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File.3 華の意思を問わぬ庭師
特別編 カレー異物混入事件
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※この物語は、初めて「守銭奴探偵アズマ」を読む人向けに制作した、一話完結の読み切り回である。時系列はFile.3終了時から、File.4が始まる前までの間である。
「というわけでー、無事に取り返してあげたっすよ、名画『ゲーテの執筆』」
黄色いジャージの男がその絵を依頼人に渡す。
「あ、ありがとうございます!!」
一つの事件が解決した瞬間であった。名画を取り戻した依頼人が喜んでいるのを見て、探偵が笑いながら言った。
「それで……報酬を頂きたいんすけど」
「ええ、ええ勿論! どうぞ持って行ってくださいな!!」
依頼人はどこに持っていたのか大量の札束を取り出し、男に渡した。
「ふむ……1000万、確かに頂戴したっす。今後とも御贔屓におなしゃーす!」
「ありがとうございました! この御恩は一生忘れません!」
1000万を惜しげもなく手放した依頼人は、男の姿が見えなくなるまで頭を下げていた。
今回の東の収支
支出
・タクシー代 10000
・賄賂 400万
計400万10000円
収入
・前金 500万
・達成料 1000万
収支 +1099万9000円
男の名は東敏行、二十五歳。人は彼を、関東一の(守銭奴)探偵と呼ぶ。
東京都黄金区、人口380000人。
日本で一番、金持ちが集まる地方自治体である。
東は黄金区を活動地域とし、金持ちを相手に高額な依頼料で探偵業を営んでいる。今日もまた事件を解決し、前金500万・達成料1000万の莫大な収益を稼いだところである。
探偵としての技量は勿論のこと、依頼料のあまりに高額なことから彼は黄金区一の有名人である。そのくせ年中ジャージを着用し、できるだけ食費を浮かせようと区外のスーパーなどにも出没することから、彼は守銭奴としても探偵とも名高い「守銭奴探偵」として知られている。
そんな彼の自宅兼事務所・東ビルは、黄金駅から徒歩十分の場所にある。
「ただいまー。今日もがっぽり儲けてきたっす!」
「東さん、おかえりなさい!」
東探偵事務所に帰還した守銭奴探偵を、彼の助手が迎え入れる。彼女は桃山香菜・二十四歳。探偵歴一か月未満の新人である。今日は何か困った様子を見せているようだ。
「いやー、やっぱ暗号なんか残すようなやつはバカっすね。僕にとっちゃ答え合わせみたいなもんすから」
ソファに座り、体を伸ばす東。そこに困り顔の香菜が話しかける。
「あの、お疲れのところ申し訳ないのですが、十分ほど前に水沼さんがいらっしゃって、『りょう』、あっいえっ『東の馬鹿はどこだ!!』って烈火のごとくお怒りに……」
「はぁ? みっちゃんが? 警視のくせにそんな某巡査部長みたいなことを?」
みっちゃんとは、警視庁捜査三課課長・水沼祐基警視(三十七歳)のことである。東とは七年来の友人関係にある。
「はい……今、上の居室にお通ししてて、帰ったらすぐ連れてくるようにと」
「やだなぁ……怒ってるときのみっちゃん怖いんすよ……この前入院した時も怒られたし」
「あれは怒られても当然だと思いますけど!」
東のボヤキに香菜が不機嫌そうに答えた。東が怒られた経緯は本編File.3を参照されたし。
「しゃーないっすね……とにかく行くっすか」
東探偵事務所と同じビルの三階に、東と香菜が同棲している住居スペースがある。
「うわぁ……扉の前からすごいオーラが……」
東が自宅の扉の前で凍り付く。
「ほら、早く入ってください! ここ狭いんですから!」
香菜が扉を開け、東を押し込んだ。
電気は消されており、薄っぺらいカーテンから光がぼんやりと漏れていた。
「……」
水沼祐基はリビングに仁王立ちで、東達に背を向けた状態で待っていた。
東は死を予感したが、とにかく家主としての威厳を保ちつつ友人に対するいつものしゃべり方で水沼に接しようとした。
「やあみっちゃん! どうしたんすかー? そんな怖い顔してー」
「……東」
水沼はゆっくり振り返ると、何やらスマホを取り出した。
「これは一体……どういうことだ?」
その画面に映っていたのは、カレーが入っている鍋。
「カレー? カレーがどうしたっちゅうんすか」
「俺のカレーにシナモンシュガーを入れたのはお前か!?」
