特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第六部 『特殊な部隊の特殊な自主映画』

橋本 直

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おごりと罠

第30話 月島屋

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「ったく!アメリアには期待していたのによう……おごりってここのことかよ」 

 数時間前まで深刻な顔をしていたかなめはそう言いながらもニヤニヤしながら次々とつくね串を口に運んだ。そんな彼女の後頭部にお盆の一撃が加えられる。

「うちでなんか文句あるの?今日はアメリアの姐さんからの監視の指示が出てるからおとなしくしているのよ!」 

 かなめを殴ったこの店の看板娘、家村小夏はそう言い残して厨房に消えた。焼鳥屋『月島屋』の一階のテーブル席に誠とかなめとカウラの三人が座っている。

「まあ、あいつなりに私達に気を使っていると言うことだ。それに私はここの鳥モツは大好きだがな」 

 カウラはそう言いながら大きな湯のみで緑茶を飲み始める。

 アメリアが言うには撮影はすべて釣り部の監修で作った簡易3Dシミュレータを使うと言うことで、その場面やデータの入力の為にアメリアと運行部の数名が引き抜かれて徹夜で作業をするということだった。当然、機動部隊長のランが隊長の嵯峨へ機械の会議室への搬入の許可を上申することになる。その手間を考えると誠もデザインとして一枚噛んでいるだけに申し訳ない気持ちで一杯になった。

「しかし今回はセットとかはどうするんだ?去年のようなドキュメンタリーじゃ無いんだろ?」 

 カウラはご飯に豚玉のお好み焼きを乗せた特製その名も『カウラ丼』を口に運ぶ。誠はそんな彼女をいつものように珍しい生き物を見るような視線で見つめていた。同じくどんぶりを口に運ぶカウラに驚いた表情を浮かべるかなめは思い直したように咳払いをすると説明をはじめた。

「前のあれがドキュメンタリーだったかどうかは別としてだ。まあ説明するとだな。まず場景を立体画像データとして設定するわけだ。たとえば家の台所とかのまあセットみたいなものをコンピュータに認識させるわけ。そしてその中にデータ化された役者を投入する」 

「そこが分からないんだ。どうやってするんだ?」 

 あまり部隊の任務以外に関心を示さないカウラが珍しくかなめの言葉に聞き入っているのを誠は微笑みながら見つめていた。

「まあ、ここ数年の精神感応系の技術の向上はすごいからな。まあヘッドギアを役者……っつうか素人だからそう呼ぶのも気が引けるけど、アタシ等がつけてコンピュータ内部に入り込んだような状態で中で台詞を読んだり動いたりするわけだ。わかるか?」 

 そこまで言うとかなめはレバニラ炒めを口に掻き込んでそのままビールで胃に流し込む。特性のカウラ丼を頬張りながらまだ納得できないと言うようにカウラが首をひねっている。

「でも私はセリフなんか棒読みだぞ。それだとつまらないんじゃないのか?」 

 納得できないと言うようにそう言うとカウラはソースと豚肉、それにお好み焼きを混ぜ合わせたものをどんぶりの中でかき混ぜた。

「それは釣り部のコネのある技術者が解消するつもりだろ?あいつの合成や音声操作とかで棒読みだろうが声が裏声になろうがすべて修正してプロが演じているようにするくらい楽勝だって言ってたぞ」 

 カウラはかなめのその説明でようやく納得したようにうなづいた。

「さすがだな」 

「別に感心することじゃないだろ?ネットに上がってる廉価版のビデオクリップ作成ソフトとかで同じようなことができるはずだからな。まあ、画像の質とか修正の自由度なんかはプロが使っているソフトがはるかに上なのは間違いないけど」 

 かなめが珍しくまともに説明しているのが誠には奇異に見えた。とりあえず誠も事が順調に進みそうなことに安心しながらビールを飲み干した。

「ああ、神前。ビールだな」 

 カウラがビールの瓶を手にする。普段ならここでかなめの妨害が始まるはずだが、珍しくかなめはそれが当然だというように自分のグラスに酒を注いで杯を掲げた。

 そんなリラックスしていた三人は突然厨房から声が聞こえてそちらに視線を向けた。

「ジャーン!マジックプリンセス、キラットなっちゃん!」 

「オメエ、何しに来た?」 

 ポーズをとる小夏にかなめが冷めた視線を送る。小夏は誠がデザインし、運行部で製作した衣装を着込んで立っている。

「いっそのことそのままその格好で暮らしてみたらどうだ?世界が違って見えてくるかもしれないぞ」
 
 呆れたようにカウラがつぶやく。二人の冷めた反応に小夏は気落ちしたようにうつむく。誠は仕方なく拍手をすることにした。

「馬鹿!こいつが図に乗るだろ?」 

 かなめの言葉通りすぐに復活した小夏が小走りで厨房に戻る。そして彼女は袋を持って誠の前に立った。

「はい、これ兄貴の分!」 

 無垢な目を向ける小夏を誠は後悔の念に駆られながら見上げた。

「はい、神前。それ着て踊れ」 

 かなめはざまあ見ろと言うような笑みを浮かべながら今度は愛飲のラム酒『レモンハート』をグラスに注ぐ。カウラも自業自得だというような視線を誠に送ってくる。

「小夏ちゃん、ちょっと僕は……」 

「私もあのデザインは無いと思うのよねえ」 

 立ち上がった誠の背後からの声に翻ってみればそこには小夏の母、家村春子がいつものように紫の小紋の留袖を着て立っていた。今回の作品で恐怖薔薇女と言った怪物役に勝手に決められた春子がため息をつく。

「あれは……その。アメリアさんが……」 

「良いわよ、言ってみただけ。小夏も暴れないで着替えてきなさい」 

 そう二人の腕白モノに声をかけて春子は厨房に消える。

「だから言ったんだよ。暴れるなって」 

 かなめはそう言ってグラスをあおった。

「そんなこと一言も言ってないよねー!」 

 誠に問いかけてくる小夏にうなづいた誠の背中にかなめとカウラの視線を感じる。

「いいから着替えて来い」 

「了解!」 

 小夏はいつものようにかなめには反発してもカウラの言葉には素直に従った。明らかに気分を害したというようにかなめは灰皿を隣のテーブルから取ってくると葉巻に火をつけた。

「少しは周りを気にしたらどうだ?」 

 タバコの煙に眉をひそめるカウラの表情を見てかなめは機嫌を直す。誠もかなめといれば受動喫煙になることを知っているが口が出せないでいた。

「でも、春子さんもよく引き受けたものだな、あのような役」 

 カウラの独り言を聞いたかなめがカウラの頭を引っ張る。抗議しようとしたカウラににんまりと笑ったかなめは口を開いた。

「叔父貴の奥さん役ってのが良いんじゃねえの?」 

 カウラと誠はかなめの言葉に顔を見合わせた。

「それは無いんじゃないかな?確か二人の付き合いは『東都戦争』のころからって聞いてるけど、見ていてなにも……」 

「鈍いねえ小隊長殿は」 

 首をひねるカウラをかなめは笑い飛ばした。だが、そんなかなめの表情が不意に険しくなった。

「オメエ等、黙ってろ」 

 そう言うとかなめは忍び足で外に暖簾のはためくガラスの引き戸へ向かう。

「かなめ、何やってるの?」 

 着替えてきた小夏に静かにするようにかなめは人差し指を立てる。そしてそのまま扉に手をかけた。
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