鉄壁騎士様は奥様が好きすぎる~彼の素顔は元聖女候補のガチファンでした~

二階堂まや

文字の大きさ
上 下
4 / 7

三度目の夜を貴方と

しおりを挟む
「ヴァルタ様、少しよろしいでしょうか?」

 夜会が終わり帰宅した後、私はヴァルタに話しかけた。本当は気が進まないものの、嫌なことを明日に持ち越したくなかったのだ。

「何だ?」

 ペンを置き、ヴァルタは私の方へ顔を向けた。入浴後なので普段セットされている前髪も下ろされていて、少しだけ近寄り難さが減っているようにも思えた。

 結婚後は、5日間休暇が与えられる。しかし彼は多忙な人なので、休暇中にも関わらず仕事をしていた。就寝前の今も、彼は寝室に置いたテーブルで書き物をしていたのである。

「先程は、出過ぎた真似をして申し訳ございませんでした」

 ヴァルタは表情を全く変えない。無表情で、黙っているだけであった。

「癒しの力を使うため、ルーフェン様に触れたのは私です。何の落ち度もございませんので、どうか彼を責めないで下さい。思うことがあるならば、どうぞ私におっしゃて下さい」

 几帳面な文字の並ぶ書類をちらりと見てから、私は言った。

 妻である私に不機嫌な態度をぶつけるならまだしも、無関係な人まで巻き込むのは、見過ごすことができなかったのだ。

 とはいえ、彼の行動を批判する言い方をするのはかえって逆効果になりかねない。あくまで下手に出て、一旦様子を見ることにしたのである。

「……」

 互いに無言の睨み合いが続く。けれども、この件について引く気は無かった。

 すると、ヴァルタは眉間に皺を寄せた。そして、彼は徐に椅子から立ち上がったのだった。

「……エミリア」

 平手打ちを覚悟して、私は目を閉じた。

 しかし。叩かれることは無かった。代わりに、目を開けたら彼に横抱きにされていたのである。

「……え、っ!?」

 そしてヴァルタはさっさと歩き出し、ベッドへと向かった。そして何故か私は、そのままシーツの上に押し倒されたのである。

「ヴァルタ様……?」

 息が重なる程に近くで見つめ合う状況に困惑しながらも、私は問いかける。しかし、彼は苦虫を噛み潰したような顔をするばかりで、返事は返って来なかった。

「……えっと」

 このまま、怒りに任せて無理矢理に乱暴されるのだろうかと身構えたものの、ヴァルタは意外な言葉を口にしたのだった。

「私の態度が気に食わなかったなら謝る。私が悪かった。だから、そんな顔をするな」

「……?」

 目に見えて、ヴァルタは狼狽えていた。焦って饒舌になる彼の姿に、私はぽかんとするばかりであった。

「嫌なことがあったなら言ってくれ。直すよう努力する」

 どうも、話が噛み合わない。混乱しながらも、私は一つ一つ答えていくことにした。

「その、ヴァルタ様。''私に''不満があるならば言って欲しいとお伝えしただけで、私が今''貴方に''不満がある訳ではないです」

「本当に? 本当なのか?」

「はい。だからその、落ち着いて下さい。そして……離して下さいな」

 苦手な男とはいえ、組み敷かれて何も感じない訳が無い。彼の吐息の音を聞く度に、心臓の鼓動は速くなるばかりだ。

「そうか、だったら良いのだが」

 ヴァルタが安堵したように息を吐いたところで、彼のシャツの胸ポケットから何かがシーツの上に転がり落ちた。うっすらと自分の魔力の気配がして、薄暗い寝台の上でもすぐに気付いたのだった。

「これは……?」

「……っ!?」

 小袋に入った何か。最初はよく分からなかったが、よくよく見ると見覚えのあるものだった。

 それは、押し花にされた薔薇の花びらだった。

「ああ。……あの夜、お前から貰った物だ」

「ということは、貴方はあの時の……!!」

 私には、忘れられない一夜があった。

 戦時中、私はとある野戦病院で一人の重症患者と出会った。彼は砲撃を受け酷い怪我を負い、助かる見込みがないと判断されていた。そして治療は行われず、まだ息があるのに地下の霊安室で独り寝かされていたのである。

 しかし私はどうしても見捨てることができず、夜中にこっそりと彼の元へ向かい、一晩中力を使い、治療にあたったのだった。

「ようやく、気付いたか」

 少しだけきまり悪そうに、ヴァルタは呟いた。

「騙すつもりも、黙っておくつもりも無かった……っ、て、おい」

「……っ、うう、」

 急に堰を切ったように涙があふれて、止まらなかった。

 付きっきりで看病したかったが、次の日に別の病院への異動を命じられており、彼のことを最後まで見守ることができなかったのだ。

 そして彼の元を離れる際、お守りとして持ってきていた故郷の薔薇の花びらを寝ている彼に握らせておいたのである。その後が気になってはいたものの、調べる手立てもなく、諦めていたのだ。
 
