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しおりを挟むその言葉を聞いた松木は驚いた表情で僕を見た。
「はっ?」と、言って松木は目を丸くしていた。
「僕を殴ってくれと言ってるんだ!全力で」
「だから……何を言ってるんだ?」
戸惑う松木を一喝する様な強い口調で僕は言い返した。
「わかんねぇよっ!!どうして良いか分からないんだ!これは僕の独善だ!!」
「……何だよ、それ」
「良いんだよ。僕も全力で殴り返すから」
「尚更良くねぇよ。絶対嫌だよ」
「……頼むよ」
僕の真剣な表情に松木は何かを感じ取ったようだ。
「……分からねぇ……けど分かったよ。一発だけな……お互いに」
「あぁ……」
松木は納得のいかない表情ながらも腕を後ろに引き、一瞬の溜めを作る。
直後、松木の拳が僕の左頬に刺さる。
身構えていたとはいえ大の大人の一撃は強烈だ。
僕は尻餅をつき倒れこむ。
「だっ、大丈夫か?」
心配そうな表情で僕に近付く松木。
「あぁ……今度は僕の番だな」
「あっ……あぁ」
明らかに嫌そうな表情の松木を見て、左頬を押えた僕は語り始めた。
「本当は新田と……新田とこうするべきだったんだっ!!」
その言葉を聞いた松木の表情が一変した。
松木にも思うところがあったのかもしれない。
「そうかよ……。納得した訳じゃ無いけど……来いよっ!!……けど、そういう事は先に言ってくれ」
松木が何を思ったかは知らない。
ただ、僕は立ち上がり腕を大きく後ろに引いた。
「行くぞ……」
「あぁ」
松木は目を瞑り、表情を強張らせた。
僕は松木の左頬に拳を突き刺した。
松木は後方に倒れる。
殴った僕も拳が痛い。
松木もこんな感じだったのか……。
そして、もし、新田を殴ったとしても……。
「……っつ……。少しは気が晴れたのか?」
松木は上半身を起こし訊いてきた。
「いや、思ったよりも……全然」
「そうか……そりゃぁそうだよな。俺は新田じゃねぇしな」
「あぁ、僕も新田じゃ無いしな」
「……何をやってんだろうな?俺達」
「本当に何やってんだろうな?」
目を合わせずに暫くの沈黙。
自分の意味不明な行動に困惑しながらも、それはそれで何か意味があった様にも感じてもいる。
本当に意味不明だ。
「伊崎は……。伊崎は何を書いたんだろうな?」
松木は静かに言った。
僕も気になっていたが、生きているであろうと信じている人物のタイムカプセルを勝手に見るのは、流石に少し気が引けたのだ。
しかし、元々は公開しあおうと約束し、その期限はとうに過ぎているのだから問題は無いのか?時効か?
いや、そんなのは言い訳だ。
僕はただ気になった。
好奇心とか探究心とか、そういう類の安っぽい感情。
でも、そんな事が動機でいい。
所詮、僕等はそんな程度の存在。
僕は自分を正当化しながら手紙の入った封筒を地面から拾い上げ、封筒の中に残った手紙を取り出した。
伊崎の手紙だ。
僕は開いて読み始めた。
『どうだ?俺は大物になれてるか?もし、俺が大物になれて無くても俺以外の誰かがなってるか?悔しいけど、それならまだ納得してやる。でも、今がどんな状況でも諦めるなよ。諦めたら終わりだ。こんな心配が無駄な事になると信じてるけどな』
ここまでを読んで「お前は今何をやってるんだよ」と、突っ込みたくなってしまったのだが、その後すぐに気が付いた。
少し下に、インクの色が少し新しいように見える文章が綴ってあった。
『P.S.いつかベースを完成させよう。必ず。それまで、みんな待っててくれ。新しい約束だ』
僕は涙が込み上げてきた。
この文章がいつ書き加えられたかは分からないが、新田の死後に書かれたのは間違いないだろう。
「……あの、馬鹿」
僕が呟いた後に、松木は僕から伊崎の手紙を奪い取った。
「あいつは、生きてるって事でいいんだよな?」
松木が僕に尋ねてきた。
「分からないけど……そう信じたいよな。何となく……さ」
松木は地面に手を着いた姿勢で――
「もう、仲間と死に別れるのは嫌なんだよ」と、顔をぐちゃぐちゃにしてみっともなく泣きながら言った。
「そんなのは僕も同じだよ。もう二度と……」
僕は、日が暮れる前の赤と青の混じった空を見上げて、何か映画の主人公にでもなった様な錯覚に酔いしれながら、同時に何の変哲もない自分の現実に虚無感を感じていた。
その後、封筒の中にあった一枚の色褪せた写真を見た。
この写真は憶えている。
バンドを始めようと言った日に思いつきで撮った写真だ。
皆で半ケツを出し、振り向いて中指を立てている写真。
カメラのタイマーに間に合わなかった新田が慌てている。
この写真にもメッセージが書かれていた。
これも僕は憶えていた。
『F17結成!!老いてたまるかっ!』
F17……FOREVER17という意味で付けた。
永遠の17歳。
僕等のバンド名だった。
完
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