特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第六部 『特殊な部隊の特殊な自主映画』

橋本 直

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祭りの予感

第5話 市民会館

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 それから同じように途中まで進んでは戻ると言う動作を三回繰り返した後、ようやく車は市民会館裏手の駐車場に到着した。

「カウラちゃんて……結構頑固よねえ……」 

 助手席から降りたアメリアが伝説の流し目でカウラを見つめた。カウラはとりあえず咳払いをしてそのまま立ち去ろうとする。

「おい!鍵ぐらい閉めろよ。それとも何か?お前も今のアメリアの流し目でくらくらきたのか?」 

 後部座席からようやく体を引っ張り出したかなめが叫ぶ。その言葉を口にしたのがかなめだったことがつぼだったようでアメリアは激しく腹を抱えて笑い出した。以前、かえでがこの流し目を見て頬を染め、それからはすっかりかなめと並ぶ身も心も捧げたいお姉さまの一人となっていることが彼女の流し目を『伝説』と呼ばせることになった。カウラはあわてて車のキーを取り出して鍵をかける。

 そのまま造花とちょうちんに飾られたアーケードの下を四人は進む。いつもの司法局実働部隊のたまり場、小夏の実家の焼鳥屋『月島屋』とは逆方向の市民会館に向かって歩いた。そしてフリーマーケットの賑わいを通り過ぎた先にどう見ても怪しい集団が取り巻いている市民会館にたどり着いた。

 年は30歳前後が一番多いだろう。彼等は二種類に分類できた。

 一方は迷彩柄のベストや帽子をかぶり、無駄に筋肉質な集団。そしてもう一方はアニメキャラのプリントされたコートなどに身を包む長髪が半分を占める団体である。

「おい、アメリア。お前どういう宣伝をやったんだ?」 

 違和感のある観客を見てかなめはものすごく不機嫌そうな顔をする。アメリアはただニヤニヤと笑うだけで答えるつもりは無い様だった。そのまま彼らから見つからないように裏口の関係者で入り口に向かう。そこにはすでに小夏が到着していた。

「お前も相変わらずだなあ……」 

 呆れながら声をかけるかなめを見つけると小夏はそのまま中の通路に走り出した。

「おい!アメリア!これ!」 

 そう言ってゴスロリドレスを着込んでステッキを持った少女がめがねをアメリアに渡す。

 誠が目をこすりながら見るとその少女はランだった。その鋭い目つきは明らかにこの格好をさせられていることが気に入らないらしい。特徴的なランの眼光はぎらぎらと輝きながら誠達を威圧した。

 さすがに上官をこれ以上苛立たせまいとアメリアがめがねをかけて息を整える。それを見たランが怒りに任せるように一気に爆発した感情に任せてしゃべりだした。

「おい、アメリア!あの連中はなんだ?アタシは子供達が楽しむための子供向け映画だから出るって言ったんだぞ!それになんでこの格好で舞台挨拶しろって……オメー!なんかたくらんでるんじゃねーのか?え?」 

 そう言って食って掛かろうとするランだが、アメリアは腰を落としてランの視線に自分の視線を合わせると頭を馬鹿にしたように撫ではじめた。

「馬鹿野郎!アタシの頭を撫でるんじゃねー!」 

「だってかわいいんだもの。ねえ!」 

 そう言って今度は誠に話題を振ってくる。

「まあ、ネットで人気投票やったらクバルカ中佐の格好が一番好評だったんで……まあ魔法少女モノですとライバルキャラが人気になるのはよくあることですから」 

 誠のフォローは何の足しにもならなかったようで、ランは誠の鳩尾に一撃した後そのまま奥へと消えていった。鳩尾を押さえてうずくまる誠を看病しようとするのはカウラだけだった。かなめは腹を抱えて笑い、アメリアはそのまま奥へと消えていく。

「しかし、傑作だぜあのガキ。ああいった格好すると本当にガキだな」 

 かなめの笑いはそう簡単には止まりそうに無い。そこに会場設営責任者を買って出たパーラ・ラビロフ大尉が現れた。

「ちょっと!誠君達。遊んでないで手伝ってよ!あなた達、入場整理の係でしょ?」 

 すぐさまきびすを返して音響用のコードを持って走り回る島田を追いかける。

「入場整理ってあれか?」 

 かなめは入り口にたむろした集団を思い出していた。

「あまり係わり合いにはなりたくないな」 

 歯に衣着せずにカウラはそう言った。誠も中身は彼等と大差ないのでとりあえず愛想笑いを浮かべて立ち上がった。いまだに腹部に痛みが残り渋い笑みが自然とこぼれる。

「大丈夫か?」 

 気遣うカウラを制してそのまま誠は歩き始めた。

 今回の映画、『魔法戦隊マジカルなっちゃん』の服飾およびメカ、敵の機械魔人のデザインをしたのは誠である。とりあえず観衆の期待がそれなりに高いと言うことも分かって、誠はやる気を見せるべくそのままロビーへとたどり着いた。

 先頭の客は誠も何度かコミケで顔を合わせたことのある大手同人サークルの関係者だった。その前に立つアメリアと世間話をしている。

「ずいぶん来てるな。結構入るんだろ?この劇場って」 

 かなめはタバコを手にしてそのまま喫煙コーナーへと向かう。

「ええ、五百人弱は入ると思いますよ」 

 その言葉にかなめは絶句してタバコを落としそうになる。カウラはロビーに広がる独特な雰囲気にいつものように飲まれていた。かなめはそのまま足早に喫煙コーナーのついたての向こうに消えた。そんな光景を見ていた誠に近づいてきたのはキムとエダだった。

