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“かれら”と繋がる点①
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用意したクッキーが半分以下の量になったのを確認して、シェリアはバスケットの蓋をそっと閉じた。
赤と白のメレンゲクッキーは、屋敷の外で、妖精に渡すはずだった。
アンディのふりをしていたあの子探す為の、手がかりの対価として。いわば賄賂のようなもの。
きっと、どちらかの色を一枚ずつ配ったなら、ここまで減ることはなかっただろう。
けれど、シェリアにはその判断は出来なかった。
ずらっと並んでいた“かれら”のバスケットの中身を見つめる羨望の瞳が、あまりにもきらきらと眩しくて。
つい赤と白を一枚ずつ渡してしまったのだ。
もっと多めにつくっておけば良かったかもしれない。
しかし、多めに用意したとしても、不思議と今と同じくらいの量になっていたような、そんな気がしてならない。
何故だろうかと首を傾げていたシェリアの耳に、どん、と何かが勢いよく衝突する音がした。
思わず顔を上げたシェリアが振り向けば、“かれら”のうちのひとりである赤茶色の髪をした少年が、壁に背中を預けた状態で、ぐるぐると目を回していた。
「…………このクッキー、スピードすごい……」
ぽつりと呟かれた言葉から、どうやら、シェリアが先ほど配ったメレンゲクッキーで遊んでいたらしいと分かる。
衝突の混乱から立ち直った少年は、両手で大事そうに抱えている白い焼き菓子を床に置くと、椅子のように腰掛ける。
そして、ふわりと宙を浮き、床から一メートルあたりのところまで浮上すると、反対側の壁まで勢いよく飛んでいく。
この分だと、間違いなく壁に衝突するかもしれない。シェリアの予想は当たり、少年は頭から壁に突っ込んでいってしまった。
なるほど。先ほどの衝突音は、壁にぶつかる音であったらしい。
とても痛そうだけれど、少年にとっては大した問題ではないのか、衝突の混乱から立ち直ると、またいそいそと浮上の準備を始めた。
ざあざあと雨が降り、薄暗くどんよりとした外とは対照的に、室内は “かれら”の楽しげな声が響き賑やかだ。
ある少女は、部屋の隅で両手で大切そうに抱えて座り、 少しずつ齧っては幸せそうに笑う。
ある少年は、二枚重ねたそれを頭にのせて、シェリアの頭上より遥か上でぷかぷかと浮いている。
一口に“かれら”といっても、それぞれ個性があるらしい。シェリアは辺りを見渡し、くすりと笑った。
念願の“かれら”との遭遇で、大変名残惜しくはあるけれど、シェリアは行かねばならない。
賄賂は少なくなってしまったけれど、その分自分の足で探せばいいだろう。
楽しげな声を耳にしながら立ち上がり、シェリアはバスケットを両手に抱えた。
そうして、一歩踏み出そうとした時──
「…………おでかけ?」
そう訊ねてきたのは、シェリアの横で床に座っている赤茶色の髪をした少女だった。確かシェリアがこの部屋で一番最初にクッキーを渡した相手だ。
少女は、一口サイズのクッキーを手に、羽根をひらひらとさせ、首をきょとんと傾げていた。
「……ええ。ひとを探しに」
思いがけず話しかけられ、目を丸くしているシェリアに、更に驚くようなことを少女は口にした。
「……それって、この前まで、いた子?」
シェリアの喉がひゅっと鳴る。
もしかして、『この前までいた子』というのはあの子のことだろうか。 いや、シェリアの知らない“かれら”のうちの誰かの可能性はある。
早とちりはよくない。
しかし、シェリアは心臓の音は早くなる。
もしかして。もしかしたら。
「あの、樹木に属する子のことかな」
少女の言葉に、いつか、あの子が木の枝の上で昼寝していた姿が脳裏を過ると同時に、エレンの言葉を思い出した。
