いなくなった弟が帰ってきた

梅崎あめの

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不可思議な森と水色のふたり②

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「人間がきてるみたい」

 木々の葉が揺れる音に混じって、水色の髪をした小さな少女が告げる。妖精かれらの森に、珍客が訪れた、と。

「あやしいやつなら、おいだす?網とかもってた?」

 少女の発言に、同じように水色の髪を持つ少年は即座に木の枝からぴょんと地面に飛び降りると、駆け寄りながら訊ねた。 

「ううん。美味しそうなお菓子もってた!」

 バスケットの中身に入っていた美味しそうな焼き菓子が、他の妖精に差し出されたのを目で見たばかりの少女は、瞳をきらきらと輝かせて報告する。

 白と赤の焼き菓子がクッションのように積み重なっていたけれど、どのような味がするのだろうか。
 見たことのない菓子に想いを馳せ、少女の羽根がひらひらと揺れる。

 瑠璃色の髪をした少女は、受け取った焼き菓子を即座にしまうと、どこかから用意した小石の上に座り、木幹にもたれかかって、気持ち良さそうに寝始めてしまった。

 その為、残念ながら詳細は聞けずじまい。

 分かるのは、あの瑠璃色の髪の妖精は、道に属する妖精だろうということと、悪い人間ではなさそうだということ。

 だって、人間の彼女からは他の妖精のおまじないの気配がしたのだ。それも、たくさん。

 ひとつやふたつなら、妖精の気まぐれということもあるかもしれないが、数えきれないほどのおまじないの気配は好かれていると考えていいだろう。

 あの瑠璃色の妖精も信用しているようだったし、なにより、あの見たことのない焼き菓子が気になって仕方がなかった。

 少女が赤と白の菓子へ想いを馳せている傍で、少年は、ぽつりと呟く。

「ゆだんさせて、その隙に捕まえるつもりかも……」

 こちらの少年は、少女とは対照的に警戒心いっぱいである。

 そんな対照的なふたりの遥か上の方から、ぽつりと声が落ちる。

「うーん、あの人間、前にみたきがする……」
  
 それは、木々の葉がかすれる音に混じって消えていった。


 ◆

 道中で出逢った瑠璃色の髪をした小さな少女と別れたシェリアは、ひとり森の中を歩いていた。

 先ほどまでは陽の光が心地よく、瑠璃色の髪を持つ少女いわく『お昼寝に最適』だったけれど、今度は、あっという間に深い青色に支配されてしまった。 

 あちらこちらに、三日月、半月、満月、星の形をした果実が色鮮やかに実っている。

 なんとも珍しいが、これは“かれら”の世界のものなので、うっかり口にしようものなら帰れなくなってしまう恐ろしいものだ。

 人間の住処では存在しないであろう果実に、ここが“かれら”の森なのだと実感させられる。

 人間の領域でありながら、人間が立ち入ることはない、“かれら”の森。
 無事に帰れるだろうかと、シェリアは思わず不安になる。

 前に訪れた時は、記憶を対価に帰ってくることが出来たけれど、二度目の訪問ともなると、不快に思った“かれら”によって重い罰を受けることにかもしれない。
 
 先ほど、少女と別れてひとりになったせいか。
 それとも、この目の前に広がる不思議な光景のせいか。

 ふいに不安に襲われたシェリアが、無意識にポケットへと手を入れると、何かに触れる感触があった。

 手のひらですっぽりと包みこめるほどの小ささで、力を込めても潰れない固さのそれは、転がせば涼やかな音が鳴り響く。

 屋敷妖精かれらが御守りにと、シェリアに持たせてくれた鈴だった。

 手の中で転がしながら、シェリアは屋敷で送り出してくれた“かれら”を思い出す。
 そうだ。シェリアは、無事に帰ってたくさんのお菓子をつくらなくてはならないらしいのだ。

 “かれら”との約束を思い出して、シェリアは思わず笑みがこぼれる。
 心の中で芽生えていた霧は、いつの間にか晴れていた。

「わたしにもお菓子、くださいっ!」

 突然、どこからか声が聞こえ、シェリアは辺りをきょろきょろと見渡すけれど、肝心の声の主は見当たらない。
 確かに、声が聞こえたはずなのに。

「ここです!」

 声の主は、どうやらシェリアの頭上にいたらしい。
 まるで空から舞い降りるかのように、水色の髪をした小さな少女は、シェリアの前に現れた。
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