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墓参り
第20話 墓場にて
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四条畷港の超空間転移式港湾警備本部。その真新しい壁にしみ一つ無い廊下を一人の甲武海軍の少佐の階級章をつけた細身の高級将校が早足で歩いている。そのつややかな短髪の金の髪はこの人物の中性的な表情をより美しく飾り立てた。
甲武海軍の女性将校の制服はタイトスカートが基本であるところから考えれば、スラックスの姿であるこの人物が男性ということになるが、その胸の大きな塊がその可能性を否定した。
彼女、日野かえで少佐の機嫌は最悪だった。
検疫か、それとも輸出入薬剤などの分析班の職員と思われる白衣の女性達が彼女に熱い視線を送っている。いつもなら軽く笑顔を浮かべて黄色い歓声を浴びることを楽しみにしている彼女だが、今日はそれどころではなかった。彼女が立ち止まったのは『機動特務隊』と書かれた部屋の前だった。当然のようにノックもせずにかえでは踏み込んだ。
防弾ベストに実弾入りのマガジンをいくつも入れている臨戦態勢の部隊員が一斉にかえでを見据えた。百戦錬磨の室内戦闘のプロににらまれている状況は、普通の軍人でもかなり威圧感を感じるところだろうが、かえではただ彼等をすごむような調子でにらみ返すと、ついたてで仕切られた部屋の隅の休憩所のようなところへと足を向けた。
「よう、遅かったじゃねえか」
そこに居たのはさも当然のように天丼を食っているのは着流し姿の叔父嵯峨惟基だった。いつもと同じように、食事中だというのに隣におかれたガラス製の大きな灰皿には吸いかけのタバコが煙を上げている。
「叔父上……」
姪を一瞥した後そのまま天丼に箸を伸ばす叔父を見ながら、かえでは疲れが出たように真向かいのパイプ椅子に腰を下ろした。
「やっぱり米は東和の方が旨いんだな……で、勤務中じゃないのか?お前さんは」
そう言いながら嵯峨は口元に付いた米粒を指でつまんで口に放り込む。その動作がさらにかえでの怒りを駆り立てた。
「その勤務中の僕に身元引受人を頼んだのは誰ですか!子供じゃないんですから来るたびに警察に迎えに来させる必要は無いと思いますよ!」
そう言ってかえでは力任せに机を叩く。ついたての外の隊員達は慣れているのかこの身内の喧嘩にまるで口出しをするつもりは無いように沈黙している。
「前のお盆の墓参りの時はここには来てないのにな……」
もぞもぞとそう言う嵯峨だが、かえでの一睨みでおずおずと下を向き、重箱の中に残った飯粒をかき集め始めた。
「例外の話はいいんです!この三年で四回ですよ!叔父上がここに世話になるのは。この前は爆発物を仕掛けたテロリストを袋叩きにするし、その前は……」
「良いじゃねえか死人は出て無い……」
嵯峨は口答えをするが、再びかえでの射るような視線におびえたように黙り込む。
「大体、今回もあそこにスナイパーがいるのはわかってたんじゃないですか?どうせもう上層部には今回の事件に関係する組織の名前を送付済みで、今頃国家憲兵隊が協力者のアジトの摘発に動いてたりとか……」
「そこまでお見通しか……」
明らかに呆れ果てたようなかえでの視線が嵯峨を射抜き、彼を黙らせる。
「特に今回は叔父上にはちゃんと殿上会での勤めを果たしていただかねばならないのですから!大事な体なんですから無茶はしないでくださいよ」
そう言うとかえでは彼女を無視してきょろきょろと周りを見回す叔父を見ていた。
「なんですか、叔父上」
「ああ、お茶をお願いしたいと思って……」
そう言った叔父の前の机をかえでは思い切り叩いた。嵯峨の表情が一変して泣き顔に変わる。
「そんなに怒鳴らなくてもいいじゃないかよう」
再び睨みつけられた嵯峨は仕方なく空の湯飲みをテーブルに置くと、席を立った姪の後ろに続いた。
「また来ますねー」
拳銃の手入れをしているかえでと同じぐらいの年の女性隊員に嵯峨は手を振る。当然のようにかえでの鋭い視線が飛んでくる。
「本当に……かなめお姉さまもご苦労されるはずだ」
