15 / 54
飲み
第15章 月島屋
しおりを挟む
月島屋のある豊川駅前商店街の時間貸しの駐車場に着いたときは、誠はようやく解放されたという感覚に囚われて危うく涙するところだった。
予想したとおり、後部座席に引きずり込まれた誠はかなめにべたべたと触りまくられることになった。そしてそのたびにカウラの白い視線が顔を掠める。
そして、明らかに取り残されて苛立っているランの貧乏ゆすりが振るわせる助手席の振動が誠の心を不安に染めた。生きた心地がしないとはこう言うことを言うんだと納得しながら、さっさと降りて軽く伸びをしているランに続いて車を降りた。
「おい、西園寺……」
カウラが車から降りようとするかなめに声をかけたが、ランのその雰囲気を察するところはさすがに階級にふさわしかった。手をかなめの肩に伸ばそうとするカウラの手を握りそのまま肩に手を当てた。
「カウラ。月島屋だったよな」
そのランの言葉でとりあえずの危機は回避されたと誠は安心した。
「つまんねえなあいつもあそこばかりじゃ。たまにはこのままばっくれてゲーセンでも行くか?」
そう言うかなめにちらりと振り返った鋭いランの視線が届く。かなめもその鋭い瞳に見つめられると背筋が寒くなったように黙って誠についてくる。
「相変わらず目つき悪いなあ……」
「あんだって?」
「いえ、なんでもございませんよ!副隊長殿!」
かなめが大げさに敬礼してみせる。すれ違うランと同じくらいの娘を連れたかなめと同じくらいに見える女性の奇妙なものを見るような瞳に、かなめは思わず舌打ちする。あまさき屋の前で、伸びをして客を待っていた自称看板娘の家村小夏が誠達を見つけた。
「あ、ベルガーの姐御と……クバルカの姐御に……ゴキブリ?」
「おい!誰がゴキブリだ!」
そこまで言ったところでかなめの顔を射抜くような目で見つめているランがいた。
「お母さん!」
店ののれんをくぐった三人を招き入れると小夏はカウンターで仕込みをしていた母、家村春子に声をかけていた。振り返った春子は、軽く手を上げているランを見ると笑顔を浮かべた。
「ランさんついに本異動?」
「ええまあ、春子さんこれからもよろしく」
「ちっけえから気付かなかった……うげ!」
余計なことを言ったかなめが腹にランのストレートを食らって前のめりになる。
「それより叔父貴が来てるんじゃねえのか?叔父貴は車持ってねえからな……バスとモノレールで通ってるから」
かなめはそう言うと入り口に目をやった。カウラは携帯端末を手に持ったポーチに入れようとする。
「隊長はもうすぐ着くそうだ。それと茜はパーラ達の車に便乗するはずだったけど車がないと面倒だから自分の車で来るそうだ」
「それじゃー行くぞ」
ランはそう言っていつもの月島屋に入った。彼女はそのまま奥まで行くと暖簾をくぐった。そこには古びた階段があった。
「この店二階もあったんですね」
誠はそうつぶやいてランの後ろに続いた。たどり着いたのは十畳ほどの座敷だった。
「気のつかねー奴だな」
そう言ってランは誠を見上げる。
「何が……」
誠の態度にため息をついたランはそのまま上座に上がっていった。
「神前は下座だな。姐御の隣が叔父貴で……アメリアと茜が隣のテーブルか?」
かなめはそう言うと下座のテーブルに座った。
「私は誠ちゃんと一緒が良いなあ……」
いつの間にか背後に気配を感じた誠が振り返るとそこにはアメリアの姿があった。
隣にはパーラとサラが当然のように立っていた。
「少佐殿を下座に置くなんて……できませんねえ……」
「かなめちゃんと私の仲じゃない……代わってよ……」
じゃれあう二人を無視してカウラが誠の隣に座った。
「何どさくさ紛れに座ってるのよ!」
「ベルガーテメエ!」
誠の隣に座ったカウラを二人がにらみつける。
「いいじゃないのそんなこと。それより茜さんは?」
