上 下
9 / 54
仲間達

第9話 雑談と人事

しおりを挟む
「狭い!」 

「なら乗るな」 

 カウラの愛車である『ハコスカ』の後部座席で文句を言うかなめをカウラがにらみつける。仕方なくかなめの邪魔にならぬよう隣で誠は小さく丸くなる。空いたスペースは当然のようにかなめが占拠した。道は高速道路ということも有り、スムーズに豊川の本部に車は向かった。

「本当に東和陸軍第一特機教導連隊の隊長だったんですね、クバルカ中佐は。あそこはあまり異動の無い所だって聞いていたんですけど……」 

「遼州同盟をぶち上げた遼帝国の皇帝が決めた話だからそうなんだよ……それよりまたベルルカンが荒れてるらしいじゃねえか」 

 遼州第二の大陸であるベルルカン大陸は遼州同盟にとっては鬼門だった。

 遼州星系の先住民族の遼州人が居住していなかった地域であるこの大陸に地球から大規模な移民が行われたのは遼州星系でも極端に遅く、入植から百年以上がたってからのことだった。しかも初期の遼州の他の国から流入した人々はその地の蚊を媒介とする風土病で根付くことができなかった。

 『ベルルカン出血熱』と呼ばれた致死率の高い熱病に対するワクチンの開発などがあって安全な生活が送れることが確認されて移民が開始されたベルルカン大陸には、多くのロシア・東ヨーロッパ諸国、そして中央アジアの出身者が移民することになった。しかし、ここにすでに権益を持ちかけていた西モスレムはその移民政策に反発。西モスレムを支援するアラブ連盟と欧州の対立の構図が出来上がることになった。

 そして、その騒乱の長期化はこの大陸を一つの魔窟にするには十分な時間を提供した。対立の構図は遼州同盟と地球諸国の関係が安定してきた現在でも変わることが無かった。年に一度はどこかの国で起きたクーデターのニュースが駆け巡り、戦火を逃れて他の大陸に難民を吐き出し続けるのがベルルカン大陸のその魔窟たる所以だった。

「どうせうちには関係ないわよ……東和は基本的にベルルカンには手を出さない主義だから。まあ宇宙軍が飛行禁止区域を設定するくらいよ」 

 アメリアは助手席でそう言いながら笑っていた。

「そうかねえ……実際、こういう時に限ってお鉢が回ってくるもんだぜ」

 そう言ってかなめが胸のポケットに手をやるのをカウラがにらみつけた。

「タバコは吸わねえよ。それより前見ろよ、前」 

 そう言ってかなめは苦笑いを浮かべる。渋々カウラは前を見た。道は比較的混雑していて目の前の大型トレーラーのブレーキランプが点滅していた。

その時、アメリアの携帯が鳴った。そのままアメリアは携帯を手に取る。誠は非生産的な疲労を感じながらシートに身を沈めた。

 かなめはバックミラーで彼女を観察しているカウラの視線に気がついて黙り込んでいた。おとなしいかなめを満足そうに見ながらその視線の主のアメリアは携帯端末に耳を寄せた。

「やっぱりそうなんだ。それでタコ入道はどこに行くわけ?」 

 アメリアは大声で電話を続けている。それを見て話題を変えるタイミングを捕らえてかなめは運転中のカウラの耳元に顔を突き出す。その会話からアメリアが司法局の人事のことで情報を集めているらしいことは誠にも分かった。

「それにしてもアメリアの知り合いはどこにでもいるんだなあ……人事の話か?もう9月だからな……10月の異動の内示も出てるだろうし」 

 かなめはそう言うとわざと胸を強調するように伸びをする。思わず誠は目を逸らす。

「同盟司法局の人事部辺りか?」 

「だろうな……ちっちゃい姐御は誰かと会ってる感じだったが……秋の人事。結構動きがありそうだな」

 かなめが爪を噛みつつ考え込む。

「じゃあ、また何かあったらよろしくね」 

 そう言ってアメリアは電話を切る。

「やっぱり、誰か動くのか?」 

 かなめがぼんやりと尋ねるのにアメリアは悠然と構えて話し始める。

「ああ、うち関係では管理部の方に動きがあるらしいわね」

「あそこは今正規の管理者がいねえからな……菰田の糞がデカい面してやがる」

 かなめの毒舌に一同は苦笑いを浮かべた。

「確かにいつまでも下士官の菰田君にそろばん握らしとくわけにいかなくなったんでしょ、上の方も。来年度の予算の増額見積もりを立てるのに背広組のエリートを一本釣りするみたいよ、隊長は」 

