特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第四部 『魔物の街』

橋本 直

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謹慎

第30話 うどん

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 西のゲームが滅亡で終わったのを確認するとランが手を叩いてみせる。

「オメー等、西をからかうのもいい加減にしねーと昼おごってやんねーぞ!」 

 にらみ合うカウラとかなめに向かってランはそう言って立ち上がる。全員の視線が彼女の幼い面差しに注がれる。

「あのー僕達は?」 

 バッドエンドの画面が映し出される端末を見ながら西とひよこがランを見上げた。

「西。お前は休暇中だろ?しっかり休め」 

「また僕には秘密ですか?」 

 西の反論を無視してランはそのまま部屋を出て行く。

「おごりって……なんだ?」 

 腑に落ちない表情のかなめの顔を見上げたランの目には自信がみなぎっているのが誠にもわかった。

「いつもすみませんね」 

「良いって!アタシが好きで……おっと!」 

 アメリアのゴマすりににやけた顔をしながらジャケットのポケットでランは震える携帯端末を取り出す。かなめはおごりと言う言葉を聞いてからニヤニヤが止まらないような様子だった。携帯端末の上の画面には司法局付き将校明石清海中佐の禿げ頭が映し出されていた。

『謹慎中すいませんなあ』

 少しも詫びるつもりは無いというような笑顔で局付き将校である明石が話を切り出した。

「ライラの奴。オメーのところに連絡よこしたろ」

 ランの言葉に士官は少しばかり緊張した表情を浮かべた。

『まあクバルカ先任中佐がうちに上げてきた情報をよこせ言うてきましたわ。うちも面子がありますよって軽くいなしときましたけど』

「……なるほどねえ、ライラも実績が欲しいだろうからな。そこんとこの調整はタコの腕の見せ所だろ?」

『いやあほんま。焦ってるのは分かるんやけどねえ』 

 明石はそう言いながら自分の禿げ頭を叩いて見せた。ランは彼の言葉に安心したようにうなづく。

「別にあれだぞ。情報は小出しにする分には出しても構わねーぞ。下手に隠し事をして波風立てるのもあらだからな」

『分かってま。ええ感じにしときますわ』

 明石はそう言って通信を切った。

「そう言えば飯をおごるって……車は?カウラのは5人乗りだろ?」 

「アタシとラーナは嵯峨警視正の車で出ればいいはずだ。島田、お前はバイクでサラと行くんだろ?」 

 ランに見つめられて島田とサラは仕方なさそうにうなづく。

「でもどこ行くんですかね」 

「おう、うどんに決まってるだろ?遼南と言えばうどんなんだ。じゃあ行くぞ!」 

 通信を終えたランが力強く叫んだ。出て行く人々をなみだ目で見上げる西を無視して一同は玄関へと向かった。

 遼南には地球人の入植が湾岸部のみでしか行われず、第一次遼州戦争と呼ばれる遼州独立戦争の後に遼州原住民族が独立して遼帝国と言う国を建てた。多くの物産が地球から持ち込まれたうち、うどんこそが彼等を魅了する食材となった。遼南は良質の小麦を生産することで知られ、その小麦粉から作ったうどんの腰は地球のそれを上回るとして宇宙に名をとどろかせるものだった。

 第二次遼州戦争でも『祖国同盟』として戦った遼帝国は宇宙でうどんをゆでて水が不足し降伏した軍艦の噂や、うどんを同盟国である甲武やゲルパルトに取り上げられて寝返った部隊があるという噂で知られるほどうどんを愛する国民性だった。

 そして中でも伝説とされるのが『うどん戦争』と呼ばれた遼南内戦の最後の戦い『東海侵攻作戦』が有名だった。

 先の大戦後の遼南内戦に勝利した人民政府をクーデターで倒し、遼南の全権を握った遼の献帝は甲武への再編入を求める東海州の軍閥花山院家を攻撃した。だが戦線が膠着すると見るや前線基地で一斉にうどんをゆでるという奇妙な行動に出た。帝国軍が長期戦を覚悟したと勘違いした花山院軍を、献帝が直接指揮する特殊部隊で首都に潜入、奇襲によってこれを打ち破ったという話は誠も訓練校の座学で聞いていた。

