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天使との楽しいひと時
同じ『神前』と言う名字を持つ『ひよこ』
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「なんだよ、あの不良。自分がかっこいいセリフが言いたいだけじゃないか」
誠はそう愚痴りながらあの巨大な技術部の格納庫から本部の学校もどきに入る扉が開くのを待っていた。ゆっくりと扉が開く。よく耳を澄ますと、運航部から女お笑い集団の喋りが廊下まで漏れてきていた。
「あの人達。本当にうるさいんだな」
誠はそう言うと、辺りを見回した。
すぐ右手に折れた行き止まり。そこの奥に扉があった。その前の廊下はピカピカに磨き上げられ、その部屋の主がきれい好きであることがよくわかる。
ここかな……と思いながら誠はその部屋に近づいた。
札があり、そこには『医療部』と書いてあった。
「医療部ねえ……お医者さんでもいるのかな。当然、女医だな。デブの野郎の医者だったら逃げる口実の一つにしよう」
誠はそう言いながら部屋の扉をノックした。
「どうぞ」
予想外に若い女性の声が響いた。声だけで幸せになる、そんな可愛らしい声だった。
『天使か……天使ねえ』
頭の中で失礼な想像をしながら誠は部屋に入った。
病院と言うより学校の保健室の方が近い。そんなところどころに白い布製の衝立が並ぶ保健室っぽい部屋の机で、彼女は何やら書き込みをしていた。
「あの、何をしているんですか」
手の届く距離まで近づいたのに小柄な、隣の部屋の女芸人と同じ東都警察を階級章と部隊章以外は全く同じ青い制服に身を包んだ女性が空を見つめたり、ため息をついたりしていた。
要するに彼女は誠が後ろに立っていることに気が付いていなかった。
「すいません」
本当にこの天使とやらに手を伸ばせば届くところで声を掛けた。
「きゃ!」
天使らしい女性はそう言うと誠を振り向いた。
「……あのー、いつから居ました?」
声をまじかで聞くと、彼女が天使と呼ばれるのもうなづけた。戦場では医療従事者を天使と言うが、彼女ほど可愛らしい天使はいないだろう。長く伸ばした髪を後ろで何度かまとめた髪型、幼いころの母の髪型に似ていた。
「失礼ですけど、名字が『神前』だったりしません?」
誠はそう聞いてみた。誠の苗字『神前』は東和にしかない珍しい苗字だった。
この名字を名乗ることは、ある特定の人物の末裔であることを意味していた。
300年前、この星系は地球連邦から独立した。その戦争の中心にあったのは、地球人の人間狩りから逃れたたった一人の巫女だった。それが、『遼州十二神将』と呼ばれる、不思議な力を持った那珂町と破竹の進撃を続け地上勢力を翻弄した。
その戦いも実際に教科書にあるものとは違っていたんじゃないか。誠はそう思った、誠と同族の巫女に率いられた遼州人の軍の兵器の主力は槍である。そして、石尾の、こん棒。それに最高でもボルトアクションライフル程度の貧弱な武装。
地球の占領軍は今と変わらず、装甲ホバーに重機関銃を積んでおり、その中には最新式兵器で武装した兵隊がたくさん詰まっている。
それでもその巫女の軍隊は破竹の進撃を続け、地上の占領軍の無法を腹に据えかねていた第四惑星の宇宙機動軍基地司令が地球から離反することで遼州の独立はほぼなった。
この優しい姫巫女の子孫でも、東和で文明に触れる生活をしたいという人もいる。彼等が使った名字が『神前』(しんぜん)だった。政祭一致の国なので、神の前で神前と言う事らしい。
全員が巫女の子孫とは限らないが、王室関係者だったことは分かる。
「ああ、神前誠さんてあなただったんですね。私は神前ひよこ。そしてこの部屋は医務室です」
ここでまた誠のツッコミ脳が働いてくる。まず『ひよこ』とリアルに名前を付ける親が実在している事実に驚愕した。
キラキラネームである。これはさすがに命名能力ゼロであることを自白しているようなものだ。
「お名前どう思います?」
誠は見るからに天使にふさわしいかわいらしさはあるものの、確実に天然ボケだろうというひよこに声を掛けた。
「かわいい名前ですよ、ひよこ。かわいいじゃないですか!気に入ってます!」
何度も初対面の相手から同じような話をされたのだろう。迷うことなくひよこはそう言い切った。
「そうですね、自分が気に入ればいいことですからね……」
誠は完全ないじけモードに入った。
「誠さん。もうすぐお昼ですよ。多分、あの可愛らしい、まるでバトル系魔法少女作品で大きなトンカチを振り回していそうな中佐がご飯おごってくれると思いますから」
ひよこに指摘されて、誠は腕時計を見た。確かに昼前になっていた。
「じゃあ、また来ます」
誠はそう言ってたちあがる。
「誠さん!」
ちょっと強めの口調でひよこは誠の名を呼んだ。
「今度は時間のある時に来てくださいね。詩を書いているんで、ちょっと見てください」
