悪役令嬢は獰猛な愛がお好き

二階堂まや

文字の大きさ
上 下
8 / 8

令嬢は、獰猛な愛を求む

しおりを挟む
 情事の余韻を残したシーツの上に、二人並んで横になる。アードルフの方に身体を向けると、すぐさま逞しい腕に囚われたのだった。

「ふふっ、そんなにしなくても、私は何処にも逃げませんよ」

「追い出したが、やっぱり返せと言ってくるかもしれんだろ」

 つまりは王子の気が変わり、私を連れ戻そうとするかもしれない……ということらしい。

 熊の可愛らしい心配に、つい笑いが込み上げる。

「ふふっ、ご安心くださいませ。絶対に有り得ませんわ」

「そうか?」

「彼からすれば、私はどうでも良い女なのですから」

 ふと、夜会での出来事が頭をよぎる。

 あの日。仲睦まじく語らう王子とイレーネの姿を見て、私は居ても立ってもいられなかった。そして、飲みかけのワイングラスを持ったまま、二人の元へ歩み寄ったのだった。

 が、丁度二人の前まで来た時、靴のヒールが折れてしまったのだ。

 私はバランスを崩し、その場に倒れ込んだ。そしてグラスのワインが、彼女のドレスに降りかかったのである。

 偶然なのか、はたまた誰かの差し金なのか。今となっては分からない。

 覚えているのは、その日に限ってイレーネが薄い色のドレスを着ていたことだけだ。

「私が目の前で転けても、王子は助けてくださいませんでしたもの」

 代わりに王子は、庇うようにイレーネの腰を抱き寄せたのだった。

「……そうか」

「……」

「まあ、仮に返せと言われて返す程、私も馬鹿ではないがな」

 アードルフは、私の頬に手を添えた。愛おしむような優しい所作は、私の心を落ち着かせた。

「本当に、熊のような手のひらですこと」

 改めて、彼の大きな手に触れる。傷跡や豆が出来て厚くなった手の皮は、人肌の弾力はあるものの、無骨なものであった。

 今まで彼はこの手で、フォークやナイフより重いものを沢山持ってきたのだろう。

 ルカ王子とは、大違いだ。

「綺麗な手でなくて悪かったな」

「いいえ。この手が大好きですの。熊の肉球みたいで」

「それは褒め言葉か?」

 甘えるようにアードルフの手に口付けて舐めてみると、彼は少しだけ身体を強ばらせた。

「舐めても美味くないだろ」

「あら、熊の手は蜜が染みて美味しいってご存知ですか?」

 途端に黙り込む彼。秘蜜を指で漁っていた自らの姿を思い出したことは、想像に難くなかった。

「……まったく」

 ため息をついて、彼は呆れたように笑った。

「ふふっ。……ところで」

「ん?」

「結局私の口寂しさは、埋めてくださらないのですか?」

 今宵唯一の心残りを、私は静かに口にした。

 強請るように唇を動かせば、アードルフは面食らったように目を見開く。そして、気まずそうに目を泳がせたのだった。
 
「……あまり、期待するな」

 顔が近付けられ、ゆっくりと唇が重ねられる。私の口寂しさは、無事に満たされたのだった。

 しかし舌を絡められることはなく、すぐに繋がりは絶たれたのだった。

 食らいつくようなキスを想像していたので、正直拍子抜けだった。

「随分、控えめでいらっしゃるのね」

「これ以上すると、''おかわり''が欲しくなるから駄目だ」

 内なる獣を抑え込むように、彼は言った。どうやら目の前の熊は、底無しの食いしん坊らしい。

 ならば、欲の尽きるまでいくらでも付き合おうではないか。

「あら、まだ夜は長いですのよ?」

「止めておけ。男の性欲を甘く見過ぎだ」

「ふふっ、明日はゆっくり休ませていただくので大丈夫です」

「お前は……本当にどうかしてる」

 口では遠慮しながらも、アードルフの瞳には再び欲がぎらつき始めていた。きっと夜が明けるまで、この熊は私を離してはくれないだろう。

「貴方が満たされるまで、愛してください」

 獰猛な愛を求めるように、私は彼に口付け、舌を絡めた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非! *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。

束縛婚

水無瀬雨音
恋愛
幼なじみの優しい伯爵子息、ウィルフレッドと婚約している男爵令嬢ベルティーユは、結婚を控え幸せだった。ところが社交界デビューの日、ウィルフレッドをライバル視している辺境伯のオースティンに出会う。翌日ベルティーユの屋敷を訪れたオースティンは、彼女を手に入れようと画策し……。 清白妙様、砂月美乃様の「最愛アンソロ」に参加しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

今日(こんにち)まで独身を貫いた漢は新入社員に惚れる

狭山雪菜
恋愛
大学卒業後の進路である希望する就職先の内定も取った豊嶋茉白は、友人が内定を貰ったのでお祝いのためスポーツBARへと行く事になった。 スポーツはあんまり得意ではない茉白は、盛り上がる友人達から離れてトイレへと行くと、酔っ払った知らないおっさんに絡まれた。困っている所を助けてくれたのは、見た目が怖い男の人で……… タイトルに※があるのは、お友達カップルのお話です! こちらの作品は「小説家になろう」にも投稿しております。

悪役令嬢は追いかけられて囚われる。

入海月子
恋愛
侯爵令嬢のセフィリアは、濡衣で王太子から婚約破棄を命じられる。失意のうちに座り込んでいると、近衛騎士のラギリスが追いかけてきた。今までなんの接点もなかったのに、熱い瞳で見つめられて……。

辺境の侯爵家に嫁いだ引きこもり令嬢は愛される

狭山雪菜
恋愛
ソフィア・ヒルは、病弱だったために社交界デビューもすませておらず、引きこもり生活を送っていた。 ある時ソフィアに舞い降りたのは、キース・ムール侯爵との縁談の話。 ソフィアの状況を見て、嫁に来いと言う話に興味をそそられ、馬車で5日間かけて彼の元へと向かうとーー この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。また、短編集〜リクエストと30日記念〜でも、続編を収録してます。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

不器用騎士様は記憶喪失の婚約者を逃がさない

かべうち右近
恋愛
「あなたみたいな人と、婚約したくなかった……!」 婚約者ヴィルヘルミーナにそう言われたルドガー。しかし、ツンツンなヴィルヘルミーナはそれからすぐに事故で記憶を失い、それまでとは打って変わって素直な可愛らしい令嬢に生まれ変わっていたーー。 もともとルドガーとヴィルヘルミーナは、顔を合わせればたびたび口喧嘩をする幼馴染同士だった。 ずっと好きな女などいないと思い込んでいたルドガーは、女性に人気で付き合いも広い。そんな彼は、悪友に指摘されて、ヴィルヘルミーナが好きなのだとやっと気付いた。 想いに気づいたとたんに、何の幸運か、親の意向によりとんとん拍子にヴィルヘルミーナとルドガーの婚約がまとまったものの、女たらしのルドガーに対してヴィルヘルミーナはツンツンだったのだ。 記憶を失ったヴィルヘルミーナには悪いが、今度こそ彼女を口説き落して円満結婚を目指し、ルドガーは彼女にアプローチを始める。しかし、元女誑しの不器用騎士は息を吸うようにステップをすっ飛ばしたアプローチばかりしてしまい…? 不器用騎士×元ツンデレ・今素直令嬢のラブコメです。 12/11追記 書籍版の配信に伴い、WEB連載版は取り下げております。 たくさんお読みいただきありがとうございました!

処理中です...