「はぁ? シナモンシュガー?」
成程、よく見るとシナモンシュガーの空瓶が転がっている。
「俺がシナモンシュガーが嫌いなことを知っていてわざと入れたんだろう!?」
「何のことだか全く存じ上げないっすが、発見したのは何時の事っすか?」
「発見したのは、つい一時間ほど前だが……って、仕事モードに入るな!」
「そっすか、じゃあ今のうちに現場検証しとくっすよ!」
東はそう言うと、速やかに自宅を出てしまった。どちらかというと、一刻も早く水沼から離れたかったのだろう。香菜と水沼も慌ててついて行った。
水沼家の台所にて、現場検証が行われた。
「ていうか東さん、今日水沼さんち行ってきたんですか?」
「そうなんすよねー。今朝の事件の情報の共有とか、現在捜査三課で取り扱ってる他の事件の事とか、いろいろと話すことがあったっすから」
東と香菜の会話の間に、捜査用の白手袋を東が香菜に渡し、装着する。
(ここで時系列の紹介。東が水沼家を訪れたのが午前十時半、依頼人のもとに「ゲーテの執筆」を届け、1000万を受け取ったのが午前十一時。水沼が東探偵事務所に乗り込んできたのが午前十一時十五分であり、その十分後に東が帰宅している。)
「でも僕、水沼家には十分くらいしかいなかったっすよ。台所なんて入ってもいないし、大体なんで僕が犯人だと思ったんすか?」
「そういえばそうですよね……疑いなく事務所に来るなんて、決定的証拠でもあったんですか?」
疑念の目を向ける水沼に向ける二人。
「ああ、説明不足だったな……」
そう言って水沼は話を始める。
本日午前十時四十分ごろ、水沼家のキッチンで祐基の妻・茉莉の悲鳴が上がる。
水沼が駆け付けると、そこには空になったシナモンシュガーの瓶がいくつか転がっていた。どうやら昼食のカレーを味見したところ、物凄くシナモンを感じたようだ。
そして水沼が東を犯人だと確信した理由は、とある人物の証言である。
「義人が! 私の息子が言ったんだ! 東、お前が犯人であると!!」
と、怒りに満ちた目で東を指さした。
「……あー……」
香菜は何か察したようだった。
東は水沼の話を聞かず、空瓶を拾って指紋の採取に取り掛かっていた。
「て、オイ! 東! 聞いているのか貴様!」
「ハーイみっちゃん、ここでクイズっす! デデン!」
いきなり始まるクイズタイムに水沼も動きを止める。
「これ、右側が採取できた指紋。左側が僕の指紋っす! さて、この指紋は同一人物の物でしょーか!?」
東がどこから取り出したのか、二つの指紋が紙に描かれているものを水沼に見せつける。
水沼はそれをまじまじと見つめるが、次第に怒りで赤くなっていた顔から血の気が引いてきた。
「ああ……これは……いや、まさか……そんなことは。私の息子が嘘を……?」
「そうとしか思えないっしょ。まさか百戦錬磨の水沼警視が、指紋を見間違えることなんかないっすよね?」
東は勝ち誇ったような顔をすると、リビングの方を向き
「義人くーん!? 茉莉さーん!? ちょっとこちらへー!!」
二人をキッチンへ呼びつけた。
「東さん、祐基さん、どうしたんですか? 先程の問題はなんとかなったの?」
東にいきなり呼ばれ、こちら側に何か落ち度があったのではないかと心配している茉莉。
「いやーね、カレーにいたずらした犯人を捜してるんすけど、みっちゃんがどうしても僕だって疑わないもんっすから証拠を出したんすよ。それで真犯人なんすけど……」
そこまで言いかけて、今回一度もしゃべっていない水沼家の長男・義人の方を見る。東に懐ききっている義人は、いつもなら東が来るだけではしゃいだり騒いだりするのに、今日はやけに静かだ。
「まあ、東さんじゃないなら義人君しかいませんよね……」
香菜は義人が犯人なのは残念だが、この結果に行きつくのは当然という顔をした。
「違う……僕は犯人じゃ……」
義人がやっとの思いで声を絞り出す。
「まあまあ、認めたくない気持ちはよくわかるっすよ」
東が義人に目線を合わせる。さらに
「でも僕やみっちゃんが今まで見てきた事件に比べたら君のいたずらなんて大したことないし、ちゃんと謝ればみっちゃんも茉莉さんも許してくれるはずっすよ?」
と、何やら義人の手に握りこませた。
「! これ……」
その時、義人の目が一瞬光った。
「さ、お父さんとお母さんに謝るっす」
東が立ち上がり、義人の肩をやさしく押す。
「……うぅ……」
今にも泣きそうになる義人。
(ガンバレ、ガンバレ義人君!)
