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令嬢は、獰猛な愛を求む
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情事の余韻を残したシーツの上に、二人並んで横になる。アードルフの方に身体を向けると、すぐさま逞しい腕に囚われたのだった。
「ふふっ、そんなにしなくても、私は何処にも逃げませんよ」
「追い出したが、やっぱり返せと言ってくるかもしれんだろ」
つまりは王子の気が変わり、私を連れ戻そうとするかもしれない……ということらしい。
熊の可愛らしい心配に、つい笑いが込み上げる。
「ふふっ、ご安心くださいませ。絶対に有り得ませんわ」
「そうか?」
「彼からすれば、私はどうでも良い女なのですから」
ふと、夜会での出来事が頭をよぎる。
あの日。仲睦まじく語らう王子とイレーネの姿を見て、私は居ても立ってもいられなかった。そして、飲みかけのワイングラスを持ったまま、二人の元へ歩み寄ったのだった。
が、丁度二人の前まで来た時、靴のヒールが折れてしまったのだ。
私はバランスを崩し、その場に倒れ込んだ。そしてグラスのワインが、彼女のドレスに降りかかったのである。
偶然なのか、はたまた誰かの差し金なのか。今となっては分からない。
覚えているのは、その日に限ってイレーネが薄い色のドレスを着ていたことだけだ。
「私が目の前で転けても、王子は助けてくださいませんでしたもの」
代わりに王子は、庇うようにイレーネの腰を抱き寄せたのだった。
「……そうか」
「……」
「まあ、仮に返せと言われて返す程、私も馬鹿ではないがな」
アードルフは、私の頬に手を添えた。愛おしむような優しい所作は、私の心を落ち着かせた。
「本当に、熊のような手のひらですこと」
改めて、彼の大きな手に触れる。傷跡や豆が出来て厚くなった手の皮は、人肌の弾力はあるものの、無骨なものであった。
今まで彼はこの手で、フォークやナイフより重いものを沢山持ってきたのだろう。
ルカ王子とは、大違いだ。
「綺麗な手でなくて悪かったな」
「いいえ。この手が大好きですの。熊の肉球みたいで」
「それは褒め言葉か?」
甘えるようにアードルフの手に口付けて舐めてみると、彼は少しだけ身体を強ばらせた。
「舐めても美味くないだろ」
「あら、熊の手は蜜が染みて美味しいってご存知ですか?」
途端に黙り込む彼。秘蜜を指で漁っていた自らの姿を思い出したことは、想像に難くなかった。
「……まったく」
ため息をついて、彼は呆れたように笑った。
「ふふっ。……ところで」
「ん?」
「結局私の口寂しさは、埋めてくださらないのですか?」
今宵唯一の心残りを、私は静かに口にした。
強請るように唇を動かせば、アードルフは面食らったように目を見開く。そして、気まずそうに目を泳がせたのだった。
「……あまり、期待するな」
顔が近付けられ、ゆっくりと唇が重ねられる。私の口寂しさは、無事に満たされたのだった。
しかし舌を絡められることはなく、すぐに繋がりは絶たれたのだった。
食らいつくようなキスを想像していたので、正直拍子抜けだった。
「随分、控えめでいらっしゃるのね」
「これ以上すると、''おかわり''が欲しくなるから駄目だ」
内なる獣を抑え込むように、彼は言った。どうやら目の前の熊は、底無しの食いしん坊らしい。
ならば、欲の尽きるまでいくらでも付き合おうではないか。
「あら、まだ夜は長いですのよ?」
「止めておけ。男の性欲を甘く見過ぎだ」
「ふふっ、明日はゆっくり休ませていただくので大丈夫です」
「お前は……本当にどうかしてる」
口では遠慮しながらも、アードルフの瞳には再び欲がぎらつき始めていた。きっと夜が明けるまで、この熊は私を離してはくれないだろう。
