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蓑虫にされ、繭玉にされ、鎌を掛ける
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しばらくして、私は窓を叩く吹雪の音で目が覚めた。
隣では、アードルフが静かに寝息を立てている。
寝台の上、身体を少し丸めて眠る彼の姿は、冬眠中の熊を彷彿とさせる。そう思うと可笑しくて、つい笑ってしまいそうになるのだった。
下着すら付けぬまま寝てしまったのだが、私は毛布に包まれていた。
どうやら、彼がそうしてくれたらしい。彼の匂いがする毛布は暖かく心地良いけれども、少しばかり蓑虫になった気分である。
大きな熊を起こさないようにベッドから降り、毛布の蓑虫は硝子窓から外を覗いてみた。
吹雪により、窓の外はすっかり白と灰色の世界になっていた。私が生まれ育った国では、絶対に見ない光景だ。
祖国トーリアは、海に面した温暖な国であった。対してこの国は、山に閉ざされた雪国である。
王子は、寒さが苦手であることを知った上で、私をこの国へ追い出したのだろう。きっと今頃、風邪をこじらせて早く死んでしまえと願っているに違いない。
窓硝子に温かい吐息を吹きかけてみれば、靄がかかり、すぐに消えていった。外は今まさに、極寒なのだろう。
「……どうした?」
冬眠していた愛しい熊も、目を覚ましてしまったらしい。振り向けば、彼は眠たげに目を擦っていた。
「いえ。風が強くなっているみたいだなと思いまして。……っくしゅ、」
「っ!!」
くしゃみをした瞬間、アードルフは慌てたように歩み寄ってきた。すぐさま二枚目の毛布に包まれ横抱きにされ、私は暖炉の近くへと運ばれたのだった。
毛布二枚に厚く包まれた私は、最早繭玉のようになっていた。傍から見たらさぞ滑稽だろう。
くつくつと忍び笑いしていると、彼は怪訝な顔をしていた。
「何が可笑しい?」
「いえ、少しばかり蓑虫や繭玉に思いを馳せていただけですわ」
「……? 兎に角、窓辺は冷える。薄着で近寄るな。気をつけろ」
暖炉に薪を投げ入れながら、アードルフは言った。どうやらこの男は、私のことを赤子か何かと勘違いしているらしい。
「ふふっ、心配しすぎですよ」
彼の胸にもたれ掛かると、改めてこの男が屈強な身体付きであることを感じる。熊のような男と呼ばれるのも、あながち間違いではなかろう。
この国は長い歴史の上で、他国に攻め入られたことが幾度とあるのだという。
だから、王は貴族である前に優れた軍人でなければならないと、彼は以前言っていた。
父王亡き後、文字通り彼はこの国を背負っているのだ。
日々鍛錬を積まれた頼もしい双肩。その上に課せられた重責は、私には到底計り知れないものだった。
暖炉の火加減を見るアードルフの横顔を見つめていると、不意に彼と目が合った。
緑色の瞳は、肉食獣の様な鋭い光を孕んでいた。獲物を射抜くようなその視線が、私は嫌いでは無かった。
が。残念ながら、直ぐに目を逸らされてしまったのだった。
「……疲れているのに無理させて、悪かったな」
目を合わせないまま、彼は呟いた。どうやら、公務で忙しかった日の晩に抱いたことを、申し訳無く感じていたらしい。
やや事が足早に終わったと思ってはいたが、察するに私を気遣ってくれていたのだろう。
身体の奥には、彼と情を交わした余韻がまだ残っていた。けれども満足かと言われれば、嘘になる。
「明日は、ゆっくり休んでくれ」
「ふふ、お構いなく」
事後の疲労感すらも好きなので……とまでは言わず、私はただ微笑んだ。大切にしてくれるのは良いが、気にしすぎる性格は少し直して欲しいものだ。
時折私は、彼の一歩引いたような態度が、じれったく感じるのだった。
「……アードルフ様」
囁くように、私は名前を呼んだ。そうすれば、否が応でも彼がこちらを向いてくれると知っているからだ。
ただ暖炉の火を見つめるだけでは味気無いので、少しばかり彼をからかってみることにした。
「何だ?」