部屋を出て颯爽と廊下を歩くかえでの後ろで、間抜けな下駄の音が響く。ちゃらんぽらん、そう言う風にかえでに聞こえてきたので思わずかえでは振り向いてみせる。懐手でちゃんとかえでの後ろに叔父は立っていた。
「その足元何とかなりませんか?」
「ああ、もう少し人の足に優しい素材を使うべきだな。床には」
「違います!下駄の音……うるさいですよ」
「そんなに怒鳴るなよ……」
そんな嵯峨の言葉にかえでは頭を抱えながらエレベータへ向かった。
「そういえば殿上会の前に父上……いや、西園寺首相には会われるつもりは無いのですか?」
「無いな。どうせ殿上会で会うんだ」
そう言う嵯峨の言葉に力が無いのをかえでは聞き漏らさなかった。
「母上が怖いんですか?」
かえでは自分の母、西園寺康子のことを口にした。
西園寺康子。甲武国のファーストレディーである彼女は嵯峨惟基の剣の師匠に当たる。十三歳の時、歩くことすらできなかったひ弱な少年は国を追われてこの甲武にたどり着いた。その時、彼が手に入れようと望んだのは力だった。その彼を徹底的にしごき、後に『人斬り』と呼ばれる基礎を作ったのは彼女の修行だった。
そして法術が公になったこの時代。彼女が干渉空間に時間差を設定して光速に近い速度で動けると言う情報さえ流れている今では銀河で最強に近い存在として彼女の名は広まり続けていた。その空間乖離術と呼ばれる能力はこれまでの彼女のさまざまな人間離れした武勇伝が事実であることを人々に示し、その名はさらに上がっていた。自分の腕前に自信を持っているかえでも母の薙刀の前に何度竹刀を叩き折られたことかわからなかった。
「おい、置いていくぞ」
そんなことを考えて立ち止まっていたかえでを置いて、いつの間にか開いていたエレベータのドアの中にはすでに嵯峨がいた。あきれ果て頭を抱えながらかえではそれに続く。
「車はいつも通り運転手つきだよな」
嵯峨の言葉にかえでは静かにうなづいた。
「いつもの場所に行きたいんだ。どうせいつもの渡辺だろ?まあ、あいつなら大丈夫か」
『いつもの場所』そんな言葉を嵯峨が言うとかえではしんみりとした表情を浮かべて一階に到着して開いたドアの間を潜り抜けた。
「かえで様!」
決して大声ではなく、それでいて通る声の女性仕官が手を振っていた。こちらはかえでのようにスラックスではなくスカートである。すけるようなうなじで切りそろえられた青色の髪と、童顔な割りに均整のとれたスタイルが見る人に印象を残した。
彼女、渡辺リン大尉は軽く手を上げて挨拶する着流し姿の嵯峨に敬礼をした。
「世話になるな、いつも」
そう言って駐車場に出た嵯峨は甲武の赤い空を見上げた。甲武の首都、鏡都のある遼州星系第四惑星はテラフォーミングが行われた星である。人工の大気と紫外線を防止する分子単位のナノマシンのせいで空はいつも赤みを帯びて輝いていた。
駐車場にとめられた車、かえでの私有の四輪駆動車がたたずんでいる。いつもその運転手はかえでの部下であり、領邦領主としての西園寺公爵家の執政でもある渡辺リンが担当していた。
「いつもすまないねえ」
そう言って嵯峨は後部座席に乗り込む。運転席でリンが苦笑いをする。
「それが自分の職分……ですので」
リンは嵯峨の部下のアメリア・クラウゼ少佐達と同じ人造人間、第五惑星からアステロイドベルトを領有するゲルパルトの『ラストバタリオン』計画の産物だった。その中でも彼女はゲルパルト敗戦後、地球と遼州有志の連合軍の製造プラント確保時には育成ポッドで製造途中の存在であり、ナンバーで呼ばれる世代だった。そんな彼女に目をかけたかえでは、彼女を自分の副官に推挙した。
ほかの有力領邦領主家と同じように西園寺家の被官達にも先の大戦で断絶する家が多く、当時跡取りを求めていた渡辺家の養女として渡辺リンは人間の生き方を学んだ。
いつも彼女を見守っているのは恩義のあるかえでである。リンがかえでに惹かれた当然かもしれない。嵯峨は苦笑いで時々助手席と運転席で視線を交わす彼等を見守っていた。
「まあいいか。それより加茂川墓苑に頼む」
その言葉にかえでは少し緊張した面持ちとなった。
「叔父上、やはり後添えを迎えるつもりは無いのですか?そう言えば同盟司法局の……機動隊の安城少佐とかは……」
