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三度目の夜はまだまだ続く
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「そう言えば。ヴァルタ様はいつ頃、私のことを見つけてくれたのですか?」
ベッドに二人並んで横になってから、私はそれとなく彼に問うた。
「お前が聖女候補に選ばれた日の、前日だ」
「え……?」
「所在が分かった後、直ぐにお前の家を訪ねた。しかし、残念ながら丁度留守だったんだ。お前の両親が気を利かして、別の日に会えるよう手配すると約束してくれたのだが……次の日の朝に、聖女候補の手紙が届いた訳だ」
「それから一年間ずっと、待っていてくれたのですか?」
「ああ。それで、待っている間にお前の家族と仲良くなっていた」
「えっ、え……?」
急に話が飛躍して困惑していると、ヴァルタはこれまでの経緯を教えてくれた。
聖女候補となり暫く会えないと私の父上から伝えられた時、彼は救いようが無い程に落ち込んだらしい。
そんな彼を哀れに思った父上は、本人には会わせられないが、近況なら教えることが出来る、と私が留守の日に再度ヴァルタを家に招いたのだという。
「その時、お前の両親に非常に気に入られてな。それから月に一、二度近況を聞きに行くのが習慣になっていた」
「は、はあ」
「それで何度か通ったある日、聖女候補から外れた日には良ければ……と縁談を持ちかけられた」
「ああ、成程。どうりで……」
思い返せばヴァルタと初めて顔を合わせた時、父上や母上、そして兄上は彼と親しげに話しているなとは感じていた。騎士団長という肩書きで信頼していたのかと思っていたが、それは間違いだったようだ。
一年も顔を合わせていれば、信頼関係もしっかり築ける訳である。
「月に一、二度ってことは。もしかして、お菓子のお土産とか、お持ちいただいてました?」
「大したものでは無いが、そうだな」
その時期、頻繁に貰い物の高級な菓子を食べていたのはよく覚えている。父上は来客から貰った手土産と言っていたが、クッキーやフロランタンなど、私の好きなものばかりで不思議に思っていたのだ。
「その……今更ですが、ご馳走様でした」
「ああ。美味かったなら良かった」
自分が知らぬ間に、ヴァルタはがっちりと外堀を埋めていた訳である。彼の恐ろしいまでの策士ぶりには驚くばかりであった。敵に回したら怖い人とは、きっと彼のような人を指すに違い無い。
けれども、つい先程まで抱いていた不安は消え去っていた。
「ん? どうした?」
「いえ、何でもありませんわ」
微笑みながら、私はヴァルタの首元に顔を埋めた。
休暇が明ければ、夫婦で過ごせる時間も減ってしまうだろう。だから今のうちに、目いっぱい甘えておきたかったのだ。
「本当に、可愛いことをしてくれるな」
「 ん、……ひ、あっ!?」
私を腕の中に閉じ込めた後、ヴァルタは耳たぶに甘く噛み付いてきたのだった。
そして、彼自身がまた存在を主張し始めているのを感じた。
「さて。エミリア。私はルーフェンを責める気は端から全く無い。流石に、妻に話しかけたくらいで怒る程狭量ではないからな」
「え、あっ、はい……?」
「だがしかし、あれだけ濃密な一夜を共に過ごしたのに私には全く気付かず、挙句少し顔を見知った程度の男のことは覚えていて親しそうに話していられたら……私とて心中穏やかではいられない」
「そ、それは……ヴァルタ様はあの時、顔まで包帯が巻かれてて部屋も薄暗かったので、顔がよく見えなかったから……」
「ほう。言い訳はそれだけか?」
どうやら私は、無意識に彼の嫉妬心を煽ってしまったようだった。
「だったら、これからは二度と忘れられない様に、その目にも身体にも、私の存在を嫌という程に覚え込んでもらわねばなるまいな」
真正面から欲を孕んだ瞳に見つめられ、再び身体の熱が呼び起こされるのを感じる。
正直、何をされるか分からない恐ろしさはある。けれども、密かに期待している自分もいた。
「エミリア、準備は良いか?」
「ん……っ、はい、」
どうやら、三度目の夜はまだ終わらないらしい。