「アードルフ様は、私のことがお嫌いですの?」
「な!?」
本心を探るべく鎌を掛ける。我ながら、底意地の悪い女だ。
隣では、アードルフが静かに寝息を立てている。
寝台の上、身体を少し丸めて眠る彼の姿は、冬眠中の熊を彷彿とさせる。そう思うと可笑しくて、つい笑ってしまいそうになるのだった。
下着すら付けぬまま寝てしまったのだが、私は毛布に包まれていた。
どうやら、彼がそうしてくれたらしい。彼の匂いがする毛布は暖かく心地良いけれども、少しばかり蓑虫になった気分である。
大きな熊を起こさないようにベッドから降り、毛布の蓑虫は硝子窓から外を覗いてみた。
吹雪により、窓の外はすっかり白と灰色の世界になっていた。私が生まれ育った国では、絶対に見ない光景だ。
祖国トーリアは、海に面した温暖な国であった。対してこの国は、山に閉ざされた雪国である。
王子は、寒さが苦手であることを知った上で、私をこの国へ追い出したのだろう。きっと今頃、風邪をこじらせて早く死んでしまえと願っているに違いない。
窓硝子に温かい吐息を吹きかけてみれば、靄がかかり、すぐに消えていった。外は今まさに、極寒なのだろう。
「……どうした?」
冬眠していた愛しい熊も、目を覚ましてしまったらしい。振り向けば、彼は眠たげに目を擦っていた。
「いえ。風が強くなっているみたいだなと思いまして。……っくしゅ、」
「っ!!」
くしゃみをした瞬間、アードルフは慌てたように歩み寄ってきた。すぐさま二枚目の毛布に包まれ横抱きにされ、私は暖炉の近くへと運ばれたのだった。
毛布二枚に厚く包まれた私は、最早繭玉のようになっていた。傍から見たらさぞ滑稽だろう。
くつくつと忍び笑いしていると、彼は怪訝な顔をしていた。
「何が可笑しい?」
「いえ、少しばかり蓑虫や繭玉に思いを馳せていただけですわ」
「……? 兎に角、窓辺は冷える。薄着で近寄るな。気をつけろ」
暖炉に薪を投げ入れながら、アードルフは言った。どうやらこの男は、私のことを赤子か何かと勘違いしているらしい。
「ふふっ、心配しすぎですよ」
彼の胸にもたれ掛かると、改めてこの男が屈強な身体付きであることを感じる。熊のような男と呼ばれるのも、あながち間違いではなかろう。
この国は長い歴史の上で、他国に攻め入られたことが幾度とあるのだという。
だから、王は貴族である前に優れた軍人でなければならないと、彼は以前言っていた。
父王亡き後、文字通り彼はこの国を背負っているのだ。
日々鍛錬を積まれた頼もしい双肩。その上に課せられた重責は、私には到底計り知れないものだった。
暖炉の火加減を見るアードルフの横顔を見つめていると、不意に彼と目が合った。
緑色の瞳は、肉食獣の様な鋭い光を孕んでいた。獲物を射抜くようなその視線が、私は嫌いでは無かった。
が。残念ながら、直ぐに目を逸らされてしまったのだった。
「……疲れているのに無理させて、悪かったな」
目を合わせないまま、彼は呟いた。どうやら、公務で忙しかった日の晩に抱いたことを、申し訳無く感じていたらしい。
やや事が足早に終わったと思ってはいたが、察するに私を気遣ってくれていたのだろう。
身体の奥には、彼と情を交わした余韻がまだ残っていた。けれども満足かと言われれば、嘘になる。
「明日は、ゆっくり休んでくれ」
「ふふ、お構いなく」
事後の疲労感すらも好きなので……とまでは言わず、私はただ微笑んだ。大切にしてくれるのは良いが、気にしすぎる性格は少し直して欲しいものだ。
時折私は、彼の一歩引いたような態度が、じれったく感じるのだった。
「……アードルフ様」
囁くように、私は名前を呼んだ。そうすれば、否が応でも彼がこちらを向いてくれると知っているからだ。
ただ暖炉の火を見つめるだけでは味気無いので、少しばかり彼をからかってみることにした。
「何だ?」
「アードルフ様は、私のことがお嫌いですの?」
「な!?」
本心を探るべく鎌を掛ける。我ながら、底意地の悪い女だ。
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