騎士団長との淫らな秘めごと~箱入り王女は性的に目覚めてしまった~

二階堂まや

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決闘、開幕

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「凄い……立派だわ」

 花の決闘の当日。ドルシナウの宮殿の内部を見ながら、私は感嘆の声をあげた。

 ドルシナウは北部に位置するためまだ肌寒い気温であるものの、宮殿内部の壁は若草色に塗られており、ひと足早く新緑の季節が来たようであった。

 そして、窓枠や柱の装飾など至る所に金が使われており、それはこの国の経済的な豊かさを如実に表していた。

「く、しゅ、」

「寒くないか?」

 廊下を歩く途中、ウェンデは私の肩にストールを掛けてくれた。

「ふふっ、ありがとうございます」

 そうこうしているうちに、私達は控室に辿り着いた。リクスハーゲンとドルシナウはかなり離れているため、夜会前に着替え等の身支度をする部屋を一人一部屋ずつ用意されていたのである。

「じゃあ、また後で」

「ああ」

 そう言って、私は部屋の扉を閉めた。そして身支度を始める前に、入浴するべく浴室に向かったのである。

 この時、夜会で身につける予定のジュエリー類は全て部屋のテーブルに置いたままにしていた。

 そう。自らの迂闊さに、全く気付いていなかったのである。

+

「リボンが無いですって!?」

「ええ、さっきまで確かにテーブルに置いていた筈なのに……」

「取り敢えず、もう一度室内をくまなく探しましょう!!」

 入浴後にテーブルを見ると、髪飾りとして付けるリボンだけが無くなっていた。先に別室で身支度を終えていた姉二人を呼んで必死に探したものの、見つかることは無かった。

 今回の夜会では、女性は招待状に同封されたレースリボンを身に付けてくるようにというドレスコードがあった。つまりは、リボンが無いとそもそも夜会に参加出来ないのである。

 探せど探せど見つからない。しかし、夜会の時間は刻一刻と迫っていた。

「……やられたわね」

 フィオネが深刻そうに頭を抱えて呟いた。

「恐らくだけど、相手方は自らの加点ではなく、ルイーセに対して減点を増やしていく戦法なのよ」

「そんな……」

「主催者側に理由を説明すれば参加は出来るだろうけど、規定を守っていないという点においては確実にマイナスでしょう? それを狙ってるのよ」

 フィオネの言葉を聞いて、さっと血の気が引くのを感じる。最早家族以外は誰も信用出来ない状況に、私は恐怖を抱き始めていた。

 ここは全て、エリザの支配下なのである。

「とはいえ、敵は一つ見落としてるみたいね」

 そこで口を開いたのは、マーリットだった。コルセットの締めつけの無いマタニティドレスを着た彼女は、トラウザーズを履いている時とは違いいつにも増して女性的に感じられた。

「見落とし?」

「ルイーセが一人っ子じゃなくて、口うるさい姉が二人もいるってことよ」

 そう言って、マーリットは髪に結んでいたリボンを解いた。それによりハーフアップになっていた髪がはらりと落ちたのだった。

「リット姉様!?」

「全く、悪趣味な方だこと。本当に自信があるならば正々堂々戦えば良いのに」

 呆れたように嫌味を言いつつ、マーリットは私のヘアセットを始めた。そして私が呆気にとられている間に、私の髪にリボンを結び終えたのである。

「はい、完成。上出来でしょう?」

「でも、これじゃあ……お姉様が」
 
「大丈夫よ、私は参加しないから」

 マーリットの言葉に、思わず私は絶句した。しかし彼女は、穏やかに笑っていた。

「家族の身だしなみも減点対象になるかもしれないしね」

「でもっ……!!」

 私が言いかけたところで、ドアをノックする音が聞こえてきた。時計を見ると、もう夜会の開始は直前となっていたのである。

「ほら、行ってらっしゃい。後はよろしくね、フィオネ」

「リット姉様、ありがとう」

「分かったわ。じゃあ行くわよ、ルイーセ」

 フィオネに手を引かれ、私は慌てて会場へと向かったのである。

+

 会場となる大広間の扉の前で、私は目を閉じて大きく深呼吸した。

 扉を開ければそこは''決闘''の舞台であり、審査の対象となる。ここからの立ち振る舞いは、全て誤魔化しが効かない。心を落ち着かせようとするものの、心臓は中々言うことを聞いてはくれなかった。

