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茜色の空と渦巻く小さな不安①
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「……そういえば、この森には、なにしにきたの?」
手元の赤いメレンゲクッキーをぺろりと平らげた少年は、なにかを思い出したかのような表情をしたあと、首を傾げてシェリアに問いかけた。
この森が“かれら”の森だと知っているシープリィヒルの領民は、ほぼこない。稀に来るのは、領地外から“かれら”を利用しようと企むような人間ばかり。
だからこそ、少年はシェリアを怪しい人間だと思ったのだろうし、それは当然のことだとシェリアは思った。
シェリアの不審者疑惑が払拭されて一段落着くと、では、どうしてやってきたのかと疑問が沸いたらしい。
因みに、メレンゲクッキーは先ほど渡したばかりなのだが、少年は、赤い方のクッキーは口をつけた途端に瞬く間に食べ終えてしまった。
食感が気に入ったのだろうか。今度は白い方のクッキーをどこかから取り出して、またかじり始めている。
「……逢いたいひとがいて、探しにきたの」
「それって、どこに属する妖精?」
今度は少女の方が反応し、問いかける。
質問した当の本人はおやつを夢中でかじっていて、聞いているかどうかは定かではない。
なんともマイペースである。
少女の不思議な言い回しに、そういえば屋敷にいた赤茶色の髪をした少女も同じ表現をしていたと、シェリアは思い出す。
「……えっと、樹木らしいの」
確証はない。
樹木妖精だとシェリアが直接確認したわけでもななければ、屋敷にいた赤茶色の髪を持つ小さな少女の証言がアンディのふりをしたあの子を指しているのか分からない。
もしかしたら、同じ時期に樹木妖精が屋敷にいたのかもしれない。そもそも、本当にこの森にいるのかも分からないし、シェリアの行動は見当違いかもしれない。
それでもシェリアは、この“かれら”の森にやってきた。微かな手がかりを握りしめて。
だってきっと、シェリアから行かなければ、もう一度逢えない気がするから。
その言葉に、小さな少女は「うーん」と唸りながら考えこんだあと、
「…………もしかして、それって、ずっとうしろをついてきてる妖精とかんけいある?」
シェリアの背後をすっと指で示した。
その瞬間、少女の声に反応するかのように、ざあっと木々の揺れる音がした。
シェリアは、ひゅっと息を呑む。
心臓がどくんと音を立てた。
「あのね、多分ずっとついてきてるの。もしかして、お菓子ほしいのかなっておもってたんだけど……きっと、樹木の子だとおもう」
「…………今も、うしろに?」
確認するようなシェリアの問いかけに、少女はこくりと頷く。心臓がうるさく鳴り響く。
シェリアのあとをついてきている妖精がいるらしい。
それは、少女の言う通り、お菓子の匂いに引き寄せられたのかもしれないし、人間の訪問が珍しくて来たのかもしれない。
───でも、もしかしたら。
「ありがとう、教えてくれて」
シェリアがそう言って、バスケットの中の賄賂を何枚か取り出すと、少女の瞳は大きく見開かれ、羽根はひらひらと揺れた。
「わあ、クッションみたいです……!」
少女は感嘆の声を漏らし、ハンカチの上に積み重なったクッキーの周りをくるくると回る。
少女の様子を眺めながら、そういえば屋敷の“かれら”のひとりが、帰ってきたらお菓子の家を希望していたことをシェリアは思い出す。
積み重なったクッキーの周りをくるくると回っていた少女は立ち止まると、しばらく顔の前で両手を組んで瞳をきらきらと輝かせていたのだが───
何故か山が小さくなっている気がして、少女は首を傾げた。先ほどよりも、明らかに嵩が減っている。
むむむ、と少女が考えている間に、山は更に小さくなっていく。
「…………えっ、なんで?!」
慌てた少女が反対側へ回り込むと、少年がクッキーの山にかじりついていた。ちょうど少年の身体がクッキーの山に隠れ、死角になっていた為に気付かなかったようだ。
「わたしのお菓子───!!」
少女の嘆く声が辺りに響く。
涙目になり立ち尽くす少女に、シェリアがもう一度クッキーの山を渡すと、今度は大急ぎでどこかにしまいこんでいた。
手元の赤いメレンゲクッキーをぺろりと平らげた少年は、なにかを思い出したかのような表情をしたあと、首を傾げてシェリアに問いかけた。
この森が“かれら”の森だと知っているシープリィヒルの領民は、ほぼこない。稀に来るのは、領地外から“かれら”を利用しようと企むような人間ばかり。
だからこそ、少年はシェリアを怪しい人間だと思ったのだろうし、それは当然のことだとシェリアは思った。
シェリアの不審者疑惑が払拭されて一段落着くと、では、どうしてやってきたのかと疑問が沸いたらしい。
因みに、メレンゲクッキーは先ほど渡したばかりなのだが、少年は、赤い方のクッキーは口をつけた途端に瞬く間に食べ終えてしまった。
食感が気に入ったのだろうか。今度は白い方のクッキーをどこかから取り出して、またかじり始めている。
「……逢いたいひとがいて、探しにきたの」
「それって、どこに属する妖精?」
今度は少女の方が反応し、問いかける。
質問した当の本人はおやつを夢中でかじっていて、聞いているかどうかは定かではない。
なんともマイペースである。
少女の不思議な言い回しに、そういえば屋敷にいた赤茶色の髪をした少女も同じ表現をしていたと、シェリアは思い出す。
「……えっと、樹木らしいの」
確証はない。
樹木妖精だとシェリアが直接確認したわけでもななければ、屋敷にいた赤茶色の髪を持つ小さな少女の証言がアンディのふりをしたあの子を指しているのか分からない。
もしかしたら、同じ時期に樹木妖精が屋敷にいたのかもしれない。そもそも、本当にこの森にいるのかも分からないし、シェリアの行動は見当違いかもしれない。
それでもシェリアは、この“かれら”の森にやってきた。微かな手がかりを握りしめて。
だってきっと、シェリアから行かなければ、もう一度逢えない気がするから。
その言葉に、小さな少女は「うーん」と唸りながら考えこんだあと、
「…………もしかして、それって、ずっとうしろをついてきてる妖精とかんけいある?」
シェリアの背後をすっと指で示した。
その瞬間、少女の声に反応するかのように、ざあっと木々の揺れる音がした。
シェリアは、ひゅっと息を呑む。
心臓がどくんと音を立てた。
「あのね、多分ずっとついてきてるの。もしかして、お菓子ほしいのかなっておもってたんだけど……きっと、樹木の子だとおもう」
「…………今も、うしろに?」
確認するようなシェリアの問いかけに、少女はこくりと頷く。心臓がうるさく鳴り響く。
シェリアのあとをついてきている妖精がいるらしい。
それは、少女の言う通り、お菓子の匂いに引き寄せられたのかもしれないし、人間の訪問が珍しくて来たのかもしれない。
───でも、もしかしたら。
「ありがとう、教えてくれて」
シェリアがそう言って、バスケットの中の賄賂を何枚か取り出すと、少女の瞳は大きく見開かれ、羽根はひらひらと揺れた。
「わあ、クッションみたいです……!」
少女は感嘆の声を漏らし、ハンカチの上に積み重なったクッキーの周りをくるくると回る。
少女の様子を眺めながら、そういえば屋敷の“かれら”のひとりが、帰ってきたらお菓子の家を希望していたことをシェリアは思い出す。
積み重なったクッキーの周りをくるくると回っていた少女は立ち止まると、しばらく顔の前で両手を組んで瞳をきらきらと輝かせていたのだが───
何故か山が小さくなっている気がして、少女は首を傾げた。先ほどよりも、明らかに嵩が減っている。
むむむ、と少女が考えている間に、山は更に小さくなっていく。
「…………えっ、なんで?!」
慌てた少女が反対側へ回り込むと、少年がクッキーの山にかじりついていた。ちょうど少年の身体がクッキーの山に隠れ、死角になっていた為に気付かなかったようだ。
「わたしのお菓子───!!」
少女の嘆く声が辺りに響く。
涙目になり立ち尽くす少女に、シェリアがもう一度クッキーの山を渡すと、今度は大急ぎでどこかにしまいこんでいた。
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