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再開する日常

第133話 愛称『ダグフェロン』

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「でだ、実は05式特戦の愛称が決まったんだわ」

 突然話題を変えた嵯峨に全員が丸い目を向けた。

「なんだ?愛称って」

 かなめは明らかにやる気が無いようにそう尋ねた。

「あってもいいだろうな。その方が親しみが持てる」

 カウラはうなづきつつ嵯峨の言葉に耳を貸した。

「面白い奴だといいわよね」

 アメリアと言えば、とりあえずギャグになるかと言うことばかり考えているようだった。

「僕のせいですか?」

 誠はおずおずとそう言った。誠が遼州人にしかない能力である『法術』を使用してしまったために遼州同盟の『特殊な部隊』の使用アサルト・モジュールに変な名前がついてしまうことに少し気後れしているのは事実だった。

「まあな。あんな化け物みたいな力を出したってんで、前々から決まってた名称の正式決定が出たのは事実だから」

 嵯峨はそう言うといかがわしい雑誌の下から長めの和紙を取り出す。

「じゃーん」

 相変わらず『駄目人間』らしいやる気のない言葉の後に嵯峨はその和紙に書かれたカタカナを見せびらかした。

『ダグフェロン?』

 全員が合わせたようにそう叫んだ。

「『ダグ』は古代リャオ語で『始まり』の意味。『フェ』は……ようするに日本語の『の』って感じの意味。そして『ロン』は『鎧』って意味なんだ。この遼州星系にやってきたと言う神が乗ってた『始まりの鎧』って意味。わかる?」

 嵯峨の出来の悪い子供に教え諭すような言葉に誠達は大きく首を横に振った。

「まあいいや。どうせこんなおかみが決めた名前なんて浸透するわけねえんだから……これまで通り05式でいいじゃん」

 身もふたもない嵯峨の言葉を聞いてかなめ達は飽きたというように隊長室を出て行った。

 『脳ピンク』な嵯峨と取り残された誠はただ茫然と嵯峨の持っている『ダグフェロン』と書かれた和紙を眺めていた。

「お役所仕事ね」

「まあ、我々は公務員だからな」

 アメリアとカウラは納得したようにうなづく。

「なんでもカタカナにすりゃあいいってもんじゃねえだろうが……姐御は知ってんのか?」

 かなめはそう言って嵯峨に詰め寄った。

「アイツは別にどうでもいいんだって。どうせ自分の機体は『紅兎』って呼ぶんだからってことらしいよ」

 嵯峨のめんどくさそうな返答にかなめは口をへの字にゆがめてうなづいた。

「『ダグフェロン』……」

 誠は嵯峨の書いた文字を見つめて感慨深げにそうつぶやいた。

「いよいよ填まっちゃったね……神前、今が逃げる最後のチャンスだぞ」

 嵯峨は誠がかなめ達と出て行かない様子を見てそう言った。

「なんだか、隊長は僕に逃げてほしいみたいな言い方ですね」

 少し馬鹿にされたような感じがして誠はそう答えた。

「逃げるってのはね。逃げないよりも長生きする可能性が上がるんだ。そうすると少しは『頭を使う』必要が出てくる。だから辛いことも多い。俺は逃げる人間の方が勇気がある人間だと思うわけ」

 嵯峨はそう言いながら出した和紙を静かにたたんだ。

「逃げる方が勇敢だとでもいうんですか?」

 誠の問いに『駄目人間』嵯峨は素直にうなづいた。

「そうだね。逃げたら死なないからね。あの世に逃げ出す機会を失うわけだ。あの世に逃げれば恥はかかないわ、それから先の苦労は考えずに済むはいいことずくめだわな。だから臆病な人間ほど『逃げない』んだ。『逃げちゃだめだ』なんて考えてるなら迷わず逃げなって。その方がよっぽど勇敢だよ。あの諸葛孔明だって、逃げ出したら敵が『孔明の罠だ!』ってビビッて敵が追ってこないんだから。素直に逃げた方がまし」

 嵯峨の『諸葛孔明』の話は歴史に知識のない誠にはわからなかったが『駄目人間』の意見がかなり『特殊』であることは想像ができた。

「でも……僕は逃げ場なんて……」

 誠はそう言って静かにうつむいた。

 そう言う誠を嵯峨は腕組みをして見上げた。

「そりゃあ、おまえさんが『高偏差値』の薄ら馬鹿だからわからねえんだな。まず、『偉大なる中佐殿』の教育方針がかなり『パワハラ』を帯びてる段階で、なんでお袋とか大学の就職課に連絡しなかったの?」

