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ルイーセ、一肌脱ぐ
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「無事、終われそうで良かったな」
ダンスの最中、ウェンデはそう言って穏やかに笑った。
晩餐会を終え、私達は舞踏会でダンスを踊っていた。明らかにわざと私達にぶつかって来る者もいたが、身体が当たる前にウェンデが上手く避けてくれていたのである。
二人ならば怖くは無い。そう思うと、自然に恐怖感は消えていった。
「そう言えば、ウェンデ様もウミガメは召し上がれましたか?」
ダンスしながら話す余裕が出てきたので、私は何気なく問うた。
「ああ、何とかな」
しかし意外にも、ウェンデの声色は沈んだものであった。
「いかがされましたか?」
「いや、それよりも自分としては牡蠣の方が強敵だったと思っただけだ」
「あら」
確かに、料理の中で牡蠣のソテーが出されていた。ウェンデは軽くため息を吐いて続ける。
「子供の頃牡蠣を初めて食べた時、齧ったあとの断面を見てしまってな。あまりの生々しさに、しばらくトラウマになっていた程だ。それに……」
「?」
「運悪く初めて食べた牡蠣で、食中毒にもなった」
牡蠣を目の前にした彼の心中は、安易に想像ができる。
「ふふ、それはお疲れ様でした」
「……笑いごとではない」
牡蠣の断面を見て絶句してる幼い彼の姿を想像すると、やや可哀想だが可愛く思えてしまったのだった。
「じゃあ、晩酌の時のアペリティフは牡蠣以外にしましょうか」
「ああ、それが良い」
そこまで話したところで、ダンスの曲が終盤に差し掛かっていることに気付く。
よし、あともう少し。
そう思った瞬間、スカートの下で違和感を感じたのだった。
ウエストあたりが緩み、布がずり下がっていく感触。私は、ウェンデだけに聞こえるように囁いた。
「……ウェンデ様」
「どうした?」
「ドロワーズの腰紐が、切れてしまいました」
「な、……!?」
太もも部分が絞られたデザインならば、落ちることは無い。しかし、今日穿いてきたものはそうではない。なるべく動きやすくウエストを締め付けないものを選んだのが、完全にあだとなってしまったのである。
もう臀の半ば辺りまで下がっており、少しでも小さくステップを踏むとそのまますとんと落ちてしまいそうな状況であった。
「ど、どうすれば……」
下着を床に落とすだなんて、大恥どころの話では無い。それに、私だけに留まらず夫である彼にまで恥をかかせてしまう。
ドロワーズで隠されるべきところが露わとなり、スカートの下で危うい涼しさを感じる。顔には出さぬよう努めるものの、私は内心半泣きとなっていた。
曲が終わるまであと少し。しかし、もうドロワーズは膝上にまで落ちてきてしまっていた。
もうダメだ。そう思った矢先、足が宙に浮くのを感じた。
「きゃ……!?」
驚いていると、ウェンデは私をサッと、横抱きにした。そういうダンス中の技と見せかけて、下着を落とさないようフォローしてくれたのである。
そして丁度良く、ダンスの曲が終わったのだった。
「あ、ありがとうございます」
「本当に、危なっかしい姫様だな」
「もう……!!」
恥ずかしくなり、私はウェンデの胸板を軽く叩いた。
こうして一生引きずりかねない恥を晒すのを回避して、私達は無事踊りきったのである。
+
+
「それではお集まりの皆様、カードを一枚ずつお引き下さい」
司会進行役であるフランチェスカが、招待客達にそう言った。
花の決闘では結果発表の際、決闘を行う二人とその親族を除く客が皆一枚ずつカードを引くのが決まりだ。そして薔薇の絵が描かれたカードを引いた者が、審判として勝敗を決めるのである。
「薔薇のカードを引いた方は、挙手願います」
挙手したのは、とある国の女王だった。高齢ではあるものの腰は曲がっておらず、かくしゃくとした雰囲気を纏っていた。
彼女は、ゆっくりとした口調で講評を始めた。
「お二人共、お疲れ様でした。まずお二人の今宵の服装ですが……ルイーセ王女の自らの持つ良さを存分に引き立たせるというのも、エリザ王太子妃のように淑女としての理想の姿に自らを近付けることも、どちらも正解でしょう」
ふと辺りを見回すと、エリザの顔が真っ青になっていることに気が付いた。
口に手を当て、やや俯いている。恐らく、気分が悪くなってしまったのだろう。セレスディンが気遣わしげに何やら声をかけてはいるものの、返答する余裕も無いようだった。
思えば、窮屈なドレスを着て何時間も緊張した中にいるだなんて正気の沙汰ではない。
どうしよう。早く助けなきゃ!!
