上 下
73 / 187
『悪党の狩場』

第73話 隊長なりの気遣い

しおりを挟む
 二人きりになったとたん、店員の表情は敵意に満ちたものから穏やかなそれに代わった。嵯峨はそれを確認すると静かに店員の肩を叩いた。

「ずいぶん長い『内偵』になったね……」

 若い店員の目に急に嵯峨に対する敬意の色を帯びる。

「少将。自分はこういうことは慣れていますから」

 『内偵』任務の仕上げに入った男はそう言って嵯峨に笑いかけた。

 見た目がふざけているほど若い嵯峨よりは年上の30代に見える男は、背広から小型拳銃を取り出す。

「俺はそういう時は『内偵担当者』に敬意を表して直接出向く質でね」

 エレベーターは25階の最上階に向けて登り続ける。

「『内偵』経験者としては、お前さんみたいな奴の気持ちはわかるんだ」 

 銃を構えた嵯峨のスパイは周りを見回した後、安堵の笑みを浮かべながら静かな調子で語り始めた。

「標的の『皆殺しのカルヴィーノ』は、最上階の専用の私室に入ったまま動く様子はありません。見込みどおりあの男が外惑星連邦の外務省のエージェントと接触しているのは私も……」

 嵯峨は手を上げて若い男の言葉を制した。 

「そいつはダミーだよ。何しろ今回の一件は俺から積極的に仕掛けてるんだ。地球圏在住の旦那衆も馬鹿じゃねえよ。神前の『素性』の売り手はいくらでもあることくらい、ちょっと頭の回る人間ならすぐわかることさ。値段がつりあがるまで待って、そこで引き渡すってのが商道ってもんだろ?技術部の『ネットマニア将校』が漁っただけでも、地球圏の『某政府』はその倍の値段を出してたぜ」 

 老舗のビルの業務用らしい粗末なエレベータに二人して乗り込む。

「じゃあマフィアに火をつけたのは……」

 若い男は再び背広の中に手を入れて小型拳銃を取り出した。 

「それが分かればねえ……俺だって苦労しねえよ。ただ『特殊な部隊』の隊長としては、ここで一つの『けじめ』って奴をつけなきゃなんねえな。安心しな、オメエさんの家族は、俺の知り合いが『甲武国』の『俺所有の直轄コロニー』へご同道している最中だ。まあこの一件の片がつくまで家族水入らずで過ごすのも悪かねえだろ?」 

 エレベータは時代遅れな速度でようやく目的の階に到着した。

「まあちょっとだけ付き合ってくれや。始末はウチでつけるからな」 

 その言葉に安心したとでも言うように、男は嵯峨を頑丈そうな扉で閉ざされた部屋へと導いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お兄ちゃんの装備でダンジョン配信

高瀬ユキカズ
ファンタジー
レベル1なのに、ダンジョンの最下層へ。脱出できるのか!? ダンジョンが現代に現れ、ライブ配信が当たり前になった世界。 強さに応じてランキングが発表され、世界的な人気を誇る配信者たちはワールドクラスプレイヤーと呼ばれる。 主人公の筑紫春菜はワールドクラスプレイヤーを兄に持つ中学2年生。 春菜は兄のアカウントに接続し、SSS級の激レア装備である【神王の装備フルセット】を持ち出してライブ配信を始める。 最強の装備を持った最弱の主人公。 春菜は視聴者に騙されて、人類未踏の最下層へと降り立ってしまう。しかし、危険な場所に来たことには無自覚であった。ろくな知識もないまま攻略し、さらに深い階層へと進んでいく。 無謀とも思える春菜の行動に、閲覧者数は爆上がりする。

Bless for Travel ~病弱ゲーマーはVRMMOで無双する~

NotWay
SF
20xx年、世に数多くのゲームが排出され数多くの名作が見つかる。しかしどれほどの名作が出ても未だに名作VRMMOは発表されていなかった。 「父さんな、ゲーム作ってみたんだ」 完全没入型VRMMOの発表に世界中は訝、それよりも大きく期待を寄せた。専用ハードの少数販売、そして抽選式のβテストの両方が叶った幸運なプレイヤーはゲームに入り……いずれもが夜明けまでプレイをやめることはなかった。 「第二の現実だ」とまで言わしめた世界。 Bless for Travel そんな世界に降り立った開発者の息子は……病弱だった。

