1 / 7
聖女に花冠の祝福を
しおりを挟む
「投票の結果、リリス嬢を十二代目聖女として選出する!!」
その一言を皮切りに、広場に歓声が一気に巻き起こった。
そして、新たなる聖女━━この国の王太子妃の選出を祝い、民衆は皆薔薇の花びらを投げ、盛大な拍手を送る。今この瞬間、間違いなく国中が歓喜に包まれていた。
ドレスの裾を軽く持ち上げて、リリスはゆっくりと王太子の前へと歩み出る。そして、彼から祝いの言葉を賜った後、婚約の証として、額へのキスを受けたのだった。
聡明な王太子と清らかで美しい聖女が並ぶ姿は、さながら絵画のようであった。きっと国民から愛され、戦禍の爪痕が残るこの国の希望となるに違いない。
「エミリア嬢は、聖女殿に花冠の授与と力の譲り渡しを!!」
司会の指示により、私も花冠を持ってリリスの前に進み出る。
敗れた聖女候補は、聖女へ花冠と自らの魔力を渡すのが決まりとなっているのだ。聖女が国の民のために、多くの力を使えるようにするためである。
向かい合ってリリスと目が合ったが、彼女は申し訳無さそうな表情をしていた。一年に渡って聖女の座を争った女と相見えるのだから、仕方あるまい。
しかし、彼女への嫉妬は微塵も無かった。むしろ、自分よりもリリスの方が聖女に相応しいと感じていたので、この結果は当然だとすら思っていた。
確かに、力は私の方が持っていたと思う。だが容姿も人となりも自分よりずっと優れている彼女のことだ。この先、何の心配も無いはずだ。
「そんな顔しないで。折角の綺麗な顔が勿体無いわ」
リリスにだけ聞こえるように囁くと、彼女は少しだけ笑ってくれた。
互いに競い合うのには向いてない性格だったので、私達は宿敵同士というよりも、親友に近い関係であったのだ。
「おめでとう、リリス」
「……っ、ありがとう、エミリア」
「ふふっ」
笑みを浮かべて、私は彼女の頭にそっと花冠を乗せた。赤い薔薇をあしらった華やかな冠は、見目麗しい彼女に良く似合っている。
冠から彼女の両頬へと手を移し、私は目を閉じた。そして、魔力をリリスの身体へと移していく。水流のように、力が彼女の中へ注がれていくのが感覚で分かった。
生まれつきあった力が離れていくのは、少し寂しくもある。だがこれも決まりだ。仕方あるまい。
力を渡し終えて目を開くと、リリスは泣きそうな顔をしていた。
今までは聖女候補として二人並び仰せられていたが、この瞬間から聖女とただの小娘という隔たりが生まれた。彼女なりにそれを察したのかもしれない。
「エミリア、っ、……」
「泣かないでよ、これからも応援してるから」
そう言ってから、私は舞台を下りた。''元''聖女候補の役目は、これで終わりなのである。
「皆の者、聖女殿に今一度盛大な拍手を!!」
再び拍手が巻き起こり、リリスは感極まって涙を流す。優しい王太子は、そんな彼女にハンカチを差し出していた。
「じゃあね、リリス」
役目を果たしたらば、敗者は去るのみ。主役の邪魔にならぬよう、私は静かにその場を後にした。
こうして、終戦後初の聖女選びは幕を閉じたのである。
+
「最後までよく頑張ったな、エミリア」
「力が及ばず、恥ずかしいばかりですわ」
帰りの馬車の中で、父上と母上、兄上は私を励ましてくれた。聖女になれず悔しくは無いが、家族の期待や応援に応えられなかった申し訳無さは十分過ぎるほどにあった。
俯いて自分の靴の先ばかり見つめる私の肩を叩きながら、兄上は言った。
「何言ってるんだ、聖女候補に選ばれるだけでとっても名誉なことじゃないか。お前は自慢の妹だよ」
「……ありがとう、お兄様」
「疲れたでしょう、今日は兎に角ゆっくり休みなさいな」
「……はい」
聖女選びは、およそ一年に及んだ。王室から聖女候補に選ばれたという手紙が届いてから今日までは、本当に瞬く間に過ぎていったと思う。
取り敢えず、先ずは結婚相手をどうにか探さねばなるまい。
候補に選ばれた場合、聖女選びが終わるまでは縁談を全て断らなければならない規則があった。つまり、現状私は婚約者がいないのである。通常であれば婚約どころかもうじき結婚する歳頃なので、それを考えると頭が痛い。
だが、この先を考えるのも明日以降にしたかった。重責から解放されたことにより、どっと疲れが出てきたのだ。正直、窮屈なコルセットも何もかもを脱ぎ捨てて、ベッドに潜り込みたかった。
しばらくは、ゆっくり休もう。
しかしその''しばらく''は長くは続かなかった。聖女選びが終わった翌日、私は父上からある一人の男を紹介されたのだ。
それが私の夫、王立騎士団長ヴァルタである。
その一言を皮切りに、広場に歓声が一気に巻き起こった。
そして、新たなる聖女━━この国の王太子妃の選出を祝い、民衆は皆薔薇の花びらを投げ、盛大な拍手を送る。今この瞬間、間違いなく国中が歓喜に包まれていた。
ドレスの裾を軽く持ち上げて、リリスはゆっくりと王太子の前へと歩み出る。そして、彼から祝いの言葉を賜った後、婚約の証として、額へのキスを受けたのだった。
