守銭奴探偵アズマ 邂逅編

江葉内斗

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File.3 華の意思を問わぬ庭師

番外編其の一 香菜初仕事

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※この話は「守銭奴探偵アズマ」の番外編である。時系列はFile.3にてあずまとしゆきが事務所を出た直後、一人留守番を命じられた東の助手ももやまが、東がいないのをいいことにやりたい放題(語弊)する話である。


 「どうせ何も依頼来ないんだし、ちょっとやってみたかったことあるのよね~」
 香菜は自分のパソコンを開くと、何やら作業を始めた。
 「この事務所、ホームページがないなんてビックリした! 折角地元の人たちには知られているんだから、メールやSNSでも依頼ができるようにしたり、事務所の公式アカウントなんかも作って依頼人クライアントを増やす努力をしなきゃ! こういうのあの人は絶対めんどくさがるから……」
 実はこの女、前職(File.1参照)では美術館ホームページの作成・管理を担当していたのである。当時は誰もコンピュータに詳しい人員がおらず、自分もまた知識は皆無であったが、美術館のより良い発展のために独学でHTMLを学ぶという努力を成し遂げていた。
 二時間ほどでホームページの概要は完成したが、香菜が迷っていたところがあった。
 それはHTMLの技術とは関係ない要素、即ち「キャッチコピー」である。
 「東さんだったらなんて言うかな……『金持ちよ、金寄越せ!!』……いや流石の東さんもそこまでは言わないよ……ね? 『皆様のトラブルは、信頼と実績の東にお任せ下さい!!』……違う、あの人は絶対まともな敬語なんか使わない!」
 様々な案を出し、迷った結果、東探偵事務所のキャッチコピーは「金持ちよ、金寄越すっす!!」に決定した(香菜の独断で)。
 「それから事務所の公式SNSアカウントを作成しなきゃ。差し当たりTwitterとInstagramに……」
 適当なメールアドレスを作成し、まずはTwitterにアカウント登録を行う。
 「アカウント名は勿論『東探偵事務所【公式】』、プロフィール欄はなんて書こうかな……」
 そんなことをやっていると、急に事務所の電話が鳴った。
 静寂に包まれた空間を切り裂く着信音に香菜は一瞬びっくりしたが、すぐに気を取り直して恐る恐る受話器を取る。
 「お電話ありがとうございます、東探偵事務所でございます」
 『……ん? あんたホントに東さんかい?』
 「あ、いえ、私は東の助手に就任した桃山香菜と申すものです」
 『へぇ~、東さんが助手ねぇ……まあいいわよ、依頼の申し込みなんだけど……』
 「え……? あ、そのっ……!」
 今は東に頼れる状況ではない。依頼人がどんな依頼を持ってきているか知らないが、自分一人で解決しなければならない。
 「ど、どのようなご依頼でしょうか……?」
 『あーのね、猫! 家で飼ってる猫がいなくなっちゃって、探してくれない?』
 あ、猫かぁ……
 だったら自分にも何とかなるかもしれない。
 「分かりました、お受けしましょう。時間は……」


 三十分後、事務所のインターホンが鳴る。
 探偵助手・桃山香菜の最初の依頼人は、五十代のおばさんだった。
 「あ~ら若いわねぇ! アンタが助手さん?」
 「は、はい! 私が桃山でございます……」
 自分個人の依頼人を持つという特殊な経験に、香菜は変な力が入ってしまう。
 「それで、猫ちゃんの捜索ということで……」
 「そーうなのよー! ウチのミミちゃんがねー! 私がちょっと目を離したすきにどっか行っちゃって~!!」
と、三毛猫の画像を見せる。
 「でしたら直に探さなきゃ。いなくなったのは何時で、どこですか?」
 「北西部のジュエリーショップでねぇ、ついさっき、一時間くらい前に居なくなったことに気づいて……」
 「でしたら直ぐ現場に向かいましょう!」
 香菜はすぐに立ち上がり、外に出ようとした。すると
「あ~ら香菜ちゃんちょっと待ちなさいよー!」
不意に依頼人に引き留められた。
 「何ですか? 早く行かなきゃミミちゃんいなくなっちゃいますよ?」
 「あんた、報酬はいくらにすんの?」
 「……え?」
 「報酬よ! 東さんだったらいつも『今回は1000万』とか『今回は2000万』とか、仕事を始める前にいつも言ってたんだけど?」
 「あ、そうですね。えーと……」
 香菜は常に高額な依頼料を取る東以外の探偵を知らないため、探偵料の相場が分からない。
 取り合えず100万円で提案しようと思い立った。
 「それでは……100万円ということでいかがでしょうか?」
 「100万!! そんなに安くていいの?」
 「え、そりゃまあ……本日は東さんもいませんし……サービス? ということで……」
 「あ~ら香菜ちゃん気が利くじゃなーい! じゃあ、はい! 100万!」
 依頼人はカバンから財布を取り出すと、ポンと札束を差し出した。
 震える手で金を受け取り、数を数える香菜。
 「はい! 100万円、確かにお受け取りいたしました!」
 こうして、香菜の探偵としての初の仕事が幕を開けた。


 「えーと、確かこのあたりなんだけど……」
 二人は黄金区北西部、総合高級品店街の一角、高級ジュエリーショップの前まで来ていた。
 「それじゃあまずは……そうだ、ミミちゃんの写真貸してください!」
 「え? 別にいいわよ」
 写真を受け取った香菜は、それをスマホで撮影した。
 「うちのTwitterアカウントで情報を提供してもらいます!」
 誕生したばかりの東探偵事務所の公式アカウントにツイートが追加された。
 「あらTwitter? そういうのもあるのね」
 おばさんは香菜のスマホを覗き込みながら感心した。
 「それで……猫を探すためには……どうすればいいんだっけ?」
 香菜は東に言われたことを思い出していた。