しかしここで声をかけたら、エリザに注目がいってしまう。既に来るところまで来てしまっているならば、衆人環視の中一生引きずるような恥をかく可能性の方が高い。
「さて……どうしたものでしょう」
しかし、総評はいつ終わるか分からない。どうやら女王は、かなり判断に迷っているようだった。
今すべきことは……早々にこの会を終わらせること。そして暫く彼女から周囲の注目を逸らすこと。その二つだ。
今私に出来ることは。
彼女の代わりに、恥をかくことだ。
良くも悪くも、人前で失敗することは慣れっ子だ。
そして私は覚悟を決めた。
「━━はっっくしょん!!」
周囲の視線が、一斉に私に向く。それを確認したところで、私は口を開いた。
「ご、ごめんあそばせ。無事に舞踏会まで終えて、緊張の糸が切れてしまったようで」
「あらあら、ルイーセ王女。皆の前でそんな品の無いくしゃみだなんて、淑女としてあるまじきことです。決まりました。今回の勝者はエリザ王太子妃とします」
女王が言った瞬間、広間に拍手が沸き起こった。そしてエリザは、力を振り絞るように会釈をしたのだった。
「さ、花の決闘はこれにて終了と致します。改めてお二人の健闘を称えて盛大な拍手を!!」
何かを察したようで、場をとりなすようにフランチェスカが言った。
「残念ながら負けてしまいましたわね。は、はっくしょん」
セレスディンがエリザを連れて広間を出るまで、私は悪い意味で注目を集め続けた。これからのことを考えると頭が痛くなるけれども、どうしても彼女を放ってはおけなかったのだ。
これから、くしゃみ王女だとか不名誉なあだ名で呼ばれるのだろうか。
そんなことを考えながら、私はくしゃみを続けたのだった。
ダンスの最中、ウェンデはそう言って穏やかに笑った。
晩餐会を終え、私達は舞踏会でダンスを踊っていた。明らかにわざと私達にぶつかって来る者もいたが、身体が当たる前にウェンデが上手く避けてくれていたのである。
二人ならば怖くは無い。そう思うと、自然に恐怖感は消えていった。
「そう言えば、ウェンデ様もウミガメは召し上がれましたか?」
ダンスしながら話す余裕が出てきたので、私は何気なく問うた。
「ああ、何とかな」
しかし意外にも、ウェンデの声色は沈んだものであった。
「いかがされましたか?」
「いや、それよりも自分としては牡蠣の方が強敵だったと思っただけだ」
「あら」
確かに、料理の中で牡蠣のソテーが出されていた。ウェンデは軽くため息を吐いて続ける。
「子供の頃牡蠣を初めて食べた時、齧ったあとの断面を見てしまってな。あまりの生々しさに、しばらくトラウマになっていた程だ。それに……」
「?」
「運悪く初めて食べた牡蠣で、食中毒にもなった」
牡蠣を目の前にした彼の心中は、安易に想像ができる。
「ふふ、それはお疲れ様でした」
「……笑いごとではない」
牡蠣の断面を見て絶句してる幼い彼の姿を想像すると、やや可哀想だが可愛く思えてしまったのだった。
「じゃあ、晩酌の時のアペリティフは牡蠣以外にしましょうか」
「ああ、それが良い」
そこまで話したところで、ダンスの曲が終盤に差し掛かっていることに気付く。
よし、あともう少し。
そう思った瞬間、スカートの下で違和感を感じたのだった。
ウエストあたりが緩み、布がずり下がっていく感触。私は、ウェンデだけに聞こえるように囁いた。
「……ウェンデ様」
「どうした?」
「ドロワーズの腰紐が、切れてしまいました」
「な、……!?」
太もも部分が絞られたデザインならば、落ちることは無い。しかし、今日穿いてきたものはそうではない。なるべく動きやすくウエストを締め付けないものを選んだのが、完全にあだとなってしまったのである。
もう臀の半ば辺りまで下がっており、少しでも小さくステップを踏むとそのまますとんと落ちてしまいそうな状況であった。
「ど、どうすれば……」
下着を床に落とすだなんて、大恥どころの話では無い。それに、私だけに留まらず夫である彼にまで恥をかかせてしまう。