聡明な王太子と清らかで美しい聖女が並ぶ姿は、さながら絵画のようであった。きっと国民から愛され、戦禍の爪痕が残るこの国の希望となるに違いない。
「エミリア嬢は、聖女殿に花冠の授与と力の譲り渡しを!!」
司会の指示により、私も花冠を持ってリリスの前に進み出る。
敗れた聖女候補は、聖女へ花冠と自らの魔力を渡すのが決まりとなっているのだ。聖女が国の民のために、多くの力を使えるようにするためである。
向かい合ってリリスと目が合ったが、彼女は申し訳無さそうな表情をしていた。一年に渡って聖女の座を争った女と相見えるのだから、仕方あるまい。
しかし、彼女への嫉妬は微塵も無かった。むしろ、自分よりもリリスの方が聖女に相応しいと感じていたので、この結果は当然だとすら思っていた。
確かに、力は私の方が持っていたと思う。だが容姿も人となりも自分よりずっと優れている彼女のことだ。この先、何の心配も無いはずだ。
「そんな顔しないで。折角の綺麗な顔が勿体無いわ」
リリスにだけ聞こえるように囁くと、彼女は少しだけ笑ってくれた。
互いに競い合うのには向いてない性格だったので、私達は宿敵同士というよりも、親友に近い関係であったのだ。
「おめでとう、リリス」
「……っ、ありがとう、エミリア」
「ふふっ」
笑みを浮かべて、私は彼女の頭にそっと花冠を乗せた。赤い薔薇をあしらった華やかな冠は、見目麗しい彼女に良く似合っている。
冠から彼女の両頬へと手を移し、私は目を閉じた。そして、魔力をリリスの身体へと移していく。水流のように、力が彼女の中へ注がれていくのが感覚で分かった。
生まれつきあった力が離れていくのは、少し寂しくもある。だがこれも決まりだ。仕方あるまい。
力を渡し終えて目を開くと、リリスは泣きそうな顔をしていた。
今までは聖女候補として二人並び仰せられていたが、この瞬間から聖女とただの小娘という隔たりが生まれた。彼女なりにそれを察したのかもしれない。
「エミリア、っ、……」
「泣かないでよ、これからも応援してるから」
そう言ってから、私は舞台を下りた。''元''聖女候補の役目は、これで終わりなのである。
「皆の者、聖女殿に今一度盛大な拍手を!!」
再び拍手が巻き起こり、リリスは感極まって涙を流す。優しい王太子は、そんな彼女にハンカチを差し出していた。
「じゃあね、リリス」
役目を果たしたらば、敗者は去るのみ。主役の邪魔にならぬよう、私は静かにその場を後にした。
こうして、終戦後初の聖女選びは幕を閉じたのである。
+
「最後までよく頑張ったな、エミリア」
「力が及ばず、恥ずかしいばかりですわ」
帰りの馬車の中で、父上と母上、兄上は私を励ましてくれた。聖女になれず悔しくは無いが、家族の期待や応援に応えられなかった申し訳無さは十分過ぎるほどにあった。
俯いて自分の靴の先ばかり見つめる私の肩を叩きながら、兄上は言った。
「何言ってるんだ、聖女候補に選ばれるだけでとっても名誉なことじゃないか。お前は自慢の妹だよ」
「……ありがとう、お兄様」
「疲れたでしょう、今日は兎に角ゆっくり休みなさいな」
「……はい」
聖女選びは、およそ一年に及んだ。王室から聖女候補に選ばれたという手紙が届いてから今日までは、本当に瞬く間に過ぎていったと思う。
取り敢えず、先ずは結婚相手をどうにか探さねばなるまい。
候補に選ばれた場合、聖女選びが終わるまでは縁談を全て断らなければならない規則があった。つまり、現状私は婚約者がいないのである。通常であれば婚約どころかもうじき結婚する歳頃なので、それを考えると頭が痛い。
だが、この先を考えるのも明日以降にしたかった。重責から解放されたことにより、どっと疲れが出てきたのだ。正直、窮屈なコルセットも何もかもを脱ぎ捨てて、ベッドに潜り込みたかった。
しばらくは、ゆっくり休もう。
しかしその''しばらく''は長くは続かなかった。聖女選びが終わった翌日、私は父上からある一人の男を紹介されたのだ。
それが私の夫、王立騎士団長ヴァルタである。
0
お気に入りに追加
342
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
冷酷王子と逃げたいのに逃げられなかった婚約者
月下 雪華
恋愛
我が国の第2王子ヴァサン・ジェミレアスは「氷の冷酷王子」と呼ばれている。彼はその渾名の通り誰に対しても無反応で、冷たかった。それは、彼の婚約者であるカトリーヌ・ブローニュにでさえ同じであった。そんな彼の前に現れた常識のない女に心を乱したカトリーヌは婚約者の席から逃げる事を思いつく。だが、それを阻止したのはカトリーヌに何も思っていなさそうなヴァサンで……
誰に対しても冷たい反応を取る王子とそんな彼がずっと好きになれない令嬢の話
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】夢見たものは…