 それは、香菜が助手に就任してから一週間程たった時。
 「香菜さん、ペットの捜索において、最も大事なものは何っすか?」
 東が香菜に探偵の基礎を教えていた。
 「ええと、地道に捜索する
 「ダメっすね」
 「せめて最後まで言わせてください!」
 「やれやれ、これだから素人は……」
 「素人です!! いずれは私だって立派な探偵に……」
 憤慨する香菜を無視して東が話す。
 「ペットの捜索では、まずその動物のになって動くことが重要っす! 例えば猫!」
と、東がホワイトボードに猫の絵を描く。
 「はい、猫! もし香菜さんが猫だったら、どんなところに隠れるっすか?」
 「猫、猫かぁ……イメージですけれど、車の下とか、路地裏のゴミ箱とか……」
 「そう! 猫は狭いところを好む、基本中の基本っすね!」
 次に東は普遍的な家の絵を書いた。
 「但し! 原則として家の中から出さない猫、即ち『部屋猫』は例外っす!」
と、家の絵をパーで叩く。
 「猫は縄張り意識が強い! それはもう大谷翔平と佐々木朗希を足して大野雄大をかけて生まれたピッチャーくらい強い!」
 香菜は野球はわからないので
「それはすごく強いですね」
と適当に相槌を打つ。
 「だから部屋猫が失踪した時はまず、家の周辺を探してみるのがいいっす! トイレの砂を家の周りに撒いたりするのもおススメっすよ!」


 「あの、ミミちゃんは普段お家の中で飼っているんですか?」
 「ん? そーなのよ! 今日はたまたま健康診断だったから病院に連れて行こうとしたら、察したのか突然カバンから逃げちゃって!」
 「もしかしたらお家の近くにいるかも……」
 香菜が言いかけたその時、スマホに通知が来た。
 ミミちゃんの目撃情報だった。
 「あ! 来た! ミミちゃんを……ふくろく町で見たそうです!」
 「福禄町? それってあたしん家の近くじゃない! すぐ行かないと!!」
 依頼人はその情報を聞くと、香菜を置いて走って行ってしまった。
 「あ! 待ってください私も行きます!」
 しかし、香菜は俊足である。すぐに追いついた。


 黄金区福禄町は、先程のジュエリーショップからそれほど離れていない。
 「ミミちゃーん? どこにいるのー?」
 クライアントがペットの名を呼ぶ。
 香菜も車の下や、路地裏などの場所をよく観察していた。
 その時
「あの……もしかして東さんですか?」
 一人の男性が香菜に声をかけた。
 「あ、違います……私は東さんの助手です」
 「そうですか! あの、僕さっき猫を保護したんですけど、Twitterで言ってた猫じゃないですか?」
 「本当ですか!? すぐに見せてください!」
 なんという僥倖だろうか。香菜と依頼人は男性に連れられて彼の自宅に向かった。

 「ほら、この猫ですよ」
 男性がその猫を腕に抱えて連れてきた。
 三毛猫のミミちゃんは特に暴れたりせず、彼の腕の中で大人しくしていた。
 「あらミミちゃん!! こんなところにいたのね! 私すっごく心配したのよぉ!?」
 依頼人はミミちゃんを半ば奪い取るように受け取り、頬ずりした。
 「本当にありがとうねぇアンタ!」
 「ありがとうございました! なんとお礼をしたらよろしいか……!」
 二人はその男性に何度も頭を下げた。
 「いえそんな! 偶然ですよ。僕も猫を飼ってるんですけど、うちの猫がやけに騒がしくて何かと思ったら、窓ガラス越しにその猫ちゃんと喧嘩してたから……」
 香菜はその男性に大変感謝していた。もしこの人がいなかったら任務は上手く行ってなかっただろうと考えていた。
 「あの……私、東探偵事務所の桃山香菜です。良かったらお名前お聞かせ願えませんか?」
 勿論お礼をするためだ。
 しかしその時、意外な事実が判明する。
 「え……桃山香菜? もしかして香菜ちゃん?」
 「……え?」
 と呼ばれたのはいつ振りだっただろうか、彼女はその呼ばれ方を覚えていた。
 「ほら、俺だよ! 高校の時同じクラスで男子陸上部だった……」
 高校のクラスメイト、陸上部所属、そして猫に対する理解。
 香菜はようやく思い出した。
 「……むら君?」
 「そうだよ! 久しぶり! 見ないうちに随分と大人っぽくなったね」
 「えー何それ? あの頃は子供っぽかったってこと?」
 彼女はその後も野村えいすけと世間話をした後、自分が仕事中だったことを思い出し、それから野村と別れて探偵事務所に戻った。
 「今日は本当にありがとねぇ」
と、依頼人はさらに300万円を机の上に積んだ。
 「え、いやダメですよ! 100万円でお受けするって言いましたし、それに私じゃなくて野村君のおかげですから!!」
 しかし依頼人は無理やり300万を受け取らせると、出ていく間に一言
「あ、そうだ。男付き合いはしっかり見極めなさいよ? でなきゃ大変なことになるから」
と言い残して去っていった。
 (男付き合い……? 東さんのこと?)
 香菜はその意味が分からなかった。
 あのおばさんの予言が後に、非常に陰惨な形で実現させられるなど、この時の香菜は知る由もない。


今回の桃山香菜の収支
 支出
 ・タクシー代 5000
 計5000円
 収入
 ・前金 100万
 ・依頼達成料 300万
 計400万

 収支 +399万5000円

 なお、この後東から電話がかかってきて、第十三話に繫がる。
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