「良かった、生きててくれて……!!」

 思わず、私はヴァルタに抱きついた。頼もしい胸からは、確かに鼓動が聞こえる。

 彼が生きてる。それだけで私には十分だったのだ。

「……っ、エミリア、」

 ヴァルタの一言で、はっと我に返る。そして、慌てて彼の胸から身体を離したのだった。

「……っ、ごめんなさい、つい嬉しくて……女性はお好きでないのに、馴れ馴れしくて」

「っ、違う!! 誤解だ!!」

 彼のあまりの勢いに、私は目を見開いた。

「私は、女嫌いでも何でもない」

「え、でも、縁談をずっと断り続けていたって……」
 
「お前に会うために、断っていただけだ」

 見てわかるくらいに、ヴァルタは赤面していた。焦ったり、顔が赤くなったり。鉄壁の鉄仮面は、完全に崩れ去っていた。

「終戦後、手掛かりの無いまま仕事の傍ら必死にお前を探した。そしてようやく見つかったと思った矢先、奇しくもお前が聖女候補に選ばれたという報せが入ったんだ」

「……」

「候補に選ばれたならば、会うことは出来ない。だから、ひたすらに待ち続けた」

 戦争が終わってから聖女選びが終わるまでの間、彼は一途に想い続けてくれていたのだろう。

「お前に一度で良いからまた会いたかった。それだけだ」

 その時の彼の気持ちを想像すると、切なさで胸が締め付けられる。

 けれども、どうしても納得できないことが二つだけあった。

「嬉しいはずなのに、何で今まで怖い顔をしてらしたの?」

「お前といるだけで口が変に引き攣るから、それを隠すのに必死だった」

 思えば、夜会の時も彼は左右に引っ張ったように口を一文字に閉ざしていた。つまりは、にやけるのを堪えていたということなのだろう。

「……じゃあ、昨日の夜はどうして?」

 大切に思っていたにしては素っ気無さすぎた昨夜を思い浮かべながら、私は問うた。

 別に、乱雑な交わりだった訳では無い。強引では無かったし、優しくもされたと思う。

 しかし募る想いがあったにしては、「慣らして貫いて出して終わり」というあまりにも短すぎる情事だったのだ。照れがあったにしても、あまりにも淡白すぎるではないか。

「……初夜は女性からすれば辛いものだと聞いたことがある。だから、なるべく早めに切り上げた」

 つまりは、彼なりに私を思いやった結果、そうなったらしい。

 屈強な外見に似合わぬ健気な気持ちを知り、不思議と彼に対して愛しさが込み上げてくるのを感じた。

「ヴァルタ様って、変なとこで不器用で、臆病ですのね」

「……うるさい」

「ふふっ」

 ルーフェンを睨み付けていた男と、目の前にいる男が同一人物とは到底思えない。彼の不器用すぎる行動に、思わず私は笑ってしまったのだった。

「……初夜を良いものにできなくて、悪かったな」

 自分の気遣いが良い方向に伝わらなかったのを察したのか、ヴァルタはぽつりと呟いた。

「今後するのが嫌だと思ってるなら、もうお前を抱かない」

「嫌だとは思ってませんわ」

「気を使うな、かえって傷口を広げるだけだ」

 いじけた子供のように、彼は突っぱねてきた。けれども、残念ながら私はそんなことで挫ける性格ではないのだ。

「昨日は、貴方がすぐ離れてしまって寂しかっただけです」

「……っ、エミリア」

「だから今宵はもっと貴方と触れ合っていたい。……駄目ですか?」

 私の言わんとしてることを理解したようで、ヴァルタはとうとう耳まで赤くしてしまった。

「なるべく大切にはするが……昨日ですら自らの欲を抑え込むのに必死だったんだ。きっとそんなことしたら、直ぐに抑えが利かなくなる。エミリア、それでも良いのか?」

 ヴァルタの瞳には不安と、雄としての本能的な欲がぎらつき始めていた。

「ふふ、勿論。それに……」

「?」

「初めて過ごしたあの夜から数えたら、もう三度目の夜ではないですか。ここまで来たのですから、ヴァルタ様のことをもっと深く教えてくださいな」

「エミリア……!!」

 こうして、私達の''三度目の夜''は始まったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷酷王子と逃げたいのに逃げられなかった婚約者

月下 雪華
恋愛
我が国の第2王子ヴァサン・ジェミレアスは「氷の冷酷王子」と呼ばれている。彼はその渾名の通り誰に対しても無反応で、冷たかった。それは、彼の婚約者であるカトリーヌ・ブローニュにでさえ同じであった。そんな彼の前に現れた常識のない女に心を乱したカトリーヌは婚約者の席から逃げる事を思いつく。だが、それを阻止したのはカトリーヌに何も思っていなさそうなヴァサンで…… 誰に対しても冷たい反応を取る王子とそんな彼がずっと好きになれない令嬢の話