香菜は心の中で義人を応援していた。
「……ごめんなさい、僕がやりましたぁ……!」
ぽろぽろと涙が崩れ落ち、義人の足元を濡らした。
「そうだったのね……教えてくれてありがとう」
茉莉が義人を抱きしめる。
義人も茉莉の首に腕を回すが、その時、義人の右腕から何か零れ落ちた。
「ん? なんだこれは……」
水沼が怪訝そうにそれを拾い上げる。
東が義人に渡していた物は、まさかの500円玉。
「東の奴……八歳の少年にまで賄賂を贈りやがった! オイ東! どこだ!」
立ち上がって周りをきょろきょろ見渡す水沼。しかし、先程までいたはずの東の姿がどこにも見えない。
「桃山さん! あの馬鹿は!!?」
「あ、東さんならもう出かけました……なんか『高尾山へ忍術の修行に行ってくるっす!』とか言って……」
水沼は悔しさに、地団駄を踏むしかなかった。
そのころ、東は自転車を走らせ、本当に高尾山の方向へ移動していた。
「……はぁ、一円にもならない仕事をしちゃったっすね……山でも見て気分変えよ……」
今回の東敏行の収支
支出
・賄賂 500
計500円
収入
計0円
収支 -500円
【特別編 カレー異物混入事件】:完
「というわけでー、無事に取り返してあげたっすよ、名画『ゲーテの執筆』」
黄色いジャージの男がその絵を依頼人に渡す。
「あ、ありがとうございます!!」
一つの事件が解決した瞬間であった。名画を取り戻した依頼人が喜んでいるのを見て、探偵が笑いながら言った。
「それで……報酬を頂きたいんすけど」
「ええ、ええ勿論! どうぞ持って行ってくださいな!!」
依頼人はどこに持っていたのか大量の札束を取り出し、男に渡した。
「ふむ……1000万、確かに頂戴したっす。今後とも御贔屓におなしゃーす!」
「ありがとうございました! この御恩は一生忘れません!」
1000万を惜しげもなく手放した依頼人は、男の姿が見えなくなるまで頭を下げていた。
今回の東の収支
支出
・タクシー代 10000
・賄賂 400万
計400万10000円
収入
・前金 500万
・達成料 1000万
収支 +1099万9000円
男の名は東敏行、二十五歳。人は彼を、関東一の(守銭奴)探偵と呼ぶ。
東京都黄金区、人口380000人。
日本で一番、金持ちが集まる地方自治体である。
東は黄金区を活動地域とし、金持ちを相手に高額な依頼料で探偵業を営んでいる。今日もまた事件を解決し、前金500万・達成料1000万の莫大な収益を稼いだところである。
探偵としての技量は勿論のこと、依頼料のあまりに高額なことから彼は黄金区一の有名人である。そのくせ年中ジャージを着用し、できるだけ食費を浮かせようと区外のスーパーなどにも出没することから、彼は守銭奴としても探偵とも名高い「守銭奴探偵」として知られている。
そんな彼の自宅兼事務所・東ビルは、黄金駅から徒歩十分の場所にある。
「ただいまー。今日もがっぽり儲けてきたっす!」
「東さん、おかえりなさい!」
東探偵事務所に帰還した守銭奴探偵を、彼の助手が迎え入れる。彼女は桃山香菜・二十四歳。探偵歴一か月未満の新人である。今日は何か困った様子を見せているようだ。
「いやー、やっぱ暗号なんか残すようなやつはバカっすね。僕にとっちゃ答え合わせみたいなもんすから」
ソファに座り、体を伸ばす東。そこに困り顔の香菜が話しかける。
「あの、お疲れのところ申し訳ないのですが、十分ほど前に水沼さんがいらっしゃって、『りょう』、あっいえっ『東の馬鹿はどこだ!!』って烈火のごとくお怒りに……」
「はぁ? みっちゃんが? 警視のくせにそんな某巡査部長みたいなことを?」
