騎士団長との淫らな秘めごと~箱入り王女は性的に目覚めてしまった~

二階堂まや

文字の大きさ
上 下
50 / 55

ウミガメとスープ

しおりを挟む
「お久しぶりです」

「こちらこそ。お元気でしたか? ルイーセ様」

 食堂では、至る所で招待客達が会話に花を咲かせている。私も大きな長テーブルの一席に座り、料理が運ばれて来るまでの歓談に参加していた。

「ルイーセ様のドレス、お花畑みたいでとっても素敵だわ」

「ふふ、ありがとうございます。そう言っていただけて光栄ですわ」

 私が今宵選んだドレスは、髪型と同じく好評であった。

 白地に色とりどりの小花を散りばめた花柄のドレス。どんな色を着ても誰かとは被ってしまうので、敢えて色んな色が使われているドレスを選んだのである。

 ドルシナウはまだ寒い季節なので、花が咲くのはもう少し先だと聞いた。なので、皆花柄を着ては来ないだろうと踏んだのである。暖かい季節を先取りするというのは、見事に功を奏したのだった。

「お料理もとっても楽しみね」

「ええ」

 今宵の夜会は晩餐会と舞踏会の二部構成となっており、その間の立ち振る舞いが、全て評価の対象となる。

 しかし最終的な判断を下す審判が誰なのかは、最後にしか分からない。だから誰と話す時でも、一向に気が抜けないのだった。

 和気あいあいと話していたところで、ひと皿目の料理が運ばれてきた。品書きには一通り目を通したものの、食べ慣れない料理は出てこないようだった。恐らく変なものを出したならば、私以外の客にも迷惑が掛かってしまうからだろう。

 食べることは昔から大好きだ。それに、丁度ウエストが締め付けないドレスを着てきたのだった。

 ほっと息をついて、私は食事を楽しむことにした。

「わあ、美味しそう」

 そう言ってアミューズとして出されたミニタルトを指で摘んだ瞬間。……私は完全に油断していたのである。

 タルト生地の底が、抜けてしまったのだ。

「……あら?」

 具材が崩れ落ちる前に慌ててもう片手でタルトの底を支え、両手で口に放り込む。ちらりと周りを見ると、皆当たり前に片手で口に入れていた。

「あら、いかがされたの? ルイーセ様」

 ハッとして声が聞こえた方を見ると、エリザが意地悪く笑っていた。

「そんなにしっかり持たなくても、召し上がれますのに」

「は、はは……」

 周りの人々は不思議そうな顔をするが、彼女の言動を見て、私は完全に理解した。

 エリザは、私が失敗を積み重ねることを狙っているのだと。

+

 とはいえ。アミューズではつまづいたものの、二品目のスープは問題無く完食することが出来た。

 皿にヒビが入っていたらどうしようだとか考えつつ、いそいそとスープを口に運ぶ私をエリザが小馬鹿にするように見ていたが、兎に角大きな失敗は無かった。

 そして運ばれてきたのが三品目。海の幸のマリネという名のとおり、皿の上にはホタルイカやキャビアなどが美しく飾られていた。

「薄く切った赤身は、ウミガメでございます。レモングラスやキャビアと合わせてお召し上がりください」

「ウミ……ガメ?」

 メイドの料理説明を聞いて、私は思考が停止してしまった。隣を見ると、ウェンデも分かりやすく顔を引き攣らせていた。

 リクスハーゲンは内陸国であり、海に面していないということもありカメを食べる文化は無い。小さなカメをペットとして飼う者はいるが、当然ながら食用にすることは絶対に無いのである。

 今まで食材として見たことの無い動物が、切り身として目の前に出されている。まだら模様の残る皮の部分が細切りにされて皿の隅に並べられており、生々しさに鳥肌が立つのを感じた。 

 取り敢えずキャビアから食べようと思ったが、小粒のためフォークの隙間から落ちてしまうので単体では食べられない。恐らく、ウミガメの切り身に乗せて味わうのが正解なのだろう。

