158 / 187
変わった世界の中で目覚めて
第158話 『駄目人間』の敗北と勝利
しおりを挟む
誠達が去った病室で一人静かに嵯峨はベッドに座り込んでいた。
胸のポケットからタバコを取り出すが、さすがに『駄目人間』な嵯峨もそれを口にすることは無かった。
「カーンの爺さん、俺の負けだよ。俺は『非情』になり切れなかった。近藤さん達を『犯罪者』にはできたが、『社会的に消す』ことはできなかった」
嵯峨はそう言って力なく笑った。
「今回の事件は記録として残る。それだけは止められなかった。そしてその記録を見た同じような思想の『貴族主義者』は俺達の前にもっと強くなって立ちはだかるのももう確定事項だ。負けたよ……俺の負けだよ。近藤のおっさんにはもっとあんた好みの『非道』な殺し方もできたんだ……記録にさえ乗らないような無様な最期を用意してやることもできたはずだ……どうにもまだ俺は不十分な『駄目人間』みてえだわ」
嵯峨はそう言うと立ち上がり、医務室を眺める。
嵯峨のほかには誰もいない。医務室勤務の『釣りマニア』達は祝勝会の『魚料理』による歓迎に命を懸けているので、ここはもぬけの殻だった。
「俺は隊長失格だな。今回、何人死んだ?近藤さんの部下。近藤さんとその家族につまらない情けを懸けたばっかりに、近藤さんの自殺の道連れ百人越えか。一人を殺して二人を生かすのが正しい……そう思ってきてこのざまか。近藤さんの『妻子』をどうにかすれば……俺にはできねえな。俺の手は汚れてるが、『鬼』になりきることができてねえんだな。そんな『甘ちゃん』の俺をカーンの爺さんは笑ってんだろうな」
そう言って嵯峨は医務室の薬品の入った扉をポケットからカギを取り出して慣れた手つきで開ける。そこには劇薬の類が並んでいた。嵯峨のぼんやりとした視線は変わることが無かった。
「気高い死を望む奴ほど心が脆いもんだ。肉親や仲間にちょっとひどい目を見せてやれば簡単に壊れる。『第二次遼州戦争』散々使ってた、なじみの手じゃない。今更、この手が汚れたってかまわねえよ。それよりラン……『偉大なる中佐殿』……おめえさんの『不殺不傷の誓いを破らせちまった。神前に『殺し』をやらせちまった。俺の汚れた手でやれば済むことだったんだ……全部、おめえさん達を連れて俺が逃げ出せば済む話だったんだ」
嵯峨の顔に落胆の表情が浮かぶ。致死量数グラム以下の劇薬の小瓶を一つ一つ手にとっては棚に戻す嵯峨。そこにはまるで感情の色が見えなかった。
「なんだか俺の人生『負け』ばっかりだな。生まれるともう負けが決まってた、親父には負けて国を追われた。育った『甲武国』は『第二次遼州戦争』で負けた。妻にはあの世に逃げられた。娘からは小遣い3万円の暮らしだよ……負けばかり。一度は爽快な勝ち方をしたいもんだが……俺には『勝ち運』が無いのかな?」
そう言って嵯峨は一つの青い小瓶を手に取る。『テトロドトキシン』と書かれた小瓶。
「ふぐ毒ねえ……うちの『釣り部』の連中には免許持ってる奴もいるから大丈夫だろ」
嵯峨は静かに『テトロドトキシン』の小瓶を棚に戻して薬品庫にカギをかけた。
「ただ、究極の『回収・補給』担当者が見つかった。神前は『法術師』として『覚醒』したんだ。爺さんとの勝負には負けたが、これから俺は『廃帝』や『ビッグプラザー』と戦争をする予定だ。そっちの勝ちは譲れねえよ。だから最終的に俺は勝ってるんだ。悪かったな、じ・い・さ・ん」
薬品庫に目をやる嵯峨の口元に微笑みが浮かんだ。
「ただ、今回の神前の『法術師としての覚醒』で、俺やランの見た目が年齢と会わない理由が『全宇宙』にばれちまった。遼州人『リャオ』が文明を必要としない超能力者集団だってことがばれちゃったんだよ。『地球圏』で知ってるのは進駐している軍隊だけだからいいけど、遼州同盟の偉いさんは大変だな……とんでもない『パンドラの函』が開いた。開けたのは俺とランだ。自業自得とはいえ……辛いぞ、これからの『戦い』は」
嵯峨は静かにだらしなく着こんだ司法局実働部隊の制服のネクタイを締めなおして医務室の入り口に足を向ける。
「とりあえず『勝った』らしいから……盗聴中の『ビッグブラザー』関係者のみなさん……俺、勝ったんで」
そう言って嵯峨は悠然と医務室を立ち去った。
胸のポケットからタバコを取り出すが、さすがに『駄目人間』な嵯峨もそれを口にすることは無かった。
「カーンの爺さん、俺の負けだよ。俺は『非情』になり切れなかった。近藤さん達を『犯罪者』にはできたが、『社会的に消す』ことはできなかった」
嵯峨はそう言って力なく笑った。
「今回の事件は記録として残る。それだけは止められなかった。そしてその記録を見た同じような思想の『貴族主義者』は俺達の前にもっと強くなって立ちはだかるのももう確定事項だ。負けたよ……俺の負けだよ。近藤のおっさんにはもっとあんた好みの『非道』な殺し方もできたんだ……記録にさえ乗らないような無様な最期を用意してやることもできたはずだ……どうにもまだ俺は不十分な『駄目人間』みてえだわ」