「野暮なこと言うもんじゃねえぞ。それに順番から行けば相手を見つけるのは茜だろ?まったく。あいつも仕事が楽しいのは分かったけどねえ」
嵯峨はそう言うと禁煙パイプを口にくわえる。
「それと、法律上はお前等二人が結婚してもかまわないんだぜ。女同士なら家名存続のためにお互いの遺伝子を共有して跡取りを作ることが許されるって法律もあるんだからな」
ハンドルを握りながら渡辺がうつむく。かえではちらりと彼女の朱に染まった頬を見て微笑んだ。
「しかし、あれだなあ。遼や東和に長くいると、どうもこの国にいると窮屈でたまらねえよ」
道の両脇に並ぶ屋敷はふんだんに遼州から取り寄せた木をふんだんに使った古風な塗り壁で囲まれている。立体交差では見渡す限りの低い町並み、嵯峨はそれをぼんやりと眺めていた。
「それでも僕はこの町並みが好きなんですが……守るべきふるさとですから」
そう言うかえではただ正面を見つめていた。そんな彼女に嵯峨は皮肉めいた笑みを浮かべる。車の両脇の塗り壁が消え、いつの間にか木々に覆われていた。すれ違う車も少なくなり、かなめは車のスピードを上げる。
「しかし、電気駆動の自動車もたまにはいいもんだな……まずは静かでいい」
そう言いながらタバコをふかしているように嵯峨は右手で禁煙パイプをもてあそぶ。なにも言わずにそんな彼を一瞥するとかえでは車の窓を開けた。かすかに線香の香りがする。車のスピードが落ち、高級車のならぶ墓所の車止めでブレーキがかかった。
静かに近づいてくる黒い背広の職員。加茂川墓所は甲武貴族でも公爵、侯爵、伯爵と言った殿上貴族のための墓地であった。多くの貴族達は領邦の菩提寺や神社とこの鏡都の加茂川墓所に墓を作るのが一般的だった。嵯峨家もまた例外ではなかった。
「公、お待ちしておりました」
職員の言葉にかえでは叔父の手際のよさに感心した。
「例の奴は?」
「お待ちになられています」
「ああ、そう」
かえでは嵯峨と職員とのやり取りでこの地での来訪者があることを察した。時に大胆に、それでいて用心深い。数多くの矛盾した特性を持つ叔父を理解することができるようになったのは、彼女も佐官に昇進してからのことだった。おそらく嵯峨にとって面倒な相手らしく、嵯峨はむっつりと黙り込んだままだった。事前に連絡をしておいたのだろう、待っていた管理職員から花と水の入った桶を受け取って嵯峨は歩き出した。
甲武海軍の女性将校の制服はタイトスカートが基本であるところから考えれば、スラックスの姿であるこの人物が男性ということになるが、その胸の大きな塊がその可能性を否定した。
彼女、日野かえで少佐の機嫌は最悪だった。
検疫か、それとも輸出入薬剤などの分析班の職員と思われる白衣の女性達が彼女に熱い視線を送っている。いつもなら軽く笑顔を浮かべて黄色い歓声を浴びることを楽しみにしている彼女だが、今日はそれどころではなかった。彼女が立ち止まったのは『機動特務隊』と書かれた部屋の前だった。当然のようにノックもせずにかえでは踏み込んだ。
防弾ベストに実弾入りのマガジンをいくつも入れている臨戦態勢の部隊員が一斉にかえでを見据えた。百戦錬磨の室内戦闘のプロににらまれている状況は、普通の軍人でもかなり威圧感を感じるところだろうが、かえではただ彼等をすごむような調子でにらみ返すと、ついたてで仕切られた部屋の隅の休憩所のようなところへと足を向けた。
「よう、遅かったじゃねえか」
そこに居たのはさも当然のように天丼を食っているのは着流し姿の叔父嵯峨惟基だった。いつもと同じように、食事中だというのに隣におかれたガラス製の大きな灰皿には吸いかけのタバコが煙を上げている。
「叔父上……」
姪を一瞥した後そのまま天丼に箸を伸ばす叔父を見ながら、かえでは疲れが出たように真向かいのパイプ椅子に腰を下ろした。
「やっぱり米は東和の方が旨いんだな……で、勤務中じゃないのか?お前さんは」
そう言いながら嵯峨は口元に付いた米粒を指でつまんで口に放り込む。その動作がさらにかえでの怒りを駆り立てた。
「その勤務中の僕に身元引受人を頼んだのは誰ですか!子供じゃないんですから来るたびに警察に迎えに来させる必要は無いと思いますよ!」