ブチギレ令嬢の復讐婚~親友と浮気され婚約破棄、その上結婚式場として予定していた場所まで提供してほしいと言われ💔

青の雀
恋愛
事実は小説より奇なり まるで、私の作品のような話が、本当にありました この話を書かずして、誰が書くの?という内容なので 3年ほど前に書いたような気がするけど、ちょっと編集で分からなくなってしまって どっちにしても婚約破棄から玉の輿のスピンオフで書きます 余りにもリアルな話なので、異世界に舞台を置き換えて、ファンタジー仕立てで書くことにします ほぼタイトル通りの内容です 9/18 遅ればせながら、誤字チェックしました 第1章 聖女領 第2章 聖女島 第3章 聖女国 第4章 平民の子を宿した聖女 番外編 番外編は、しおりの数を考慮して、スピンオフを書く予定 婚約破棄から聖女様、短編集

死んだら男女比1:99の異世界に来ていた。SSスキル持ちの僕を冒険者や王女、騎士が奪い合おうとして困っているんですけど!?

わんた
ファンタジー
DVの父から母を守って死ぬと、異世界の住民であるイオディプスの体に乗り移って目覚めた。 ここは、男女比率が1対99に偏っている世界だ。 しかもスキルという特殊能力も存在し、イオディプスは最高ランクSSのスキルブースターをもっている。 他人が持っているスキルの効果を上昇させる効果があり、ブースト対象との仲が良ければ上昇率は高まるうえに、スキルが別物に進化することもある。 本来であれば上位貴族の夫(種馬)として過ごせるほどの能力を持っているのだが、当の本人は自らの価値に気づいていない。 贅沢な暮らしなんてどうでもよく、近くにいる女性を幸せにしたいと願っているのだ。 そんな隙だらけの男を、知り合った女性は見逃さない。 家で監禁しようとする危険な女性や子作りにしか興味のない女性などと、表面上は穏やかな生活をしつつ、一緒に冒険者として活躍する日々が始まった。

『神々の黄昏』中篇小説

九頭龍一鬼(くずりゅう かずき)
SF
 軍人たちが『魂魄接続』によって戦闘機ではなく『神神』を操縦して戦っているもうひとつの第二次世界大戦末期。  亜米利加教国は爆撃天使ラファエルとウリエルをもちいて広島と長崎に『天罰』をくだした。  つぎの目標は新潟とされる。 『撃墜王』金城浩樹太尉はスサノオノミコトを操縦して爆撃天使ミカエルを討たんとするが敗北し新潟市に『天罰』がくだされる。――。

ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~

空乃参三
SF
※本作はフィクションです。実在の人物や団体、および事件等とは関係ありません。 ※本作は海洋生物の座礁漂着や迷入についての記録や資料ではありません。 ※本作には犯罪・自殺等の描写がありますが、これらの行為を推奨するものではありません。 ※本作はノベルアップ+様でも同様の内容で掲載しております。  西暦二〇五六年、地表から高度八〇〇キロの低軌道上に巨大宇宙ステーション「ルナ・ヘヴンス」が完成した。  宇宙開発競争で優位に立つため、日本政府は「ルナ・ヘヴンス」への移住、企業誘致を押し進めた。  その結果、完成から半年後には「ルナ・ヘヴンス」の居住者は百万にも膨れ上がった。  しかしその半年後、何らかの異常により「ルナ・ヘヴンス」は軌道を外れ、いずこかへと飛び去った。  地球の人々は「ルナ・ヘヴンス」の人々の生存を絶望視していた。  しかし、「ルナ・ヘヴンス」の居住者達は諦めていなかった。  一七年以上宇宙空間を彷徨った後、居住可能と思われる惑星を見つけ「ルナ・ヘヴンス」は不時着した。  少なくない犠牲を出しながらも生き残った人々は、惑星に「エクザローム」と名をつけ、この地を切り拓いていった。  それから三〇年……  エクザロームで生まれ育った者たちの上の世代が続々と成長し、社会の支え手となっていった。  エクザロームで生まれた青年セス・クルスも社会の支え手の仲間入りを果たそうとしていた。  職業人の育成機関である職業学校で発電技術を学び、エクザローム第二の企業アース・コミュニケーション・ネットワーク社(以下、ECN社)への就職を試みた。  しかし、卒業を間近に控えたある日、セスをはじめとした多くの学生がECN社を不採用となってしまう。  そこでセスは同じくECN社を不採用となった仲間のロビー・タカミから「兄を探したらどうか」と提案される。  セスは自分に兄がいるらしいということを亡くなった育ての父から知らされていた。  セスは赤子のときに育ての父に引き取られており、血のつながった家族の顔や姿は誰一人として知らない。  兄に関する手がかりは父から渡された古びた写真と記録ディスクだけ。  それでも「時間は売るほどある」というロビーの言葉に励まされ、セスは兄を探すことを決意した。  こうして青年セス・クルスの兄を探す旅が始まった……

