特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第三部 『暗黒大陸』

橋本 直

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実験

第4話 上層部の意向

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 ランは緊張した面持ちで一人コントロールルームに走っていったひよこを見送ると、コンクリートの壁に亀裂も見えるような東和陸軍教導部隊の観測室に向かう廊下を歩いていた。まだ早朝と言うこともあり人影はまばらである。それでもちっちゃな8歳女児にしか見えないランは東和陸軍では目立つようで、これまで出会った東和陸軍の将兵達は好奇の目でランを見つめていた。

「あれ?クバルカ中佐じゃないですか!」 

 高いテノールの声に振り向いたランの前には、紺色の背広を着て人懐っこい笑顔を浮かべる小男が立っていた。

「高梨参事?」 

 笑顔を浮かべて歩み寄ってくる男、東和国防軍の背広組のキャリア官僚である高梨渉たかなしわたる参事がそこにいた。

「いやあ奇遇ですねえ。今日はまた実験か何かですか?」 

 ランは余裕を持って笑って向かってくる小柄な男を相手に少しばかり身構えた。東和国防軍の予算調整局の課長という立場の高梨と、司法局実働部隊の金食い虫部署である機動部隊長のランはどうしても予算の配分で角を突きあわせる間柄だった。

「そう言う高梨さんは監査か何かですか?」 

 少しばかり自分のぎこちない丁寧語でランは話しかける。

「いえ、今日はちょっと下見と言うか、なんと言うか……とりあえず教導部隊長室でお話しませんか?」 

 笑顔を浮かべながら高梨は歩き始める。神妙な表情を浮かべる高梨を見ると、彼が何を考えているのかわかった。

 司法局実働部隊は『近藤事件』での活躍で、『あの嵯峨公爵殿のおもちゃ』とさげすまれた寄せ集め部隊と言う悪評は影を潜め、『同盟内部の平和の守護者』と持ち上げる動きも見られるようになって来た。しかし、軍内部にはそれを面白く思わず相変わらず『特殊な部隊』と蔑む声があるのも事実だった。

『政治的な配慮って奴か』 

 ランはそう思いながら隣を歩く同盟への最大の出資国である東和のエリート官僚を見下上げた。予算の規模が大きくなれば管理部門の責任者があいまいな現状を何とかしようと、実力のある事務官の確保に嵯峨が動いても不思議は無い。

 そう考えているランの隣の小男が立ち止まった。

「クバルカ中佐!待ってくださいよ。それにしてもなんだか難しい顔をしていますね」 

 ランは立ち止まって自分の思考にのめり込んで起した間違いに照れながら高梨のところに戻った。そのまま高梨はさわやかな笑顔を浮かべながら教導部隊部隊長の執務室のドアを開いた。

ランは中をのぞくとそこには主を失って久しい教導部隊の部隊長の巨大な机があった。

「久しぶりだな……もう3年も兼務してんだもんな『特殊な部隊』とここを」 

 ランはそう言うと高梨に接客用のソファーを勧めた。

 ランは高梨がソファーに腰掛けるのを確認すると自分もまたその正面に座った。この半年で閑職だったはずの実働部隊機動部隊長の職が一気に忙しくなったことで彼女が兼務である教導部隊の部隊長を外れることが決まっていた。

「高梨参事がお見えになるってことは人事の話か?アタシもまー……おおよそでしか知らないんだけどな」

 そう言うとランは胸の前に腕を組んだ。教導隊と言うものが人事に介入することはどこの軍隊でも珍しいことでは無い。しかもランは海千山千の嵯峨に東和軍幹部連との丁々発止のやり方を仕込まれた口である。見た目は幼くしゃべり方もぞんざいな小学生のようなランも、その根回しや決断力で東和軍本部でも一目置かれる存在になっていた。