パーラはそう言いながら上座から二番目のテーブルにサラと一緒に座り込んだ。
「茜、まだ来てねえんだ……」
そう言いながら階段を上ってきたのが嵯峨だった。
「隊長、いつ隊を出たんですか?」
誠はどう考えても本数の少ないバスで誠達とほぼ同じ時間に着ける嵯峨に呆れていた。
「いいじゃん別に。俺上座?面倒だな……」
そう言いながらも嵯峨は猫背のままグラスを手にしているランの隣に腰かけた。
「遅れました!」
そこにやってきたのは茜だった。
「いいよ、俺達もさっきついたとこだし……始める?」
嵯峨はそう言ってテーブルに置かれたグラスを手にした。
「神前、手伝いなよ」
そんな嵯峨の言葉を聞いて下座の誠は階段を降りようとした。
「いいですよ、神前君。お客さんじゃないですか」
そう言って春子はビールのケースを誠に手渡した。それを見たかなめが二本ビールを取ってカウラに手渡す。カウラはすぐさま栓を抜いてアメリアに手渡した。
「まずは主賓から」
そう言うとアメリアはランの手にあるグラスにビールを注いだ。
「オメー等も座れよ。そんな儀式ばった集まりじゃねーんだからよ」
自然と上座に腰をかけたランがそう言って一同を見回した。
「それじゃあ、皆さんビールでいいかしら?ああ、カウラさんは烏龍茶だったわよね。それとかなめさんはいつものボトルで……」
そう言って春子はランを見た。
「いいんじゃねーの?」
そう言ってうなづく上座で腕組みをして座っている幼く見える上官をかなめとカウラは同じような生暖かい視線で見つめる。
「なんだよその目は」
「別に……」
かなめの視線に明らかに不愉快そうにランはおしぼりで手をぬぐいながらそう言った。
「しかし……茜。和服で運転は危ねえだろうが」
とりあえず注がれたビールを飲んでいたかなめが茜にそう言った。
「ご心配おかけします。でもこちらの方が慣れていますの」
そう言うと茜はランの隣に座る。嵯峨もランが指差した上座に座って灰皿を手にするとタバコを取り出した。
「あの、隊長」
カウラが心配そうに声をかける。
「ああ、お子様の隣ってことか?わかったよ」
そう言うと嵯峨はタバコをしまった。ランはただ何も言わずにそのやり取りを見ている。
「もう空けましたか、中佐殿お注ぎしますね」
アメリアは満面の笑みを浮かべて、口元が引きつっているランのグラスにビールを注ぎ始める。
「おっ、おう。ありがとーな」
なみなみと注がれたビールをランは微妙な表情で眺める。気付けば茜やサラがビールを注いで回っている。
「オメエも気がつけよ」
そう言うとかなめは誠にグラスを向ける。気付いた誠は素早くかなめのボトルからラム酒を注ぐ。
「おう、じゃあなんだ。とにかく新体制の基盤ができたことに乾杯!」
挨拶は短く済ます主義の嵯峨の言葉で宴席が始まる。
「さあ、皆さん。こちらをどうぞ!」
階段を上がってきた春子と小夏が次々と煮物の入った小鉢を置いていく。
「焼鳥盛り合わせ!」
「はい、いつも通りですね」
叫ぶアメリアに小夏が小鉢を渡す。
「そう言えばボンジリとか……行きたくねーか?」
「じゃあ、砂肝はどう?」
メニューを見ながらランと茜が注文を始めるのを春子がメモしていく。
「ラン、地球はどうだった?」
嵯峨の言葉でランが地球の会議に出席していたことを皆が思い出した。
「ああ、なんだか……人が多かったな。まあ東都と変わらないぐらいだが……人口が遼州の百倍だ。まあ結構疲れたよ」
「へえ……」
感心しているようにそう言うとかなめは誠のグラスになみなみとラム酒を注いで誠の前に置いた。
「これ、飲まないと駄目なんですよね」
誠は沈んだ声を吐き出した。かなめとランの視線が誠に集まる。
「クバルカ中佐。ちょっと神前を苛めるのはやめた方がいいですよ」
カウラはそう言って烏龍茶を口に含む。店の一階から漂う香ばしい香りが室内に満ちていく。
「手羽先行こうかな……今日は」