みっちゃんとは、警視庁捜査三課課長・水沼祐基警視(三十七歳)のことである。東とは七年来の友人関係にある。
「はい……今、上の居室にお通ししてて、帰ったらすぐ連れてくるようにと」
「やだなぁ……怒ってるときのみっちゃん怖いんすよ……この前入院した時も怒られたし」
「あれは怒られても当然だと思いますけど!」
東のボヤキに香菜が不機嫌そうに答えた。東が怒られた経緯は本編File.3を参照されたし。
「しゃーないっすね……とにかく行くっすか」
東探偵事務所と同じビルの三階に、東と香菜が同棲している住居スペースがある。
「うわぁ……扉の前からすごいオーラが……」
東が自宅の扉の前で凍り付く。
「ほら、早く入ってください! ここ狭いんですから!」
香菜が扉を開け、東を押し込んだ。
電気は消されており、薄っぺらいカーテンから光がぼんやりと漏れていた。
「……」
水沼祐基はリビングに仁王立ちで、東達に背を向けた状態で待っていた。
東は死を予感したが、とにかく家主としての威厳を保ちつつ友人に対するいつものしゃべり方で水沼に接しようとした。
「やあみっちゃん! どうしたんすかー? そんな怖い顔してー」
「……東」
水沼はゆっくり振り返ると、何やらスマホを取り出した。
「これは一体……どういうことだ?」
その画面に映っていたのは、カレーが入っている鍋。
「カレー? カレーがどうしたっちゅうんすか」
「俺のカレーにシナモンシュガーを入れたのはお前か!?」
「はぁ? シナモンシュガー?」
成程、よく見るとシナモンシュガーの空瓶が転がっている。
「俺がシナモンシュガーが嫌いなことを知っていてわざと入れたんだろう!?」
「何のことだか全く存じ上げないっすが、発見したのは何時の事っすか?」
「発見したのは、つい一時間ほど前だが……って、仕事モードに入るな!」
「そっすか、じゃあ今のうちに現場検証しとくっすよ!」
東はそう言うと、速やかに自宅を出てしまった。どちらかというと、一刻も早く水沼から離れたかったのだろう。香菜と水沼も慌ててついて行った。
水沼家の台所にて、現場検証が行われた。
「ていうか東さん、今日水沼さんち行ってきたんですか?」
「そうなんすよねー。今朝の事件の情報の共有とか、現在捜査三課で取り扱ってる他の事件の事とか、いろいろと話すことがあったっすから」
東と香菜の会話の間に、捜査用の白手袋を東が香菜に渡し、装着する。
(ここで時系列の紹介。東が水沼家を訪れたのが午前十時半、依頼人のもとに「ゲーテの執筆」を届け、1000万を受け取ったのが午前十一時。水沼が東探偵事務所に乗り込んできたのが午前十一時十五分であり、その十分後に東が帰宅している。)
「でも僕、水沼家には十分くらいしかいなかったっすよ。台所なんて入ってもいないし、大体なんで僕が犯人だと思ったんすか?」
「そういえばそうですよね……疑いなく事務所に来るなんて、決定的証拠でもあったんですか?」
疑念の目を向ける水沼に向ける二人。
「ああ、説明不足だったな……」
そう言って水沼は話を始める。
本日午前十時四十分ごろ、水沼家のキッチンで祐基の妻・茉莉の悲鳴が上がる。
水沼が駆け付けると、そこには空になったシナモンシュガーの瓶がいくつか転がっていた。どうやら昼食のカレーを味見したところ、物凄くシナモンを感じたようだ。
そして水沼が東を犯人だと確信した理由は、とある人物の証言である。
「義人が! 私の息子が言ったんだ! 東、お前が犯人であると!!」
と、怒りに満ちた目で東を指さした。
「……あー……」
香菜は何か察したようだった。