伽羅
恋愛
公爵令嬢であるリリアーナは王太子アロイスが好きだったが、彼は恋愛関係にあった伯爵令嬢ルイーズを選んだ。
アロイスを諦めきれないまま、家の為に何処かに嫁がされるのを覚悟していたが、何故か父親はそれをしなかった。
そんな父親を訝しく思っていたが、アロイスの結婚から三年後、父親がある行動に出た。
「みそっかす銀狐(シルバーフォックス)、家族を探す旅に出る」で出てきたガヴェニャック王国の国王の側妃リリアーナの話を掘り下げてみました。
ハッピーエンドではありません。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約破棄される令嬢は最後に情けを求め
かべうち右近
恋愛
「婚約を解消しよう」
いつも通りのお茶会で、婚約者のディルク・マイスナーに婚約破棄を申し出られたユーディット。
彼に嫌われていることがわかっていたから、仕方ないと受け入れながらも、ユーディットは最後のお願いをディルクにする。
「私を、抱いてください」
だめでもともとのその申し出を、何とディルクは受け入れてくれて……。
婚約破棄から始まるハピエンの短編です。
この小説はムーンライトノベルズ、アルファポリス同時投稿です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
溺愛されるのは幸せなこと
ましろ
恋愛
リュディガー伯爵夫妻は仲睦まじいと有名だ。
もともとは政略結婚のはずが、夫であるケヴィンがイレーネに一目惚れしたのだ。
結婚してから5年がたった今も、その溺愛は続いている。
子供にも恵まれ順風満帆だと思われていたのに──
突然の夫人からの離婚の申し出。一体彼女に何が起きたのか?
✽設定はゆるゆるです。箸休め程度にお楽しみ頂けると幸いです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
お義兄様に一目惚れした!
よーこ
恋愛
クリステルはギレンセン侯爵家の一人娘。
なのに公爵家嫡男との婚約が決まってしまった。
仕方なくギレンセン家では跡継ぎとして養子をとることに。
そうしてクリステルの前に義兄として現れたのがセドリックだった。
クリステルはセドリックに一目惚れ。
けれども婚約者がいるから義兄のことは諦めるしかない。
クリステルは想いを秘めて、次期侯爵となる兄の役に立てるならと、未来の立派な公爵夫人となるべく夫人教育に励むことに。
ところがある日、公爵邸の庭園を侍女と二人で散策していたクリステルは、茂みの奥から男女の声がすることに気付いた。
その茂みにこっそりと近寄り、侍女が止めるのも聞かずに覗いてみたら……
全38話
【完結】愛する夫の務めとは
Ringo
恋愛
アンダーソン侯爵家のひとり娘レイチェルと結婚し婿入りした第二王子セドリック。
政略結婚ながら確かな愛情を育んだふたりは仲睦まじく過ごし、跡継ぎも生まれて順風満帆。
しかし突然王家から呼び出しを受けたセドリックは“伝統”の遂行を命じられ、断れば妻子の命はないと脅され受け入れることに。
その後……
城に滞在するセドリックは妻ではない女性を何度も抱いて子種を注いでいた。
※完結予約済み
※全6話+おまけ2話
※ご都合主義の創作ファンタジー
※ヒーローがヒロイン以外と致す描写がございます
※ヒーローは変態です
※セカンドヒーロー、途中まで空気です
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】婚約破棄を待つ頃
白雨 音
恋愛
深窓の令嬢の如く、大切に育てられたシュゼットも、十九歳。
婚約者であるデュトワ伯爵、ガエルに嫁ぐ日を心待ちにしていた。
だが、ある日、兄嫁の弟ラザールから、ガエルの恐ろしい計画を聞かされる。
彼には想い人がいて、シュゼットとの婚約を破棄しようと画策しているというのだ!
ラザールの手配で、全てが片付くまで、身を隠す事にしたのだが、
隠れ家でシュゼットを待っていたのは、ラザールではなく、ガエルだった___
異世界恋愛:短編(全6話) ※魔法要素ありません。 ※一部18禁(★印)《完結しました》
お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】初恋の彼に 身代わりの妻に選ばれました
ユユ
恋愛
婚姻4年。夫が他界した。
夫は婚約前から病弱だった。
王妃様は、愛する息子である第三王子の婚約者に
私を指名した。
本当は私にはお慕いする人がいた。
だけど平凡な子爵家の令嬢の私にとって
彼は高嶺の花。
しかも王家からの打診を断る自由などなかった。
実家に戻ると、高嶺の花の彼の妻にと縁談が…。
* 作り話です。
* 完結保証つき。
* R18
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる