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再び華やかな世界へ
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「今度うちで開催される夜会に参加してくれないか?」
兄上と弟のリッシュが我が家を尋ねてきたのは、ディート様と結婚して一ヶ月程経った頃だった。
「今度、女王陛下が議会の視察に来られるんだ。そして女王を歓迎する為の夜会を、うちの邸宅で開催することになったんだ」
「まあ、先日あんなことが起きたばかりですのに……」
襲われかけたならば、暫くは身の安全の確保を第一に考えるべきだろう。女王の大胆さに、私はつい驚きの声をあげた。
「我が国の女王ともなれば、それ位の胆力が無ければ勤まらないのかもしれないな」
女王を襲った男は、生活に酷く困窮していたのだという。両親も病気で働けず、家族を養うために一人必死に働いていた。しかし失職してしまい、やり場の無い怒りを女王にぶつけようとしたらしい。
そこで女王は、失業者や傷病者への救済制度が正しく機能しているのかを確認すべく、各地の視察を決めたのだという。
「彼には温かなベッドと食事が必要だと、女王陛下は仰ったそうだ。本当に慈悲深いお方だ」
「優しさだけではこの世は成立しないがな」
腕を組みながら、渋い顔でディート様は呟いた。
「どんな事情があろうとも、女王陛下を襲ったことについては反省してもらわねばならんだろ。女王陛下が弱者に飴をお与えになるならば、私は悪人に鞭を振り下ろすことを躊躇うつもりは無い」
「おお、怖い」
きっと男は彼に捕らえられた時、一生分の恐怖を味わったに違いない。ディート様の物騒な物言いに、外面の良い兄上でさえも、引き攣った笑みを浮かべるばかりであった。
「……取り敢えず、話を戻そうか。ご存知の通り、女王陛下は服装に大層こだわりを持っていらっしゃる」
女王陛下はかなりご高齢ではあるものの、服装に気を抜かないことで有名だった。常に素敵な装いをしており、彼女の服装は常に世間の注目の的であった。
そして女王は、華やかに着飾った若い娘やご婦人と歓談するのが趣味なのだという。
「そこでイリーナ。お前には女王陛下をもてなす手伝いをして欲しいんだ」
「でも……私はもう嫁に行った後ですし、良いのですか?」
あくまで今回は政治家達が集う夜会であり、軍人は参加しない。ならば、私達夫婦が参加したら場違いではないだろうか。
「言わずとも皆着飾ってはくれるだろうが、主催者側からも''華''は一人欲しいところでね。私の妻もいるが、生憎身重なもので、イリーナに声をかけたんだ」
義姉は今第二子を妊娠中で、もう臨月に差し掛かる頃だった。夜会だと立ちっぱなしが基本なので、参加するのはやはり心配だ。
「もちろん、参加はお二人が了承してくれたらだけど、是非お願いしたい」
「私は良いですけれども、ディート様は……」
「良いんじゃないか?」
意外にも、ディート様はあっさり了承してくれたのだった。
「女王陛下とお話しするなど中々無いのだから、行ってみれば良い」
ディート様は横に座る私に、少しだけ笑いかけてくれた。先程の厳しい表情とは全く違う。その笑顔を見て、一気に全身が熱くなるのを感じた。
嗚呼、本当に素敵……!!
結婚生活が始まってからも、私の彼に対する想いは冷めるどころか増すばかりであった。好きすぎるがあまり彼に気付かれていないか心配になる程に、分かりやすく私は夫に入れ込んでいた。
「おお、そう言ってくれると実にありがたい」
ディート様の一言を聞いて、兄上は嬉しそうに笑った。
「だがしかし、その日はどうしても抜けられない仕事があってな。申し訳無いが、私はついて行けない」
「大丈夫。エスコートなら、私とリッシュが責任もってやらせてもらうよ」
「そうか、なら安心だな」
「姉上、参加してくれますよね?」
期待に満ちた笑顔を向けながら、リッシュは私に畳み掛ける。昔から兄上は私のお強請りを何でも聞いてくれるし、私は弟のお願いを断れないのだった。
「結婚してから夜会も久しぶりでしょう? 是非、参加して欲しいです」
可愛い弟にキラキラした目でそんなことを言われたら、もう断る選択肢は無いではないか。
「分かったわ。じゃあ、参加しようかしら」
「よし、決まりだな」
「嬉しいな、詳細が決まったらまた連絡するから」
「折角だから、楽しんできてくれ」
こうして私は、華やかな世界に舞い戻ることとなったのである。
兄上と弟のリッシュが我が家を尋ねてきたのは、ディート様と結婚して一ヶ月程経った頃だった。
「今度、女王陛下が議会の視察に来られるんだ。そして女王を歓迎する為の夜会を、うちの邸宅で開催することになったんだ」
「まあ、先日あんなことが起きたばかりですのに……」
襲われかけたならば、暫くは身の安全の確保を第一に考えるべきだろう。女王の大胆さに、私はつい驚きの声をあげた。
「我が国の女王ともなれば、それ位の胆力が無ければ勤まらないのかもしれないな」
女王を襲った男は、生活に酷く困窮していたのだという。両親も病気で働けず、家族を養うために一人必死に働いていた。しかし失職してしまい、やり場の無い怒りを女王にぶつけようとしたらしい。
そこで女王は、失業者や傷病者への救済制度が正しく機能しているのかを確認すべく、各地の視察を決めたのだという。
「彼には温かなベッドと食事が必要だと、女王陛下は仰ったそうだ。本当に慈悲深いお方だ」
「優しさだけではこの世は成立しないがな」
腕を組みながら、渋い顔でディート様は呟いた。
「どんな事情があろうとも、女王陛下を襲ったことについては反省してもらわねばならんだろ。女王陛下が弱者に飴をお与えになるならば、私は悪人に鞭を振り下ろすことを躊躇うつもりは無い」
「おお、怖い」
きっと男は彼に捕らえられた時、一生分の恐怖を味わったに違いない。ディート様の物騒な物言いに、外面の良い兄上でさえも、引き攣った笑みを浮かべるばかりであった。
「……取り敢えず、話を戻そうか。ご存知の通り、女王陛下は服装に大層こだわりを持っていらっしゃる」
女王陛下はかなりご高齢ではあるものの、服装に気を抜かないことで有名だった。常に素敵な装いをしており、彼女の服装は常に世間の注目の的であった。
そして女王は、華やかに着飾った若い娘やご婦人と歓談するのが趣味なのだという。
「そこでイリーナ。お前には女王陛下をもてなす手伝いをして欲しいんだ」
「でも……私はもう嫁に行った後ですし、良いのですか?」
あくまで今回は政治家達が集う夜会であり、軍人は参加しない。ならば、私達夫婦が参加したら場違いではないだろうか。
「言わずとも皆着飾ってはくれるだろうが、主催者側からも''華''は一人欲しいところでね。私の妻もいるが、生憎身重なもので、イリーナに声をかけたんだ」
義姉は今第二子を妊娠中で、もう臨月に差し掛かる頃だった。夜会だと立ちっぱなしが基本なので、参加するのはやはり心配だ。
「もちろん、参加はお二人が了承してくれたらだけど、是非お願いしたい」
「私は良いですけれども、ディート様は……」
「良いんじゃないか?」
意外にも、ディート様はあっさり了承してくれたのだった。
「女王陛下とお話しするなど中々無いのだから、行ってみれば良い」
ディート様は横に座る私に、少しだけ笑いかけてくれた。先程の厳しい表情とは全く違う。その笑顔を見て、一気に全身が熱くなるのを感じた。
嗚呼、本当に素敵……!!
結婚生活が始まってからも、私の彼に対する想いは冷めるどころか増すばかりであった。好きすぎるがあまり彼に気付かれていないか心配になる程に、分かりやすく私は夫に入れ込んでいた。
「おお、そう言ってくれると実にありがたい」
ディート様の一言を聞いて、兄上は嬉しそうに笑った。
「だがしかし、その日はどうしても抜けられない仕事があってな。申し訳無いが、私はついて行けない」
「大丈夫。エスコートなら、私とリッシュが責任もってやらせてもらうよ」
「そうか、なら安心だな」
「姉上、参加してくれますよね?」
期待に満ちた笑顔を向けながら、リッシュは私に畳み掛ける。昔から兄上は私のお強請りを何でも聞いてくれるし、私は弟のお願いを断れないのだった。
「結婚してから夜会も久しぶりでしょう? 是非、参加して欲しいです」
可愛い弟にキラキラした目でそんなことを言われたら、もう断る選択肢は無いではないか。
「分かったわ。じゃあ、参加しようかしら」
「よし、決まりだな」
「嬉しいな、詳細が決まったらまた連絡するから」
「折角だから、楽しんできてくれ」
こうして私は、華やかな世界に舞い戻ることとなったのである。
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