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体育会系体力増幅法

第45話 体力の限界への挑戦を誓わされる

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 まもなく終業時間を迎えようとしている。

 隊長室を出たランは技術部員の大尉最敬礼に見送られて本部の階段を下りた。

 彼女はそのまま建物の玄関を出ると、実働部隊のグラウンドに足を向けた。

 高校時代の野球部の練習着を着た誠がランニングをしていた。

 体力は人並み以上な誠は圧倒的なスピードで他の『特殊な部隊』の隊員を引き離して疾走する。

 その後に続くのは『戦闘用人造人間ランス・バタリオン』で唯一この『特殊な部隊』のカラーに毒されなかったパーラ・ラビロフ中尉が続く。

 考えてみれば、午前中からランニングを続けてきた誠がパーラの前を走っていることがある意味誠のタフさを示しているとは言えた。

 そして他の『特殊な部隊』の隊員の過半数は歩いていた。

 彼等にとってトレーニングは『面倒』なのである。

 アメリアがその先頭を『馬鹿歌』を歌いながら歩いている。

 その隣では島田が自慢げに話す姿を見てサラが爆笑していた。

 その後ろには島田の『手下』の技術部員が続く。彼等がそこにいる原因は島田の前を歩くと、島田に何をされるかわからないからである。

 ランがグラウンドの中央を見ると、残りの女子と技術部の将校達が誠の走る姿を見守るばかりでそもそも歩くことすらしていなかった。

「なんだ、神前もちゃんとトレーニングしてるじゃねーか」

 小さな上司、クバルカ・ラン中佐に駆け寄ってきた誠とパーラに向けてランはそう言い放った。

 ランにとって新人の誠だけ走っていれば、あとはどうでもいいのである。

 パーラはいつものランの『新人のみ徹底教育モード』を理解しているので、まじめにランニングをした自分を恥じた。

「クバルカ中佐……僕は長距離はちょっと自信があるので……」

 小さなランの前で誠は息を切らしながらそう言ってほほ笑んだ。

「そーだな。体力は認めてやる。その体力があればどこでも生きていける。『作業員』として」

 肩で息をする誠向けて、ランは誠の全く望まない評価を下した。

「僕、『作業員』になるために大学を出たわけじゃないんですけど」

 ようやく息が落ち着いてきた誠はそう言ってパーラに視線をやった。

「クバルカ中佐、私は……水分補給してきます」

 パーラはランにそう言って立ち去る。

 彼女は誠を『偉大なる中佐殿』に『生贄いけにえとして差し出したのである。結局、人間は自分がかわいいのである。

 ランの自分を見つめる大きな瞳を見てそう確信した。

 まさに『蛇に睨まれた蛙』と言える状態だった。

「神前。何週走った?」

 『偉大なる中佐殿』はそう言って誠を睨みつけた。瞳は情熱に燃えていた。

「50週くらいですけど……」

 仕方がないので誠はそう言った。一周、400メートルのグラウンドである。当然20キロ以上走ったわけである。

「午後の終業時間まであと1時間ある。その間、ずっと走り続けろ」

 ランの目は完全に『体育会系』そのものだった。

 助けを求めようと、誠は背後にやってきた、『特殊な部隊』の隊員達に視線を走らせた。

「頑張ってね!誠ちゃん」

 歩いていたアメリアは余裕の表情で誠にそう言った。

 先輩隊員達は完全に誠を『鍛える』と言うことで意見が一致しているようだった。

「そうだ、神前。走れ!飽きたら『うさぎ跳び』。それが飽きたら『千本ノック』。タイヤを引いて足腰を鍛えるのもアリだ」

 ランが『精神至上主義』の高校野球の監督の『孫娘』に見えてきて誠はたじろいだ。

「そんな体力馬鹿のオメーに、実はうち以外にもいい進路があるんだ」

 ランはいい顔をして息を切らせて自分を見下ろしてくる誠をにらみつけた。

「逃げられるんですか?『作業員』以外の道があるんですね!大学卒にふさわしい職があるんですね!」

 誠はなんとかこの『特殊な部隊』の生活から逃げ出せる答えがランから出ると思ってそう言った。

 すでにアメリア達『人権が認められている先輩』は誠の視界の中には残っていなかった。

「そうだ、有名大卒にふさわしい仕事。『根性』と『気配り』を武器とする『体力がすべて』のいい仕事がある」

 ランは自信をもってそう言った。

「大卒向けなんですよね、でもなんで『根性』とか『気配り』とか『体力がすべて』とか出てくるんです?それ学歴と関係ないですよね。体育の先生ですか?僕、教員免許もってないですよ」

 戸惑う、目が点になる。そんな顔をしている自分を想像しながら、誠はランの力強い言葉に愛の手を入れた。

「それは『大手ゼネコン営業マン』という仕事だ。……『根性』で嫌がる新規顧客を訪問し、『気配り』で顧客に付き合って酒を飲んだりゴルフをしたりして心をつかみ、最後は『体力』にものを言わせて競合会社に入札で勝利する。これが『大手ゼネコン営業マン』の仕事だ」

 誠は驚愕した。

 誠の母校の工学部建築学科の同窓生達は、明らかに就活で『ゼネコン』を避けていた。

 その理由が今、ランの口から明らかになった。

「それじゃあ……体育学部の学生でいいじゃないですか。僕、理工学部です」

 なんとかランの『間違った進路指導』に反抗しようと誠は彼女に逆らってみた。

「そうだ、『東都証券所一部上場企業』では『体育学部』の学生を非常に重んじる。多少勉強ができる『モヤシ』には書類仕事しかねーんだ。真の戦い『営業マン』の世界は『根性』、『気配り』、そして『体力』。この三つがあればいーんだ」

 そう言ってランはグッと右手を握りしめて誠に差し伸べた。

「結局……僕って……」

「いーじゃねーか!オメーにはたぐいまれなる『体力』と言う宝石が眠っている!それを磨け!鍛えろ!その先に道は開ける!」

 ランの狂気の励ましに誠はただあきれ果てた後、仕方なくランニングを再開した。

 さすがにうさぎ跳びや千本ノックは嫌だったからである。
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