 アメリアは淡々と答えた。

「それより相手は誰なんだ?その電話」

 珍しく好奇心をそそられたのかハンドルを握りながらカウラが尋ねてくる。

「ああ、この電話の相手ね。……独自のルート。いろいろと私もコネがあるから情報は入ってくるのよ……一応巡洋艦クラスの艦長やってますんで」 

 そう言ってアメリアはいわくありげに笑いかけてきた。

 カウラの車はそのまま高速道路を降りて一般国道に入った。

「さすが艦長様ってところか……まあ、管理部ならうちとはあんまり関係ねえしな」

 かなめはそう言うと関心を失って視線を窓の外に向けた。前後に菱川重工豊川に向かうのだろう大型トレーラーに挟まれて、滑らかにハコスカは進んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私たちの試作機は最弱です

ミュート
SF
幼い頃から米軍で人型機動兵器【アーマード・ユニット】のパイロットとして活躍していた 主人公・城坂織姫は、とある作戦の最中にフレンドリーファイアで味方を殺めてしまう。 その恐怖が身を蝕み、引き金を引けなくなってしまった織姫は、 自身の姉・城坂聖奈が理事長を務める日本のAD総合学園へと編入する。 AD総合学園のパイロット科に所属する生徒会長・秋沢楠。 整備士の卵であるパートナー・明宮哨。 学園の治安を守る部隊の隊長を務める神崎紗彩子。 皆との触れ合いで心の傷を癒していた織姫。 後に彼は、これからの【戦争】という物を作り変え、 彼が【幸せに戦う事の出来る兵器】――最弱の試作機と出会う事となる。 ※この作品は現在「ノベルアップ+」様、「小説家になろう!」様にも  同様の内容で掲載しており、現在は完結しております。  こちらのアルファポリス様掲載分は、一日五話更新しておりますので  続きが気になる場合はそちらでお読み頂けます。 ※感想などももしお時間があれば、よろしくお願いします。  一つ一つ噛み締めて読ませて頂いております。

異世界に転生したので、とりあえず戦闘メイドを育てます。

佐々木サイ
ファンタジー
異世界の辺境貴族の長男として転生した主人公は、前世で何をしていたかすら思い出せない。 次期領主の最有力候補になるが、領地経営なんてした事ないし、災害級の魔法が放てるわけでもない・・・・・・ ならばっ! 異世界に転生したので、頼れる相棒と共に、仲間や家族と共に成り上がれっ! 実はこっそりカクヨムでも公開していたり・・・・・・

月宮殿の王弟殿下は怪奇話がお好き

星来香文子
キャラ文芸
【あらすじ】 煌神国(こうじんこく)の貧しい少年・慧臣(えじん)は借金返済のために女と間違えられて売られてしまう。 宦官にされそうになっていたところを、女と見間違うほど美しい少年がいると噂を聞きつけた超絶美形の王弟・令月(れいげつ)に拾われ、慧臣は男として大事な部分を失わずに済む。 令月の従者として働くことになったものの、令月は怪奇話や呪具、謎の物体を集める変人だった。 見えない王弟殿下と見えちゃう従者の中華風×和風×ファンタジー×ライトホラー ※カクヨム等にも掲載しています

―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》

EPIC
SF
日本国の混成1個中隊、そして超常的存在。異世界へ―― とある別の歴史を歩んだ世界。 その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。 第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる―― 日本国陸隊の有事官、――〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟。 歪で醜く禍々しい容姿と、常識外れの身体能力、そしてスタンスを持つ、隊員として非常に異質な存在である彼。 そんな隊員である制刻は、陸隊の行う大規模な演習に参加中であったが、その最中に取った一時的な休眠の途中で、不可解な空間へと導かれる。そして、そこで会った作業服と白衣姿の謎の人物からこう告げられた。 「異なる世界から我々の世界に、殴り込みを掛けようとしている奴らがいる。先手を打ちその世界に踏み込み、この企みを潰せ」――と。 そして再び目を覚ました時、制刻は――そして制刻の所属する普通科小隊を始めとする、各職種混成の約一個中隊は。剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する未知の世界へと降り立っていた――。 制刻を始めとする異質な隊員等。 そして問題部隊、〝第54普通科連隊〟を始めとする各部隊。 元居た世界の常識が通用しないその異世界を、それを越える常識外れな存在が、掻き乱し始める。 〇案内と注意 1) このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。 2) 部隊規模(始めは中隊規模)での転移物となります。 3) チャプター3くらいまでは単一事件をいくつか描き、チャプター4くらいから単一事件を混ぜつつ、一つの大筋にだんだん乗っていく流れになっています。 4) 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。ぶっ飛んでます。かなりなんでも有りです。 5) 小説家になろう、カクヨムにてすでに投稿済のものになりますが、そちらより一話当たり分量を多くして話数を減らす整理のし直しを行っています。