【完結】異世界の魔導保育士はちょっと危険なお仕事です☆〜辺境伯息子との✕✕が義務なんて勘弁して!と思ったけどその溺愛に三日で沼落ちしました〜

春風悠里
恋愛
【異世界に召喚された少女の小さな恋、王立魔法学園でのかけがえのない日々――この世界を愛した少女の思いは形となり、世界中の子供たちの心の中で生き続ける――】 夢かな……。 そう思った瞬間に、口を口で塞がれた。熱い吐息が口の中に広がり、殴ろうにも両腕を彼の手で固定されている。赤い瞳を睨みつけながら舌を噛んでやろうか思った瞬間、やっと顔を離された。 彼が言う。 「仕方ない作業だよ。そう思って諦めてよ」 「召喚者である俺と定期的にキスをすると、この世界に馴染んで言葉が通じたままになるってわけ」 彼は隠そうとする、その強い想いを。 彼は嘘をつく、どうしても手に入れたくて。 「幼い頃からのびのびと魔法を使わせた方が、才能が開花しやすいし強い子はさらに強くなる。子供たちの魔法を防ぎながらすくすくと育てる強い魔導保育士が今、求められているんだ」 夢だと思ったこの世界。 私はここで、たった一人の大切な相手を見つけた。 「レイモンドがくれた、私のもう一つの世界。神様の愛情が目に見える優しくて穏やかなこの世界。私はここが好き」 隠さなくていい。嘘なんてつかなくていい。罪悪感なんて持たなくていい。責任なんて感じなくていい。 ――そこから始める、私たちの新しい関係。 「私のことをたくさん考えてくれてありがとう。ずっと好きでいてくれてありがとう。あなたの努力があったから、守り続けてくれたから――、私はレイモンドのことが大好きになりました」 これは、十四歳の辺境伯の息子であるレイモンドと主人公アリスが共に時を過ごしながら少しずつ距離が近づいていく、ハッピーラブコメディです。 ※他サイト様にも掲載中 ※ラスト手前「187.命の幕引きは彼と」だけでもどうぞ!泣けるかも?(寿命を迎えた先まで書いています。ハッピーエンドです)

空間魔法って実は凄いんです

真理亜
ファンタジー
伯爵令嬢のカリナは10歳の誕生日に実の父親から勘当される。後継者には浮気相手の継母の娘ダリヤが指名された。そして家に置いて欲しければ使用人として働けと言われ、屋根裏部屋に押し込まれた。普通のご令嬢ならここで絶望に打ちひしがれるところだが、カリナは違った。「その言葉を待ってました!」実の母マリナから託された伯爵家の財産。その金庫の鍵はカリナの身に不幸が訪れた時。まさに今がその瞬間。虐待される前にスタコラサッサと逃げ出します。あとは野となれ山となれ。空間魔法を駆使して冒険者として生きていくので何も問題ありません。婚約者のイアンのことだけが気掛かりだけど、私の事は死んだ者と思って忘れて下さい。しばらくは恋愛してる暇なんかないと思ってたら、成り行きで隣国の王子様を助けちゃったら、なぜか懐かれました。しかも元婚約者のイアンがまだ私の事を探してるって? いやこれどーなっちゃうの!?

処理中です...