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しおりを挟む春……新しい季節の始まり。
多くの人々が期待と不安を胸に抱える時期だが、僕も同様に不安を抱えていた。
とはいえ、実に些細な不安。
高校一年から二年に進級する間の春休み。
何かの部活に所属している訳でもない僕は、平穏かつ怠惰な休日を満喫していた。
今も昼過ぎぐらいなのにベッドで布団に包まっている。
”自立した生活を体験してみたい”という名目で実家から通えない距離でもない学校なのに寮生活をしている。
本当は、ただ実家を出てみたかっただけなのだ。
とはいえ、別段家族との関係が悪いわけではない。
むしろ良好な方だと言えるだろう。
要するに、単なるワガママだ。
一応は学校の寮という事で、通常は二人で一部屋なのだが、たまたま人数の関係で一人部屋になっている。
加えて、実に自由な寮の為、外出や帰宅時間も定めが無く普通の一人暮らしとなんら変わりない。
食事が自然と出てこない事を除けば極楽と言える環境だ。
だが、その平穏も今日まで……。
この部屋に同居人がやってくる。
僕のささやかな趣味を邪魔をしないくらいには、気を遣える人であって欲しいものだと心底願っている……。
布団に包まりながら、そんな事を考えていると、ドアをノックする音が聞こえる。
何となく出ていきづらくて、寝たフリを続けた。
その後、鍵が開く音と、ドアの開く音が聞こえた。
普段は一人暮らし状態の為、ドアが開く音を聞くと少しドキドキする。
誰が来たかは分かっているのだけど……。
「ど~もッス」
同居人になる池上 健介君が来たようだ。
僕は包まっていた布団から顔だけ出し「よろしくお願いします」と言って、軽く頭を下げた。
随分と失礼な挨拶だと僕も思ったが、そのくらいは許容して貰えないとこの先が思いやられる。
「今日から同室になる池上 健介です。よろしく」
あまり気にしていないようで助かった。
池上君は同学年だが、面識は無く初対面だと思う。
二年になってからの寮生活というのは何かしら事情を感じずにはいられない。
……が、あまり他人の事情に関わりたく無い僕としては本当にどうでもいい事なので、詮索はしない。
流石の僕も布団から抜け出し、二段ベッドの二段目から梯子を下りる。
どうして一人暮らし状態だったのに二段目に寝ていたかといえば、単にその方が部屋のスペースを広く使えたからだ。
「保科 守です。よろしくお願いします」
今度は礼儀正しく頭を下げた。
「そんなにかしこまらなくてもいいよ、同学年だし気楽にやろうぜ」
池上君は軽く笑った。
まぁ、僕もあまりかしこまるつもりは無いが、いきなりフランクにするつもりも無い……苦手なタイプか?
「じゃ、早速、俺の荷物運ばせてもらうけど、いいよな?」
「うん、いいけど……」
「たいした量じゃないからすぐ終わるし、まだ寝てていいよ」
「う~ん。でも、目が覚めちゃったし……」
僕と会話をしながらも、池上君はダンボールを部屋の中に運んでいる。
「手伝おうか?」
「もう終わるからいいよ」
池上君は4個目のダンボールを運びながら言った。
エレキギター?の入っているような黒いケースを運び込んだところで池上君は一息つく。
「はい、終わり!」
◇ ◇ ◇
池上君について、簡単な情報は聞いていた。
社交性のあるイケメンという事で、男女問わず人気者らしい。
なんとも幸せそうな奴だとは思ったが、まぁ、嫌われ者と同室になるよりはマシか。
池上君は、荷物の片付けを終え、床に座って休んでいる。
「それエレキギターかなんかだよね?池上君は音楽とかやってるの?」
僕はギターケースと思われる物を指差して、当たり障りも無い会話を切り出してみた。
僕にしては珍しく、随分と積極的な質問だ。
緊張の現れだろう。
普段ならそんな事を聞くことはないし、実のところ大して興味も無い。
「おぉ、分かる?正解。エレキギター。バンドやってるんだ。保科もなんかやってるの?」
「楽器はやってないよ。音楽はそこそこ聴くけど」
「へぇ。どんなの聴くの?」
「色々……ジャンルとかはあんまり考えずに聴いてる」
そこは嘘では無く、僕は音楽が好きだ。
聞いていると、目の前の風景が変わって見える気がするからだ。
「ふーん」
池上君は部屋の中を見回し、CDの置いてある棚で目を留める。
「おっ、CD!!あれっ!こんなのも聴いてるんだ」
池上君は立ち上がり、CDを手に取った。
僕はデータ配信全盛の今の時代でも手元に残るものが好きで、度々CDを買う。
ジャケットのデザインが好きだったり、どうしても手元に残しておきたい音源は極力CDで買うようにしている。
「へぇ、こういうのも聴いてるんだ。……本当に幅広く聴いてるんだな」
池上君は僕のCDを見ながら、感心したような感じで話し掛けてくる。
「そう思う?まぁ、あんまり今の子が聴かないような曲も聴いてはいるね」
少し得意気に答える。
一応、僕も現代の子なんだけれど、褒められるとつい調子に乗ってしまう。
「ごめん。正直そういうキャラじゃないと思ってたんで予想外だった。でも、音楽が好きな奴で良かったよ。俺もどんな奴と同室になるか、すげぇ不安だったから」
池上君は笑って答えた。
比較的どんな奴とでも仲良くなれそうな彼でも、そういう不安を持つのだろうか?などと考えてはみたものの、それこそ本当にどうでもいい話だ。
その後、しばらく音楽の話で盛り上がった。
偉そうに評論家のような感じの話をして通じる相手は少ないので、僕も楽しかったのだ。
◇ ◇ ◇
「いやぁ、こんなに音楽の話が出来る奴だとは思って無かったよ、保科が。何か申し訳ない気分」
「僕もあんまりこういう話をする機会は無いしね」
ここまで話した感じで、池上君が悪い奴でないのは感じた。上手くやっていけそうだ。
「そうだ、もし良かったら今度、俺等のライブ観にこない?チケットあげるから」
池上君はそう言ってギターが入ったケースのポケット部分からチケットを二枚取り出し、僕の前に差し出す。
僕は多少戸惑いながらも、チケットを受け取る。
「タダで貰っちゃって良いの?」
「大丈夫、客数なんてたかが知れてるから。一人でも多く来て貰いたいのが本音。手持ちは二枚しか無いけど……」
そう言って、苦笑いを浮かべる池上君。
「そういうモンなんだ」
人気者だというから、あっという間にチケットなんて無くなるのだと思っていたが、実際はそうでもないのか?
「極力行くようにするよ。どんなのやってるか気になるし」
「なら絶対来てくれ」
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