特殊装甲隊 ダグフェロン 第一部 蘇る火付盗賊改方 (ひつけとうぞくあらためかた) とは……殺人許可書を持つ「特殊な部隊」

橋本 直

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ハラスメントの予告と見込まれた才能

ポン酒のアテと工場の空き地にある基地

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「あのー……」

 ゆったりとした後部座席の座り心地を確かめながら誠は手を挙げて質問した。

 運転席の小さなランは大きな座席にちょこんと座っている。彼女がなんとか運転ができるのは足元のペダルに下駄が履かされているからだった。

「……んだよ」

 しばらく無視を決め込んでいたランが信号待ちで車の流れが止まったタイミングで振り返ってそう言った。

「ナビ……付けないんですか?……と言うか止められる車種なんてあるんですね……初めて見ました」

 誠はそう言ってランが座る運転席の隣にある大きな画面を指さす。

「ナビ?半人前が説教か?笑わせんなよ。……カーナビのことか。付いてねーよ、この車。つーか外した。機械の指示で運転なんてまっぴらだ。虫唾が走る。完全な自動が嫌いでね……オメーは良いよな。下手で馬鹿で間抜けだから」

 ランは吐き捨てるようにそう言うと再び運転に集中した。

「火盗ってどこにあるんですか?それ聞かなかったです……どこにあるんです?」

 純粋に疑問に思ったことを誠は素直に口にした。ランは誠の表情を見て一瞬唖然とした後、右手で頭を軽く叩きながら再び進行方向に顔を向けた。

「オメーの配属先は何処だ?」

 明らかに怒りを抑えていることがわかる口調でランはそう呟く。

「正式名称が無茶苦茶長くて、略称が「火盗」ってところですけど……」

 素直に誠はそう言った。

「そいつは何処にある……」

 ランはより怒りを強めながらなんとか言葉を絞り出す。

「知りません……って言うか……司法局直属実力行使機動部隊ってなんです?「特殊な部隊」ってなんです?特殊浴場のことですか?」

 純真で無知な表情を浮かべて誠は心に思ったことを口にする。

 運転中だというのにランが振り返った。幼い、話ではどうやら実際は幼く見えるだけで幼くはない彼女の顔は怒りに染められていた。

「このクソ野郎!テメーはパイロットだろ?まあ、使えねード下手だけどな。だったら『アサルト・モジュール』を使う所に決まってるだろ!書類上オメーの席があんの!頭に白子ポン酢だろうがあん肝だろうが詰まってんだろ!ポン酒にアテにちょうどいいのが!察しろ!理科大出てんだから!偏差値70なんだから!」

「危ないですよ!興奮しないで!前見て!前!運転中です!」

 激高するランに慌てて誠は叫んだ。ランも我に返り運転に集中するようにハンドルを握りしめながら前を向いた。

「オメー……何にも知らないんだな……」

 自分自身を落ち着かせるような静かな口調でランは言葉を絞り出す。

「司法局は知ってますよ。同盟加盟国の警察を統括する組織で、国際犯罪の捜査の指揮とか、海外逃亡犯の情報を配ったり……まあテレビのニュースにも時々出てきますから。でもその下の組織に「実働部隊」なんてものがあるなんて……聞いたことが無い……業務上、機密が必要な組織なんですか?」

 その言葉は誠の本心だった。辞令を受け取ったときも、自分みたいな落ちこぼれが行くところだからどうせろくなところではないと思っていた。誰も知らない組織と言うのも理解できた。ただ、そうであれば、隠密活動が求められるような精鋭部隊とは考えずらい。そうなると……誠の脳は、ただ疑問に振り回されるばかりだった。

「なあに、所属なんてーもんは方便って奴だ。まあ、お巡りさんの身分があると色々便利っちゃー便利だしな。うちの「仕事」とされてるもんは、正規の兵隊さんが政治的理由とかなんやらで出ていけないところに出かけてって喧嘩すること……まあそんぐらいの知識でいーんじゃねーか?今んところ……まあ、うちが何者かなんて知識が必要になるまで、オメーが逃げ出さなかったら……そん時、教えてやんよ。そん時」