そう言ってかえでは力任せに机を叩く。ついたての外の隊員達は慣れているのかこの身内の喧嘩にまるで口出しをするつもりは無いように沈黙している。
「前のお盆の墓参りの時はここには来てないのにな……」
もぞもぞとそう言う嵯峨だが、かえでの一睨みでおずおずと下を向き、重箱の中に残った飯粒をかき集め始めた。
「例外の話はいいんです!この三年で四回ですよ!叔父上がここに世話になるのは。この前は爆発物を仕掛けたテロリストを袋叩きにするし、その前は……」
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嵯峨は口答えをするが、再びかえでの射るような視線におびえたように黙り込む。
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明らかに呆れ果てたようなかえでの視線が嵯峨を射抜き、彼を黙らせる。
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そう言うとかえでは彼女を無視してきょろきょろと周りを見回す叔父を見ていた。
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「ああ、お茶をお願いしたいと思って……」
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「本当に……かなめお姉さまもご苦労されるはずだ」
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「その足元何とかなりませんか?」
「ああ、もう少し人の足に優しい素材を使うべきだな。床には」
「違います!下駄の音……うるさいですよ」
「そんなに怒鳴るなよ……」
そんな嵯峨の言葉にかえでは頭を抱えながらエレベータへ向かった。
「そういえば殿上会の前に父上……いや、西園寺首相には会われるつもりは無いのですか?」
「無いな。どうせ殿上会で会うんだ」
そう言う嵯峨の言葉に力が無いのをかえでは聞き漏らさなかった。
「母上が怖いんですか?」
かえでは自分の母、西園寺康子のことを口にした。
西園寺康子。甲武国のファーストレディーである彼女は嵯峨惟基の剣の師匠に当たる。十三歳の時、歩くことすらできなかったひ弱な少年は国を追われてこの甲武にたどり着いた。その時、彼が手に入れようと望んだのは力だった。その彼を徹底的にしごき、後に『人斬り』と呼ばれる基礎を作ったのは彼女の修行だった。
そして法術が公になったこの時代。彼女が干渉空間に時間差を設定して光速に近い速度で動けると言う情報さえ流れている今では銀河で最強に近い存在として彼女の名は広まり続けていた。その空間乖離術と呼ばれる能力はこれまでの彼女のさまざまな人間離れした武勇伝が事実であることを人々に示し、その名はさらに上がっていた。自分の腕前に自信を持っているかえでも母の薙刀の前に何度竹刀を叩き折られたことかわからなかった。
「おい、置いていくぞ」
そんなことを考えて立ち止まっていたかえでを置いて、いつの間にか開いていたエレベータのドアの中にはすでに嵯峨がいた。あきれ果て頭を抱えながらかえではそれに続く。
「車はいつも通り運転手つきだよな」
嵯峨の言葉にかえでは静かにうなづいた。
「いつもの場所に行きたいんだ。どうせいつもの渡辺だろ?まあ、あいつなら大丈夫か」
『いつもの場所』そんな言葉を嵯峨が言うとかえではしんみりとした表情を浮かべて一階に到着して開いたドアの間を潜り抜けた。
「かえで様!」
決して大声ではなく、それでいて通る声の女性仕官が手を振っていた。こちらはかえでのようにスラックスではなくスカートである。すけるようなうなじで切りそろえられた青色の髪と、童顔な割りに均整のとれたスタイルが見る人に印象を残した。
彼女、渡辺リン大尉は軽く手を上げて挨拶する着流し姿の嵯峨に敬礼をした。
「世話になるな、いつも」