その様子を見たかなめがそう言いながらラム酒を口に含んだ。
「あの、西園寺さん。どうしてもこれを飲まなければいけないんですか?」
さすがにこれから教導に来てくれる教官を前に無作法をするわけにはいかないと、誠はすがるような気持ちでかなめに尋ねる。
「ああ、じゃあ隣の下戸と一緒に烏龍茶でも飲んでろ」
そう言うとかなめは小鉢の煮物をつつく。
「地球のビールも良いがやっぱ東和のが一番だな」
ランはそう言って手酌でビールを飲み続ける。
「でもランちゃん顔が赤いわよ!疲れてるんじゃないの?」
ビールを傾けながらアメリアが突っ込みを入れた。
「後は烏龍茶にしたほうがいいんじゃないですか?中佐はお強いですけど疲れていたら……」
こういう時は頼りになるパーラの言葉に誠も同意するようにうなづいた。
「そうですよ、中佐。どこかの馬鹿に挑発されても乗っちゃダメですよ」
アメリアがそう言うが、ランはその言葉を無視してビールを開けては面白そうにグラスに注ぐ行動を続けている。小さなランが次第に顔に赤みを帯びていく様を楽しそうに見つめているかなめの隙を見つけると、誠は素早く小夏にかなめに注がれたラム酒のグラスを渡し、新しいグラスにビールを注ぎなおす。
「あー、いい気分」
ビール大瓶二瓶空けたころにはランはすっかりご満悦だった。嵯峨はさすがに言っても無駄だと分かったのかいつの間にか目の前に置かれていたホッピーの替え玉を飲んでいた。
「ああ、やっぱそれくらいにしろ。後はジュースでも何でも飲めよ」
一応上官であり、アサルト・モジュール教導の師でもあるランに珍しくかなめが気を利かせて言ってみた。
「なんだ?アタシに説教とはずいぶん偉くなったじゃねーか、西園寺よー」
そのかなめを見るランの目は完全に座っていた。この時になってようやくかなめは間違いに気づいた。すでにアメリアとパーラは何かを感じたとでも言うように黙って春子が運んで来た焼鳥盛り合わせを並べている。
「空酒は感心しないな……何か他に頼むか?」
「それじゃあ、さえずりで!」
嵯峨の気遣いに対する遠慮などどこかへ飛んで行ったランは元気にそう答えた。嵯峨が苦笑いを浮かべながら手を挙げる。
「あの!春子さん。さえずり!二つおねがいします」
「はい!新さんも食べるのね」
春子の言葉に嵯峨はランをちらちら見ながら苦笑いを浮かべていた。
「ああ、なかなか食が進まないのね誠ちゃん」
ラム酒の入ったグラスを片手に呆けている誠にアメリアがそう言って笑いかけた。
「それ飲まなきゃ食わせねえからな」
かなめの非情な宣告に誠はただ目を白黒させてグラスを見つめる。
「大丈夫だ……貴様の体格なら問題がないだろう」
カウラはそうフォローになっていないフォローを入れた。
誠は覚悟を決めてグラスの中のモノを飲み干した。
焼けるような感覚が胃袋に走る。
「神前よくやった!」
かなめの怒鳴り声で誠は思わず胃の中のアルコールを吹き出しそうになるのを必死にこらえる。アメリアはそれを無視してネギまを口に運んだ。
「毎回いじられてばかりじゃかわいそうでしょ?」
そう言う割にはアメリアは何をするわけでもなくボンジリの串を手にニヤニヤ笑っていた。
「それにしても……地球圏の人達は私達のことをどう思ってらっしゃるのかしら?」
ビールを飲みながら茜は仕事の話に持っていこうとする。
「連中か?遼州人はほとんど他の星系に移住してねーからな。完全に他人事だよ」
ランはそう言うとレバーを口に運ぶ。
「他人事ねえ……まあ人体発火の自爆テロで基地が壊されなくなったから歓迎してるんじゃねえか?」
そう言いながらかなめは自分の目の前のレバーを誠の皿に移した。
「他人事でいてくれた方が都合がいいのは確かね。『地球圏至上主義』なんてまた持ち出されたら面倒だもの」
アメリアはトリ皮を手にしてそうつぶやいた。
