特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直

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終戦

第43話 異様な屍

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 嵯峨のカスタムしてくれた部隊制式のHK53カービンを片手に誠はゆっくりと07式の残骸に近づいていった。強烈な異臭が彼の鼻を覆い思わず手を口に添える。

「そんなに警戒する必要は無いと思うわよ。この地域はほぼ制圧していたから、反政府勢力も先ほどの光景を目にしていれば手を出してくることも無いだろうし」 

 誠の後ろに立っていたアメリアはそう言って笑った。付き従う運航部の女子隊員も明らかにおびえている誠の姿が面白いとでも言うように誠の後ろをついて回る。原野に転がる07式の姿は残骸と呼ぶにしては破壊された部分が少ないように見えた。近づくたびに、異臭の原因が肉が焼けたような匂いであることに気付く。

 突然、その内部からの爆発で押し破られたコックピットの影で動くものを見た誠はつい構えていたサブマシンガンのトリガーを引いてしまった。

「馬鹿野郎!味方を撃つんじゃねえ!」 

 そう言って両手を挙げて顔を出したのかなめだった。安心した誠はそのまま彼女に駆け寄る。

「すいません……ちょっと緊張してしまって……」 

「フレンドリーファイアーの理由が緊張か?ずいぶんひでえ奴だな……見ろよ」 

 かなめには今、誠に銃で撃たれそうになったことよりも、コックピットの中が気になっていた。彼女にあわせて07式のコックピットを覗き込んだ誠はすぐにその中の有様に目を奪われた。

 その中には黒く焦げた白骨死体が転がっていた。付いていたはずの肉は完全に炭になり、全周囲モニターにこびりついているパイロットスーツの切れ端がこの死体の持ち主がすさまじい水蒸気爆発を起こしたことを証明していた。

「典型的な人体発火現象ですね」 

 誠は思わず胃の中のものを吐き出しそうになる衝動を抑えながらつぶやいた。人体発火現象は遼州発見以降、珍しくも無い出来事になっていた。それが法術の炎熱系能力の暴走によるものであると世間で認識されるようになったのは、先日の誠も参加した『近藤事件』の解決後に遼州同盟とアメリカ、フランスなどの共同声明で法術関連の研究資料が公開されるようになってからの話である。

 人間の組成の多くを占める水分の中の水素の原子組成を法術で変性させて、水素と酸素を激しく反応させて爆発させる。この能力は多くは東モスレムなどのテロリストが自爆テロとして近年使用されるようになっていた。コストもかからず、検問にも引っかからない一番確実で一番原始的な法術系テロだった。

「ひでーな。こりゃ」 

 誠が見下ろすと小さな上司、ランがコックピットの中を覗き込んでいる。

「クバルカ中佐。法術防御能力のある07式のコックピットの中の人物を外から起爆させることなんてできるんですか?」 

 誠は小さな体でねじ切れた07式のハッチについたパイロットスーツの切れ端を手で触っているランにたずねてみる。

「理屈じゃあできないことじゃねーけどさ。広範囲の法術がすでに発動している領域にさらに介入して目標を特定、そして対象物を起爆させるってなれば相当な負荷が使い手側にもかかるわけだが……。でもこの有様じゃあそれをやってのけたわけだ……その怪物みてーな法術師は」 

 ランが感心しながらコックピットの上のモニターに乗って後ろ向きに中を覗き込む。

「あとは技術部の仕事になりそうね……見て」 

 隣で狙撃銃を肩から提げて振り返るアメリアの視線の先にはゆっくりと降下してきている『ふさ』の姿があった。

「おい、クラウゼ。みんな無事だろうな」 

 顔を上げたランは背後に迫ってきたアメリアにそう語り掛けた。

「ええ、大丈夫ですよ。うちは足首を捻挫した隊員が一名出ただけ。それと……」 

 アメリアががけの下をのぞき見ると駆け足で駆け寄ってくるカウラの姿があった。

「第一小隊は全員無事です」 

 カウラの言葉にコックピットの上に乗っかっているランもうなづいた。

 『ふさ』を見上げる誠達に向かって小型の揚陸艇が進んでくる。

『あんまり動かさないでくださいよ。そいつは重要な資料なんですから』 

 珍しく仕事熱心なひよこのかわいらしい顔が通信端末に拡大される。

「おい!ひよこ。一言言っていいか?」 

 ニヤニヤ笑いながらかなめが怒鳴る。

『そんなにでかい声で……なんですか?』 

「もう少し自信持てや」 

 かなめがそう言うと同意するとでも言うように倒れている07式を取り巻いているフル装備の誠達に同乗してきたのアメリアの部下達が笑う。

『西園寺大尉。良いじゃないですか……実際自信が無いんですから……』 

 消え入りそうな声でそう言ったひよこにかなめはタバコをくゆらせながら笑いかけた。

「やっぱり天然ポエム娘はだめだな。それより島田の馬鹿とは連絡がついたのか?」 

 そう言ってかなめは通信機の画面を切り替えた。誠もなんとなく彼女に従ってチャンネルを変える。『ふさ』のブリッジが映し出されるがそこには運航部の女子隊員の姿が無かった。