 どうしよう。とてもじゃないけど……フォークが進まないわ。

 時間稼ぎにホタルイカを咀嚼しながら、私は内心途方に暮れていた。

 勿論、このまま料理を残すこともできる。しかし完食しないのは、減点かどうか以前にコックとウミガメに失礼だ。しかし、嚥下できずに吐き出すのは何としてでも避けたい。

「ルイーセ様……いかがされましたか?」

 どうすれば良いか頭を悩ませていると、近くの席に座っている若い貴婦人が、心配げに声をかけてくれた。

「い、いえ……ウミガメはあまり馴染みがないもので」

「ああ、成程。確かに珍しい食材ですものね。私も嫁いでから、母国ではウミガメを食べると言ったら周囲にかなり驚かれましたもの」

 どうやら、彼女の祖国もウミガメを食べる習慣があるようだった。

「こんなものを食べるのかと驚かれたかもしれませんが、赤身のお魚みたいでとても美味しいですよ」

 それを聞いて、フィオネに言われた一言がパッと頭をよぎった。

『食事を口にするということは、その国の文化を受け入れ、理解するということよ』

 そうだ。昔、他国の令嬢と話していた際、リクスハーゲンではウサギを食べると言ったところ、非常に嫌な顔をされたことがある。その時も、私はあまり良い気はしなかった。

 きっとウミガメを一口も食べずに残したら、彼女も悲しい気持ちになってしまうだろう。

 ……ならば、受け入れなければなるまい。

 ウミガメの切り身にキャビアとレモングラスを乗せ、私は恐る恐るフォークで口に運んだ。

 絶対に吐き出してはならない。味の感想を言うために、噛まずに飲み込んではならない。そう頭の中で念じながら、噛み続ける。

 ……そして。

「癖や雑味が無くすっきりしたお味で……美味しいですわ」

「ふふ、良かった」

 意外にも臭みは無く、マグロなどの赤身魚を思わせる味に、馬肉のような肉感を足したような不思議な味わいであった。

「ウミガメは、私の国では海の宝石と呼ばれておりますの。そう言っていただけて、嬉しいですわ」

 花がほころぶように、彼女は微笑んだのだった。

+

 その後も、私は大きなミスをすることなく食べ進めた。根菜が固くてナイフでなかなか切れないだとか、肉に脂身が多いだとか小さなハプニングはあったものの、何とか切り抜けることができたのである。

 そして、ようやく最後のデザートまで来たのだった。

「春の森をイメージしたイチゴとハーブのパヴロヴァでございます。クリームをトッピングしたメレンゲの器の中には、ハーブのソースを閉じ込めております。果肉たっぷりのイチゴソースと合わせてお召し上がりください」

 イチゴソースと説明されたものを口に入れると、案の定イチゴではない味がした。恐らくルバーブか赤玉ねぎあたりだろう。しかし甘さが無いとはいえ、食べられる範疇であった。

 晩餐会を無事に終えられることに安堵しながら、私はパヴロヴァをナイフで切り分け始めた。

 中を割ってみると、緑色のソースが流れ出てきた。白いクリームに緑を纏わせてから、私はぱくりと口にした。

 が、しかし。噛む度に強烈な苦味が口の中に広がり始めた。雑草を食んでいるような、野菜や野草ではない''飲み込んではならない''と本能が拒否する青臭さが私を襲ったのである。

「とっても美味しい。ね、ルイーセ様?」

 余裕しゃくしゃくといった様子で、エリザが話しかけてきた。

「……はい、とっても美味しいですわ」

 飲み込んだ後、私は笑って応えを返した。すると、エリザは信じられないとばかりに目を見開いたのだった。

 正直、決して美味ではないのは確かだ。けれども、これ以上の強者と戦った経験が奇しくも助けとなったのである。

「ふふっ」

「どうした? ルイーセ」

「いいえ、例の薬草スープを思い出してしまいまして……ウェンデ様」

 そう。強い苦味や癖の強い味も、薬草スープよりも幾分かマシに思えたのだった。

 苦いスープに助けられる日が来るなんて、思ってもみなかったわ。

 唖然とするエリザを後目に、私はデザートを無事に食べ切ったのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非! *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

聖獣の卵を保護するため、騎士団長と契約結婚いたします。仮の妻なのに、なぜか大切にされすぎていて、溺愛されていると勘違いしてしまいそうです

石河 翠
恋愛
騎士団の食堂で働くエリカは、自宅の庭で聖獣の卵を発見する。 聖獣が大好きなエリカは保護を希望するが、領主に卵を預けるようにと言われてしまった。卵の保護主は、魔力や財力、社会的な地位が重要視されるというのだ。 やけになったエリカは場末の酒場で酔っ払ったあげく、通りすがりの騎士団長に契約結婚してほしいと唐突に泣きつく。すると意外にもその場で承諾されてしまった。 女っ気のない堅物な騎士団長だったはずが、妻となったエリカへの態度は甘く優しいもので、彼女は思わずときめいてしまい……。 素直でまっすぐ一生懸命なヒロインと、実はヒロインにずっと片思いしていた真面目な騎士団長の恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID749781)をお借りしております。

処理中です...