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弟のお強請り、姉の決心
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夜会当日、リッシュはわざわざ家まで馬車で迎えに来てくれたのだった。
「そんな迎えに来なくても、こっちから行くのに」
「参加を無理にお願いしたのは僕と兄さんなんだから、このくらいはするさ」
そう言って、リッシュは私に悪戯っぽくウインクしてきた。近頃彼は、夜会で娘全員の心を掴む美男子と言われているらしい。弟がそんな風に言われるのは、姉としてやはり嬉しいものだ。
「ただ、姉上には言っとかなきゃいけないことがあって」
「何かしら……?」
リッシュは、私にとんでもないことを耳打ちしてきたのだった。
「実は……女王陛下は姉上の評判を耳にしたらしくて、《白薔薇》とお話しできる、って凄く楽しみにしてるみたいなんだ」
「え、ええっ!?」
「かつて社交界の《白薔薇》と呼ばれてた彼女とお話しできるなんて、どんな華やかな服装で来るのかしら……と相当期待してるようでね」
今回の夜会では、華やかさを抑えた装いをする予定だった。しかし、その計画が一気に狂ってしまったのである。
「姉上は結婚したら華やかな服装はもうしないって言ってたけど、それじゃあ女王陛下ががっかりするんじゃないかな」
困ったように眉を寄せながら、リッシュは言い募る。けれども、私は慌てて言い返した。
「夜会に参加する女性は私だけじゃないでしょう? ならば、私がそんなに気合い入れなくたって……」
「でも主催者は我が家だから……ね、駄目かな?」
子犬のようなウルウルした目で、弟は懇願してきた。ここまでされたら、私の答えはもう決まっていた。
「じゃあ今回だけ……でも、ディート様には絶対に内緒よ?」
夜会には華やかな服装で参加して、着替えてから帰ればディート様にはバレないはずだ。そう思い、私は頷いた。
「ああ、もちろんさ」
先程の半泣き顔は何処へやら。唇の前に人差し指を立てて、リッシュはもう一度ウインクしたのだった。
「ふふ、姉上ならそう言ってくれると思ったよ。置いてったドレスや靴、その他諸々は衣装部屋に全部そのままとっておいてあるからね」
彼は嬉しそうに、私の手を握ってきた。
子供の頃、リッシュは引っ込み思案な泣き虫で、いつも私に手を引かれていた。いくつになっても、その手癖は抜けないようだ。
一夜限りの秘密。夫に隠し事が出来た罪悪感を抱えながらも、久々に煌びやかな服装をすることに心が沸き立つのを感じていた。
+
「みんな、お久しぶりね」
「イリーナ様!! お久しぶりです!!」
「お元気だった?」
着替えを終えた後、リッシュにエスコートされて会場となる広間に行くと、客が既に何人も到着していた。みんな、顔見知りばかりである。
私がやって来ると、皆一斉に話しかけに来てくれたのだった。
「服装やお化粧、髪型まで本当に素敵です」
「ふふっ、ありがとう。久しぶりだから気合い入れちゃった」
ざっくりとデコルテ周りの開いた花柄のドレスに合わせるジュエリーは、大ぶりなダイヤのネックレス。そしてバランスを取るように、イヤリングは少しだけ小さいものにした。
華やかなドレスのため、化粧は口紅とアイシャドウは肌なじみの良い色にして、チークでほんのりパール感を出し品の良さと華やかさを両立した。
耳の裏に香水を吹きかけて髪をセットして完成、といった感じだ。
「また見られるなんて、感激ですわ!!」
「そんな、大袈裟よ」
皆が歓声をあげて、賞賛してくれた。やはり目いっぱいお洒落して褒められるのは嬉しいものだ。
「あら、久しぶりじゃない、《白薔薇》」
私のことをその名で呼ぶのは、一人しかいない。声のした方を振り向くと、やはり例の彼女がいた。
社交界のもう1人の薔薇、《黒薔薇》であった。
「あら、お久しぶりね《黒薔薇》」
私も言い慣れた呼び名で、彼女を呼んだ。
かつて私達は《白薔薇》と《黒薔薇》と並び称され、ことあるごとに服装の華やかさを競い合っていた。
他のご令嬢は気に入った方の服装を真似ていき、次第に流行が生まれた。次の流行を作るのはどちらかと、よく火花を散らしたものだ。時折それは《薔薇戦争》と呼ばれていたものの、至極平和な争いであった。
かつてのライバルと話すのは、何だか不思議な気分だった。
「結婚式以来ね、元気だった?」
「ええ、お陰様で。主人と仲睦まじく過ごしてるわ。貴女ももう直、結婚するんですってね。おめでとう」
「……ええ、ありがとう。予定が決まったら、また招待状を送るわね」
彼女は少しだけ、浮かない顔だった。そして、扇子で顔を隠すように俯いてしまった。それは、凛とした美しさが魅力であるはずの《黒薔薇》としては、有り得ない姿であった。
「あら、貴女らしくないわね」
「少し……ね」
どうやら、結婚を前に不安を募らせているようだった。私の場合、不安よりも愛する人と結ばれる嬉しさの方が強かったが、そんなに上手くいく人ばかりではないのだろう。
「大丈夫、霧もすぐ晴れるわよ」
「そうかしら?」
そう言いながら、私は彼女に微笑んだ。
ひとしきり歓談したところで、リッシュは私にそっと耳打ちしてきた。
「姉上、女王陛下がもうすぐいらっしゃると思うので、そろそろ準備を」
