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嵌らないパズル
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冬馬は、私のバイト先である喫茶店の常連客だった。
いつも一番端の席で、彼は飲み物を傍らにノートパソコンで写真の編集作業をしていた。雪深い寂れた田舎町の喫茶店ということもあり、彼以外のお客は皆高齢者ばかり。そうなれば当然、彼は目立つ存在であった。
「お待たせいたしました、ココアになります」
「……どうも」
真剣に作業をしていたので、最初はこんな言葉のやり取りだけだった。
けれども、何度も顔を合わせるうちに自然と距離は縮まっていくものである。雪の降ったある日、私は思い切って彼に話しかけてみたのだった。
「ふふっ、甘いものがお好きなんですね」
「……ええ、まあ」
注文の品のココアとチョコケーキをテーブルに並べながら、私は言った。
「この二つ、私もお気に入りの組み合わせなんです」
「そうなんですか?」
「ええ。甘いものには甘さ控えめの飲み物をとよく言いますけど、甘いもの同士の方が口の中が幸せになりません?」
「……めちゃくちゃ分かります」
「ふふっ」
一睨みされて終わるかと思いきや、意外にも冬馬は話しかけられるのを嫌がっていない様子だった。
「あら、可愛い」
パソコンの画面に映し出されていたのは、雪の上にぴょこりと姿を現した野うさぎの写真だった。
「この近くの山で撮影されたんですか? 」
ノートパソコンにコードで繋がれた一眼レフへと目を向けながら、私は問うた。
「はい。この時期は特に良い写真が撮れるのでよく撮影に来てるんですよ」
「へぇ……」
彼はデスクトップ上のフォルダを開き、近くの山で撮ったであろう写真を見せてくれた。
季節が移り変わると、山の景色も変わる。写真として切り取られた春夏秋冬どの季節の風景も、美しいものばかりであった。
けれども一番目を引くは、桜でもなく新緑でもなく紅葉でもなく、樹氷と雪の白銀の世界であった。
「どれも素敵だけれども……冬景色が一番好きかもしれません」
「自分もです」
いつの間にか、二人の間には暖かな空気が流れていた。
「それにしても……っ、」
「?」
「い、いえ……」
すんでのところで口を閉ざそうとしたが、遅かった。どうにも思ったことはすぐに口に出してしまうのが、昔から私の悪い癖だった。
不思議そうに私を見つめる彼。その表情には、「気になるから言ってくれ」と分かりやすく出ていた。
「その……背が高くて冬が好きで、なんだか雪男みたいだなって」
「……!!」
「失礼なこと言って、ごめんなさい」
私の一言に驚いたように目を見開いた彼。しかしその次に彼が言った言葉もまた、私を驚かせた。
「……どうして、分かったんですか?」
人生で初めて出会った雪男は、隠し事が出来ない男だった。
それから冬馬と付き合い始めるまでは、あっという間だった。彼が人間ではないという事実を受け入れるには時間がかかったものの、私達は兎に角性格や価値観の上で相性が良かったのだ。
しかし、気持ちの面では満たされても、肉体的な面で満たされることは無かった。
人と違って、冬馬の身体は氷のように冷たい。温かい飲み物を飲んでも、湯たんぽで温めても、彼の肌はひやりと冷気を放つだけであった。
そのせいで身体を繋げようとしても途中で私が凍えてしまい、最後まで致すことは叶わなかった。
私に無理はさせたくないと、身体の繋がりは無くとも幸せだと、彼は言った。けれども、私は諦められないでいた。
一つ屋根で暮らすようになっても、左薬指に指輪が嵌っても、満たされない凹と凸。いつしか私は、冬馬と氷片のパズルをしているような気分になっていた。
目の前には二つに割れた氷片があり、凹凸がぴたりと嵌まらねば完成しない。思案しながらパズルの凹凸を嵌めようとするが、上手くいかない。結局、迷っている間に私が凍えてしまい、断念せざるを得ないのだ。
彼はきっと、このパズルが完成しなくても満足なのだろう。が、私は暇を見つけては独り氷片とにらめっこしているのだった。