「まー『地球圏至上主義』は今の米政権でははやらねーみたいだわな。保守系野党がどーだこーだ言ってるみてーだが……何しろ軍事的背景がねーと成り立たねー主義だかんな……遼州独立後地球圏から独立した星系にはヤベーところが多いから関わってろくなことがねーことは第二次遼州戦争で身に染みてるはずだ」
気持ちよさげにそう言ってランは小夏が運んで来たさえずりの皿を受取っていた。
「それより神前……大丈夫か?」
カウラがそう言ったのも当然だった。
誠の上体が右に左にと揺れ始めている。
「あれだけ飲んだんだ……ってビールまで飲みやがって」
「飲ませたのはかなめちゃんじゃないの」
かなめが誠の身体を支えようとするのを見ながらアメリアは苦笑いを浮かべながら見つめている。
誠は空きっ腹に食らったラム酒のせいで完全に出来上がっていた。
「誠ちゃんは置いておいて……あ、誰か砂肝食べる人!」
アメリアは自分のテーブルの前に置かれた砂肝の皿を全員に見せる。パーラが手を挙げたのでアメリアは立ち上がってパーラのところにその皿を運んだ。
「それより……ランよ」
上座でホッピーを飲んでいた嵯峨がそれとなくランを見つめた。
「今日、神前が試射した兵器……出番がありそうなんだわ」
嵯峨のやる気のない『駄目人間』らしい視線がランの鋭い視線と交差した。
「どこだ……ってベルルカンに決まってるか。あんなの甲武だの外惑星だのの近代兵器相手に通用するわけねーしな」
ランはそう言ってグラスに手酌でビールを注いだ。
「詳しいことは言えねえ……でもまあ……本移籍になってからの最初の出動になりそうだわ……すまねえな」
そう言って嵯峨はいつの間にか運ばれていた鳥のささみの刺身を口に運んだ。
「仕事だかんな……仕方ねーだろ」
二人の会話を聞き入るアメリア達を知ってか知らずか、不敵な笑みを浮かべながら嵯峨はホッピーをグラスに注いだ。
「それより……神前は……大丈夫じゃ……無いよな」
嵯峨が目を向けた先にはゆらゆらと上体を揺らしている誠の姿があった。
「いつものことだろ?」
気にも留めないかなめの隣で誠はそのまま仰向けに倒れた。
「寝てろ……バーカ」
かなめの言葉を最後に聞いて誠はそのまま気を失っていった。
予想したとおり、後部座席に引きずり込まれた誠はかなめにべたべたと触りまくられることになった。そしてそのたびにカウラの白い視線が顔を掠める。
そして、明らかに取り残されて苛立っているランの貧乏ゆすりが振るわせる助手席の振動が誠の心を不安に染めた。生きた心地がしないとはこう言うことを言うんだと納得しながら、さっさと降りて軽く伸びをしているランに続いて車を降りた。
「おい、西園寺……」
カウラが車から降りようとするかなめに声をかけたが、ランのその雰囲気を察するところはさすがに階級にふさわしかった。手をかなめの肩に伸ばそうとするカウラの手を握りそのまま肩に手を当てた。
「カウラ。月島屋だったよな」
そのランの言葉でとりあえずの危機は回避されたと誠は安心した。
「つまんねえなあいつもあそこばかりじゃ。たまにはこのままばっくれてゲーセンでも行くか?」
そう言うかなめにちらりと振り返った鋭いランの視線が届く。かなめもその鋭い瞳に見つめられると背筋が寒くなったように黙って誠についてくる。
「相変わらず目つき悪いなあ……」
「あんだって?」
「いえ、なんでもございませんよ!副隊長殿!」
かなめが大げさに敬礼してみせる。すれ違うランと同じくらいの娘を連れたかなめと同じくらいに見える女性の奇妙なものを見るような瞳に、かなめは思わず舌打ちする。あまさき屋の前で、伸びをして客を待っていた自称看板娘の家村小夏が誠達を見つけた。
「あ、ベルガーの姐御と……クバルカの姐御に……ゴキブリ?」
「おい!誰がゴキブリだ!」
そこまで言ったところでかなめの顔を射抜くような目で見つめているランがいた。
「お母さん!」
