いなくなった弟が帰ってきた

梅崎あめの

文字の大きさ
上 下
14 / 70

光の射し込む先は①

しおりを挟む
 シェリアは、アンディを探していた。

 柔らかな陽が射し込む昼下がりの屋敷の中を、バスケットを片手にぱたぱたと駆けずりまわる。

 バスケットの中身は、先ほどオーブンから取り出したばかりの焼きたてのアップルパイだ。
 是非ともあたたかいうちに食べて欲しいのに、肝心のアンディは見つからない。

 アンディの部屋も訪ねてみたけれど、不在だった。
 執事のジェームズに訊けば、なんと一日姿を見ていないと言う。
 食堂にも現れていないらしい。

 因みに、シェリアは、厨房で延々とアップルパイとクッキーを焼いていた為に昼食を食べ忘れてしまっていた。
 これはもしや、姉弟きょうだい揃ってお昼に御飯を食べていないのでないだろうか。

 それは、とても大問題である。

 歳の割に聡いといっても、アンディはまだ十歳なのだ。
 本来ならば、六歳上であるシェリアが手本とならなくてはならないのに。

 廊下を小走りで移動しながら、ああ、ミートパイも焼けば良かった、とシェリアは心の中で後悔した。

 アップルパイはお菓子であって、昼食の代わりにはなり得ない。
 厨房に戻って焼くということも考えたが、それでは約束のおやつがすっかり冷めてしまうだろう。 


 それに、夜が近付いているのだ。
 そう、“かれら”の時間が。

 集会場所になりやすい場所からは、離れた方が懸命だ。
 昼にゆるされることであっても、夜となると話は違ってくる。


 シェリアは、屋敷の中を見て回ったけれど、アンディは見つからなかった。
 どこか、見落としているのだろうか。
 このまま闇雲に探したとしても、探し出せないかもしれない。
 
 はたと立ち止まり、思案したシェリアは、バスケットにかけてあったチェック柄の布巾を手に取り、その上に切り分けたアップルパイを一切れをのせると、窓辺にそっと置いた。
 ついでに、クッキーも二枚添えて、目を閉じて両手を顔の前で合わせた。

「このお菓子と交換で、アンディの居場所を教えてください……!」


 今はまだ、夜ではない。
 いつもの儀式の時間でもない。 
 
 それでも、王都から帰ってきたシェリアは、確かに“かれら”の存在を感じられるようになっていた。
 だから、もしかしたら……なんて何の確証もないことを試してみたくなったのかもしれない。

 しばらくの間、シェリアは瞼を閉じたまま、姿勢もそのままで動かずにいた。

 “かれら”は、人間に姿を見られることを極端に嫌う。
 警戒されない為にも、シェリアはぎゅっと瞼を閉じて開かないようにした。

 もしかしたら、今目を開いたなら、“かれら”の姿を見られるかもしれない。
 シェリアの長年の夢が叶うかもしれない。 
 それは、とても魅力的かもしれなかった。

 だが、確かに、シェリアは、“かれら”の姿を見たかったけれど、それは不意打ちではなく、自らの意思を持って現れてくれなければ意味はない。

 このシープリイヒルは、妖精と人間が共存する土地で、シーリティ伯爵家の当主は領主であり、“かれら”の代弁者でもある。
 シェリアは、先祖代々“かれら”と共存する家の娘であって、会える時は正々堂々と会いたいのだ。

 ……かなり、いや、だいぶしつこく追い掛け回しているかもしれないが。


 そのまま、どれくらい経っただろうか。

 瞼の向こうから、光の射す気配がして、シェリアは出来るだけゆっくりと目を開いた。
 すると、廊下の向こうの裏口へと、光が射し込んでいるのが見える。まるで導くかのように。

 驚いたシェリアがぱっと窓辺の方を向けば、そこには、チェック柄の布巾だけが残されていた。

「ありがとう……!」

 シェリアは、窓辺に手を合わせると、光の導く方へと歩き始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

身代わりの私は退場します

ピコっぴ
恋愛
本物のお嬢様が帰って来た   身代わりの、偽者の私は退場します ⋯⋯さようなら、婚約者殿

崩壊した物語~アークリアの聖なる乙女~

叶 望
恋愛
生まれ変わり、輪廻転生、それも異世界転生したと気がついたのはいつだったか。せっかくの新しい第二の人生だ。思いのまま、自由に楽しむことにしよう。え、乙女ゲーム、何のこと。物語の主人公も悪役令嬢も転生者だって。まぁ、私には関係ないよね。え、もろ関係者?関わらなければどうでもいいよ。復讐、乙女ゲーム、利用できるものは何でも利用しようじゃないか。私は剣と魔法、魔物や冒険溢れるこの世界で自由に生きる。これは乙女ゲームを崩壊させた少女の物語。 ※小説家になろうにも投稿しています

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

(完結)「君を愛することはない」と言われて……

青空一夏
恋愛
ずっと憧れていた方に嫁げることになった私は、夫となった男性から「君を愛することはない」と言われてしまった。それでも、彼に尽くして温かい家庭をつくるように心がければ、きっと愛してくださるはずだろうと思っていたのよ。ところが、彼には好きな方がいて忘れることができないようだったわ。私は彼を諦めて実家に帰ったほうが良いのかしら? この物語は憧れていた男性の妻になったけれど冷たくされたお嬢様を守る戦闘侍女たちの活躍と、お嬢様の恋を描いた作品です。 主人公はお嬢様と3人の侍女かも。ヒーローの存在感増すようにがんばります! という感じで、それぞれの視点もあります。 以前書いたもののリメイク版です。多分、かなりストーリーが変わっていくと思うので、新しい作品としてお読みください。 ※カクヨム。なろうにも時差投稿します。 ※作者独自の世界です。

悪役断罪?そもそも何かしましたか?

SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。 男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。 あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。 えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。 勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

10年間の結婚生活を忘れました ~ドーラとレクス~

緑谷めい
恋愛
 ドーラは金で買われたも同然の妻だった――  レクスとの結婚が決まった際「ドーラ、すまない。本当にすまない。不甲斐ない父を許せとは言わん。だが、我が家を助けると思ってゼーマン伯爵家に嫁いでくれ。頼む。この通りだ」と自分に頭を下げた実父の姿を見て、ドーラは自分の人生を諦めた。齢17歳にしてだ。 ※ 全10話完結予定

処理中です...