【完結】夢見たものは…

伽羅
恋愛
公爵令嬢であるリリアーナは王太子アロイスが好きだったが、彼は恋愛関係にあった伯爵令嬢ルイーズを選んだ。 アロイスを諦めきれないまま、家の為に何処かに嫁がされるのを覚悟していたが、何故か父親はそれをしなかった。 そんな父親を訝しく思っていたが、アロイスの結婚から三年後、父親がある行動に出た。 「みそっかす銀狐(シルバーフォックス)、家族を探す旅に出る」で出てきたガヴェニャック王国の国王の側妃リリアーナの話を掘り下げてみました。 ハッピーエンドではありません。

婚約破棄される令嬢は最後に情けを求め

かべうち右近
恋愛
「婚約を解消しよう」 いつも通りのお茶会で、婚約者のディルク・マイスナーに婚約破棄を申し出られたユーディット。 彼に嫌われていることがわかっていたから、仕方ないと受け入れながらも、ユーディットは最後のお願いをディルクにする。 「私を、抱いてください」 だめでもともとのその申し出を、何とディルクは受け入れてくれて……。 婚約破棄から始まるハピエンの短編です。 この小説はムーンライトノベルズ、アルファポリス同時投稿です。

溺愛されるのは幸せなこと

ましろ
恋愛
リュディガー伯爵夫妻は仲睦まじいと有名だ。 もともとは政略結婚のはずが、夫であるケヴィンがイレーネに一目惚れしたのだ。 結婚してから5年がたった今も、その溺愛は続いている。 子供にも恵まれ順風満帆だと思われていたのに── 突然の夫人からの離婚の申し出。一体彼女に何が起きたのか? ✽設定はゆるゆるです。箸休め程度にお楽しみ頂けると幸いです。

お義兄様に一目惚れした!

よーこ
恋愛
クリステルはギレンセン侯爵家の一人娘。 なのに公爵家嫡男との婚約が決まってしまった。 仕方なくギレンセン家では跡継ぎとして養子をとることに。 そうしてクリステルの前に義兄として現れたのがセドリックだった。 クリステルはセドリックに一目惚れ。 けれども婚約者がいるから義兄のことは諦めるしかない。 クリステルは想いを秘めて、次期侯爵となる兄の役に立てるならと、未来の立派な公爵夫人となるべく夫人教育に励むことに。 ところがある日、公爵邸の庭園を侍女と二人で散策していたクリステルは、茂みの奥から男女の声がすることに気付いた。 その茂みにこっそりと近寄り、侍女が止めるのも聞かずに覗いてみたら…… 全38話

【完結】愛する夫の務めとは

Ringo
恋愛
アンダーソン侯爵家のひとり娘レイチェルと結婚し婿入りした第二王子セドリック。 政略結婚ながら確かな愛情を育んだふたりは仲睦まじく過ごし、跡継ぎも生まれて順風満帆。 しかし突然王家から呼び出しを受けたセドリックは“伝統”の遂行を命じられ、断れば妻子の命はないと脅され受け入れることに。 その後…… 城に滞在するセドリックは妻ではない女性を何度も抱いて子種を注いでいた。 ※完結予約済み ※全6話+おまけ2話 ※ご都合主義の創作ファンタジー ※ヒーローがヒロイン以外と致す描写がございます ※ヒーローは変態です ※セカンドヒーロー、途中まで空気です

【完結】婚約破棄を待つ頃

白雨 音
恋愛
深窓の令嬢の如く、大切に育てられたシュゼットも、十九歳。 婚約者であるデュトワ伯爵、ガエルに嫁ぐ日を心待ちにしていた。 だが、ある日、兄嫁の弟ラザールから、ガエルの恐ろしい計画を聞かされる。 彼には想い人がいて、シュゼットとの婚約を破棄しようと画策しているというのだ! ラザールの手配で、全てが片付くまで、身を隠す事にしたのだが、 隠れ家でシュゼットを待っていたのは、ラザールではなく、ガエルだった___  異世界恋愛:短編(全6話) ※魔法要素ありません。 ※一部18禁(★印)《完結しました》  お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

【完結】初恋の彼に 身代わりの妻に選ばれました

ユユ
恋愛
婚姻4年。夫が他界した。 夫は婚約前から病弱だった。 王妃様は、愛する息子である第三王子の婚約者に 私を指名した。 本当は私にはお慕いする人がいた。 だけど平凡な子爵家の令嬢の私にとって 彼は高嶺の花。 しかも王家からの打診を断る自由などなかった。 実家に戻ると、高嶺の花の彼の妻にと縁談が…。 * 作り話です。 * 完結保証つき。 * R18

処理中です...