店ののれんをくぐった三人を招き入れると小夏はカウンターで仕込みをしていた母、家村春子に声をかけていた。振り返った春子は、軽く手を上げているランを見ると笑顔を浮かべた。
「ランさんついに本異動?」
「ええまあ、春子さんこれからもよろしく」
「ちっけえから気付かなかった……うげ!」
余計なことを言ったかなめが腹にランのストレートを食らって前のめりになる。
「それより叔父貴が来てるんじゃねえのか?叔父貴は車持ってねえからな……バスとモノレールで通ってるから」
かなめはそう言うと入り口に目をやった。カウラは携帯端末を手に持ったポーチに入れようとする。
「隊長はもうすぐ着くそうだ。それと茜はパーラ達の車に便乗するはずだったけど車がないと面倒だから自分の車で来るそうだ」
「それじゃー行くぞ」
ランはそう言っていつもの月島屋に入った。彼女はそのまま奥まで行くと暖簾をくぐった。そこには古びた階段があった。
「この店二階もあったんですね」
誠はそうつぶやいてランの後ろに続いた。たどり着いたのは十畳ほどの座敷だった。
「気のつかねー奴だな」
そう言ってランは誠を見上げる。
「何が……」
誠の態度にため息をついたランはそのまま上座に上がっていった。
「神前は下座だな。姐御の隣が叔父貴で……アメリアと茜が隣のテーブルか?」
かなめはそう言うと下座のテーブルに座った。
「私は誠ちゃんと一緒が良いなあ……」
いつの間にか背後に気配を感じた誠が振り返るとそこにはアメリアの姿があった。
隣にはパーラとサラが当然のように立っていた。
「少佐殿を下座に置くなんて……できませんねえ……」
「かなめちゃんと私の仲じゃない……代わってよ……」
じゃれあう二人を無視してカウラが誠の隣に座った。
「何どさくさ紛れに座ってるのよ!」
「ベルガーテメエ!」
誠の隣に座ったカウラを二人がにらみつける。
「いいじゃないのそんなこと。それより茜さんは?」
パーラはそう言いながら上座から二番目のテーブルにサラと一緒に座り込んだ。
「茜、まだ来てねえんだ……」
そう言いながら階段を上ってきたのが嵯峨だった。
「隊長、いつ隊を出たんですか?」
誠はどう考えても本数の少ないバスで誠達とほぼ同じ時間に着ける嵯峨に呆れていた。
「いいじゃん別に。俺上座?面倒だな……」
そう言いながらも嵯峨は猫背のままグラスを手にしているランの隣に腰かけた。
「遅れました!」
そこにやってきたのは茜だった。
「いいよ、俺達もさっきついたとこだし……始める?」
嵯峨はそう言ってテーブルに置かれたグラスを手にした。
「神前、手伝いなよ」
そんな嵯峨の言葉を聞いて下座の誠は階段を降りようとした。
「いいですよ、神前君。お客さんじゃないですか」
そう言って春子はビールのケースを誠に手渡した。それを見たかなめが二本ビールを取ってカウラに手渡す。カウラはすぐさま栓を抜いてアメリアに手渡した。
「まずは主賓から」
そう言うとアメリアはランの手にあるグラスにビールを注いだ。
「オメー等も座れよ。そんな儀式ばった集まりじゃねーんだからよ」
自然と上座に腰をかけたランがそう言って一同を見回した。
「それじゃあ、皆さんビールでいいかしら?ああ、カウラさんは烏龍茶だったわよね。それとかなめさんはいつものボトルで……」
そう言って春子はランを見た。
「いいんじゃねーの?」
そう言ってうなづく上座で腕組みをして座っている幼く見える上官をかなめとカウラは同じような生暖かい視線で見つめる。
「なんだよその目は」
「別に……」
かなめの視線に明らかに不愉快そうにランはおしぼりで手をぬぐいながらそう言った。
「しかし……茜。和服で運転は危ねえだろうが」
とりあえず注がれたビールを飲んでいたかなめが茜にそう言った。
「ご心配おかけします。でもこちらの方が慣れていますの」
そう言うと茜はランの隣に座る。嵯峨もランが指差した上座に座って灰皿を手にするとタバコを取り出した。
