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第一章 start of travel
テント
しおりを挟む「お……ろ!」
俺の耳元で誰かが声を出しているのが朧げながらに感じ取れた。馴染みのない少年の様な声だ。
その声を聞き流した後、微かに意識を取り戻す。
しかし聴覚とは裏腹に、体は言うことを聞かず瞼も重く開かない。
「おきろ!」
何度か繰り返しているのかようやく少年の言葉がハッキリと聞き取れた。だが脳はそれに追いついていないのか、言葉の意味を理解できていない。
それでもなお叫び続ける声。そのお陰もあるのか、俺は少しずつではあるが五感を取り戻している。
声の次に感じたのはジリジリとする暑さだ。寝苦しく不快感を同時に感じ、ようやく自分が汗だくであることに気がついた。
まだ瞼はほとんど開かないが、それでも眩しさを感じるほどの日差しである。
俺が自分の感覚を取り戻していくのに集中していると、先ほどまで延々と叫び続けていた声が突如として聞こえなくなった。
かと思うと、次の瞬間さらに大きな叫び声が俺の鼓膜を震え上がらせた。
「おきろおおおおおお!!」
「うわ!なんだ!?」
俺は間抜けな声と共に打ち上げられたサカナの様に身体を飛び起こした。
それとほぼ同時に首を素早く左右に振りながらあたりをキョロキョロと見渡す。周囲に危険はないかの防衛本能も兼ねているのだろう。
360度見渡した結果、人生において見覚えのない場所だ。そして見渡した風景の中にはこれまた見覚えのない少年が立っていた。
「だ……だれ?」
恐らく俺にずっと叫び声をあげていた声の主だろう。かと言ってこの少年が誰かは分からないければ、現状のヒントにもならない。
ビー玉の様な純粋な目をした小柄な少年。推定年齢10歳ぐらい。頭には紫色のターバンを纏っており、それと合わせる様に民族衣装の様な柄のポンチョを着ている。
その少年を気にしつつも、俺は改めてあたりを見渡した。
雨を弾きそうな黄色のテント、広さは大人3人が雑魚寝できるぐらい。地面には2.3日であれば生活できそうな物資が乱暴に並べられている。
俺が不思議そうにテントの中をマジマジと観察していると、少年はわざとらしくため息をついた。
「誰だとはなんだ!俺がせっかく砂漠のど真ん中で倒れてたお前をここまで運んできてやったんだぞ!」
早口で怒鳴るが俺は何のことを言っているのか分からずにただ呆然と少年を見つめる。
数秒経った後に目線を落として、今の状況を少し考えてみるが理解できない。とりあえず少年の言葉で気になったことがある。
「砂漠?……鳥取砂丘?」
砂漠という日常生活ではあまり聞きなれない言葉。それが何なのかは分かるが、今の状況とイコールにはならなかった。
しかし少年は冗談を言っている様な顔つきでもなく至って真剣だ。
最近の子供は鳥取砂丘も知らないのか?そう思いながらもようやく俺の身体は少しずついうことを聞く様になっている。
体の節々は痛むものの立つことはできた。少年を軽く見下ろした後にテントの出口を探す。
もちろん出口はすぐ目の前にあるため、少しため息をついた後に歩き出す。
しかしそれを案の定少年は止めた。
「おい、どこいく、ここはまだ砂漠のど真ん中だぞ?」
その少年の意味不明な言葉に一瞬だけ足を止めたが、すぐに我に帰り冗談だと気づく。おおよそ少年の○○ごっこの様なものだと思ったからだ。
大人気なくも鼻で笑った後、テントのファスナーに手をかける。その間も少年は俺に何かを言ってきているが、俺は気にせずにファスナーを降ろした。
「……え?」
無意識のうちに声が漏れていた。ファスナーを降ろしたことにより、布でできた扉はヒラリと開く。その先にはあまりにも衝撃的な光景が広がっていたのだ。
少年の言う通りだ。
俺の目前には見渡す限りの砂漠。
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