 誠はランの言葉を聞きながら、不安を感じてバックミラーを覗き見た。そこに見えるランの口元は笑っていた。

 車はそのまま、ここ東和共和国の首都、東都都心の二車線道路から西に向かう国道に乗り入れた。

「このまま行くと……山ですね」

 国道を進むランの黒い高級車。誠は沈黙に耐えかねてとりあえず話をしてみた。

「山だ?そんなに行かねーよ。後は豊川の基地まで50キロ。時間とすれば一時間前後……まー渋滞が無ければだけどな」

 運転を続けながらランはつぶやく。

「豊川ですか?あそこって……住宅街しかないじゃないですか?そんなところに基地なんて……」

 車は都心を出る直前だった。車の窓の外に中央環状線の外側に林立する超高層ビルを眺めながら誠はそう言った。

「まあ、国鉄と私鉄。それで一時間前後。いーベットタウンで、開発が進んでるのは事実だがよー。あそこにゃあ、菱川重工の工場があってな」

 独り言のように静かにランはつぶやいた。

「菱川重工……東和では航空機や宇宙船建造の四大メーカーですよね」

 今のところ話は世間話のようなので、誠は相変わらず外の雑居ビルばかりが並ぶ、国道の沿道を眺めていた。

「まーな。あれだぜ、あそこ、アサルト・モジュールも作っててね。先月、採用が決定した東和海軍向けの水中対応型局地アサルト・モジュールの『海―07式』を開発したのがあそこだ。アタシも海軍の知り合いに呼ばれて、テストに何回か立ち会ったが……悪い機体じゃ無かったぞ、あれはあれで……」

 ランはそう言いうとまた黙り込んだ。

 また時間が流れ、誠は窓の外のビルの大きさが次第に小さくなっていく様を眺めていた。

「話は戻るが、行先は豊川。菱川重工豊川工場だ」

 今度はランが沈黙に耐えかねてそう言った。

「菱川重工豊川工場……工場に基地……?」

 さすがに話が気になってきた誠は車を運転するランの後ろ姿に目を向けた。

「菱川重工豊川……知ってんだろ?オメー野球やってたらしいじゃねーか。そっちのほうじゃ……」

 ランは運転を続けながらそう言った。

「知ってますよ、菱川重工豊川。社会人野球の名門じゃないですか。都市対抗優勝43回、東和社会人野球大会優勝25回。毎年のようにプロに選手を送り込んでいる東の名門ですから。最近は……あんまり話は聞かないですけど」

 野球経験者なので、誠も当然その程度の知識があった。誠が子供のころはよく話が出た強豪チーム。それが菱川重工豊川だった。

「なるほどねえ……最近は活躍がいまいち……まあそんなもんだろうよ」

 少し皮肉めいた口調でランはそう言った。

「クバルカ中佐、野球は?」

 
「まあ……社会常識程度……そんなもんだ」

 少し笑みを浮かべながらランはそう言った。

 再び沈黙が流れる。

「さっき、アタシが言ったのは、今の菱川重工の豊川工場ってのがな……」

 赤信号で車を停めたランはそう言って一度誠に向け振り返り、再び前を向いた。

「今の豊川工場?」

 ランの言葉に単純に疑問に思った誠はそう返す。

「ああ、あそこはな、四百年前のここ東和の建国の際に国策で発足した「豊川砲兵工廠(とよかわほうへいこうしょう)」が元になってる工場だ。そいつが菱川に払い下げられて、まあ……今に至ってるわけだが……」

 信号が変わる。ランは静かに車を発進させる。

「まあ、要は古い工場なんだわ。そもそも、内陸部にあんな馬鹿でかい敷地持っててなんの意味があるんだよ。主要取扱品の製造は今じゃ臨海部の新設工場に移転済み。まあ、古いって言っても持ってる設備を遊ばせとくってのもなんだから、まあ……今のあそこの主力はでかい金属の下処理だな……他にも色々あるらしいが……まあたまにあそこの工場の偉いさんの接待とかで飲んだ席で、連中自慢気に話すんだが……アタシ、そう言うの興味ねーから」

 ランはそこまで言うと大きくため息をつき、ハンドルを握りなおす。

「まあ、工場としては終わってるわけだ。遊休地もたんまりある……てんで、アタシ等」

 誠はランの表情をうかがおうとバックミラーを見た。

「アタシ等の部隊は、その菱川重工豊川工場の敷地の中にあるんだわ。まー広さは結構なもんで……あんだけでけー場所、ほっぽっとくなんて、潰れるんじゃねーの?菱川グループ」

 あっさりとそう言う誠に誠はただ呆れるだけだった。

「あと付け足しとくと、アサルト・モジュールの開発とかもやってる。まあそれも遠からず他の新鋭設備のある所に移るだろうな……菱川の連中も無能じゃねーだろうから」

 再び車が停まる。

「渋滞だ……畜生!」

 ランのいら立つような言葉。ただ、その言葉は誠には届かなかった。

「豊川……」

 誠はまだ見ぬ新たな土地の名前をかみしめるように口にした。
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