特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第六部 『特殊な部隊の特殊な自主映画』

橋本 直

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法術師と言う存在

第57話 宿命

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「どうやら休憩を取られているみたいですわね」 

 にこやかな表情で会議室に現れたのは遼州同盟司法局、法術特捜主席捜査官、嵯峨茜警視正だった。

「おお、茜。お前も食うか?」 

「お父様。ワタクシはちゃんとお夕食はいただきましたの」 

 そう言うと彼女は誠を見つめた。

「ちょっと神前曹長の提出した資料についてお話がありますの。よろしくて?」 

 茜の微笑みに父である嵯峨は何かを訴えたいと言うような視線を誠に送ってくる。

「おい!こいつの資料になんか文句でもあるのか?」 

 かなめは明らかに怒りを前面に出して茜に迫る。それを軽く受け流すような微笑をたたえて茜は誠を見つめる。

「ああ、良いですよ。なにか……」 

「よろしいみたいですわね。じゃあかなめお姉さまと……」 

「私も行こう」 

 茜の視線を見つけてカウラも立ち上がる。

「食べかけだよ!どうするの?」 

「グリファン中尉。それほどお時間は取らせませんわ。とりあえずラップでもかけておいて下さいな」 

 そう言うと立ち上がった誠とかなめ、そしてカウラをつれて茜は部屋を出る。

「本当にちょっと見ていただければ良いだけですの」 

 そう言うとそのまま仮住まいの法術特捜本部と手書きの札の出ている部屋へと入る。

「ああ、警視正!」 

 部屋ではお茶を飲みながら端末の画面を覗き込んでいる捜査官補佐カルビナ・ラーナ巡査が座っていた。

「ラーナ。どうなの」 

 茜のそれまでの上品そうな言葉が急に鋭く棘のあるものに変わる。かなめはそれをニヤニヤと笑いながら見つめていた。

「やはり間違いないっすね」 

 真剣な顔のラーナにそれまでふざけていたかなめの顔が一瞬で切り替わる。

「アタシも気づいていたけどやっぱりか」 

「どういうことだ?」 

 カウラの言葉にかなめは画面を指差した。そこには奇妙な死体が映されていた。

「こんなのあったんですか?」 

 その白骨死体を見ても誠はいまひとつピントこなかった。そんな誠を茜とカウラは呆れたような視線で見つめる。

「しょうが無いじゃないか、こんなの珍しくも無い死体なん……?」 

 誠をかばおうとしていたカウラもその白骨死体の画像に引き込まれて黙り込んだ。

「模型じゃないですよね。これ」 

 自分が整理した資料だったが誠には覚えが無かった。だがその白骨死体はこうしてそれだけを目にするとその奇妙さがはっきりと分かるほどのものだった。

 それは普通の白骨死体ではなくミイラ化した死体であることに気づいた。それと同時に眼孔の奥に見える目玉だけがまるで生きているように輝いているのが分かる。

「お気づきですか、神前さん」
 
 穏やかな茜の言葉。誠はこの死体の発見された連続放火事件の詳細について思い出そうとしていた。

「ちょっと検死の結果を見せろよ」 

 かなめはそう言って助手を気取ってモニターの前に座っているラーナの頭を小突く。彼女は少し不服そうな顔をするが、茜が頷くのを見るとキーボードを叩いた。

「この死体の特異性はその脳の水分の分布状況にあるんすよ。大脳の水分はほぼ蒸発しているのに小脳や延髄の細胞には一切の異常がなかったんす」 

 画面には脳のレントゲン、CT、MRIや実際の解剖しての断面図までが表示された。この画像に次第に先ほどまで食べていたどんぶりモノの中身が逆流しそうになって誠は口を押さえる。

「何びびってんだよ」 

 そう言いながらかなめはそのまま横からラーナのキーボードを奪って断面図を拡大させる。

「これが噂の法術暴走か」 

 ぽつりとカウラがつぶやく。その言葉に要は画面の前の顔をカウラに向けた。明らかに呆れたようなかなめの顔を見てカウラは自分が言ったことの意味を気づいて誠を見つめる。

「法術暴走?それってこの前の『同盟厚生局事件』で見られた……」 

 手足の感覚がなくなっているのを誠は感じていた。画像の中の輪切りの脳みそ。ほとんど持ち主が生きていた時代の姿を残していない奇妙な肉塊にしか見えないそれと、自分の視野だけがつながっているように感じる。誠は力が抜けてそのまま上体がぐるぐると回るような気分になる。