『……八ツ橋……美味しい』 

 すっかり休憩モードで日本茶をすする運用艦『ふさ』総舵手のルカ・ヘス中尉をはじめとするブリッジクルーの面々にかなめのタレ目がさらにタレて見つめていた。

「オメエ等、露骨に休憩するなよ。一応ここは戦闘区域なんだぞ」 

『ごめん……。甲武名産生八ツ橋が届いたから。それに……』 

「帰ってたんか?叔父貴」 

 嵯峨の話題が出ると明らかにかなめが不機嫌になる。

『まだ。先にお土産を送るって新港に届いた……生八ツ橋は早く食べないと駄目になる。大丈夫。一人あたり一箱くらいあるから』 

「あの駄目人間……一人一箱も生八ツ橋食うかってえの!」 

 かなめはマスクをしたまま朴訥と話すルカの言葉にあきれ果てたような表情を浮かべた。その後ろに続いて下りてくる整備班員の手にはすでにこの場にいる兵士達に配るための生八ツ橋の入ったダンボールが置いてあった。呆然とアメリアは狙撃銃を背負いながら走ってきた下士官から八ツ橋の箱を受け取った。

「かなめちゃん……良いこと言うわね。こんなに食べたら口の中大変なことになるでしょ」 

 アメリアは手にした箱を脇に抱える。それをランが不思議そうな顔をしながら見つめている。

「生八ツ橋か……久しく食ってねーな」 

「生八ツ橋?」

 誠は今にもよだれを垂らしそうなランを見ながら首をひねった。

「ああ、神前は乗り物に弱いから旅行とかしないからは知らないかもしれないな。日本の京都の名産らしいが、甲武の生八ツ橋も有名なんだ。あの国は公家文化の国だから」 

 カウラはそう言うとダンボールから大量の生八ツ橋の箱を取り出す整備兵を苦々しげに見つめている。

「ああ、西園寺は甘いものは苦手だったな」 

 そう言うとかなめに手渡そうとした生八ツ橋の箱を止めた。

「そうね、私が食べてあげるわ」 

 アメリアがそう言うとかなめの分の生八ツ橋を取り上げた。

「おいしいらしいですね。もったいないなあ」 

「そうでしょ?誠ちゃん。ほら、私達はソウルメイトなのよ!」 

 誠の手を取りアメリアは胸を張る。誠は苦笑いを浮かべながら風に揺れるアメリアの濃紺の長い髪を見て笑顔がわいてくるのを感じていた。

「そう言えば西とかの姿が見えねえな!」 

 整備班の兵長からアルミのカップに入れた日本茶を受け取りながらかなめがそうたずねた。兵長はすぐに隣で07式の回収のためにワイヤーを巻きつける作業を指揮していたパーラに視線を向けた。

「ああ、西君?輸送機で島田とサラが派遣されていた基地に向かったわよ」 

 そう言うとパーラは再び作業に戻る。

「島田の馬鹿の世話か……相変わらず西は気が回るからな」 

 かなめの言葉に、アメリアは彼女の肩に手をやって呆れたように首を振る。

「おい、何がおかしいんだ?」 

「おかしいところなんて無いわよねえ、かなめちゃん」 

 抗議するかなめとアメリアを見てさらに誠とカウラは笑う。

「オメー等。くっちゃべっている暇があるなら撤収準備を手伝えや」 

 ランはそう言うとそのまま東和軍の部下達のところに走っていく。

「クバルカ中佐!八ツ橋!」 

 三つの八ツ橋の箱を持ったひよこが走っていく。箱を受け取って笑顔を浮かべるランを横目に見ながらかなめが視線をひよこに向ける。

「とりあえず何かできることあるか?」 

「あ、西園寺大尉。とりあえず05式でこの残骸を運ぼうと思うんですけど……あの通信施設に東和の機械を載せてる輸送機じゃこれの情報が東和宇宙軍に筒抜けになるから上空の『ふさ』の格納庫まで引っ張りあげないと……」 

 八ツ橋を食べ始めたひよこを制したパーラはそう言うと緩んだネクタイを締めなおした。その姿になぜか口を尖らせながらカウラがパーラの前に出た。

「一応、私が第一小隊の隊長だ。そう言う指示は私を……」 

「細けえこと気にするなよ。どうせやることは同じなんだ。カウラ、起動すんぞ!それと神前のこの馬鹿長いライフルはどうするんだ?」 

 そう言うとかなめは目の前の誠の05式乙型の手にある非破壊法術兵器を指差す。

「仕方が無いだろ。神前はそのまま『ふさ』に帰還だ。私と西園寺でこいつを引っ張りあげる」 

 カウラはそう言うと自分の05式に向かって歩き始めた。

誠はあきらめたようにコックピットに乗りこんだ。ハッチが降り、装甲版が下がってきた。朝焼けの中、誠は重力制御システムを起動させ、05式で上空に滞空する『ふさ』に向かった。

「アルファー・スリー。帰投します」 

『お疲れ様!誠さん』 

 複雑な表情の誠に笑顔のひよこが口に八ツ橋をくわえながら答えた。
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