「あの、隊長」
カウラが心配そうに声をかける。
「ああ、お子様の隣ってことか?わかったよ」
そう言うと嵯峨はタバコをしまった。ランはただ何も言わずにそのやり取りを見ている。
「もう空けましたか、中佐殿お注ぎしますね」
アメリアは満面の笑みを浮かべて、口元が引きつっているランのグラスにビールを注ぎ始める。
「おっ、おう。ありがとーな」
なみなみと注がれたビールをランは微妙な表情で眺める。気付けば茜やサラがビールを注いで回っている。
「オメエも気がつけよ」
そう言うとかなめは誠にグラスを向ける。気付いた誠は素早くかなめのボトルからラム酒を注ぐ。
「おう、じゃあなんだ。とにかく新体制の基盤ができたことに乾杯!」
挨拶は短く済ます主義の嵯峨の言葉で宴席が始まる。
「さあ、皆さん。こちらをどうぞ!」
階段を上がってきた春子と小夏が次々と煮物の入った小鉢を置いていく。
「焼鳥盛り合わせ!」
「はい、いつも通りですね」
叫ぶアメリアに小夏が小鉢を渡す。
「そう言えばボンジリとか……行きたくねーか?」
「じゃあ、砂肝はどう?」
メニューを見ながらランと茜が注文を始めるのを春子がメモしていく。
「ラン、地球はどうだった?」
嵯峨の言葉でランが地球の会議に出席していたことを皆が思い出した。
「ああ、なんだか……人が多かったな。まあ東都と変わらないぐらいだが……人口が遼州の百倍だ。まあ結構疲れたよ」
「へえ……」
感心しているようにそう言うとかなめは誠のグラスになみなみとラム酒を注いで誠の前に置いた。
「これ、飲まないと駄目なんですよね」
誠は沈んだ声を吐き出した。かなめとランの視線が誠に集まる。
「クバルカ中佐。ちょっと神前を苛めるのはやめた方がいいですよ」
カウラはそう言って烏龍茶を口に含む。店の一階から漂う香ばしい香りが室内に満ちていく。
「手羽先行こうかな……今日は」
その様子を見たかなめがそう言いながらラム酒を口に含んだ。
「あの、西園寺さん。どうしてもこれを飲まなければいけないんですか?」
さすがにこれから教導に来てくれる教官を前に無作法をするわけにはいかないと、誠はすがるような気持ちでかなめに尋ねる。
「ああ、じゃあ隣の下戸と一緒に烏龍茶でも飲んでろ」
そう言うとかなめは小鉢の煮物をつつく。
「地球のビールも良いがやっぱ東和のが一番だな」
ランはそう言って手酌でビールを飲み続ける。
「でもランちゃん顔が赤いわよ!疲れてるんじゃないの?」
ビールを傾けながらアメリアが突っ込みを入れた。
「後は烏龍茶にしたほうがいいんじゃないですか?中佐はお強いですけど疲れていたら……」
こういう時は頼りになるパーラの言葉に誠も同意するようにうなづいた。
「そうですよ、中佐。どこかの馬鹿に挑発されても乗っちゃダメですよ」
アメリアがそう言うが、ランはその言葉を無視してビールを開けては面白そうにグラスに注ぐ行動を続けている。小さなランが次第に顔に赤みを帯びていく様を楽しそうに見つめているかなめの隙を見つけると、誠は素早く小夏にかなめに注がれたラム酒のグラスを渡し、新しいグラスにビールを注ぎなおす。
「あー、いい気分」
ビール大瓶二瓶空けたころにはランはすっかりご満悦だった。嵯峨はさすがに言っても無駄だと分かったのかいつの間にか目の前に置かれていたホッピーの替え玉を飲んでいた。
「ああ、やっぱそれくらいにしろ。後はジュースでも何でも飲めよ」
一応上官であり、アサルト・モジュール教導の師でもあるランに珍しくかなめが気を利かせて言ってみた。
「なんだ?アタシに説教とはずいぶん偉くなったじゃねーか、西園寺よー」
そのかなめを見るランの目は完全に座っていた。この時になってようやくかなめは間違いに気づいた。すでにアメリアとパーラは何かを感じたとでも言うように黙って春子が運んで来た焼鳥盛り合わせを並べている。
