愛の重めな黒騎士様に猛愛されて今日も幸せです~追放令嬢はあたたかな檻の中~

二階堂まや

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午後、騎士様から昼寝に誘われる

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 私にはかつて、生まれつき病弱な妹が居た。彼女の病は深刻なもので、病の進行を遅らせるためには継続して薬の服用が必要であった。治療費はかさみ、貴族とはいえ、やがて生活は困窮していった。

 売り払える家財は全て手放し、果ては暖炉にくべる薪すらも十分に買えない事態に陥っていた。

 そんな折、私は妹の病を完治できる薬の存在を知る。だがそれは大変貴重なものであり、城一つ買える程の値が付いていた。

 妹を生かすには、どの道多額の金が必要だった。

 そして私は、財力のある男と結婚することを決意した。だが、並の貴族と結婚したとて何の足しにもならないのは明らかであった。そこで目を付けたのが、自国の第二王子ユリウスである。ちょうどその頃、王子が結婚相手を探していると噂になっていたのだ。

 可愛い妹を助けるため、行動するのに時間はかからなかった。私はある舞踏会に参加して、偶然を装いユリウスへと近付いた。幸いにも、王子は私に興味を持ってくれたのだった。

 恋文のやり取りや逢瀬を重ね、私は見事王子の婚約者となったのである。

 しかし、そんなにも上手くいかないのが世の常である。王子の幼なじみである令嬢が、私を告発したのだ。

「これをご覧下さい、ユリウス様。この女は借金をしてまでドレスや靴、宝石を買い漁るとんでもない人間なのですよ!? どうか目を覚まして下さい!!」

 そう言って彼女は、私の直筆のサインが入った借用書を王子へと突き出した。

 王室の財産目当てで王子に近付いた卑しい女だと、令嬢は続けざまに私を罵倒した。
 
 借用書は紛れもない本物であり、言い逃れをするつもりは無かった。悪事は必ず明るみに出るものとは、本当によく言ったものである。

 それから程なくして、私は王子から婚約破棄を言い渡された。

「よく聞け、オフェリア。私はお前との婚約を破棄する」

 そして彼は、さらに言葉を続けた。

「加えて、海を隔てた同盟国リアードへと追放する。そして監視のため、お前をリアードの王太子サルヴァドールと結婚させる。二度とこの地を踏むな」

 こうして、私はリアードへと追放されたのだった。

+

「今日も良い天気ね」

 窓を開け放つと、暖かなそよ風が髪を揺らす。バルコニーに出て街を見下ろすと、晴天ということもあり、街は賑やかな活気に満ち溢れていた。

 そして城のすぐ近くにある広場には、遊ぶ子供達の姿が見えた。どうやら、ボール遊びに夢中になっているようだった。

「行くぞー、それっ」

「わっ、次ボールこっちに頂戴!!」

 元気なはしゃぎ声も仲良く遊ぶ姿も、微笑ましいものである。こうして外を眺めるのが楽しくて、いつの間にか暇があれば外を眺めるのが日常となっていた。

 不意に、生き別れとなった弟の顔が思い浮かぶ。

 私が婚約破棄された直後、父上と母上、それから妹は、乗っていた馬車の横転事故で亡くなった。それが事故なのか、仕組まれたものであったのかは今となっては分からない。

 残されたのは、生まれて間もない弟と私だけ。自分自身はどんな罰でも受け入れる覚悟ができていたが、幼い彼に危害が及ぶのは到底耐えられなかった。

 そして私は、自分が処刑や拷問にかけられても良いから弟だけは助けて欲しいと必死に懇願した。幸運にも助命嘆願は受け入れられ、私が国外追放となると同時に、弟は後継ぎを求めていた良家へと養子に出された。