彼を手に入れるには、どうしたら良いか。
それは、答えの無い謎かけであった。
いつも一番端の席で、彼は飲み物を傍らにノートパソコンで写真の編集作業をしていた。雪深い寂れた田舎町の喫茶店ということもあり、彼以外のお客は皆高齢者ばかり。そうなれば当然、彼は目立つ存在であった。
「お待たせいたしました、ココアになります」
「……どうも」
真剣に作業をしていたので、最初はこんな言葉のやり取りだけだった。
けれども、何度も顔を合わせるうちに自然と距離は縮まっていくものである。雪の降ったある日、私は思い切って彼に話しかけてみたのだった。
「ふふっ、甘いものがお好きなんですね」
「……ええ、まあ」
注文の品のココアとチョコケーキをテーブルに並べながら、私は言った。
「この二つ、私もお気に入りの組み合わせなんです」
「そうなんですか?」
「ええ。甘いものには甘さ控えめの飲み物をとよく言いますけど、甘いもの同士の方が口の中が幸せになりません?」
「……めちゃくちゃ分かります」
「ふふっ」
一睨みされて終わるかと思いきや、意外にも冬馬は話しかけられるのを嫌がっていない様子だった。
「あら、可愛い」
パソコンの画面に映し出されていたのは、雪の上にぴょこりと姿を現した野うさぎの写真だった。
「この近くの山で撮影されたんですか? 」
ノートパソコンにコードで繋がれた一眼レフへと目を向けながら、私は問うた。
「はい。この時期は特に良い写真が撮れるのでよく撮影に来てるんですよ」
「へぇ……」
彼はデスクトップ上のフォルダを開き、近くの山で撮ったであろう写真を見せてくれた。
季節が移り変わると、山の景色も変わる。写真として切り取られた春夏秋冬どの季節の風景も、美しいものばかりであった。
けれども一番目を引くは、桜でもなく新緑でもなく紅葉でもなく、樹氷と雪の白銀の世界であった。
「どれも素敵だけれども……冬景色が一番好きかもしれません」
「自分もです」
いつの間にか、二人の間には暖かな空気が流れていた。
「それにしても……っ、」
「?」
「い、いえ……」
すんでのところで口を閉ざそうとしたが、遅かった。どうにも思ったことはすぐに口に出してしまうのが、昔から私の悪い癖だった。
不思議そうに私を見つめる彼。その表情には、「気になるから言ってくれ」と分かりやすく出ていた。
「その……背が高くて冬が好きで、なんだか雪男みたいだなって」
「……!!」
「失礼なこと言って、ごめんなさい」
私の一言に驚いたように目を見開いた彼。しかしその次に彼が言った言葉もまた、私を驚かせた。
「……どうして、分かったんですか?」
人生で初めて出会った雪男は、隠し事が出来ない男だった。
それから冬馬と付き合い始めるまでは、あっという間だった。彼が人間ではないという事実を受け入れるには時間がかかったものの、私達は兎に角性格や価値観の上で相性が良かったのだ。
しかし、気持ちの面では満たされても、肉体的な面で満たされることは無かった。
人と違って、冬馬の身体は氷のように冷たい。温かい飲み物を飲んでも、湯たんぽで温めても、彼の肌はひやりと冷気を放つだけであった。
そのせいで身体を繋げようとしても途中で私が凍えてしまい、最後まで致すことは叶わなかった。
私に無理はさせたくないと、身体の繋がりは無くとも幸せだと、彼は言った。けれども、私は諦められないでいた。
一つ屋根で暮らすようになっても、左薬指に指輪が嵌っても、満たされない凹と凸。いつしか私は、冬馬と氷片のパズルをしているような気分になっていた。
目の前には二つに割れた氷片があり、凹凸がぴたりと嵌まらねば完成しない。思案しながらパズルの凹凸を嵌めようとするが、上手くいかない。結局、迷っている間に私が凍えてしまい、断念せざるを得ないのだ。
彼はきっと、このパズルが完成しなくても満足なのだろう。が、私は暇を見つけては独り氷片とにらめっこしているのだった。
彼を手に入れるには、どうしたら良いか。
それは、答えの無い謎かけであった。
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