特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第六部 『特殊な部隊の特殊な自主映画』

橋本 直

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撮影開始

第34話 撮影

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 機動部隊の『詰め所』と呼ばれる事務作業の机に誠が倒れ伏したのは別に日課の8キロマラソンに疲れたからではなかった。

 実動部隊隊員には特に任務が無い限り毎日8キロのランニングが課せられている。元々高校時代に野球部のエースだった誠からすれば軽いランニング程度のものだったが、今日のそれは明らかにつらすぎた。昨日アメリアとかなめと話し合ってどうなったのか分からないが、カウラがニコニコしながら誠の隣を走る。サイボーグであるためランニングに参加しないかなめは走り終えた誠にスポーツ飲料の缶を差し出してきた。

「誠ちゃん!」 

 そして突っ伏せる誠に笑顔のアメリアがいつの間にか背中に立っていて、彼の頭を軽く叩く。

「なんですか?クラウゼ少佐まで……」 

 めんどくさそうに頭を上げる誠だが、一瞬でアメリアの表情が変わったのを見てびっくりして立ち上がる。カウラはその光景を見ながらただ困ったような笑みを浮かべていた。

「何よその顔。まあ良いわ。ちょっと来てくれない?」 

 そう言って誠は連れ出された。廊下を進み、アメリアはいつもは倉庫になっている部屋をノックする。

「神前が来たのか?」 

 中からの声の主は意外にも嵯峨だった。そのままアメリアはドアを開けて中に入る。カプセルのようなものが並んでいる倉庫扱いだったこの部屋。その中の一つから嵯峨が顔を出している。その頭にはヘルメットのようなものをかぶっていた。

「隊長も覚悟決めてくださいよ。一応この話は隊長が去年……」 

「分かったよ、やれば良いんだろ?」 

 そう言って嵯峨がカプセルに横たわる。それを見て安心したようにカウラはカプセルの縁に立つ。

 誠が目を凝らすと他にカウラとなぜか小夏までカプセルの中で顔に奇妙なマスクのようなものをつけて横になっている。

「なんです?これ」 

 呆れたように誠が自分向けと思われるカプセルを指差す。

「撮影よ!セットなんて作る予算も無いからバーチャルで全部やろうと言うわけ」 

 そう言ってアメリアは誠にそのカプセルに横たわることを強制しようとする。昨日かなめに聞かされた撮影方法を思い出して納得するがいま一つぴんとこない。

「まあ、いいですよ。変な効果は無いんでしょうね」 

「おい、神前。プロの技術に文句をつける気か?」 

 そう言うのは奥にモニターをにらみつけながら座っているおそらく釣り部の隊員の見慣れない男が座っていた。さすがに誠は悟って小夏達の様子を観察する。アイマスクのようなものをつける彼女達の口元が笑っているように見えたので誠は覚悟を決めるとアメリアが指し示すカプセルに寝転んだ。

「この人は新藤中尉……艦船運航部の警備担当よ……元傭兵で平時には映像作家をしてたのよ」

 アメリアは得意げにひげ面の新藤を紹介した。

「元傭兵……」

 静かにうなづく新藤を見て誠は正直恐怖を感じた。元傭兵と言うだけあって迫力のあるひげ面にはそれ相応のすごみが感じられた。

「はいこれ」 

 そう言ってアメリアがヘルメットを差し出す。徹夜明けと言うことでいつもより明らかに疲れているようで、笑顔がどこと無くぎこちない。

「分かりましたよ」 

 誠はそのまま体をカプセルの中で安定させるとヘルメットをかぶった。それに付属した視界を確保するためのバイザーをおろすとそこはどこかで見たような部屋だった。

『これ僕の部屋じゃないか!』 

 確かにこれは実家の誠の部屋だった。夏にコミケの前線基地としてアメリア達を呼んだ時にアメリアが撮った部屋の内装なのは間違いなかった。きっちり本棚には誠が作った美少女キャラのフィギュアと大量の漫画が並んでいる。

