特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第六部 『特殊な部隊の特殊な自主映画』

橋本 直

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祭りの予感

第2話 萌え武将

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「よかったわね、なにも起きなくて……誰か落馬でもしたらまたひよこちゃんに手間をかけちゃうところだったのに」 

 そう言うとアメリアはカウラの肩を叩く。

「それじゃあ着替えましょう」 

 微笑みながらアメリアはそう言うとカウラについて時代行列を支える裏方達の群れる境内の裏手の広場に足を向けた。

 そこには仮装をしない裏方役の技術部の整備担当の面々や運用艦『ふさ』のブリッジクルーである女性士官達が行列を終えて帰ってきた隊員の着ている鎧が壊れていないかチェックしたり、すでに着替えを終えた隊員に甘酒振舞ったりと忙しい様子を見せていた。

「アメリアさん!」 

 そんな忙しく立ち働く面々の中からそう言って技術部整備班班長島田正人准尉と運用艦ブリッジクルーのサラ・グリファン中尉が駆け寄ってくる。二人ともすでに東和警察と同じ深い紺色の勤務服に着替えていた。

「早く着替えた方がいいですよ。何でもあと一時間で豆を撒きにきたタレントさんが到着してこの場所使えなくなるみたいですから」 

 そう言うと島田はきょろきょろと人ごみを見回す。

「そう言えばクバルカ中佐、見ませんでした?」 

 島田の言葉にアメリアもカウラも、誠ですら首を横に振った。司法局実働部隊のまさに実働部隊の名の所以である主力人型兵器『アサルト・モジュール』を運用する機動部隊最高任者で司法局実働部隊の副長でもあるクバルカ・ラン中佐。重鎮の行方不明に島田は焦ったように周りを見回していた。

「なんかあのジャリがいねえと困ることでもあるのか?」 

 にやけているかなめがランを『ジャリ』と呼ぶのにカウラは難しい顔をしてかなめをにらみつける。ランの見た目はどう見ても小学生、しかも低学年にしか見えない。この雑踏に鎧兜姿の小さい子が歩き回っているシュールな光景を想像して誠は噴出しそうになる。

「いやあ、祭りの場には野暮なのはわかっているんですが……急ぎの決済の必要な書類がありましてね。それでなんとか見てもらえないかなあと……」 

 島田の言葉にかなめは大きなため息をつく。

「仕事が優先だ。神前曹長、探すぞ」 

 そう言うとカウラはサラに兜を持たせて歩き出す。仕方がないというようにアメリアも島田に兜を持たせる。

「私の勘だと……あの椿の生垣の後ろじゃないかしら?」 

 明らかにいい加減にアメリアが御神木の後ろの見事に赤い花を咲かせている椿の生垣を指差した。

 誠は仕方なく生垣に目をやる。その視界に入ったのは中学生位の少年だった。誠達はそのまま早足で生垣を迂回して木々の茂る森に足を踏み入れる。そこには見覚えのある中学校の校章をあしらったボタンの学ランのを着た少年達が数名こそこそと内緒話をしているのが目に入った。

「ああ、西園寺さん達はそのまま着替えていてください。僕がなんとかしますから」 

 そうカウラ達に言うと誠は少年達の後をつけた。

 常緑樹の森の中を進む少年達。誠は彼のつけている校章から司法局実働部隊のたまり場である焼鳥屋『月島屋』の看板娘、家村小夏の同級生であるとあたりをつけた。

「遅いぞ!宮崎伍長!ちゃんと買ってきただろうな!」 

 そう言って少年を叱りつけたのは確かに小夏である。そして隣にメガネをかけた同級生らしい少女と太った男子生徒。そしてその中央にどっかと折りたたみ椅子に腰掛けているのは他でもない、緋色の大鎧に派手な鍬形の兜を被ったランだった。

「クバルカ中佐!何やってるんですか?」 

 声をかけられてしばらくランは呆然と誠を見ていた。しかし、その顔色は次第に赤みを増し、そして誠の手が届くところまで来た頃には思わず手で顔を覆うようになっていた。

「おい!」 

 そう言うと120センチに満たない身長に似合わない力で誠の首を締め上げた。

「いいか、ここでの事を誰かに話してみろ。この首ねじ切るからな!」 

 凄みを利かせてそう言うランに誠はうなづくしかなかった。

「それと小夏!あの写真は誰にも見せるんじゃねーぞ!」 

「わかりました中佐殿!」 

 そう言って小夏は凛々しく敬礼する。彼女の配下らしい中学生達も釣られるようにして敬礼する。

「もうそろそろ時間だろうとは思ってたんだけどよー、どうも餓鬼共が離してくれねーから……」 

 ランはぶつぶつと文句を言いながら本部への近道を通る。獣道に延びてくる枯れ枝も彼女には全く障害にはならなかった。本殿の裏に設営された本部のテント。そこに立っている大柄な僧兵の姿に思わずランと誠は立ち止まった。

