いなくなった弟が帰ってきた

梅崎あめの

文字の大きさ
上 下
55 / 70

風の噂と宴のおやつ①

しおりを挟む
 外套のあちこちにぴったりと張り付いた妖精によって連れてこられた厨房は、シェリアが立っても天井に頭がつかないくらいの高さと、身動きが十分に出来る広さがあった。

 この丘に人間を招くことはあるそうなので、人間でも使えるようにしているのかもしれない、とシェリアは思った。

 テーブルには、所狭しと並べられた食材たち。
 小麦粉、ミルク、卵、バター、色鮮やかな果実など。

 食材の包装は、よくみると個々に違っている。
 小麦粉の包装の色や材質だったり、ミルクの入った瓶の形状や大きさだったり。
 きっと、あちこちの家から拝借したのだろう。

 恐らく無断で拝借だろうけれど、このシープリィヒルでは物が消えることは珍しいことではなく、むしろ歓迎されている。
 拝借したものの代わりに、妖精かれら祝福まじないを授けてくれるからだ。

 ある時は作物の出来を良くしてくれたり、収穫量を増やしてくれたり。
 雨風に負けないよう、家を丈夫にしてくれたり。

「今年は、れいねんより参加者がおおく……」
「おいしいお菓子にありつけるという噂がなぜか」
「風のやつが、ながしたとか、ながしてないとか」
「つごうよく人間がおちていて、本当によかった」
「これも、かみさまのおぼしめし」
「じょうおうさまのご加護かも」

 ほっとした様子で、妖精かれらは口々に言葉を発する。

 その様子を眺めていたシェリアは、ふと気になることがあった。
 赤褐色の髪色が多いようだが、一体どこに属するのだろう。

 少年なら、知っているだろうか。
 訊ねようとシェリアが振り返ると、そこには、不満げな表情の少年がいた。 

「──どうかした?」
「別に、手伝わなくてもいいんじゃないかな」

 どうしたのかと問いかければ、思いがけない言葉が返ってきて、シェリアは目を丸くした。
 妖精かれらにとっても予想外だったに違いない。 
 安堵の雰囲気から一転して、あわあわとしはじめた。

「それは、こまる」
「宴のおやつがたりないのだ!」
「われわれでは、つくれない」
「ばくはつするのだ」

 妖精かれらは、背中の羽根と同じように、両手を大きく広げて上下にぶんぶんと振りながら、少年を説得しようと試みる。

「別に、僕は困らないし。……それに、妖精たちが満足する量をつくるとなると、大変だ。僕も他の妖精も手伝えないから、君ひとりで作業することになる」

 少年はそう言って、シェリアを見る。
 どうやら心配してくれているらしいが、少年が不満げな理由はそれだけではないような気がする。

「……私でよければ、つくるわ。それで、完成したら少し分けてもらえないかしら」

 つくる量が多いことに関しては、シェリアはある程度は慣れている。
 それは、このシープリィヒルに住む人間の多くがそうだろう。
 予想外に参加する妖精が多いらしく大変かもしれないが、今手伝える人間はシェリアだけなのだから仕方ない。

 シェリアの言葉に、妖精かれらは、ぱあっと笑った。花が咲いたように。
 否、実際に花びらが撒かれると同時に、何故か床には花が咲いている。
 確か、先ほどまでは咲いてなかったはずだ。

「もちろんだ!」
「ねんのために、もっと、材料をはいしゃく・・・・・してこよう」

 羽根をひらひらとさせながら、妖精かれらはこくこくと頷いた。契約成立である。
 そして、妖精かれらのうち何人かは、ぱっと、どこかに消えた。
 きっと、食材の調達に向かったのだろう。

「……その、出来たら食べて貰えるかしら。まだ、なにをつくるかは決めてないのだけど」

 シェリアがおずおずと訊ねると、少年は目を丸くしたあと、こくりと頷いてくれた。
 少年の不満げな表情が少し和らいだ気がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

身代わりの私は退場します

ピコっぴ
恋愛
本物のお嬢様が帰って来た   身代わりの、偽者の私は退場します ⋯⋯さようなら、婚約者殿

崩壊した物語~アークリアの聖なる乙女~

叶 望
恋愛
生まれ変わり、輪廻転生、それも異世界転生したと気がついたのはいつだったか。せっかくの新しい第二の人生だ。思いのまま、自由に楽しむことにしよう。え、乙女ゲーム、何のこと。物語の主人公も悪役令嬢も転生者だって。まぁ、私には関係ないよね。え、もろ関係者?関わらなければどうでもいいよ。復讐、乙女ゲーム、利用できるものは何でも利用しようじゃないか。私は剣と魔法、魔物や冒険溢れるこの世界で自由に生きる。これは乙女ゲームを崩壊させた少女の物語。 ※小説家になろうにも投稿しています

貴方にはもう何も期待しません〜夫は唯の同居人〜

きんのたまご
恋愛
夫に何かを期待するから裏切られた気持ちになるの。 もう期待しなければ裏切られる事も無い。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

(完結)「君を愛することはない」と言われて……

青空一夏
恋愛
ずっと憧れていた方に嫁げることになった私は、夫となった男性から「君を愛することはない」と言われてしまった。それでも、彼に尽くして温かい家庭をつくるように心がければ、きっと愛してくださるはずだろうと思っていたのよ。ところが、彼には好きな方がいて忘れることができないようだったわ。私は彼を諦めて実家に帰ったほうが良いのかしら? この物語は憧れていた男性の妻になったけれど冷たくされたお嬢様を守る戦闘侍女たちの活躍と、お嬢様の恋を描いた作品です。 主人公はお嬢様と3人の侍女かも。ヒーローの存在感増すようにがんばります! という感じで、それぞれの視点もあります。 以前書いたもののリメイク版です。多分、かなりストーリーが変わっていくと思うので、新しい作品としてお読みください。 ※カクヨム。なろうにも時差投稿します。 ※作者独自の世界です。

悪役断罪?そもそも何かしましたか?

SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。 男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。 あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。 えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。 勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

処理中です...