「分かったわ。じゃあね《黒薔薇》、ごきげんよう」
こうして、夜会は幕を開けたのだった。
「そんな迎えに来なくても、こっちから行くのに」
「参加を無理にお願いしたのは僕と兄さんなんだから、このくらいはするさ」
そう言って、リッシュは私に悪戯っぽくウインクしてきた。近頃彼は、夜会で娘全員の心を掴む美男子と言われているらしい。弟がそんな風に言われるのは、姉としてやはり嬉しいものだ。
「ただ、姉上には言っとかなきゃいけないことがあって」
「何かしら……?」
リッシュは、私にとんでもないことを耳打ちしてきたのだった。
「実は……女王陛下は姉上の評判を耳にしたらしくて、《白薔薇》とお話しできる、って凄く楽しみにしてるみたいなんだ」
「え、ええっ!?」
「かつて社交界の《白薔薇》と呼ばれてた彼女とお話しできるなんて、どんな華やかな服装で来るのかしら……と相当期待してるようでね」
今回の夜会では、華やかさを抑えた装いをする予定だった。しかし、その計画が一気に狂ってしまったのである。
「姉上は結婚したら華やかな服装はもうしないって言ってたけど、それじゃあ女王陛下ががっかりするんじゃないかな」
困ったように眉を寄せながら、リッシュは言い募る。けれども、私は慌てて言い返した。
「夜会に参加する女性は私だけじゃないでしょう? ならば、私がそんなに気合い入れなくたって……」
「でも主催者は我が家だから……ね、駄目かな?」
子犬のようなウルウルした目で、弟は懇願してきた。ここまでされたら、私の答えはもう決まっていた。
「じゃあ今回だけ……でも、ディート様には絶対に内緒よ?」
夜会には華やかな服装で参加して、着替えてから帰ればディート様にはバレないはずだ。そう思い、私は頷いた。
「ああ、もちろんさ」
先程の半泣き顔は何処へやら。唇の前に人差し指を立てて、リッシュはもう一度ウインクしたのだった。
「ふふ、姉上ならそう言ってくれると思ったよ。置いてったドレスや靴、その他諸々は衣装部屋に全部そのままとっておいてあるからね」
彼は嬉しそうに、私の手を握ってきた。
子供の頃、リッシュは引っ込み思案な泣き虫で、いつも私に手を引かれていた。いくつになっても、その手癖は抜けないようだ。
一夜限りの秘密。夫に隠し事が出来た罪悪感を抱えながらも、久々に煌びやかな服装をすることに心が沸き立つのを感じていた。
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「みんな、お久しぶりね」
「イリーナ様!! お久しぶりです!!」
「お元気だった?」
着替えを終えた後、リッシュにエスコートされて会場となる広間に行くと、客が既に何人も到着していた。みんな、顔見知りばかりである。
私がやって来ると、皆一斉に話しかけに来てくれたのだった。
「服装やお化粧、髪型まで本当に素敵です」
「ふふっ、ありがとう。久しぶりだから気合い入れちゃった」
ざっくりとデコルテ周りの開いた花柄のドレスに合わせるジュエリーは、大ぶりなダイヤのネックレス。そしてバランスを取るように、イヤリングは少しだけ小さいものにした。
華やかなドレスのため、化粧は口紅とアイシャドウは肌なじみの良い色にして、チークでほんのりパール感を出し品の良さと華やかさを両立した。
耳の裏に香水を吹きかけて髪をセットして完成、といった感じだ。
「また見られるなんて、感激ですわ!!」
「そんな、大袈裟よ」
皆が歓声をあげて、賞賛してくれた。やはり目いっぱいお洒落して褒められるのは嬉しいものだ。
「あら、久しぶりじゃない、《白薔薇》」
私のことをその名で呼ぶのは、一人しかいない。声のした方を振り向くと、やはり例の彼女がいた。
社交界のもう1人の薔薇、《黒薔薇》であった。
「あら、お久しぶりね《黒薔薇》」
私も言い慣れた呼び名で、彼女を呼んだ。
かつて私達は《白薔薇》と《黒薔薇》と並び称され、ことあるごとに服装の華やかさを競い合っていた。
他のご令嬢は気に入った方の服装を真似ていき、次第に流行が生まれた。次の流行を作るのはどちらかと、よく火花を散らしたものだ。時折それは《薔薇戦争》と呼ばれていたものの、至極平和な争いであった。
かつてのライバルと話すのは、何だか不思議な気分だった。
「結婚式以来ね、元気だった?」
「ええ、お陰様で。主人と仲睦まじく過ごしてるわ。貴女ももう直、結婚するんですってね。おめでとう」
「……ええ、ありがとう。予定が決まったら、また招待状を送るわね」
彼女は少しだけ、浮かない顔だった。そして、扇子で顔を隠すように俯いてしまった。それは、凛とした美しさが魅力であるはずの《黒薔薇》としては、有り得ない姿であった。
「あら、貴女らしくないわね」
「少し……ね」
どうやら、結婚を前に不安を募らせているようだった。私の場合、不安よりも愛する人と結ばれる嬉しさの方が強かったが、そんなに上手くいく人ばかりではないのだろう。
「大丈夫、霧もすぐ晴れるわよ」
「そうかしら?」
そう言いながら、私は彼女に微笑んだ。
ひとしきり歓談したところで、リッシュは私にそっと耳打ちしてきた。
「姉上、女王陛下がもうすぐいらっしゃると思うので、そろそろ準備を」
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