そう言って駐車場に出た嵯峨は甲武の赤い空を見上げた。甲武の首都、鏡都のある遼州星系第四惑星はテラフォーミングが行われた星である。人工の大気と紫外線を防止する分子単位のナノマシンのせいで空はいつも赤みを帯びて輝いていた。
駐車場にとめられた車、かえでの私有の四輪駆動車がたたずんでいる。いつもその運転手はかえでの部下であり、領邦領主としての西園寺公爵家の執政でもある渡辺リンが担当していた。
「いつもすまないねえ」
そう言って嵯峨は後部座席に乗り込む。運転席でリンが苦笑いをする。
「それが自分の職分……ですので」
リンは嵯峨の部下のアメリア・クラウゼ少佐達と同じ人造人間、第五惑星からアステロイドベルトを領有するゲルパルトの『ラストバタリオン』計画の産物だった。その中でも彼女はゲルパルト敗戦後、地球と遼州有志の連合軍の製造プラント確保時には育成ポッドで製造途中の存在であり、ナンバーで呼ばれる世代だった。そんな彼女に目をかけたかえでは、彼女を自分の副官に推挙した。
ほかの有力領邦領主家と同じように西園寺家の被官達にも先の大戦で断絶する家が多く、当時跡取りを求めていた渡辺家の養女として渡辺リンは人間の生き方を学んだ。
いつも彼女を見守っているのは恩義のあるかえでである。リンがかえでに惹かれた当然かもしれない。嵯峨は苦笑いで時々助手席と運転席で視線を交わす彼等を見守っていた。
「まあいいか。それより加茂川墓苑に頼む」
その言葉にかえでは少し緊張した面持ちとなった。
「叔父上、やはり後添えを迎えるつもりは無いのですか?そう言えば同盟司法局の……機動隊の安城少佐とかは……」
「野暮なこと言うもんじゃねえぞ。それに順番から行けば相手を見つけるのは茜だろ?まったく。あいつも仕事が楽しいのは分かったけどねえ」
嵯峨はそう言うと禁煙パイプを口にくわえる。
「それと、法律上はお前等二人が結婚してもかまわないんだぜ。女同士なら家名存続のためにお互いの遺伝子を共有して跡取りを作ることが許されるって法律もあるんだからな」
ハンドルを握りながら渡辺がうつむく。かえではちらりと彼女の朱に染まった頬を見て微笑んだ。
「しかし、あれだなあ。遼や東和に長くいると、どうもこの国にいると窮屈でたまらねえよ」
道の両脇に並ぶ屋敷はふんだんに遼州から取り寄せた木をふんだんに使った古風な塗り壁で囲まれている。立体交差では見渡す限りの低い町並み、嵯峨はそれをぼんやりと眺めていた。
「それでも僕はこの町並みが好きなんですが……守るべきふるさとですから」
そう言うかえではただ正面を見つめていた。そんな彼女に嵯峨は皮肉めいた笑みを浮かべる。車の両脇の塗り壁が消え、いつの間にか木々に覆われていた。すれ違う車も少なくなり、かなめは車のスピードを上げる。
「しかし、電気駆動の自動車もたまにはいいもんだな……まずは静かでいい」
そう言いながらタバコをふかしているように嵯峨は右手で禁煙パイプをもてあそぶ。なにも言わずにそんな彼を一瞥するとかえでは車の窓を開けた。かすかに線香の香りがする。車のスピードが落ち、高級車のならぶ墓所の車止めでブレーキがかかった。
静かに近づいてくる黒い背広の職員。加茂川墓所は甲武貴族でも公爵、侯爵、伯爵と言った殿上貴族のための墓地であった。多くの貴族達は領邦の菩提寺や神社とこの鏡都の加茂川墓所に墓を作るのが一般的だった。嵯峨家もまた例外ではなかった。
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職員の言葉にかえでは叔父の手際のよさに感心した。
「例の奴は?」
「お待ちになられています」
「ああ、そう」
かえでは嵯峨と職員とのやり取りでこの地での来訪者があることを察した。時に大胆に、それでいて用心深い。数多くの矛盾した特性を持つ叔父を理解することができるようになったのは、彼女も佐官に昇進してからのことだった。おそらく嵯峨にとって面倒な相手らしく、嵯峨はむっつりと黙り込んだままだった。事前に連絡をしておいたのだろう、待っていた管理職員から花と水の入った桶を受け取って嵯峨は歩き出した。
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