 それに、扉の向こうには何人敵が潜んでいるかも分からない。大きな不安に、私はすっかり飲み込まれていた。

「緊張してるのか?」

 隣にいるウェンデが、私に声をかけてきた。否定する余裕も無く、私は僅かに頷いた。

「勝ち負けは気にするな。それとお前のことは私が守る。だから、安心しろ」

「……はい」

 彼の言葉を聞いて、胸の中が温かくなるのを感じた。

 そうだ。今日は傍に彼が居る。きっと、心配ないはずだ。

 そう思えたところで、私達は会場へと入室した。

 広間では、招待客が歓談をしていた。決闘とは言えど殺伐とした雰囲気は無く、通常の夜会の盛り上がりを見せていた。

「あら、ルイーセ様にウェンデ様。ごきげんよう」

 近くから聞こえてきた声に、私は思わず身構えた。

 私達に最初に声を掛けてきたのは、なんとフランチェスカであった。どうやら、彼女も夫婦でこの夜会に参加しているようだった。

 彼女はエリザの親友であるならば、完全なる敵だ。とはいえ、よそよそしい態度をとるのはマナー違反だ。私はなるべく自然な笑みを浮かべて応えを返した。

「ごきげんよう、フランチェスカ様」

「今日も素敵な装いですこと。それに髪型も……」

 私の髪を見て、彼女は驚いたように目を見開いた。

「ふふっ、驚かれました?」

「ええ。とっても」

 それも無理は無い。何故なら、腰あたりまで伸ばしていた髪を肩につかない位にまでバッサリ切ったのだから。

 最初は、短く切られた髪を隠すことを考えた。しかし、敢えて短い髪に合わせて切り揃えたのである。

「もしかして、あちらでお話されているのはルイーセ王女かしら?」

「いつもと違う雰囲気だけど、とてもお似合いだわ」

 どこからか、そんなヒソヒソ話が聞こえる。私は密かに注目の的となっているようだった。しかし、それらは概ね好意的な意見ばかりであった。

 よし、計画通り!!

 私は心の中で密かにガッツポーズをした。

「ところで……」

 彼女の隣には、目つきの鋭い大男が立っていた。身長はウェンデと同じくらいだが、威風堂々という言葉では済まされない物騒な雰囲気を纏っていた。

 ベアンハートが大きなクマのぬいぐるみとするならば、彼はまるで本物のクマのようだった。

「そう言えば、主人とは初対面だったわね。此方、夫のゴードン」

「は、初めまして」

「こちらこそ」

「こういう怖い外見だけど人を取って食べたりはしないから、ご安心なさって下さいな」

 フランチェスカの言葉を聞いて、ゴードンはじろりと彼女を睨みつける。けれどもフランチェスカはひるむことなく、笑顔で受け流した。

 何処と無く、フランチェスカは猛獣使いのような肝の座り方をしているように見える。夫婦のあり方はそれぞれと言うものの、やや意外であった。

「一言余計だ、フラン」

「あら。この前、姪に顔を見せただけで大泣きされてたじゃないですか」

「……」

「自分もよくあることです、ゴードン陛下」

 ゴードンに似た匂いを感じたのか、ウェンデはフォローするようにそう言った。彼の言葉に吹き出しそうになったものの、なんとか耐え切った。

「ところで、ルイーセ様は確か年の離れたお姉様がお二人いらっしゃるんでしたっけ?」

「は、はい」

「私もね、年の離れた兄が二人いますの。貴女とは気が合いそうだわ。また今度ゆっくりお話しましょう?」

 そこまで話していたところで、広間の扉が開いた。

 入場してきたのは、エリザとセレスディンであった。

「え……?」

 エリザの服装に、私だけでなく皆が驚きのあまり言葉を失った。

 彼女はなんと、真っ黒なドレスを着ていたのである。

「あんなに細いウエスト、見たこと無いわ」

 誰かが、そう呟いた。

 豊かな胸とは対象的に、エリザの腹回りはコルセットで細く絞られている。人間離れしたプロポーションは最早人形のようであり、息を呑む美しさであった。

「綺麗……」

 私がそう言った瞬間、エリザは此方に目を向けた。氷のように鋭い視線には、敵意が滲んでいた。

「何してるの、フランチェスカ。こちらに来なさい」

 やや苛立った口調で、エリザはフランチェスカを呼び付ける。それは、二人の主従関係を表しているようにも見えた。

「さ、今宵はどうぞよろしくお願いいたしますわ、ルイーセ様」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 こうして、花の決闘は開幕したのである。
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