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不幸な『出会い』

第54話 『ビッグブラザー』

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「そんな遼州人と地球人の出会いの裏側の出来事はどうでもいいの。それ以上に問題なのは、この『東和列島』には、そんな悲劇を黙って見つめている『存在』があったことよ」

 アメリアは表情を殺してそう言った。そして、真っ直ぐに誠を見つめた。

「『存在』……」

 突如、本性を現したアメリアの言葉に誠は息を飲んだ。

「地球人の調査隊が数年後、この『東和列島』に到着した時に、奇妙な事実に気が付き驚愕したそうよ。そこに住んでいる人々が『日本語』を話し、『日本語』で考え、『日本的』な名前を持ち、『日本人』にしか見えなかったってね。『銃』も持ってたらしいわね、その『公式』な調査隊が到着した時には」

 次々とアメリアは誠を困惑させる『事実』を話す。

「地球のその地球人としてはまともな調査隊の結果を『地球圏』に報告したんだけど……握りつぶされたそうよ。『あり得ない』ってね。でも、文字が無くて、見た目は地球のアジア人にしか見えない『リャオ』が地球の『無法者』と裏取引をすることくらい……考えなかったのかしら?地球の政府の人達。マジで『空気読んでよね』」

 そう言うアメリアの口元に笑みが浮かぶ。

「『東和列島』の奇妙な現象を引き起こしたのは、間違いなくその『存在』が原因……だと隊長は言ってたわ」

 アメリアのその言葉に『駄目人間』である嵯峨の顔が誠の脳裏に浮かんだ。

「そしてその『存在』は日本の『ある時代』を模倣することで生き延びるすべを見出した……」

「生き延びるすべ?」

 誠の問いにアメリアはにやりと笑って答えた。

「そう、地球で一番満ち足りていた時代……『日本』の20世紀末……その時代を模倣すればこの『東和共和国』は豊かに繁栄できると……」

 アメリアの言葉に誠はただ思い出をめぐらすだけで事足りた。

 誠の思い出もすべて20世紀末の『日本』を模倣するものすべてであると思い知ったからだった。

「でも……」

「別にそれは悪いことじゃないわよ。戦争ばかりのそのほかの時代を模倣するよりよっぽどまし。でも……ちょっと違うような気がしないでもないけどね」

 アメリアはそう言って苦笑いを浮かべた。

「まあ、20世紀談義はそのくらいにして……その『存在』はおそらくどこの『人間型』生物でも持ち得るありふれた『妄想』よ。そして、『地球』には『妄想』についての具体的理論があり、『東和共和国』にはその『妄想』を具体化する『意思』があった……」

 静かにアメリアは続けた。

「『存在』……『妄想』……『意思』……『東和』」

 誠はただぼんやりとつぶやく。アメリアの言葉は理解できない。それが何を意味するのか分からない。そして分かりたくない。

「その『存在』、『ビッグブラザー』のおかげで『東和共和国』では、地球から独立してから国民の戦死者が『一人』も出ていないわ。こんなに過酷な戦乱の続く、遼州星系にあって」

「え?」

 いくら誠でも遼州星系で数百億の戦死者の出た二度の『遼州大戦』があったことは知っている。

 『遼州政治同盟』による一応の安定が実現した今もなお、遼州星系の各地で今も武力衝突が続いていることは知っていた。

 二十年前、遼州星系全体を覆った『第二次遼州大戦』の死者は5億を超えていたという。

 しかし、アメリアが言うには東和共和国には一人の戦死者も出ていない。

 それが明らかに異常なことであることは誠にも理解できた。

「でも、それっていいことなのかな……ちょっと疑問なのよね。『東和共和国』だけが平和で他は戦争ばかり。それはちょっと……」

 突然、アメリアは元の『女お笑い芸人』の表情に戻る。目も当然、糸目に戻る。

「キーワードは。『アナログ式量子コンピュータ』と『それに同期する通信システム』。それに『情報戦』と『電子戦』。そしてその解説書がこれ」

 そう言ってアメリアは一冊の文庫本を誠に手渡した。

「作者は『ジョージ・オーウェル』……地球人ですよね、この人」

 誠は古びた文庫本を手に取ってその著者名を読み上げた。回し読みでもされたように、その本は手あかに汚れていた。

「題名は『1984年』。SF小説の金字塔とか呼ばれてるわ。そこに登場する超存在『ビッグブラザー』をこの『東和共和国』は『アナログ式量子コンピュータ』を使ってこの中の架空の指導者『ビッグブラザー』を創造することに成功した……まあ、これも隊長の受け売りなんだけどね」

「SF小説の『指導者』がなんで?」

 誠はほとんど『ちゃんとした本』を読んだことが無いので、アメリアにそう尋ねることしかできなかった。

「誠ちゃんの『理系脳』でもわかるように言うと、『デジタル』はどんなに進化しても『0』と『1』の二進法でしかない。これは知ってるでしょ?」

 笑顔のアメリアに誠は静かにうなづく。

「でも、『アナログ』な世界には無限のパターンが存在するわけ。でも、人間の脳は神経細胞『ニューロン』のプラスとマイナスの反応でしか認識できないから、地球のコンピュータと同じで『デジタル』なのよ。まあ、『デジタル』で考えるのが普通の『ヒューマノイド』ね。『無機的コンピュータ』も『有機・生体コンピュータ』も結局は『デジタル』信号で動いているのは同じだもの」

 誠はその『理系脳』に導かれてアメリアの言葉にうなづいた。

 誠は都立高の『理系特進クラス』出身である。知識として生物の『脳』がマイナスイオンとプラスイオンの信号で動く『デジタルコンピュータ』である事実は知っていた。

 アメリアは続けた。

「でもね、遼州人は『アナログ人間』だから、『量子コンピュータ』が『アナログなシステム』で動くことに宇宙で初めて気が付いた。『デジタル』で送られる通信はすべて『アナログ量子コンピュータ』で解析ができちゃうの。その結果、どんな『デジタル』ネットワークでも瞬時に制圧可能な『電子戦』システムを、ここ『東和共和国』は開発して、この国の中立と平和を守っている」

 教え導くように言うアメリアの言葉が誠の知識の枠を超えた。

 『量子コンピュータ』がプラスとマイナスだけではなく、原子の数だけ無限の数値を表す『アナログコンピュータ』であることは誠にも理解できた。『デジタル』の粒子が『アナログ』の世界を完全に表現できないことや、『デジタルシステム』が『アナログ世界』の遼州系のハッカーには余裕で潰せる脆いシステムだということは誠も十分理解している。

 しかし、それがなぜ悪いことなのか?確かに異常なことだが、悪いことには思えなかった。

 それが誠には理解できなかった。平和で何が悪いのか?宇宙は戦いに満ちている。この『東和共和国』ぐらい平和であってもいいはずだ。誠はなんとかアメリアの言葉に反論しようとするが、語彙力が完全に不足していた。

「平和で中立的な立場はいいことなんだけど、もしそれが『この国』を統括する『存在』の身勝手な『意思』の結果だとしたら、気持ち悪くない?」

 アメリアの笑顔が悲しそうな色を帯びた。誠は何も言えずに彼女の次の言葉を待った。

「その『意思』が……この『1984年』でいう所の『ビッグブラザー』よ。地球圏でその理論が生み出され、東和共和国で完成した、『全能の監視者にして指導者』。すべては東和共和国の中立と平和を守るためだけに行動する『神』」

 誠はそこで『東和共和国』の『アナログ量子コンピュータ』の異星系への持ち出しが禁止されていることを思い出した。

 そして、誠ははっきりと理解した。『アナログ量子コンピュータ』の持ち出しを制限しているのは『ビッグブラザー』と呼ばれる『神』なのだと。

「ちょっと……難しかったかな?誠ちゃんは『高学歴』だけど、教養ゼロだから」

 アメリアの顔が元の『特殊な部隊』の『特殊』な運用艦艦長に戻るのを眺めながら、誠は自分が『神』に選ばれた国に暮らしている事実に戸惑っていた。
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