ドロワーズで隠されるべきところが露わとなり、スカートの下で危うい涼しさを感じる。顔には出さぬよう努めるものの、私は内心半泣きとなっていた。
曲が終わるまであと少し。しかし、もうドロワーズは膝上にまで落ちてきてしまっていた。
もうダメだ。そう思った矢先、足が宙に浮くのを感じた。
「きゃ……!?」
驚いていると、ウェンデは私をサッと、横抱きにした。そういうダンス中の技と見せかけて、下着を落とさないようフォローしてくれたのである。
そして丁度良く、ダンスの曲が終わったのだった。
「あ、ありがとうございます」
「本当に、危なっかしい姫様だな」
「もう……!!」
恥ずかしくなり、私はウェンデの胸板を軽く叩いた。
こうして一生引きずりかねない恥を晒すのを回避して、私達は無事踊りきったのである。
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「それではお集まりの皆様、カードを一枚ずつお引き下さい」
司会進行役であるフランチェスカが、招待客達にそう言った。
花の決闘では結果発表の際、決闘を行う二人とその親族を除く客が皆一枚ずつカードを引くのが決まりだ。そして薔薇の絵が描かれたカードを引いた者が、審判として勝敗を決めるのである。
「薔薇のカードを引いた方は、挙手願います」
挙手したのは、とある国の女王だった。高齢ではあるものの腰は曲がっておらず、かくしゃくとした雰囲気を纏っていた。
彼女は、ゆっくりとした口調で講評を始めた。
「お二人共、お疲れ様でした。まずお二人の今宵の服装ですが……ルイーセ王女の自らの持つ良さを存分に引き立たせるというのも、エリザ王太子妃のように淑女としての理想の姿に自らを近付けることも、どちらも正解でしょう」
ふと辺りを見回すと、エリザの顔が真っ青になっていることに気が付いた。
口に手を当て、やや俯いている。恐らく、気分が悪くなってしまったのだろう。セレスディンが気遣わしげに何やら声をかけてはいるものの、返答する余裕も無いようだった。
思えば、窮屈なドレスを着て何時間も緊張した中にいるだなんて正気の沙汰ではない。
どうしよう。早く助けなきゃ!!
しかしここで声をかけたら、エリザに注目がいってしまう。既に来るところまで来てしまっているならば、衆人環視の中一生引きずるような恥をかく可能性の方が高い。
「さて……どうしたものでしょう」
しかし、総評はいつ終わるか分からない。どうやら女王は、かなり判断に迷っているようだった。
今すべきことは……早々にこの会を終わらせること。そして暫く彼女から周囲の注目を逸らすこと。その二つだ。
今私に出来ることは。
彼女の代わりに、恥をかくことだ。
良くも悪くも、人前で失敗することは慣れっ子だ。
そして私は覚悟を決めた。
「━━はっっくしょん!!」
周囲の視線が、一斉に私に向く。それを確認したところで、私は口を開いた。
「ご、ごめんあそばせ。無事に舞踏会まで終えて、緊張の糸が切れてしまったようで」
「あらあら、ルイーセ王女。皆の前でそんな品の無いくしゃみだなんて、淑女としてあるまじきことです。決まりました。今回の勝者はエリザ王太子妃とします」
女王が言った瞬間、広間に拍手が沸き起こった。そしてエリザは、力を振り絞るように会釈をしたのだった。
「さ、花の決闘はこれにて終了と致します。改めてお二人の健闘を称えて盛大な拍手を!!」
何かを察したようで、場をとりなすようにフランチェスカが言った。
「残念ながら負けてしまいましたわね。は、はっくしょん」
セレスディンがエリザを連れて広間を出るまで、私は悪い意味で注目を集め続けた。これからのことを考えると頭が痛くなるけれども、どうしても彼女を放ってはおけなかったのだ。
これから、くしゃみ王女だとか不名誉なあだ名で呼ばれるのだろうか。
そんなことを考えながら、私はくしゃみを続けたのだった。
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