勇者、追放される ~仲間がクズばかりだったので、魔王とお茶してのんびり過ごす。戻ってこいと言われても断固拒否。~

秋鷺 照
ファンタジー
 強すぎて勇者になってしまったレッグは、パーティーを追放され、一人で魔王城へ行く。美味しいと噂の、魔族領の茶を飲むために!(ちゃんと人類も守る)

目立ちたくない召喚勇者の、スローライフな(こっそり)恩返し

gari
ファンタジー
 突然、異世界の村に転移したカズキは、村長父娘に保護された。  知らない間に脳内に寄生していた自称大魔法使いから、自分が召喚勇者であることを知るが、庶民の彼は勇者として生きるつもりはない。  正体がバレないようギルドには登録せず一般人としてひっそり生活を始めたら、固有スキル『蚊奪取』で得た規格外の能力と(この世界の)常識に疎い行動で逆に目立ったり、村長の娘と徐々に親しくなったり。  過疎化に悩む村の窮状を知り、恩返しのために温泉を開発すると見事大当たり! でも、その弊害で恩人父娘が窮地に陥ってしまう。  一方、とある国では、召喚した勇者(カズキ)の捜索が密かに行われていた。  父娘と村を守るため、武闘大会に出場しよう!  地域限定土産の開発や冒険者ギルドの誘致等々、召喚勇者の村おこしは、従魔や息子(?)や役人や騎士や冒険者も加わり順調に進んでいたが……  ついに、居場所が特定されて大ピンチ!!  どうする? どうなる? 召喚勇者。  ※ 基本は主人公視点。時折、第三者視点が入ります。  

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

Head or Tail ~Akashic Tennis Players~

志々尾美里
SF
テニスでは試合前にコイントスでサーブの順番を決める。 そのときコインを投げる主審が、選手に問う。 「Head or Tail?(表か、裏か)」 東京五輪で日本勢が目覚ましい活躍をみせ、政府主導のもとスポーツ研究が盛んになった近未来の日本。 テニス界では日本人男女ペアによって初のグランドスラム獲得の偉業が達成され、テニスブームが巻き起こっていた。 主人公、若槻聖(わかつきひじり)は一つ上の幼馴染、素襖春菜(すおうはるな)に誘われテニスを始める。 だが春菜の圧倒的な才能は二人がペアでいることを困難にし、聖は劣等感と“ある出来事”からテニスを辞めてしまう。 時は流れ、プロ選手として活動拠点を海外に移そうとしていた春菜の前に聖が現れる。 「今度こそ、春菜に相応しいペアになる」 そう誓った聖は、誰にも話せなかった“秘密のラケット”の封印を解く。 類稀なる才能と果てしない研鑚を重ね、鬼や怪物が棲まう世界の頂上に挑む者たち プロの世界に夢と希望を抱き、憧れに向かって日々全力で努力する追う者たち テニスに生き甲斐を見出し、プロさながらに己の限界を超えるべく戦う者たち 勝利への渇望ゆえ歪んだ執念に憑りつかれ、悪事に手を染めて足掻く者たち 夢を絶たれその道を諦め、それでもなお未だ燻り続ける彷徨う者たち 現在・過去・未来、遍く全ての記憶と事象を網羅した「アカシック・レコード」に選ばれた聖は、 現存する全ての選手の技を自在に操る能力を手に、テニスの世界に身を投じる。 そして聖を中心に、テニスに関わる全ての者たちの未来の可能性が、“撹拌”されてゆく――。

処理中です...