「始動するわよ!」 

 アメリアの声が響くとカプセルのふたが閉まる。そして誠の意識はバイザー越しの見慣れた部屋に吸い込まれていった。

 誠の着ている服が寝巻きに変わる。

『このまま開始5分で着替えて食堂に下りる』 

 目の前にに指示が入る。昨日の渡された台本を思い出し、カウラの幼馴染で大学に通うために下宿していると言う後付設定が加筆されたのを思い出しながら頭を掻いて見せた。

「凝りすぎでしょ、アメリアさん」 

 誠はそう言いながら東都の実家と同じ間取りの部屋のベッドから起き上がり、かつてのように箪笥から服を取り出す。

『誠ちゃん。ちゃんと着替えるのよ』 

 天の声のように響くのはアメリアの声だった。誠は急かされるようにジーンズをはいてTシャツを着込む。そしてそのまま誠の実家と同じ間取りの階段を下りて出番に向けて食堂の入り口で待機した。

 視界に入る台本にはすでに小夏、そして嵯峨が食堂で食事をしていると言う設定が見えた。カウラは炊飯器からご飯を盛っているということで誠の視界の外にいる。誠はそのままカウントが0になったのを確認して食堂に入った。

「お兄ちゃん遅いよ!」 

 そう小夏が叫ぶ。

「ごめんな、ちょっと……うわっ!」 

 誠は台詞を読むのをやめて叫んだ。小夏、嵯峨、そしてカウラ。そして自分の席にも明らかに不審などんぶりが置かれていた。

 嵯峨がその中身を摘み上げる。芋虫である。どんぶりの中にはうごめく芋虫がいっぱいに盛られていた。小夏は誠から関心をどんぶりに移すとそのまま一匹の芋虫を手にしてそのまま口に入れた。

「なんですか?これは!」 

 思わず絶叫する誠。だが、小夏も嵯峨もカウラも何も言わずにどんぶりの中の芋虫を手に取ると口に運んだ。

「なにって……リョウナンヘラクレスオオゾウムシの幼虫だろ?」 

 嵯峨は何事も無いように一匹の芋虫を取り出すと口に運んだ。

「これってグロテスクだけど癖になるんだよね」 

 同じよう小夏は口に二匹の芋虫を入れて頬張る。カウラもおいしそうに食べ続ける。

「待った!タンマ!」 

 叫ぶ誠に目の前の下宿先の家族達が冷たい視線を投げてくる。

『どうしたの?誠ちゃん。何か不都合が……』 

 アメリアの明らかに笑いをこらえている声がさらに誠をいらだたせた。

「これ……マジっすか!勘弁してくださいよ!」 

 ほとんど半泣きで誠は叫ぶ。

「仕方ないわね。でもこれをクリアーできないと出番が少なくなるわよ」 

「出番はどうでもいいから!これ何とかしてください!」 

 どんぶりを指差す誠にテーブルに付く人々が冷たい視線を送る。

「予定通り誠ちゃんは寝坊と言うことで……カウラちゃん。B案で行きましょう。じゃあ誠ちゃんはしばらく休みね」 

 アメリアの言葉とともに視界が黒く染められる。誠はバイザーをはずしてそのまま生暖かい視線をにやけるアメリアに向けた。

「ああ、そういえば誠ちゃんは遼南レンジャーの資格は持ってないわよね。まあレンジャー資格試験の時にはあれを食べるのは通過儀礼みたいなものだから……でも結構おいしいのよ」 

 そう言ってアメリアは自慢の紺色の長い髪を掻き分ける。そのまま誠は仕方がないというように立ち上がろうとした。そしてすぐに先ほどのうごめく芋虫を頬張る嵯峨達を思い出して口を押さえた。

「ああ、誠ちゃんも見たいんじゃないの?そのバイザーでうちの新藤さんのカメラと同じ視線でストーリーが見えるはずよ」 

 気が進まないものの誠は嬉しそうでありながら押し付けがましいアメリアの言葉に渋々バイザーを顔につけた。
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