嵯峨はそう言うと立ち上がり、医務室を眺める。
嵯峨のほかには誰もいない。医務室勤務の『釣りマニア』達は祝勝会の『魚料理』による歓迎に命を懸けているので、ここはもぬけの殻だった。
「俺は隊長失格だな。今回、何人死んだ?近藤さんの部下。近藤さんとその家族につまらない情けを懸けたばっかりに、近藤さんの自殺の道連れ百人越えか。一人を殺して二人を生かすのが正しい……そう思ってきてこのざまか。近藤さんの『妻子』をどうにかすれば……俺にはできねえな。俺の手は汚れてるが、『鬼』になりきることができてねえんだな。そんな『甘ちゃん』の俺をカーンの爺さんは笑ってんだろうな」
そう言って嵯峨は医務室の薬品の入った扉をポケットからカギを取り出して慣れた手つきで開ける。そこには劇薬の類が並んでいた。嵯峨のぼんやりとした視線は変わることが無かった。
「気高い死を望む奴ほど心が脆いもんだ。肉親や仲間にちょっとひどい目を見せてやれば簡単に壊れる。『第二次遼州戦争』散々使ってた、なじみの手じゃない。今更、この手が汚れたってかまわねえよ。それよりラン……『偉大なる中佐殿』……おめえさんの『不殺不傷の誓いを破らせちまった。神前に『殺し』をやらせちまった。俺の汚れた手でやれば済むことだったんだ……全部、おめえさん達を連れて俺が逃げ出せば済む話だったんだ」
嵯峨の顔に落胆の表情が浮かぶ。致死量数グラム以下の劇薬の小瓶を一つ一つ手にとっては棚に戻す嵯峨。そこにはまるで感情の色が見えなかった。
「なんだか俺の人生『負け』ばっかりだな。生まれるともう負けが決まってた、親父には負けて国を追われた。育った『甲武国』は『第二次遼州戦争』で負けた。妻にはあの世に逃げられた。娘からは小遣い3万円の暮らしだよ……負けばかり。一度は爽快な勝ち方をしたいもんだが……俺には『勝ち運』が無いのかな?」
そう言って嵯峨は一つの青い小瓶を手に取る。『テトロドトキシン』と書かれた小瓶。
「ふぐ毒ねえ……うちの『釣り部』の連中には免許持ってる奴もいるから大丈夫だろ」
嵯峨は静かに『テトロドトキシン』の小瓶を棚に戻して薬品庫にカギをかけた。
「ただ、究極の『回収・補給』担当者が見つかった。神前は『法術師』として『覚醒』したんだ。爺さんとの勝負には負けたが、これから俺は『廃帝』や『ビッグプラザー』と戦争をする予定だ。そっちの勝ちは譲れねえよ。だから最終的に俺は勝ってるんだ。悪かったな、じ・い・さ・ん」
薬品庫に目をやる嵯峨の口元に微笑みが浮かんだ。
「ただ、今回の神前の『法術師としての覚醒』で、俺やランの見た目が年齢と会わない理由が『全宇宙』にばれちまった。遼州人『リャオ』が文明を必要としない超能力者集団だってことがばれちゃったんだよ。『地球圏』で知ってるのは進駐している軍隊だけだからいいけど、遼州同盟の偉いさんは大変だな……とんでもない『パンドラの函』が開いた。開けたのは俺とランだ。自業自得とはいえ……辛いぞ、これからの『戦い』は」
嵯峨は静かにだらしなく着こんだ司法局実働部隊の制服のネクタイを締めなおして医務室の入り口に足を向ける。
「とりあえず『勝った』らしいから……盗聴中の『ビッグブラザー』関係者のみなさん……俺、勝ったんで」
そう言って嵯峨は悠然と医務室を立ち去った。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
学園戦記 ネビュラ・ブルータル
主道 学
SF
地球を襲う大量絶滅の危機。これらが、夜空に浮き出た惑星によるものだった。
光満市 天台学校の天文学部所属 梶野 光太郎は、空から降るカプセルによって、異能の力を身につけた。そして、政府に所属している父親からの一通の手枚で、更に人生が大きく変わることになる。
血塗られた手紙にはこう書かれてあった……。
「今すぐ、星宗さまを探せ」
度々、加筆修正、大幅な改稿をいたします汗
申し訳ありません汗
大型コンテスト用です
超不定期更新です
お暇つぶし程度にお立ち寄りくださいませ
【アルファポリスで稼ぐ】新社会人が1年間で会社を辞めるために収益UPを目指してみた。
紫蘭
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスでの収益報告、どうやったら収益を上げられるのかの試行錯誤を日々アップします。
アルファポリスのインセンティブの仕組み。
ど素人がどの程度のポイントを貰えるのか。
どの新人賞に応募すればいいのか、各新人賞の詳細と傾向。
実際に新人賞に応募していくまでの過程。
春から新社会人。それなりに希望を持って入社式に向かったはずなのに、そうそうに向いてないことを自覚しました。学生時代から書くことが好きだったこともあり、いつでも仕事を辞められるように、まずはインセンティブのあるアルファポリスで小説とエッセイの投稿を始めて見ました。(そんなに甘いわけが無い)
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!
