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ある若者の運命と女と酒となじみの焼き鳥屋
蟻地獄に落ちた蟻の末路
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夕方。誠は終業の鐘を待ちながら室内の仕事以外に集中している上司達を観察していた。
まず機動部隊長と言う名目で一番大きな机の主であるちんちくりん。通り名『汗血馬の騎手』。人類最強、クバルカ・ラン中佐。
彼女が午後していたこと。それはずーと将棋盤の前でうなっていることだけだった。
誠の観察していた午後の5時間の間で、二回ほど席を外したことは確認していた。つまり生理的要求には素直に従うらしいこと。それは分かった。
一度、それは何をしているのか、ラン本人に聞いてみた。答えはとりあえずそれなりの有名な将棋のタイトル戦の中で一手理解できないところがあるので、自分なりに考えてみる……と言う事らしい。
まだ目の前の将棋盤を見つめてじっと考え込んでいるところから、まだ彼女の納得する答えは出ていないらしい。
そして、目を右の女サイボーグに目を移す。
女サイボーグ、西園寺かなめ大尉は三十分に一度、図ったように部屋を出て、十分後に帰って来るというサイクルを繰り返していた。
目的は匂いに敏感な人ならすぐわかる。要するにニコチンが切れたから補給してきた。要するにそのペースでタバコを吸うのが彼女のリズムらしい。帰ってきた彼女からはタバコのにおいがしたので、誠の推測はほぼ正しいことがこれで立証される。
そして、理解不能なのが小隊長と言う事で、誠の教育係であるカウラ・ベルガー大尉。彼女の行動はしばらく観察が必要だ、そう誠は思っていた。
彼女は一時になると、急に作業を止めて立ち上がると、何も言わずに部屋を出ていった。その時、ちっちゃな部隊長、クバルカ・ランが呆れたようにカウラの背中を見送って大きなため息をついた。
そして、3時間後に彼女は満足げな表情を浮かべてバイトを再開した。その時、かなめが明らかにかわいそうなものを見るような同情の視線でカウラを見つめていたのも目撃している。
つまり、ランが呆れるようなことをその間にしていて、かなめに言わせるとそんなカウラは同情に値することらしい。
これはとりあえずかの三人の行動観察日記が完成するまでここにいたほうがいい。理系で何事も観察する癖のある誠はそんなことを考えていた。
突然、乱暴にドアを開ける音が響いた。誠は驚いて振り向く。
振り向いた先には島田がド誠に向かって歩いてきているのが見えた。彼の後ろには『兵隊』の通称でかなめ達が呼んでいる男子整備隊員が何人かついてきていた。
午前中とは違い、島田はちゃんとつなぎを着ていた。彼らしく腹までチャックを下げて、割れた腹筋を見せつけているのは、ヤンキーの美学なのだろう。
「おい、アパム1号。いいものやる」
いきなり島田の中では誠の呼称は『アパム1号』に決定しているらしい。
「おい!島田!」
こんな島田に意見できるのは、人類最強以外いない。そんな期待に応えるように、ランはとてもそのプリティーな姿に似つかわしくないドスの効いた鳴き声を上げた。
「……なんでしょう、姐御」
基本的にヤンキーなので、認めた人間には頭が上がらない。この明らかに手のひらを返した島田の蛇ににらまれた蛙のような態度で、やはり、島田が典型的ヤンキーであることを再確認した誠だった。
「そいつはアパムじゃねー。アタシの部下なんだ。ちゃんと名前で呼べ」
相変わらずその言葉には、幼女とは思えない迫力があった。
「……じゃあ、神前。オメエの持ってる荷物。運んでやる。出せ」
そう言うと兵隊の中で一番大柄の男が腕組みして、誠にガンを飛ばしている島田の横から出てきて手を出した。誠は足元の一週間分の着替えの入ったカバンを兵隊に手渡す。
「……寮に運んでくれるんですよね?途中で気が変わって捨てたりしないですよね?」
このヤンキーなら平然と捨てかねない。そう思いながらそう思って誠はそう言った。
「なあに、これからオメエは男の生き方を学ぶことになる。俺のような偉大な人間にいつかなれる。幸い俺はオメエの私生活を管理する地位にある。そう、オメエのこれから私生活を過ごす男子寮。そこの寮長。それが俺。いいだろ?私生活で困ったことは俺に聞け。どんなことでも話だけは聞いてやる」
目の前のヤンキーはとんでもない発言をした。誠はその事だけは理解した。逃げ場と思っていた寮が、ヤンキーが支配する世界。出勤すれば意味不明な連中の巣。
兵隊達は出ていった。一人、悠然と肩で風を切りながら、島田は去っていく。そして、ドアを開け出ていく瞬間に振り向いた島田が口を開いた。
「オメエは俺が認めるような『漢』にしてやる。久しぶりにオメエの中に男を見たよ俺は……」
要するに誠はとんでもない不良に気に入られているらしい。
「でも、隊長は止めてもいいって……」
誠がそう言うと、怒髪天を突くという表情で島田はのしのしと歩いてきて、誠の科をまさに間近という距離まで近づけてこういい話した。
「あの脳ピンクが何を言おうが関係ねえんだよ。俺はね、マイルールで生きてんの。俺が気に入ったと言ったら、素直に俺の言う事をきいてたら、オメエは『漢』になれんの。オメエの尊敬する『島田先輩』がそう言ってんの。辞めるだ?それはこの俺がゆ・る・さ・な・い。わかった?」
誠には次の言葉以外言うセリフはなかった。
「はい……」
その言葉の裏の意味を全く理解していない島田はそのまま口笛を吹きながら部屋を出ていった。
誠はただ自分の可能性が一つ消えたことだけは理解していた。
「蟻地獄の蟻」
カウラが言ったその言葉。まさに今の誠の状態そのものだった。
まず機動部隊長と言う名目で一番大きな机の主であるちんちくりん。通り名『汗血馬の騎手』。人類最強、クバルカ・ラン中佐。
彼女が午後していたこと。それはずーと将棋盤の前でうなっていることだけだった。
誠の観察していた午後の5時間の間で、二回ほど席を外したことは確認していた。つまり生理的要求には素直に従うらしいこと。それは分かった。
一度、それは何をしているのか、ラン本人に聞いてみた。答えはとりあえずそれなりの有名な将棋のタイトル戦の中で一手理解できないところがあるので、自分なりに考えてみる……と言う事らしい。
まだ目の前の将棋盤を見つめてじっと考え込んでいるところから、まだ彼女の納得する答えは出ていないらしい。
そして、目を右の女サイボーグに目を移す。
女サイボーグ、西園寺かなめ大尉は三十分に一度、図ったように部屋を出て、十分後に帰って来るというサイクルを繰り返していた。
目的は匂いに敏感な人ならすぐわかる。要するにニコチンが切れたから補給してきた。要するにそのペースでタバコを吸うのが彼女のリズムらしい。帰ってきた彼女からはタバコのにおいがしたので、誠の推測はほぼ正しいことがこれで立証される。
そして、理解不能なのが小隊長と言う事で、誠の教育係であるカウラ・ベルガー大尉。彼女の行動はしばらく観察が必要だ、そう誠は思っていた。
彼女は一時になると、急に作業を止めて立ち上がると、何も言わずに部屋を出ていった。その時、ちっちゃな部隊長、クバルカ・ランが呆れたようにカウラの背中を見送って大きなため息をついた。
そして、3時間後に彼女は満足げな表情を浮かべてバイトを再開した。その時、かなめが明らかにかわいそうなものを見るような同情の視線でカウラを見つめていたのも目撃している。
つまり、ランが呆れるようなことをその間にしていて、かなめに言わせるとそんなカウラは同情に値することらしい。
これはとりあえずかの三人の行動観察日記が完成するまでここにいたほうがいい。理系で何事も観察する癖のある誠はそんなことを考えていた。
突然、乱暴にドアを開ける音が響いた。誠は驚いて振り向く。
振り向いた先には島田がド誠に向かって歩いてきているのが見えた。彼の後ろには『兵隊』の通称でかなめ達が呼んでいる男子整備隊員が何人かついてきていた。
午前中とは違い、島田はちゃんとつなぎを着ていた。彼らしく腹までチャックを下げて、割れた腹筋を見せつけているのは、ヤンキーの美学なのだろう。
「おい、アパム1号。いいものやる」
いきなり島田の中では誠の呼称は『アパム1号』に決定しているらしい。
「おい!島田!」
こんな島田に意見できるのは、人類最強以外いない。そんな期待に応えるように、ランはとてもそのプリティーな姿に似つかわしくないドスの効いた鳴き声を上げた。
「……なんでしょう、姐御」
基本的にヤンキーなので、認めた人間には頭が上がらない。この明らかに手のひらを返した島田の蛇ににらまれた蛙のような態度で、やはり、島田が典型的ヤンキーであることを再確認した誠だった。
「そいつはアパムじゃねー。アタシの部下なんだ。ちゃんと名前で呼べ」
相変わらずその言葉には、幼女とは思えない迫力があった。
「……じゃあ、神前。オメエの持ってる荷物。運んでやる。出せ」
そう言うと兵隊の中で一番大柄の男が腕組みして、誠にガンを飛ばしている島田の横から出てきて手を出した。誠は足元の一週間分の着替えの入ったカバンを兵隊に手渡す。
「……寮に運んでくれるんですよね?途中で気が変わって捨てたりしないですよね?」
このヤンキーなら平然と捨てかねない。そう思いながらそう思って誠はそう言った。
「なあに、これからオメエは男の生き方を学ぶことになる。俺のような偉大な人間にいつかなれる。幸い俺はオメエの私生活を管理する地位にある。そう、オメエのこれから私生活を過ごす男子寮。そこの寮長。それが俺。いいだろ?私生活で困ったことは俺に聞け。どんなことでも話だけは聞いてやる」
目の前のヤンキーはとんでもない発言をした。誠はその事だけは理解した。逃げ場と思っていた寮が、ヤンキーが支配する世界。出勤すれば意味不明な連中の巣。
兵隊達は出ていった。一人、悠然と肩で風を切りながら、島田は去っていく。そして、ドアを開け出ていく瞬間に振り向いた島田が口を開いた。
「オメエは俺が認めるような『漢』にしてやる。久しぶりにオメエの中に男を見たよ俺は……」
要するに誠はとんでもない不良に気に入られているらしい。
「でも、隊長は止めてもいいって……」
誠がそう言うと、怒髪天を突くという表情で島田はのしのしと歩いてきて、誠の科をまさに間近という距離まで近づけてこういい話した。
「あの脳ピンクが何を言おうが関係ねえんだよ。俺はね、マイルールで生きてんの。俺が気に入ったと言ったら、素直に俺の言う事をきいてたら、オメエは『漢』になれんの。オメエの尊敬する『島田先輩』がそう言ってんの。辞めるだ?それはこの俺がゆ・る・さ・な・い。わかった?」
誠には次の言葉以外言うセリフはなかった。
「はい……」
その言葉の裏の意味を全く理解していない島田はそのまま口笛を吹きながら部屋を出ていった。
誠はただ自分の可能性が一つ消えたことだけは理解していた。
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