「空酒は感心しないな……何か他に頼むか?」
「それじゃあ、さえずりで!」
嵯峨の気遣いに対する遠慮などどこかへ飛んで行ったランは元気にそう答えた。嵯峨が苦笑いを浮かべながら手を挙げる。
「あの!春子さん。さえずり!二つおねがいします」
「はい!新さんも食べるのね」
春子の言葉に嵯峨はランをちらちら見ながら苦笑いを浮かべていた。
「ああ、なかなか食が進まないのね誠ちゃん」
ラム酒の入ったグラスを片手に呆けている誠にアメリアがそう言って笑いかけた。
「それ飲まなきゃ食わせねえからな」
かなめの非情な宣告に誠はただ目を白黒させてグラスを見つめる。
「大丈夫だ……貴様の体格なら問題がないだろう」
カウラはそうフォローになっていないフォローを入れた。
誠は覚悟を決めてグラスの中のモノを飲み干した。
焼けるような感覚が胃袋に走る。
「神前よくやった!」
かなめの怒鳴り声で誠は思わず胃の中のアルコールを吹き出しそうになるのを必死にこらえる。アメリアはそれを無視してネギまを口に運んだ。
「毎回いじられてばかりじゃかわいそうでしょ?」
そう言う割にはアメリアは何をするわけでもなくボンジリの串を手にニヤニヤ笑っていた。
「それにしても……地球圏の人達は私達のことをどう思ってらっしゃるのかしら?」
ビールを飲みながら茜は仕事の話に持っていこうとする。
「連中か?遼州人はほとんど他の星系に移住してねーからな。完全に他人事だよ」
ランはそう言うとレバーを口に運ぶ。
「他人事ねえ……まあ人体発火の自爆テロで基地が壊されなくなったから歓迎してるんじゃねえか?」
そう言いながらかなめは自分の目の前のレバーを誠の皿に移した。
「他人事でいてくれた方が都合がいいのは確かね。『地球圏至上主義』なんてまた持ち出されたら面倒だもの」
アメリアはトリ皮を手にしてそうつぶやいた。
「まー『地球圏至上主義』は今の米政権でははやらねーみたいだわな。保守系野党がどーだこーだ言ってるみてーだが……何しろ軍事的背景がねーと成り立たねー主義だかんな……遼州独立後地球圏から独立した星系にはヤベーところが多いから関わってろくなことがねーことは第二次遼州戦争で身に染みてるはずだ」
気持ちよさげにそう言ってランは小夏が運んで来たさえずりの皿を受取っていた。
「それより神前……大丈夫か?」
カウラがそう言ったのも当然だった。
誠の上体が右に左にと揺れ始めている。
「あれだけ飲んだんだ……ってビールまで飲みやがって」
「飲ませたのはかなめちゃんじゃないの」
かなめが誠の身体を支えようとするのを見ながらアメリアは苦笑いを浮かべながら見つめている。
誠は空きっ腹に食らったラム酒のせいで完全に出来上がっていた。
「誠ちゃんは置いておいて……あ、誰か砂肝食べる人!」
アメリアは自分のテーブルの前に置かれた砂肝の皿を全員に見せる。パーラが手を挙げたのでアメリアは立ち上がってパーラのところにその皿を運んだ。
「それより……ランよ」
上座でホッピーを飲んでいた嵯峨がそれとなくランを見つめた。
「今日、神前が試射した兵器……出番がありそうなんだわ」
嵯峨のやる気のない『駄目人間』らしい視線がランの鋭い視線と交差した。
「どこだ……ってベルルカンに決まってるか。あんなの甲武だの外惑星だのの近代兵器相手に通用するわけねーしな」
ランはそう言ってグラスに手酌でビールを注いだ。
「詳しいことは言えねえ……でもまあ……本移籍になってからの最初の出動になりそうだわ……すまねえな」
そう言って嵯峨はいつの間にか運ばれていた鳥のささみの刺身を口に運んだ。
「仕事だかんな……仕方ねーだろ」
二人の会話を聞き入るアメリア達を知ってか知らずか、不敵な笑みを浮かべながら嵯峨はホッピーをグラスに注いだ。
「それより……神前は……大丈夫じゃ……無いよな」
嵯峨が目を向けた先にはゆらゆらと上体を揺らしている誠の姿があった。