「おい、大丈夫か?」 

 そう言って誠の額に手を当てたかなめはすぐに茜をすごむような視線でにらみつけた。

「お姉さま。落ち着いていただけませんか?」 

 茜は表情を殺したような顔でかなめを見つめ返す。しばらく飛び掛りそうな顔を見せていたかなめも次第に体の力を抜いてそのまま近くの狭苦しい部屋には不釣合いな応接用のソファーに体を投げ出す。

「神前。お前もいつかこうなるかも知れねえってことだ」 

 かなめはそう言うといらいらした様に足をばたばたとさせる。誠は画面の肉の塊から必死になって視線を引き剥がす。その先のカウラは一瞬困ったような顔をした後、すぐに目をそらした。

「力を持つ。人に無いものを持つ。その代償がどう言うものかそれを知ることも必要ですから」 

 そう言って茜はまだ子供のように足をばたつかせているかなめをにらみつけた。かなめもさすがに自分の児戯に気づいたのか静かに上体を起こしてひざの上に手を組んでその上に顔を乗せた。

「だけど今なんでこういうものを見せるんだ、こいつに」 

 かなめのタレ目の視線がいつもの棘はあるが憎めないようなものに戻る。それを見ると茜はかなめの前のソファーに腰を下ろした。

「ベルガー大尉。神前さん。おかけになられてはどう?」 

 その言葉にカウラは神前の肩を叩く。我に返った誠はカウラにの隣、茜の斜め左側に腰を下ろした。

「それではうかがいますが、お二人に神前曹長がこうなる前に手を打てる自信はありますの?」 

 優雅に湯飲みに手をやる茜を誠は見つめていた。異常な発汗は続いている。そして自分がいつかはその死体と同じ運命をたどるかと思うと体の力が抜けていく。

「神前さんを助けることが出来るのですか?もしこうなる状態にまで追い込まれたとして」 

 その穏やかな表情に似合わぬ強い語気に誠は茜が間違いなく嵯峨の娘であることを確認した。

「それは……」 

 カウラはうろたえ気味に言葉に詰まる。

「そこが知りてえんじゃねえよ!アタシは何で今頃……」 

「かなめお姉さま!」 

 今度はその笑顔が言葉とともに茜から消える。

「ねえよ、そんな自信は……」 

 そう言ってかなめは端末のキーボードを叩くラーナに目をやる。

「それではお二人ともいざと言うときは神前さんを見殺しにするおつもりだと?力に、法術に取り込まれて我を失って暴走して自滅する誠さんを……」 

「んなこと言ってねえだろ!」 

 かなめはテーブルを叩いた。テーブルがひしゃげなかったのが不思議なほどの大音響にそれまで淡々とモニターを覗いているだけだったラーナもかなめの方を向いた。

「できるだけ神前曹長には力を使わせないような作戦を取るように心がけている、それに……」 

「事実としてはこれまで二回、神前さんの力のおかげで助けられていますわね、お二人とも」 

 そんな茜の穏やかな言葉にかなめとカウラは押し黙る。

 誠は黙って話を聞いていた。恐らくは連続放火事件の犯人である発火能力、パイロキネシスの使い手の法術暴走による自滅した慣れの果てのミイラ。それが自分にも訪れるかもしれない未来だと思えば次第に震えだす足の意味も良く分かってきた。

「じゃあ、どうしろっていうんだ?それに法術暴走の可能性ならオメエにもあるだろ?」 

 ようやく話の糸口を見つけたかなめの言葉を聞いても茜はにっこりと笑っている。

「そうですわね。私にも起こりうる出来事には違いありませんわ。でもそれを覚悟しているか、知らずに境界を踏み越えて自滅するか。私なら覚悟をする方を選びたいと思っています」 

 そう言うと茜はラーナを見つめた。その目に反応するようにラーナはそのまま戸棚の紅茶セットに向かおうとする。

「そんなにここに長居する気はねえよ」 

 再びソファーに体を投げたかなめを見てラーナは手を止めた。
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