東は水沼の話を聞かず、空瓶を拾って指紋の採取に取り掛かっていた。
「て、オイ! 東! 聞いているのか貴様!」
「ハーイみっちゃん、ここでクイズっす! デデン!」
いきなり始まるクイズタイムに水沼も動きを止める。
「これ、右側が採取できた指紋。左側が僕の指紋っす! さて、この指紋は同一人物の物でしょーか!?」
東がどこから取り出したのか、二つの指紋が紙に描かれているものを水沼に見せつける。
水沼はそれをまじまじと見つめるが、次第に怒りで赤くなっていた顔から血の気が引いてきた。
「ああ……これは……いや、まさか……そんなことは。私の息子が嘘を……?」
「そうとしか思えないっしょ。まさか百戦錬磨の水沼警視が、指紋を見間違えることなんかないっすよね?」
東は勝ち誇ったような顔をすると、リビングの方を向き
「義人くーん!? 茉莉さーん!? ちょっとこちらへー!!」
二人をキッチンへ呼びつけた。
「東さん、祐基さん、どうしたんですか? 先程の問題はなんとかなったの?」
東にいきなり呼ばれ、こちら側に何か落ち度があったのではないかと心配している茉莉。
「いやーね、カレーにいたずらした犯人を捜してるんすけど、みっちゃんがどうしても僕だって疑わないもんっすから証拠を出したんすよ。それで真犯人なんすけど……」
そこまで言いかけて、今回一度もしゃべっていない水沼家の長男・義人の方を見る。東に懐ききっている義人は、いつもなら東が来るだけではしゃいだり騒いだりするのに、今日はやけに静かだ。
「まあ、東さんじゃないなら義人君しかいませんよね……」
香菜は義人が犯人なのは残念だが、この結果に行きつくのは当然という顔をした。
「違う……僕は犯人じゃ……」
義人がやっとの思いで声を絞り出す。
「まあまあ、認めたくない気持ちはよくわかるっすよ」
東が義人に目線を合わせる。さらに
「でも僕やみっちゃんが今まで見てきた事件に比べたら君のいたずらなんて大したことないし、ちゃんと謝ればみっちゃんも茉莉さんも許してくれるはずっすよ?」
と、何やら義人の手に握りこませた。
「! これ……」
その時、義人の目が一瞬光った。
「さ、お父さんとお母さんに謝るっす」
東が立ち上がり、義人の肩をやさしく押す。
「……うぅ……」
今にも泣きそうになる義人。
(ガンバレ、ガンバレ義人君!)
香菜は心の中で義人を応援していた。
「……ごめんなさい、僕がやりましたぁ……!」
ぽろぽろと涙が崩れ落ち、義人の足元を濡らした。
「そうだったのね……教えてくれてありがとう」
茉莉が義人を抱きしめる。
義人も茉莉の首に腕を回すが、その時、義人の右腕から何か零れ落ちた。
「ん? なんだこれは……」
水沼が怪訝そうにそれを拾い上げる。
東が義人に渡していた物は、まさかの500円玉。
「東の奴……八歳の少年にまで賄賂を贈りやがった! オイ東! どこだ!」
立ち上がって周りをきょろきょろ見渡す水沼。しかし、先程までいたはずの東の姿がどこにも見えない。
「桃山さん! あの馬鹿は!!?」
「あ、東さんならもう出かけました……なんか『高尾山へ忍術の修行に行ってくるっす!』とか言って……」
水沼は悔しさに、地団駄を踏むしかなかった。
そのころ、東は自転車を走らせ、本当に高尾山の方向へ移動していた。
「……はぁ、一円にもならない仕事をしちゃったっすね……山でも見て気分変えよ……」
今回の東敏行の収支
支出
・賄賂 500
計500円
収入
計0円
収支 -500円
【特別編 カレー異物混入事件】:完
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