悪役令嬢は獰猛な愛がお好き

二階堂まや

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繭を解き、そして巣穴へ

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「物好きになった覚えは無いが?」

 聞き逃すことなく、アードルフは応えを返した。

 苛立つでもなく、静かな落ち着いた声。それは、胸の奥を突くには十分であった。私の言葉が単なる嫌味ではないことなど、彼にはお見通しなのだろう。

 下手な小細工も無しに、彼は私の真意を問うているのだ。

 ここで笑って誤魔化せば、それ以上は聞いてこないだろう。

 しかし、心に秘めていた気持ちを口にしたいという思いが芽生え始めていた。

「私が何をしでかしたか、知ってらっしゃるのでしょう?」

 凪いだ水面に石を投げ入れるように、私は問いかけた。気付けば、窓を叩く吹雪の音も大分静かになっていた。

 自分で言っておいて、少しだけ泣きそうだった。

 夜会での一件について、アードルフから聞かれたことは無かった。けれども私が彼の噂を聞いていたように、彼も私の悪評を聞いているはずだ。

「……ああ。知っている」

 淡々とした、短い答えが返ってきた。

「だったら……っ!!んっ、」

 何故それを知った上で、こんなにも愛してくれるのか。と問うより先に、彼の左手で口を塞がれてしまった。

 唇に触れたのは、先程までアードルフの口元を隠していた大きな手のひら。

 間接的に彼と口付けしたことに気付き、今度は私が赤面する番だった。

「国益を考えた上で、お前との結婚話を受け入れたのは事実だ」

「……」

「だが、人づての噂以上に、当てにならぬものは無いと思っていたのも事実だ」

「!!」

 自分の目で見て判断した結果だと、アードルフは言った。

 そこで私は、ようやく気付いた。最初から彼は、思い込みを持たずに私を見てくれていたのだと。

 夜会での騒動後、私の言い分を聞いてくれる人は誰一人としていなかった。両親でさえ、頭ごなしに怒鳴りつけてくるだけだった。

 そう。家族からしても、この結婚は恥さらしを追い出す都合の良いものだったのだ。

「過去のことは、話したくなれば話せば良い。それだけだ」

「……」

「まだ不安か?」

 彼の言葉が、凍てついた心を溶かしていく。今までの不安をかき消すほどに、アードルフの言葉は何よりも心強いものだった。

 私はゆっくりと首を横に振った。

「いえ……貴方を信じますわ」

 口元から彼の手を外し、そのまま指を絡めるようにして、自分の手と繋ぐ。軽く握ってみると、アードルフも握り返してくれた。

 これまで無い程に、彼との結び付きを感じた瞬間だった。

 身体の中から、じわりと熱が湧き上がる。その正体は、既に心得ていた。

「アードルフ様」

 甘えるように、彼の手の甲へ口付け、唇で愛撫を繰り返す。身動きする度に毛布が捲れていくが、全く気にならなかった。

 私なりの愛情表現であり、''お誘い''であった。

「あまり、いじらしいことをしてくれるな」

「きゃっ!?」

 急に繋いだ方の手を引かれ、抱き寄せられる。それにより、私を守っていた毛布の繭は解かれてしまった。

「このまま大人しく寝るつもりだったのだがな。どうやら無理そうだ」

 そう言ったアードルフは、完全に捕食者の目となっていた。しかしその声色は、平素と同じく至極落ち着いたものだった。

 その二面性のある姿こそが、この男の本質なのだろう。

「ゆっくり休めと言った手前すまないが。もう少しだけ、付き合って欲しい」

「……少しで、終われるのですか?」

「終わらないかもしれない」

 これから私はこの男に食われるのだと、直感する。けれども、そうしたのは私であり、逃げるつもりは無かった。

「これまで我慢していた分、愛させてくれ。クロエ」

「ふふっ……喜んで」

 私をはだけた毛布ごと持ち上げ、彼は寝台へと足を向ける。

 こうして私は、熊の巣穴へと運ばれたのだった。
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