 その大男。どこからどう見ても武蔵坊弁慶である。

「なんじゃ?誠。アメリア達が探しとったぞ」 

 武蔵坊弁慶がそう言った。司法局本局で調整担当のトップを勤めている明石清海中佐は手にした薙刀を天に翳して見せる。

「着替えないんですか?」 

 そう言う誠にしばらく沈黙した明石だがすぐに気が変わったとでも言うように本部に入っていった。

「それじゃあアタシ等もいくぞ」 

 ランの言葉につられるようにして誠は本部のテントに入る。

「良い所に来たわね誠!とりあえず鎧を片付けて頂戴」 

 そう言ったのは手伝いに来ていた誠の母、神前薫だった。剣道場の女当主でもある彼女はこう言うことにも通じていて、見慣れた紺色の稽古着姿で手際よく鎧の紐を解いていく。

「俺、この格好なんだけど……」 

「胴丸なら自分で脱げるでしょ?文句は言わないで手を動かして!」 

 そう言って薫はかなめの小手を外していた。

「いつもお母様にはお世話になってばかりで……」 

 かなめの声に着替えを待っているカウラ達は白い目を向ける。いつものじゃじゃ馬姫の日常などをすっかり隠し通そうと言うつもりでかなめは同盟加盟の大国甲武国宰相の娘、四大公家の姫君を演じていた。隊で一番ガサツ、隊で一番暴力的、隊で一番品が悪い。そう言われているかなめだが、薫の前ではたおやかな声で良家の子女になりきっている。

 誠からの話でかなめの正体を知っているはずの彼女は笑顔で見上げながら手を動かす。そんな母が何を考えているのか誠には読めなかった。

「大変ねえ、なにか手伝う?」 

 呆然と上品なお姫様を演じているかなめを見つめていた誠にそう言ってきたのは小手を外してくれる順番待ちをしていたアメリアだった。

「ああ、お願いします。そこの靭を奥の箱に入れてください」 

「いいわよ」 

 そう言って矢を抜き終わった靭を取り上げたアメリアだが、まじまじとそれを覗き込んでいる。

「私はあまり詳しいこと知らないんだけど、高いんでしょ?これ」 

 そう言いながらアメリアは手にした靭を箱の中の油紙にくるむ。

「まあな。それ一つでテメエの10年分の給料くらいするんじゃないか?」 

 脛当てを外してもらいながらかなめがそう言ってにやにやと笑う。地が出てはっとするかなめだが、まるでそれがわかっていたように薫は笑顔を浮かべていた。

「そんなにしないわよ。まあ確かにかなり本格的な複製だけど……じゃあここから先はご自分でね」 

 そう言って薫は主な結び目を解いたかなめを送り出す。すぐさまアメリアが立ち上がって薫に小手を外してもらう。

「模造品だって高けえんだぜ。さすがは嵯峨家。甲武一の領邦領主というところか?」 

 かなめはそう言うと誠の隣で兜の鍬形を外していた。

「そう言えば叔父貴はどうしたんだよ。それに茜は?」

 流鏑馬で観客を唸らせた司法局実働部隊隊長嵯峨惟基特務大佐。彼はかなめの家の養子として育ったこともあり、かなめはいつも嵯峨を『叔父貴』と呼ぶ。しかしその口調にはまったく敬意は感じられない。 

「ああ、惟基君は外で整備班の胴丸を脱がせてたわよ。それに茜さんは自分で脱げるからって……」 

 ちょうどそんな噂の茜とかえでが司法局の制服で更衣室に入ってくる。

「なんだ、かなめお姉さまはもう脱いでしまったのか……」 

 ぼそりとつぶやいて瞳を潤ませて自分を見つめるかえでにかなめは思わず後ずさる。

「神前君、あなたも着替えなさいよ。それと薫さんも私が代わりますから休んでください」 

 そう言って茜はアメリアの左腕の小手を外しにかかる。

「そうね、誠。外に出てなさい」 

「いいんですよお母様、私は見られ……ごぼ!」 

 満面の笑みを浮かべて話し出した胴を脱いだばかりのアメリアの腹にかなめのボディブローが炸裂する。

「邪魔だ!出てけ」 

 そう言ってかなめはまた部屋の隅に戻り、カウラが着ていた大鎧を油紙に包む。さらに奥のテーブルで制服姿のカウラと談笑している大鎧を着たままのサラとパーラの冷たい視線が誠を襲う。

「それじゃあ着替えてきますね」 

 そう言って誠は二月の寒空の中に飛び出した。
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