「あ……」

 嵯峨に指摘されて初めて誠はこの『特殊な部隊』からごく普通に逃げ出す方策に気づいた。

「それってありなんですか?」

「ありも何も……普通の社会人ならそのくらいの常識はあるだろ……自分の置かれている環境が異常だったら人に言う。そのくらいの発想ができないとこの世にうんざりして来世に救いを求めちゃうようになるよ……新興宗教でも入っとけよおまえさんは……あれはいい金になるみたいだね、俺は興味ないけど」

 あっさりと嵯峨はそう言って誠を同情を込めた瞳で見上げた。

「でも……一応、東和宇宙軍は公務員なんで。安定してるんで」

 誠はそう言って嵯峨に食い下がろうとした。

「そうなんだ……それもね、実のところ俺やランに『ここは特殊すぎるんで』と言えば何とか逃げられたんだ……」

 あっさりと嵯峨はそう言ってにやりと笑った。

「逃げるって……どこに?」

 誠は嵯峨の言葉が理解できずに戸惑ってそう言った。

「だって……うち、『お役所』だもん。いろんな取引先とか、隣の『菱川重工業』との取引とかあるわけだ。そうするとね、うちで要らない人材とか欲しがるわけよ……あっちもいい人材の確保には苦労してるから。だから、『出向』と言う形で、とりあえずこの『特殊な部隊』から外れて、他の生きる道を探せる人生があるの」

 驚愕の事実を嵯峨はさらりとさも当然のように言い放った。

「そんな……僕の友達もそんな話はしてませんでしたよ!僕の大学は理系では私大屈指の難易度の大学ですけど!」

 反論する誠に嵯峨は明らかに見下したような視線を浴びせた。

「そんなもん、大学の難易度と就職先のレベルは比例しないもんだよ。『ベンチャー』の株式上場すらしてない小さな会社や経営者が『独裁者』している会社は別だけど、普通に株式を一部上場している会社ならそんな『出向』なんて話は普通だよ。当然うちは『お役所』だもん。うちの水が合わなけりゃ他にいくらでも生きるすべはあるんだ。自分の置かれた環境がすべてだなんて考えるのは『お馬鹿』の思い込みだね。おまえさんにも『倉庫作業員』や『体力馬鹿営業』以外にも、『技術の分かる経営顧問のサブ』なんかの引き合いは今でもあるんだ……どうする?今からでもそっちに『逃げ出す』ことはできるけど……」

 嵯峨はあっさりと誠の社会経験不足の裏を突く大人の事情を誠に告げた。

「でも……西園寺さんは僕を認めてくれていますし……カウラさんはなんか僕を成長させることに生きがいを見出したみたいですし……アメリアさんは笑い屋として僕が必要みたいですし……島田先輩は舎弟の僕を見逃してくれるはずもなさそうですし……」

 誠は思っていた。もうすでに自分はこの『特殊な部隊』の一員になっていると。

「そうなんだ……おまえさんの奴隷根性はよくわかった。まあ、おまえと心中するつもりのパーラの名前が出てこなかったのは本人に直接伝えておくわ」

 またもや嵯峨はとんでもない発言をした。パーラがそれほど自分を思ってくれているはずは無いと思っていた。行きつく先が『心中』だということは、遼州星系では愛する男女が『心中』するのがごく普通なことだという地球人には理解不能な事実を認めたとしても、それはそれで自分は死にたくないので嫌だった。

「僕は逃げません!」

 誠の宣言に嵯峨は本当にめんどくさそうな顔をした。

「逃げてもいいのに……本当に逃げないの?今からでも遅くないよ……東都警察はおまえさんを交番勤務の剣道部の部員として欲しがってるんだから」

 相変わらずなんとか誠をこの『特殊な部隊』から逃げ出すように仕向けたい『駄目人間』の意図に反したい誠は首を横に振った。

「あっそうなんだ。まあ、逃げたくなったら言ってよ。俺や『偉大なる中佐殿』は出入りの業者なんかにいつも『使える人材はいないか』って聞かれてばっかで疲れてるんだ」

 そう言って嵯峨は誠に出ていくように手を振った。

 誠は嵯峨の馬鹿話につかれたので敬礼をしてその場を立ち去った。
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