 祖国から遥か遠く離れた地にもらわれて行ったので、身の危険は無いだろう。しかし、事ある毎に気がかりではあった。

「元気かしら……エヴェ」

 独り言が口をついた時、ボール遊びをしていた子供のうちの一人と目が合った。

「見て!! お城のバルコニーにお妃様が出てきてる!!」

「あ、本当だ!! お妃様ー!!」

 そんなことを叫びながら、子供達は私に手を振ってくれた。そして私も、彼等に笑顔で手を振り返す。

 驚くことに、こんなことはこの国での日常である。

 背後から重みのある足音が聞こえ、風に吹かれてシトラスの香りが鼻先を掠める。それだけで、振り向くより先に、誰が来たのかを予見するには十分であった。

「どうした? 外に面白いものでもあったか?」

 やって来たのは、夫のサルヴァドールであった。

「ふふっ、街の子供達が手を振ってくれましたので」

「成程、それは応えてやらないとな」

 そう言って、サルヴァドールも私の隣に来て歓声を上げる子供達に手を振った。すると、子供達は一層賑やかな歓声を上げた。

「凄い!! 王太子殿下も来た!! わー、背が高い!!」

「ホントにいつもお洋服全部真っ黒なんだ!!」

 子供達の素直すぎる感想に私は思わず吹き出し、彼は片眉をぴくりと動かした。けれども決して怒らないあたり、この男の優しい性格がよく分かる。

 王室と民衆の距離が近いのが、この国の大きな特徴であった。王室が強権的な体制を敷いているラティスラであれば、有り得ないことだ。

 リアードは小さな国であるものの、大きな港を持ち、海上貿易の中心地として栄えてきた。しかし、長い歴史の中で海賊からの襲撃を受けることも多々あったという。 そのため、この国の王太子は騎士団長として国を守る役割を担うこととなっていた。

 そして王立騎士団の軍服は、ネクタイからシャツに至るまで全て黒色で統一されている。かつて海賊との争いの絶えなかった時代、血の汚れが目立たぬようにそうしたのが始まりだという。

 加えて彼は黒髪だ。''全部真っ黒''という言葉も、あながち間違いでは無い。

「午後からの予定は?」

 バルコニーから部屋へと戻りながら、サルヴァドールは私に問うた。

「読みたい本がありますので、読書をして過ごそうと思います」

「そうか。ゆっくり過ごすと良い」

 国外追放されたはずが、待っていたのは平穏な日々であった。実際私は、重責から解放され、心中穏やかに過ごしている。

 意外にも、この国の人々は私のことを歓迎してくれた。体裁を気にしてか私がしでかしたことは内密になっており、夫を含め王室の人々は皆優しい。国の人々も「遠くの国からわざわざ嫁入りしてくれた」いう認識を持ってくれていた。

 確かに、ラティスラと比較してリアードは小さな国だ。貴族達も煌びやかな生活をしている訳では無い。

 しかし、元々華やかな上流階級の暮らしは求めていなかったので、この国での生活は刑罰と言うにはあまりにも易しく、何不自由無いものであった。

「サルヴァドール様の午後のご予定は?」

 そう問いかけた瞬間、彼は私を後ろから抱き締めた。逞しい身体は、衣服越しに少しきつく私のことを束縛した。

「サルヴァドール様? んっ……」

 不意を突かれ驚く私に構わず、彼は黙って唇にキスを落とした。そして舌を絡めるようにして、口内を蹂躙していく。

「読書の前に少しだけ、''昼寝''に付き合って欲しい」

 並行に揃った眉の下、切れ長な瞳が私を熱っぽく見つめる。そこには既に、欲情の火が点っていた。

 ここで言う昼寝が性的な意味をもっているのは、既に心得ている。

「ふふっ、喜んで」

 彼の誘いに少し驚いたが、私は快諾した。

「よし。決まりだな」

「きゃっ!?」

 私が返事をするや否や、サルヴァドールは私の身体を掴み、肩の上に持ち上げた。お姫様抱っこにしないあたり、ぶっきらぼうな彼らしいと言えば彼らしい。

 どうやら、彼は昼寝が待ちきれないようだった。

「さ、サルヴァドール様」

「何だ、横抱きの方が良かったか?」

「そういう問題では……、あの、自分で歩けますので、下ろしてくださいな」

「断る。大人しく担がれていろ」

「そんな……!!」

 こんなやり取りをしつつ、私達は夫婦の寝室へと向かったのだった。
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