「それじゃあカウラさんと……西園寺さんは入り口でこの券を販売してください。それと神前さんはクレーム対策でお願いします」

 そう言って西が笑う。

「無料じゃないのか?」 

 そう言って迫るカウラに西は親指で客と談笑をしているアメリアを指差した。

「ああ、あの人が『演芸会』の活動資金にするんだとか。それに確かにアメリアの知り合いの監督は画像処理の料金とか請求するとか言ってたし」 

「それにしても客よく集めたな。入場料は五百円か。高いのか安いのか……」 

 そう独り言を言うと島田は再び劇場の中に消えていく。

「何しにきたんだ?島田の奴」 

 いつの間にかタバコを吸い終えて戻ってきたかなめは誠の隣で屈伸をしている。

「客の様子でも見に来たんだろ?じゃあ私達もいくぞ!」 

 こういう場所でも責任感を発揮するカウラはゆったりした歩き方でロビーへと歩き始めた。

「これか」 

 カウラはそう言うとサラが用意したチケットの入った箱を見た。隣には釣り用の小銭、そして隣にはパンフレット。そしてその隣には……。唖然とする誠とカウラを見るとアメリアは手早く雑談をしていた客に挨拶をして誠達に近づいてくる。

「これを売るのか?」 

 かなめはそう言うと薄いオフセット印刷の雑誌を手に取る。表紙の絵はアメリア原作だった。金髪の男性とひげ面の男が半裸で絡み合っている絵にかなめは明らかに引いたように見える。

「大丈夫よ。今日はあまり女性客にはアピールしていないから売れないと……」

「そういう問題じゃねえ!」 

 かなめはそう言うと上着を脱いで同人誌の山にかぶせる。それを見たアメリアはやり取りを興味深そうに眺めていた観客に向かって手を広げて見せた。

「皆さん!ここで当部隊西園寺大尉によるストリッ……フゲ!」

 そこまでアメリアが言ったところでかなめは彼女の前に積まれた同人誌を一冊丸めて思い切り叩く。ヘッドロックをアメリアにかけるとワイシャツの下のふくらみが際立つ。そしてそんなかなめの姿に観衆は盛り上がる。

「ナイスよ……かなめちゃん。その反応を待っていたの」 

 首を締め上げられながらにんまりと笑うアメリアにかなめの腕の力が抜ける。アメリアは器用にそこを抜け出し手をたたいて観客に向き直った。

「それでは皆さん!では受付を開始します!」 

 アメリアはそう言うと彼女の体を張った芸に感心する知り合い達に愛想笑いを浮かべながら手を広げる。いつの間にか受付と書かれたテーブルに座っていたカウラが準備を済ませて先頭に立っていたアメリアの知り合いらしい無精髭の男から札を受け取る。

「五百円に……それじゃあこれがお釣りで」 

 準備が念入りだった割りにカウラはこういう客を相手にするのは苦手らしくなんともぎこちない感じで受付をする。だが、一部の熱い視線が彼女に注がれているのが、そう言うことには疎い誠にもすぐに分かった。

「誠ちゃん、ちょっと列の整理お願いできるかしら?それとかなめちゃんは邪魔だからそのまま帰っていいわよ」 

「んだと!コラァ!」 

 食って掛かろうとするかなめを押さえつけて誠はそのまま受付のロビーから外に並んでいる列の整理に当たることにした。とりあえず今のところは混乱は無い。だが……。誠は隣に立っているかなめの様子を伺っていた。明らかに不機嫌である。右足でばたばたと地面を叩いていて、観客達を嘗め回すように見つめる。

 元々それほどかなめの顔つきは威圧的ではない。どちらかと言えば愛郷のある顔だと誠は思っていた。遼州や地球の東アジア系にしては目鼻立ちははっきりしていて、特徴的なタレ目には愛嬌すら感じる。

 だが、明らかに口をへの字にまげて、ばたばたと貧乏ゆすりを続けていて、しかも着ている制服は東和軍と同じ。一部のミリタリー系のマニアが写真を取ろうとするたびに威嚇するように目を剥く。先ほどのアメリアとのやり取りで一回り大柄なアメリアの頭を楽に引っ張り込んだ力を見ていた客達はそんなかなめにはむかう度胸は無いようで静々と列は進む。

「なんか、僕はすることあるんですかね……」 

 噛み付きそうなかなめの表情を見ると不器用で何度も釣の勘定を間違えているカウラの受付で苛立った客達もするすると会館のロビーへと流れて行く。

「そこ!タバコ!」 

 そう叫んでかなめが一人の迷彩服の男に近寄っていく。誠もこれはと思いそのままかなめの後をつけた。

「禁煙ですか……消します」 

 かなめの迫力に負けて男はすぐに持っていた携帯灰皿に吸いかけのタバコをねじ込む。それを見ると不思議そうな顔をしてかなめは誠の待つロビーの前の自動ドアのところに帰ってきた。

「くそったれ、もう少し粘ったらタバコを没収してやろうと思っていたのに」 

 そう言うとかなめは今度は自分でポケットからタバコを取り出しそうになってやめる。その様子を誠に見られていかにもばつが悪いと言うように空を見上げる。次第にアメリアの交友関係から発展して集まった人々はいなくなり、町内の見知った顔が列に加わっているのが見える。

「おい、もう大丈夫だろ?戻ろうぜ」 

 そう言うとまるで誠の意思など確認するつもりは無いと言うようにかなめは受付へとまっすぐに向かっていく。誠もそれに引き摺られるようにして彼女の後を追った。
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