 遼南人三人集まればうどんを食べる。そう言われるほどうどんは遼南の国民食だった。

「でもランちゃんの薦めるうどん屋って興味深いわね」 

 完全にお客さん体質になっているアメリアが微笑んでいる。

「トッピングは選べるのかしら?」 

「あれっすよ、嵯峨捜査官。手打ちうどんの店がこの前……」 

「なんだ?ラーナは行ったことあるのかよ」 

 茜の助手らしく情報をまとめてみせるラーナの言葉にランが少し不満そうな顔をする。

「へへへ……すいません……」

「そう言えばラーナちゃんも遼南でしょ?」

 アメリアの質問に靴を履き終えてラーナは恥ずかしげにうつむく。

「私は山育ちですけど実家で結構打つんで……週に一度は食べてました」 

 その言葉にアメリアとカウラとかなめの顔が一瞬とろけそうになるのを誠は見逃さなかった。

 そう言って駆け出すランの姿に萌えた誠を白い目で見ている紺色の長い髪があった。

「誠ちゃん。実はロリコンだったの?」 

 そう言いながら声の主のアメリアはなぜか端末をいじっていた。

「何する気だ?」 

「遼南風のうどんの店ならリーズナブルでしょ?」 

 かなめの問いに答えたアメリアが耳に端末を当てながら玄関を出て階段を下る。まだロングブーツを履けないでいるサラとそれを見守る島田を残して誠達はそのまま隣の駐車場に向かった。

「おい!お前等の端末に行く先を転送しといたからな!遅れたら自分達で払えよ!」 

 茜の白いセダンの高級車の脇に立ったランが叫ぶ。誠、かなめ、アメリアの三人はいつも通りカウラのスポーツカーに乗り込んだ。

「カウラちゃん待っててね」

 携帯端末を手に助手席のアメリアが嬉しそうにそう言った。カウラは車のエンジンをかけるとアメリアの端末に映し出された豊川駅南口の近辺の地図を覗き見た。 

「私の通ってたパチンコ屋の代わりにできた雑居ビルの中の店か?」 

 カウラの言葉に誠も自分の端末を地図に切り替えた。司法局実働部隊のたまり場であるお好み焼きの店『月島屋』のある商店街の奥、先日閉店したパチンコ屋の跡にそのうどん屋の情報が載っていた。

「あそこのパチンコ屋……カウラは通ってたんだ。あのパチンコ屋は災難だったなあ。叔父貴はあそこでいくら稼いだんだ?」 

 噴出すようにかなめがつぶやくのは彼女の意識と接続されている情報を見たからなのだろう。

 そのまま赤いカウラのスポーツカーは走り出した。フロントガラスにうどん屋までの行程が映るが、すでに行き先の分かっているカウラはそれを切る。

「トッピング……何にしようかな」 

「今から考えるのかよ」 

「何?私が何を食べても関係ないでしょ?」 

 動き出す車の中ですでにかなめとアメリアはうどん屋の話を始める。苦笑しながらカウラは住宅街の細い道を抜けて大通りに出た。

「そう言えば神前はうどんは好きか?」 

 加速する車の中、かなめの声に誠は迷った。誠は鰹節派だったが親が鰹節派だったひねくれたかなめが昆布しか認めないなどと言い出す可能性は否定できない。

「西園寺さんはどうなんですか?」 

 誠は愛想笑いを浮かべながらそう言った。だがアメリアもカウラも助け舟を出すようなそぶりは無かった。

「ああ、私も結構好きだぞ……おふくろが遼南の貴族の出だから」

「遼南出身なんですか……」

「うどん……おいしいといいわね」

 アメリアはそう言ってにっこり微笑んだ。
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