「いつものことだろ?」
気にも留めないかなめの隣で誠はそのまま仰向けに倒れた。
「寝てろ……バーカ」
かなめの言葉を最後に聞いて誠はそのまま気を失っていった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~
シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。
主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。
追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。
さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。
疫病? これ飲めば治りますよ?
これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
大東亜戦争を有利に
ゆみすけ
歴史・時代
日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
続・歴史改変戦記「北のまほろば」
高木一優
SF
この物語は『歴史改変戦記「信長、中国を攻めるってよ」』の続編になります。正編のあらすじは序章で説明されますので、続編から読み始めても問題ありません。
タイム・マシンが実用化された近未来、歴史学者である私の論文が中国政府に採用され歴史改変実験「碧海作戦」が発動される。私の秘書官・戸部典子は歴女の知識を活用して戦国武将たちを支援する。歴史改変により織田信長は中国本土に攻め入り中華帝国を築き上げたのだが、日本国は帝国に飲み込まれて消滅してしまった。信長の中華帝国は殷賑を極め、世界の富を集める経済大国へと成長する。やがて西欧の勢力が帝国を襲い、私と戸部典子は真田信繁と伊達政宗を助けて西欧艦隊の攻撃を退け、ローマ教皇の領土的野心を砕く。平和が訪れたのもつかの間、十七世紀の帝国の北方では再び戦乱が巻き起ころうとしていた。歴史を思考実験するポリティカル歴史改変コメディー。
恋するジャガーノート
まふゆとら
SF
【全話挿絵つき!巨大怪獣バトル×怪獣擬人化ラブコメ!】
遊園地のヒーローショーでスーツアクターをしている主人公・ハヤトが拾ったのは、小さな怪獣・クロだった。
クロは自分を助けてくれたハヤトと心を通わせるが、ふとしたきっかけで力を暴走させ、巨大怪獣・ヴァニラスへと変貌してしまう。
対怪獣防衛組織JAGD(ヤクト)から攻撃を受けるヴァニラス=クロを救うため、奔走するハヤト。
道中で事故に遭って死にかけた彼を、母の形見のペンダントから現れた自称・妖精のシルフィが救う。
『ハヤト、力が欲しい? クロを救える、力が』
シルフィの言葉に頷いたハヤトは、彼女の協力を得てクロを救う事に成功するが、
光となって解けた怪獣の体は、なぜか美少女の姿に変わってしまい……?
ヒーローに憧れる記憶のない怪獣・クロ、超古代から蘇った不良怪獣・カノン、地球へ逃れてきた伝説の不死蝶・ティータ──
三人(体)の怪獣娘とハヤトによる、ドタバタな日常と手に汗握る戦いの日々が幕を開ける!
「pixivFANBOX」(https://mafuyutora.fanbox.cc/)と「Fantia」(fantia.jp/mafuyu_tora)では、会員登録不要で電子書籍のように読めるスタイル(縦書き)で公開しています!有料コースでは怪獣紹介ミニコーナーも!ぜひご覧ください!
※登場する怪獣・キャラクターは全てオリジナルです。
※全編挿絵付き。画像・文章の無断転載は禁止です。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる