いなくなった弟が帰ってきた

梅崎あめの

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不可思議な森と水色のふたり③

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 突然の出来事に、目を丸くしたシェリアの目線まで降りてきた小さな少女は、両手をぎゅっと身体の前で組むとうるうると懇願するように見つめた。

「赤と白の、あのみたことないお菓子がたべたいんです!」

 赤と白のお菓子とは、メレンゲクッキーのことだろう。
 もしかしたら、先ほど瑠璃色の少女に渡したのを見ていたのかもしれない。

 そう思ったシェリアは、右手で持っていたバスケットを両手で抱え直して訊ねてみる。

「……よかったら、食べる?」
「たべます!たべたいです!」

 少女は、夜空に浮かぶ星のようにきらきらと瞳を輝かせ、勢いよくぶんぶんと頷いた。

 交渉成立である。

 シェリアがバスケットの蓋を開けて、メレンゲクッキーを取り出し、小さな少女に手渡そうとした時───ひゅうっと風が吹いた。

 少女の手に渡るはずだったメレンゲクッキーは、シェリアの手からこぼれ落ちる。
 慌てて掴もうとするも上手くいかず、ゆっくりと地面に向かって落下していく。

「……わたしのお菓子!!」

 血相を変えた小さな少女は、地面に衝突するよりも先にその間に滑りこみ、両手を広げて二枚のメレンゲクッキーを受けとめる。

「……まにあった!」
 
 無事に自分のおやつを救出成功した少女は、安堵から嬉しそうに笑っていたが──次の瞬間、頬を膨らませて、シェリアの背後の方に向かって叫んだ。

「あともうすこしで、わたしの大事な大事なお菓子が、ぐしゃぐしゃになるところだったじゃない!!」

 ぷんすかと怒る水色の少女の視線の先には、同じ水色の髪をした同じ背丈の少年。

「みずしらずの人間からもらったお菓子をたべるの反対。ねむり薬でも入ってたら、どうする!」

 少年もまた、ぷんすかと応戦する。

 確かに、このふたりにとってシェリアは見ず知らずの人間なのだから、警戒するのも当然だろう。
 とはいえ、シェリアは眠り薬なんてもの入れてはいないし、危害を加えるつもりなど微塵もない。

 このバスケットの中に入っているのは、ただの賄賂である。

 シェリアが『怪しい者ではない』と言ったところで、益々不審に思わせるだけだろう。
 ここはやはり、バスケットの中身を食べてみせるのが一番良いかもしれない。

 自分が無害だと証明する方法をシェリアが思案していると、

「なんでも、うたがうのは良くない!」

「なんでもしんようする方が良くない。妖精のかみを手首に巻いているやつなんて、どうみてもあやしい!」

 少年が右の手首をぴしっと指差したので、シェリアは、反射的に手首にある瑠璃色の輪を見つめた。

 確かに、妖精かれらの髪を手首につけた人間など、どう見ても不審者である。
 どこぞの妖精を売り買いしている商人だと思われても仕方あるまい。

 シープリィヒルのかつての当主が記した書物に、そのような人間がいたとの記述があったことを、シェリアは思い出した。

 これは、無害の証明は難しそうである。

 もしかしたら、あの子とは逢えずにこのまま追い返されるかもしれない。無事に帰ることが出来たなら上出来といってもいいくらいだ。

 今のシェリアは、どこからどう見ても怪しいのだから。

 項垂れていたシェリアを助けたのは、先ほどメレンゲクッキーを渡した少女だった。

「よくみて!むりやりちぎった妖精のかみを巻いているなら、皮膚がへんしょくして、からだの一部が動かなくなったりしているはず!あのひとは、ごたいまんぞくだし、ふつうに動けているわ!」

 少女の言葉に、シェリアはぎょっとした。

 妖精かれらの羽根を無理矢理もぎった人間が、その後不運に見舞われるというのは、シェリアも知っていたが、少女の話は更に物騒なものだ。

 驚いて固まっているシェリアを、舐め回すように見た少年は、「たしかに、くちてない」と呟いた。

「……それに、ほかの妖精たちのおまじないの気配もする」

 少年の言葉は、少女はうんうんと頷く。

「だから、このひとはだいじょうぶ!」
「……そうみたいだ。ごめんなさい」

 少年は、ぺこりと頭を下げた。
 疑いは晴れ、一件落着である。

 追い返されずに済んだことに安心すべきかもしれない───が、先ほど耳にした物騒な話から、シェリアは、この手首の輪を外してしまいたくなった。

 しかし、勝手に外して問題ないのだろうか。
 “かれら”の理は、人間であるシェリアには、少し難しそうだった。
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