いなくなった弟が帰ってきた

梅崎あめの

文字の大きさ
上 下
12 / 70

共存のルールとアップルパイ①

しおりを挟む
 シェリアがエレンと共に向かった花壇では、色鮮やかな花たちが美しく咲き誇っていた。

 陽光を浴びて瑞々しく存在感を放つ花たちに、どこか気後れしたシェリアは、手を伸ばしたものの、花に触れるのを迷ってしまう。
 そんなシェリアとは対照的に、エレンは躊躇いなく触れると、根元から丁寧に摘んでいた。

 エレンが花に手を添える横顔に、シェリアは初めて会った時のことを思い出す。
 妖精探しに訪れた領地内の花畑で、シェリアはエレンを花の精かと見間違えた日のことを。

 西日が射すラベンダー畑で、花と同じ髪色をした少女。
 人間の気配なんてなくて、シェリア以外いなかったはずの場所で、いつの間にか目の前にいたのだ。

 陽に照らされて透けた薄紫色の髪が、きらきらと美しくて、シェリアは思わず「妖精さん?」と呟いてしまった。
 すると、エレンはくすりと笑って風が吹き花が宙を舞った。

 あの日のことは、今もはっきりと思い出せる。

 後日、ジェームズからメイドとして紹介されて驚いたものだ。エレンには「妖精じゃありません」とエレンに否定された。

 確かに、シェリアの読んだ記録にも、妖精は人間の手のひらほどの大きさだと記されていたから、シェリアと背恰好の変わらないエレンが妖精のわけがないのだ。


 ◆


 花壇で摘んだ花のうち、菫は、丁寧に手洗いしたあと、砂糖をまぶして寝かせた。
 一日もすれば、砂糖菓子に生まれ変わるだろう。

 そのまま食べてもよし、紅茶にいれてもよし。
 シェリアは、王都でこの砂糖菓子の存在を知った。

 王都の人気洋菓子店がつくっていたこともあり、ご婦人方の間で人気があったせいか、伯母自身がお茶の時間に出してくれたのだ。

 普段は、菓子の類いは駄目だと目を光らせていた伯母が珍しく快く勧めてくれたもの。

 さすがに、自分でつくりたいとほのめかしたら、眉を顰められたけれど。


 この屋敷では、とりわけ菓子の類いは、いつの間にか消えてなくなる傾向にあるので、大目につくらなくてはならない。

 ついでに、誰かに聞こえるように、一日寝かせること、その間は食べられないことを話すことを忘れてはならない。

 だが、そのように対策をしていたとしても、事件の発生を防ぐことはとても難しい。
 気の早いうっかりさんによって、寝かせていた菓子の生地等が僅かに欠けた状態で発見されるのはよくあることだ。

 その際は、お見舞いの胃薬と焼き上がった菓子を、事件現場にそっと供えておいたなら、今後も良好な関係を築けるだろう。

 ひとならざるものに人間の薬が効果があるのかは不明だが、それを手に入れた“かれら”が意気揚々と仲間たちに見せびらかして回った結果、入手経路を聞いた者たちが真似る事件が一時期多発したらしい。

 その理由を、厨房でうずくまる複数の妖精たちから聴取したと、何代か前のこの地の当主は記録している。




 摘んだ花のうち薔薇やローズマリーは、ざるの上にのせて風通しの良い場所に置いた。
 一週間ほど経った後に回収して、オイルを垂らして二週間ほど熟成させ、瓶詰めすれば完成だ。

 こちらは菓子ではないが、瓶詰め後に数が合わなくなったり、保管していた場所から消えていることが時折ある。

 “かれら”は、甘いものだけでなく、そのものの特性を生かしたものや、丹精込めてつくられたもの、色鮮やかで美しいものも好物であるらしい。


 これらの注意事項は、どれも、王都では気にする必要のなかったものばかり。
 王都では“かれら”がそこにいるものとして行動する、なんて暗黙の了解はなく、その違いにシェリアは、どうしようもなく寂しくなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

王族に婚約破棄させたらそりゃそうなるよね? ……って話

ノ木瀬 優
恋愛
ぽっと出のヒロインが王族に婚約破棄させたらこうなるんじゃないかなって話を書いてみました。 完全に勢いで書いた話ですので、お気軽に読んで頂けたらなと思います。

融資できないなら離縁だと言われました、もちろん快諾します。

音爽(ネソウ)
恋愛
無能で没落寸前の公爵は富豪の伯爵家に目を付けた。 格下ゆえに逆らえずバカ息子と伯爵令嬢ディアヌはしぶしぶ婚姻した。 正妻なはずが離れ家を与えられ冷遇される日々。 だが伯爵家の事業失敗の噂が立ち、公爵家への融資が停止した。 「期待を裏切った、出ていけ」とディアヌは追い出される。

義妹が大事だと優先するので私も義兄を優先する事にしました

さこの
恋愛
婚約者のラウロ様は義妹を優先する。 私との約束なんかなかったかのように… それをやんわり注意すると、君は家族を大事にしないのか?冷たい女だな。と言われました。 そうですか…あなたの目にはそのように映るのですね… 分かりました。それでは私も義兄を優先する事にしますね!大事な家族なので!

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

処理中です...