「貴方が満たされるまで、愛してください」
獰猛な愛を求めるように、私は彼に口付け、舌を絡めた。
「ふふっ、そんなにしなくても、私は何処にも逃げませんよ」
「追い出したが、やっぱり返せと言ってくるかもしれんだろ」
つまりは王子の気が変わり、私を連れ戻そうとするかもしれない……ということらしい。
熊の可愛らしい心配に、つい笑いが込み上げる。
「ふふっ、ご安心くださいませ。絶対に有り得ませんわ」
「そうか?」
「彼からすれば、私はどうでも良い女なのですから」
ふと、夜会での出来事が頭をよぎる。
あの日。仲睦まじく語らう王子とイレーネの姿を見て、私は居ても立ってもいられなかった。そして、飲みかけのワイングラスを持ったまま、二人の元へ歩み寄ったのだった。
が、丁度二人の前まで来た時、靴のヒールが折れてしまったのだ。
私はバランスを崩し、その場に倒れ込んだ。そしてグラスのワインが、彼女のドレスに降りかかったのである。
偶然なのか、はたまた誰かの差し金なのか。今となっては分からない。
覚えているのは、その日に限ってイレーネが薄い色のドレスを着ていたことだけだ。
「私が目の前で転けても、王子は助けてくださいませんでしたもの」
代わりに王子は、庇うようにイレーネの腰を抱き寄せたのだった。
「……そうか」
「……」
「まあ、仮に返せと言われて返す程、私も馬鹿ではないがな」
アードルフは、私の頬に手を添えた。愛おしむような優しい所作は、私の心を落ち着かせた。
「本当に、熊のような手のひらですこと」
改めて、彼の大きな手に触れる。傷跡や豆が出来て厚くなった手の皮は、人肌の弾力はあるものの、無骨なものであった。
今まで彼はこの手で、フォークやナイフより重いものを沢山持ってきたのだろう。
ルカ王子とは、大違いだ。
「綺麗な手でなくて悪かったな」
「いいえ。この手が大好きですの。熊の肉球みたいで」
「それは褒め言葉か?」
甘えるようにアードルフの手に口付けて舐めてみると、彼は少しだけ身体を強ばらせた。
「舐めても美味くないだろ」
「あら、熊の手は蜜が染みて美味しいってご存知ですか?」
途端に黙り込む彼。秘蜜を指で漁っていた自らの姿を思い出したことは、想像に難くなかった。
「……まったく」
ため息をついて、彼は呆れたように笑った。
「ふふっ。……ところで」
「ん?」
「結局私の口寂しさは、埋めてくださらないのですか?」
今宵唯一の心残りを、私は静かに口にした。
強請るように唇を動かせば、アードルフは面食らったように目を見開く。そして、気まずそうに目を泳がせたのだった。
「……あまり、期待するな」
顔が近付けられ、ゆっくりと唇が重ねられる。私の口寂しさは、無事に満たされたのだった。
しかし舌を絡められることはなく、すぐに繋がりは絶たれたのだった。
食らいつくようなキスを想像していたので、正直拍子抜けだった。
「随分、控えめでいらっしゃるのね」
「これ以上すると、''おかわり''が欲しくなるから駄目だ」
内なる獣を抑え込むように、彼は言った。どうやら目の前の熊は、底無しの食いしん坊らしい。
ならば、欲の尽きるまでいくらでも付き合おうではないか。
「あら、まだ夜は長いですのよ?」
「止めておけ。男の性欲を甘く見過ぎだ」
「ふふっ、明日はゆっくり休ませていただくので大丈夫です」
「お前は……本当にどうかしてる」
口では遠慮しながらも、アードルフの瞳には再び欲がぎらつき始めていた。きっと夜が明けるまで、この熊は私を離してはくれないだろう。
「貴方が満たされるまで、愛してください」
獰猛な愛を求めるように、私は彼に口付け、舌を絡めた。
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