果たして次は、ヴァルタはどんな姿を見せてくれるのだろうか。そんなことを考えながら、私は彼に身を任せた。
ベッドに二人並んで横になってから、私はそれとなく彼に問うた。
「お前が聖女候補に選ばれた日の、前日だ」
「え……?」
「所在が分かった後、直ぐにお前の家を訪ねた。しかし、残念ながら丁度留守だったんだ。お前の両親が気を利かして、別の日に会えるよう手配すると約束してくれたのだが……次の日の朝に、聖女候補の手紙が届いた訳だ」
「それから一年間ずっと、待っていてくれたのですか?」
「ああ。それで、待っている間にお前の家族と仲良くなっていた」
「えっ、え……?」
急に話が飛躍して困惑していると、ヴァルタはこれまでの経緯を教えてくれた。
聖女候補となり暫く会えないと私の父上から伝えられた時、彼は救いようが無い程に落ち込んだらしい。
そんな彼を哀れに思った父上は、本人には会わせられないが、近況なら教えることが出来る、と私が留守の日に再度ヴァルタを家に招いたのだという。
「その時、お前の両親に非常に気に入られてな。それから月に一、二度近況を聞きに行くのが習慣になっていた」
「は、はあ」
「それで何度か通ったある日、聖女候補から外れた日には良ければ……と縁談を持ちかけられた」
「ああ、成程。どうりで……」
思い返せばヴァルタと初めて顔を合わせた時、父上や母上、そして兄上は彼と親しげに話しているなとは感じていた。騎士団長という肩書きで信頼していたのかと思っていたが、それは間違いだったようだ。
一年も顔を合わせていれば、信頼関係もしっかり築ける訳である。
「月に一、二度ってことは。もしかして、お菓子のお土産とか、お持ちいただいてました?」
「大したものでは無いが、そうだな」
その時期、頻繁に貰い物の高級な菓子を食べていたのはよく覚えている。父上は来客から貰った手土産と言っていたが、クッキーやフロランタンなど、私の好きなものばかりで不思議に思っていたのだ。
「その……今更ですが、ご馳走様でした」
「ああ。美味かったなら良かった」
自分が知らぬ間に、ヴァルタはがっちりと外堀を埋めていた訳である。彼の恐ろしいまでの策士ぶりには驚くばかりであった。敵に回したら怖い人とは、きっと彼のような人を指すに違い無い。
けれども、つい先程まで抱いていた不安は消え去っていた。
「ん? どうした?」
「いえ、何でもありませんわ」
微笑みながら、私はヴァルタの首元に顔を埋めた。
休暇が明ければ、夫婦で過ごせる時間も減ってしまうだろう。だから今のうちに、目いっぱい甘えておきたかったのだ。
「本当に、可愛いことをしてくれるな」
「 ん、……ひ、あっ!?」
私を腕の中に閉じ込めた後、ヴァルタは耳たぶに甘く噛み付いてきたのだった。
そして、彼自身がまた存在を主張し始めているのを感じた。
「さて。エミリア。私はルーフェンを責める気は端から全く無い。流石に、妻に話しかけたくらいで怒る程狭量ではないからな」
「え、あっ、はい……?」
「だがしかし、あれだけ濃密な一夜を共に過ごしたのに私には全く気付かず、挙句少し顔を見知った程度の男のことは覚えていて親しそうに話していられたら……私とて心中穏やかではいられない」
「そ、それは……ヴァルタ様はあの時、顔まで包帯が巻かれてて部屋も薄暗かったので、顔がよく見えなかったから……」
「ほう。言い訳はそれだけか?」
どうやら私は、無意識に彼の嫉妬心を煽ってしまったようだった。
「だったら、これからは二度と忘れられない様に、その目にも身体にも、私の存在を嫌という程に覚え込んでもらわねばなるまいな」
真正面から欲を孕んだ瞳に見つめられ、再び身体の熱が呼び起こされるのを感じる。
正直、何をされるか分からない恐ろしさはある。けれども、密かに期待している自分もいた。
「エミリア、準備は良いか?」
「ん……っ、はい、」
どうやら、三度目の夜はまだ終わらないらしい。
果たして次は、ヴァルタはどんな姿を見せてくれるのだろうか。そんなことを考えながら、私は彼に身を任せた。
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