そう言ってにっこりと笑う。まさに天使だった。
割り算が出来なくてもあの半裸の酒飲み、島田にはこういう本当に可愛らしい女性を見つける審美眼がある、そんなことを考えながら誠は天使の住処を後にした。
誠はそう愚痴りながらあの巨大な技術部の格納庫から本部の学校もどきに入る扉が開くのを待っていた。ゆっくりと扉が開く。よく耳を澄ますと、運航部から女お笑い集団の喋りが廊下まで漏れてきていた。
「あの人達。本当にうるさいんだな」
誠はそう言うと、辺りを見回した。
すぐ右手に折れた行き止まり。そこの奥に扉があった。その前の廊下はピカピカに磨き上げられ、その部屋の主がきれい好きであることがよくわかる。
ここかな……と思いながら誠はその部屋に近づいた。
札があり、そこには『医療部』と書いてあった。
「医療部ねえ……お医者さんでもいるのかな。当然、女医だな。デブの野郎の医者だったら逃げる口実の一つにしよう」
誠はそう言いながら部屋の扉をノックした。
「どうぞ」
予想外に若い女性の声が響いた。声だけで幸せになる、そんな可愛らしい声だった。
『天使か……天使ねえ』
頭の中で失礼な想像をしながら誠は部屋に入った。
病院と言うより学校の保健室の方が近い。そんなところどころに白い布製の衝立が並ぶ保健室っぽい部屋の机で、彼女は何やら書き込みをしていた。
「あの、何をしているんですか」
手の届く距離まで近づいたのに小柄な、隣の部屋の女芸人と同じ東都警察を階級章と部隊章以外は全く同じ青い制服に身を包んだ女性が空を見つめたり、ため息をついたりしていた。
要するに彼女は誠が後ろに立っていることに気が付いていなかった。
「すいません」
本当にこの天使とやらに手を伸ばせば届くところで声を掛けた。
「きゃ!」
天使らしい女性はそう言うと誠を振り向いた。
「……あのー、いつから居ました?」
声をまじかで聞くと、彼女が天使と呼ばれるのもうなづけた。戦場では医療従事者を天使と言うが、彼女ほど可愛らしい天使はいないだろう。長く伸ばした髪を後ろで何度かまとめた髪型、幼いころの母の髪型に似ていた。
「失礼ですけど、名字が『神前』だったりしません?」
誠はそう聞いてみた。誠の苗字『神前』は東和にしかない珍しい苗字だった。
この名字を名乗ることは、ある特定の人物の末裔であることを意味していた。
300年前、この星系は地球連邦から独立した。その戦争の中心にあったのは、地球人の人間狩りから逃れたたった一人の巫女だった。それが、『遼州十二神将』と呼ばれる、不思議な力を持った那珂町と破竹の進撃を続け地上勢力を翻弄した。
その戦いも実際に教科書にあるものとは違っていたんじゃないか。誠はそう思った、誠と同族の巫女に率いられた遼州人の軍の兵器の主力は槍である。そして、石尾の、こん棒。それに最高でもボルトアクションライフル程度の貧弱な武装。
地球の占領軍は今と変わらず、装甲ホバーに重機関銃を積んでおり、その中には最新式兵器で武装した兵隊がたくさん詰まっている。
それでもその巫女の軍隊は破竹の進撃を続け、地上の占領軍の無法を腹に据えかねていた第四惑星の宇宙機動軍基地司令が地球から離反することで遼州の独立はほぼなった。
この優しい姫巫女の子孫でも、東和で文明に触れる生活をしたいという人もいる。彼等が使った名字が『神前』(しんぜん)だった。政祭一致の国なので、神の前で神前と言う事らしい。
全員が巫女の子孫とは限らないが、王室関係者だったことは分かる。
「ああ、神前誠さんてあなただったんですね。私は神前ひよこ。そしてこの部屋は医務室です」
ここでまた誠のツッコミ脳が働いてくる。まず『ひよこ』とリアルに名前を付ける親が実在している事実に驚愕した。
キラキラネームである。これはさすがに命名能力ゼロであることを自白しているようなものだ。
「お名前どう思います?」
誠は見るからに天使にふさわしいかわいらしさはあるものの、確実に天然ボケだろうというひよこに声を掛けた。
「かわいい名前ですよ、ひよこ。かわいいじゃないですか!気に入ってます!」
何度も初対面の相手から同じような話をされたのだろう。迷うことなくひよこはそう言い切った。
「そうですね、自分が気に入ればいいことですからね……」
誠は完全ないじけモードに入った。
「誠さん。もうすぐお昼ですよ。多分、あの可愛らしい、まるでバトル系魔法少女作品で大きなトンカチを振り回していそうな中佐がご飯おごってくれると思いますから」
ひよこに指摘されて、誠は腕時計を見た。確かに昼前になっていた。
「じゃあ、また来ます」
誠はそう言ってたちあがる。
「誠さん!」
ちょっと強めの口調でひよこは誠の名を呼んだ。
「今度は時間のある時に来てくださいね。詩を書いているんで、ちょっと見てください」
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