『樹木妖精ってやつは、高いところが好きなんです』
その瞬間、風がさあっと吹く感覚と共に、点と点が繋がるような気がした。
赤と白のメレンゲクッキーは、屋敷の外で、妖精に渡すはずだった。
アンディのふりをしていたあの子探す為の、手がかりの対価として。いわば賄賂のようなもの。
きっと、どちらかの色を一枚ずつ配ったなら、ここまで減ることはなかっただろう。
けれど、シェリアにはその判断は出来なかった。
ずらっと並んでいた“かれら”のバスケットの中身を見つめる羨望の瞳が、あまりにもきらきらと眩しくて。
つい赤と白を一枚ずつ渡してしまったのだ。
もっと多めにつくっておけば良かったかもしれない。
しかし、多めに用意したとしても、不思議と今と同じくらいの量になっていたような、そんな気がしてならない。
何故だろうかと首を傾げていたシェリアの耳に、どん、と何かが勢いよく衝突する音がした。
思わず顔を上げたシェリアが振り向けば、“かれら”のうちのひとりである赤茶色の髪をした少年が、壁に背中を預けた状態で、ぐるぐると目を回していた。
「…………このクッキー、スピードすごい……」
ぽつりと呟かれた言葉から、どうやら、シェリアが先ほど配ったメレンゲクッキーで遊んでいたらしいと分かる。
衝突の混乱から立ち直った少年は、両手で大事そうに抱えている白い焼き菓子を床に置くと、椅子のように腰掛ける。
そして、ふわりと宙を浮き、床から一メートルあたりのところまで浮上すると、反対側の壁まで勢いよく飛んでいく。
この分だと、間違いなく壁に衝突するかもしれない。シェリアの予想は当たり、少年は頭から壁に突っ込んでいってしまった。
なるほど。先ほどの衝突音は、壁にぶつかる音であったらしい。
とても痛そうだけれど、少年にとっては大した問題ではないのか、衝突の混乱から立ち直ると、またいそいそと浮上の準備を始めた。
ざあざあと雨が降り、薄暗くどんよりとした外とは対照的に、室内は “かれら”の楽しげな声が響き賑やかだ。
ある少女は、部屋の隅で両手で大切そうに抱えて座り、 少しずつ齧っては幸せそうに笑う。
ある少年は、二枚重ねたそれを頭にのせて、シェリアの頭上より遥か上でぷかぷかと浮いている。
一口に“かれら”といっても、それぞれ個性があるらしい。シェリアは辺りを見渡し、くすりと笑った。
念願の“かれら”との遭遇で、大変名残惜しくはあるけれど、シェリアは行かねばならない。
賄賂は少なくなってしまったけれど、その分自分の足で探せばいいだろう。
楽しげな声を耳にしながら立ち上がり、シェリアはバスケットを両手に抱えた。
そうして、一歩踏み出そうとした時──
「…………おでかけ?」
そう訊ねてきたのは、シェリアの横で床に座っている赤茶色の髪をした少女だった。確かシェリアがこの部屋で一番最初にクッキーを渡した相手だ。
少女は、一口サイズのクッキーを手に、羽根をひらひらとさせ、首をきょとんと傾げていた。
「……ええ。ひとを探しに」
思いがけず話しかけられ、目を丸くしているシェリアに、更に驚くようなことを少女は口にした。
「……それって、この前まで、いた子?」
シェリアの喉がひゅっと鳴る。
もしかして、『この前までいた子』というのはあの子のことだろうか。 いや、シェリアの知らない“かれら”のうちの誰かの可能性はある。
早とちりはよくない。
しかし、シェリアは心臓の音は早くなる。
もしかして。もしかしたら。
「あの、樹木に属する子のことかな」
少女の言葉に、いつか、あの子が木の枝の上で昼寝していた姿が脳裏を過ると同時に、エレンの言葉を思い出した。
『樹木妖精ってやつは、高いところが好きなんです』
その瞬間、風がさあっと吹く感覚と共に、点と点が繋がるような気がした。
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