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風の噂と宴のおやつ①
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外套のあちこちにぴったりと張り付いた妖精によって連れてこられた厨房は、シェリアが立っても天井に頭がつかないくらいの高さと、身動きが十分に出来る広さがあった。
この丘に人間を招くことはあるそうなので、人間でも使えるようにしているのかもしれない、とシェリアは思った。
テーブルには、所狭しと並べられた食材たち。
小麦粉、ミルク、卵、バター、色鮮やかな果実など。
食材の包装は、よくみると個々に違っている。
小麦粉の包装の色や材質だったり、ミルクの入った瓶の形状や大きさだったり。
きっと、あちこちの家から拝借したのだろう。
恐らく無断で拝借だろうけれど、このシープリィヒルでは物が消えることは珍しいことではなく、むしろ歓迎されている。
拝借したものの代わりに、妖精は祝福を授けてくれるからだ。
ある時は作物の出来を良くしてくれたり、収穫量を増やしてくれたり。
雨風に負けないよう、家を丈夫にしてくれたり。
「今年は、れいねんより参加者がおおく……」
「おいしいお菓子にありつけるという噂がなぜか」
「風のやつが、ながしたとか、ながしてないとか」
「つごうよく人間がおちていて、本当によかった」
「これも、かみさまのおぼしめし」
「じょうおうさまのご加護かも」
ほっとした様子で、妖精は口々に言葉を発する。
その様子を眺めていたシェリアは、ふと気になることがあった。
赤褐色の髪色が多いようだが、一体どこに属するのだろう。
少年なら、知っているだろうか。
訊ねようとシェリアが振り返ると、そこには、不満げな表情の少年がいた。
「──どうかした?」
「別に、手伝わなくてもいいんじゃないかな」
どうしたのかと問いかければ、思いがけない言葉が返ってきて、シェリアは目を丸くした。
妖精にとっても予想外だったに違いない。
安堵の雰囲気から一転して、あわあわとしはじめた。
「それは、こまる」
「宴のおやつがたりないのだ!」
「われわれでは、つくれない」
「ばくはつするのだ」
妖精は、背中の羽根と同じように、両手を大きく広げて上下にぶんぶんと振りながら、少年を説得しようと試みる。
「別に、僕は困らないし。……それに、妖精たちが満足する量をつくるとなると、大変だ。僕も他の妖精も手伝えないから、君ひとりで作業することになる」
少年はそう言って、シェリアを見る。
どうやら心配してくれているらしいが、少年が不満げな理由はそれだけではないような気がする。
「……私でよければ、つくるわ。それで、完成したら少し分けてもらえないかしら」
つくる量が多いことに関しては、シェリアはある程度は慣れている。
それは、このシープリィヒルに住む人間の多くがそうだろう。
予想外に参加する妖精が多いらしく大変かもしれないが、今手伝える人間はシェリアだけなのだから仕方ない。
シェリアの言葉に、妖精は、ぱあっと笑った。花が咲いたように。
否、実際に花びらが撒かれると同時に、何故か床には花が咲いている。
確か、先ほどまでは咲いてなかったはずだ。
「もちろんだ!」
「ねんのために、もっと、材料をはいしゃくしてこよう」
羽根をひらひらとさせながら、妖精はこくこくと頷いた。契約成立である。
そして、妖精のうち何人かは、ぱっと、どこかに消えた。
きっと、食材の調達に向かったのだろう。
「……その、出来たら食べて貰えるかしら。まだ、なにをつくるかは決めてないのだけど」
シェリアがおずおずと訊ねると、少年は目を丸くしたあと、こくりと頷いてくれた。
少年の不満げな表情が少し和らいだ気がした。
この丘に人間を招くことはあるそうなので、人間でも使えるようにしているのかもしれない、とシェリアは思った。
テーブルには、所狭しと並べられた食材たち。
小麦粉、ミルク、卵、バター、色鮮やかな果実など。
食材の包装は、よくみると個々に違っている。
小麦粉の包装の色や材質だったり、ミルクの入った瓶の形状や大きさだったり。
きっと、あちこちの家から拝借したのだろう。
恐らく無断で拝借だろうけれど、このシープリィヒルでは物が消えることは珍しいことではなく、むしろ歓迎されている。
拝借したものの代わりに、妖精は祝福を授けてくれるからだ。
ある時は作物の出来を良くしてくれたり、収穫量を増やしてくれたり。
雨風に負けないよう、家を丈夫にしてくれたり。
「今年は、れいねんより参加者がおおく……」
「おいしいお菓子にありつけるという噂がなぜか」
「風のやつが、ながしたとか、ながしてないとか」
「つごうよく人間がおちていて、本当によかった」
「これも、かみさまのおぼしめし」
「じょうおうさまのご加護かも」
ほっとした様子で、妖精は口々に言葉を発する。
その様子を眺めていたシェリアは、ふと気になることがあった。
赤褐色の髪色が多いようだが、一体どこに属するのだろう。
少年なら、知っているだろうか。
訊ねようとシェリアが振り返ると、そこには、不満げな表情の少年がいた。
「──どうかした?」
「別に、手伝わなくてもいいんじゃないかな」
どうしたのかと問いかければ、思いがけない言葉が返ってきて、シェリアは目を丸くした。
妖精にとっても予想外だったに違いない。
安堵の雰囲気から一転して、あわあわとしはじめた。
「それは、こまる」
「宴のおやつがたりないのだ!」
「われわれでは、つくれない」
「ばくはつするのだ」
妖精は、背中の羽根と同じように、両手を大きく広げて上下にぶんぶんと振りながら、少年を説得しようと試みる。
「別に、僕は困らないし。……それに、妖精たちが満足する量をつくるとなると、大変だ。僕も他の妖精も手伝えないから、君ひとりで作業することになる」
少年はそう言って、シェリアを見る。
どうやら心配してくれているらしいが、少年が不満げな理由はそれだけではないような気がする。
「……私でよければ、つくるわ。それで、完成したら少し分けてもらえないかしら」
つくる量が多いことに関しては、シェリアはある程度は慣れている。
それは、このシープリィヒルに住む人間の多くがそうだろう。
予想外に参加する妖精が多いらしく大変かもしれないが、今手伝える人間はシェリアだけなのだから仕方ない。
シェリアの言葉に、妖精は、ぱあっと笑った。花が咲いたように。
否、実際に花びらが撒かれると同時に、何故か床には花が咲いている。
確か、先ほどまでは咲いてなかったはずだ。
「もちろんだ!」
「ねんのために、もっと、材料をはいしゃくしてこよう」
羽根をひらひらとさせながら、妖精はこくこくと頷いた。契約成立である。
そして、妖精のうち何人かは、ぱっと、どこかに消えた。
きっと、食材の調達に向かったのだろう。
「……その、出来たら食べて貰えるかしら。まだ、なにをつくるかは決めてないのだけど」
シェリアがおずおずと訊ねると、少年は目を丸くしたあと、こくりと頷いてくれた。
少年の不満げな表情が少し和らいだ気がした。
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