「要するに上は首輪をつけたいんだよ、あのおっさんに。それには一番効果的なのは金の流れを押さえることだ。となると兵隊上がりよりは官僚がその位置にいたほうが都合がいいんだろ……って茶でも飲みてーところだな」 

 そう言うとランは手持ちの携帯端末の画像を開く。

「すまんが日本茶を持ってきてくれ……湯飲みは二つで」 

 ランは画面の妙齢の秘書官にそう言うと二人の男に向き直る。その幼く見える面差しのまま眉をひそめて高梨を見つめた。

「まあ予算規模としては甲武とゲルパルトが同盟軍事機構の予算を削ってでも実働部隊と法術特捜に回せとうるさいですからね……どっちも国内に爆弾を抱えてる……貴族主義者とネオナチですか……油断をして地球圏に足元を掬われたくないのが本音でしょう」 

 そう言いながら高梨は頭を掻く。自動ドアが開いて長身の女性が茶を運んでくる。

「それに甲武国の西園寺首相は兄さんにとっては戸籍上は義理の兄、血縁上は叔父に当たるわけですし、外惑星のゲルパルトのシュトルベルグ大統領は亡くなられた奥さんの兄というわけですしね。現場も背広組もとりあえず媚を売りたいんでしょうね、偉いさんに」 

 高梨はそう言うと茶をすすった。

「そうだったな……高梨さん。アンタは隊長の……」

「僕は腹違いの弟ですよ……まあそのことはできるだけ内密にしておいてください……兄さんと遼帝家とのことは一応、秘密ってことになってるんで」

「そうか……」

 そう言って笑う高梨と嵯峨に共通点をあまり見いだせないランはただ苦笑いを浮かべるだけだった。

「話は戻りますけど、ここ東和じゃ『特殊な部隊』に西園寺一門なんかの身内を司法局という場所に固めているのはどうかって批判はかなり有るんですが……、まああの大国甲武国が貴族制を廃止でもしない限りは人材の配置が身内ばかりになるのは仕方ないでしょうね……それ以前に兄さん……いや、嵯峨大佐の部下が務まる人材が東和にいるかって言うと疑問ですが」 

 静かに高梨は手にした茶碗をテーブルに置いた。湯飲みで茶を啜りながらランは高梨を観察していた。それなりの大男の嵯峨と小柄な高梨が腹違いとはいえ兄弟とはとても思えない。ただ体格はかなり違うがその独特の他人の干渉を許さない雰囲気は確かに二人が血縁にあることを示しているように思えた。

「お茶をお持ちしました」

 開かれた扉からランの留守を預かっている長身の女性大尉がお盆を持って現れた。彼女はものおじすることなくそのままランと高梨の前に湯呑を置いて行く。 

「隊長。このまま里帰りってのもありじゃないですか?」

「バカ言え……あんな問題児どもほっとけるかよ」

 明らかに茶を運ぶ人選としては切れ者すぎるように見える女性大尉から茶を受け取ったランは微笑んでいた。隣の高梨も苦笑いを浮かべた。

「まあこれもあのおっさん一流の布石なのかも知れねーな。汚れ仕事の軍事警察部隊に覚醒法術師五名……さすがに予算をケチる理由が少なくなる……はず……」 

 茶を飲み終わったランの目の前にモニターが開く。そこには硬い表情のひよこの姿が映っていた。

『実験準備完了しました!観測室までお願いします』 

 ひよこの一言にランは腰を上げた。

「じゃー行くぞ」 

 そう言うとランは教導官室を出ようとする。高梨もその後に続いた。

「しかし……あの神前誠と言う青年……本当にクバルカ中佐を超える逸材なんでしょうか……」

 高梨は立ち上がりつつそう言って笑いかけた。

「素質は認める……だが……これからだな……アイツがアタシを超えられるかどうか……まー楽しみが増えてうれしいこった」

 ランはそう言って観測室に急ぐ高梨に続いて教導部隊部隊長の部屋を後にした。
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