを告げることもできなかったんだ。この気持ちが君にはわかるか」とユリアに言い放つ。だからユリアも「私は身を引きますので、愛する方とご自由に」と言い返すのだが―― ※10000字前後の短いお話です。

魅了魔法は、結局真実の愛に解けてしまった

下菊みこと
恋愛
安定のヤンデレ。でも悪役以外はみんな幸せ。 主人公溺愛されまくり。お互い愛し合ってるので安心安全で読んでいただけると思います。 普通にハッピーエンドなので多分大丈夫です。 ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。

処理中です...