父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
その他、多数投稿しています!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
魔力は最強だが魔法が使えぬ残念王子の転生者、宇宙船を得てスペオペ世界で個人事業主になる。
なつきコイン
SF
剣と魔法と宇宙船 ~ファンタジーな世界に転生したと思っていたが、実はスペースオペラな世界だった~
第三王子のセイヤは、引きこもりの転生者である。
転生ボーナスを魔力に極振りしたら、魔力が高過ぎて魔法が制御できず、残念王子と呼ばれ、ショックでそのまま、前世と同じように引きこもりになってしまった。
ある時、業を煮やした国王の命令で、セイヤは宝物庫の整理に行き、そこで、謎の球体をみつける。
試しに、それに魔力を込めると、宇宙に連れ出されてしまい、宇宙船を手に入れることになる。
セイヤの高過ぎる魔力は、宇宙船を動かすのにはぴったりだった。
連れて行かれたドックで、アシスタントのチハルを買うために、借金をしたセイヤは、個人事業主として宇宙船を使って仕事を始めることにする。
一方、セイヤの婚約者であるリリスは、飛んでいったセイヤを探して奔走する。
第三部完結
【なろう400万pv!】船が沈没して大海原に取り残されたオッサンと女子高生の漂流サバイバル&スローライフ
海凪ととかる
SF
離島に向かうフェリーでたまたま一緒になった一人旅のオッサン、岳人《がくと》と帰省途中の女子高生、美岬《みさき》。 二人は船を降りればそれっきりになるはずだった。しかし、運命はそれを許さなかった。
衝突事故により沈没するフェリー。乗員乗客が救命ボートで船から逃げ出す中、衝突の衝撃で海に転落した美岬と、そんな美岬を助けようと海に飛び込んでいた岳人は救命ボートに気づいてもらえず、サメの徘徊する大海原に取り残されてしまう。
絶体絶命のピンチ! しかし岳人はアウトドア業界ではサバイバルマスターの通り名で有名なサバイバルの専門家だった。
ありあわせの材料で筏を作り、漂流物で筏を補強し、雨水を集め、太陽熱で真水を蒸留し、プランクトンでビタミンを補給し、捕まえた魚を保存食に加工し……なんとか生き延びようと創意工夫する岳人と美岬。
大海原の筏というある意味密室空間で共に過ごし、語り合い、力を合わせて極限状態に立ち向かううちに二人の間に特別な感情が芽生え始め……。
はたして二人は絶体絶命のピンチを生き延びて社会復帰することができるのか?
小説家になろうSF(パニック)部門にて400万pv達成、日間/週間1位、月間2位、四半期/年間3位の実績あり。
カクヨムのSF部門においても高評価いただき80万pv達成、最高週間2位、月間3位の実績あり。
【完結】傷モノ令嬢は冷徹辺境伯に溺愛される
中山紡希
恋愛
父の再婚後、絶世の美女と名高きアイリーンは意地悪な継母と義妹に虐げられる日々を送っていた。
実は、彼女の目元にはある事件をキッカケに痛々しい傷ができてしまった。
それ以来「傷モノ」として扱われ、屋敷に軟禁されて過ごしてきた。
ある日、ひょんなことから仮面舞踏会に参加することに。
目元の傷を隠して参加するアイリーンだが、義妹のソニアによって仮面が剥がされてしまう。
すると、なぜか冷徹辺境伯と呼ばれているエドガーが跪まずき、アイリーンに「結婚してください」と求婚する。
抜群の容姿の良さで社交界で人気のあるエドガーだが、実はある重要な秘密を抱えていて……?
傷モノになったアイリーンが冷徹辺境伯のエドガーに
たっぷり愛され甘やかされるお話。
このお話は書き終えていますので、最後までお楽しみ頂けます。
修正をしながら順次更新していきます。
また、この作品は全年齢ですが、私の他の作品はRシーンありのものがあります。
もし御覧頂けた際にはご注意ください。
※注意※他サイトにも別名義で投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる