【改訂版】特殊装甲隊 ダグフェロン 『廃帝と永遠の世紀末』 第一部 『特殊な部隊始まる』

橋本 直

文字の大きさ
上 下
101 / 137
見守るもの達

第101話 父親と

しおりを挟む
「お父様、例の作戦ですが……まもなく始まります」 

 甲武国の首都、帝都の屋敷町の中でもひときわ大きな旅館があった。

 一人の青年海軍将校の姿がその一室、枯山水が見える和室に甲武国海軍式の儀礼服姿で正座していた。中性的な面差しは凛々りりしく、さわやかな短髪がその美しい美丈夫の面差しを飾っていた。しかし、青年将校の胸のあたりを見ると普通の感覚の人なら違和感を感じるはずだった。

 その胸のふくらみはどう見ても女性なのである。

 その『男装の麗人』は、かの『機械魔女』の妹、日野かえで海軍少佐だった。

 庶民的な西園寺家の家風が合わなかった彼女は、名門『日野家』を再興してその当主としてこの旅館の上客である父の前で静かに正座していた。

『甲武のペテン師』

 そう呼ばれることもある甲武国宰相、西園寺義基さいいおんじよしもと義弟おとうとの毛筆で書かれた書類を熱心に読み続けていた。

「しかし、いくら『廃帝誅滅』の為とはいえ、『法術師』公開にこの国を利用するとは迷惑な話だ。まるで俺がこの機会を利用して『官派』を叩いているみたいじゃないか。まあ、近藤君は遅かれ早かれ憲兵隊にしょっ引かれる運命だったかもしれんがな」 

 西園寺義基の書類を眺めながら、かえでは目の前の茶を啜った。

「『お姉さま』からは何か話が無かったのですか?」

 どこか色気と姉への『禁断の愛』を感じさせるかえでの口調に義基は苦笑いを浮かべて話を始める。 

「かなめか?いつも通り『女王様』になる方法を言ってきたから、『なれば?』って言っといたわ。あいつの結婚相手を考える手間がなくなるのはいいことだしな……まあ、西園寺家うちは『個人主義』だから」

 義基はかえでの言葉にやる気もなくそう答えた。

「地球のいくつかの政府の特使が3時間前にここに代表を送って来たんだ。そいつ等『法術師』の公表に関して『これでお願いします!』なんてワシも知らんような計画並べ始めてたよ、国交のないはずの連中がだ。地球圏は近藤さんを『亡き者』にすることには大賛成だとさ。まあ、誰か『大人』がけしかけたんだろうなあ……。甲武国の法律このくにのるーるでは『国家反逆者』の家族と知り合いは『死刑』だからな……10万円盗んで『死刑』にする国だもの……まあ『官派』の連中に言わせるとそれが『伝統』なんだろうけど」 

 分厚い『特殊な部隊』の隊長であり義基の義弟、嵯峨惟基特務大佐からの分厚い毛筆の書類をかなりの速度で読み終えた後、西園寺義基は静かに言葉を飲み込んで腕を組んだ。

「次の庶民院に提出する法案ですか?」 

 かえではいつもの乱暴な口調を無理して直して話す。

「そうだ。先の国会で審議不足で先送りとなった憲法の草案と、それに伴う枢密院の改革法の原案だ。まあ惟基は帝大の法科の博士課程を陸軍大学のついでに通ってた奴だからな。第三者的立場で冷静に現状を分析できればこれくらいの物は簡単に作るよ、あいつは」 

 『甲武国』は現在、『官派』の決起を読んでの戒厳令下にあった。それを敷くことを決意した宰相とは思えない柔らかい表情を浮かべて西園寺義基は茶を啜る。かえでは父と『敬愛する姉』の共通点であるたれ目を見て、自分の凛々しいまなざしには無い『愛する姉』西園寺かなめとの血のつながりを見つけて奇妙な安心感を感じていた。

「僕が通っていた貴族の学校『高等予科』では伝説ですからね。叔父様は法律、経済がらみの授業は起きてたって」 

「まあな、それ以外の授業の時は校庭でタバコ吸ってたらしいからな……真似した馬鹿貴族が、何人も留年してる」 

 義基はそう言って顔を上げた。

「高等予科じゃ、俺と惟基、それにかなめか。三代続けて問題児だったからな。その中で成績はなぜか惟基が一番なんだ。頭の中に電子辞書がつまってる『サイボーグ』のかなめより上なんだぜ?まあ、確かにこの草案、貴族だってことだけで議員席に座ってる馬鹿でも反対できない内容だな。それに運用次第ではそいつ等を政界から追放できる文言まである」 

 それだけ言うと西園寺義基は立ち上がり廊下の方へと歩き出した。

「お父様!」

 かえでは立ち上がって制止しようとしたが、振り返って穏やかに笑う義基の表情を見て手を止めた。

「安心していいよかえで。この屋敷を狙撃できるポイントはすべて遼州同盟の司法局の公安機動隊が制圧済みだよ。さすが、『物騒警察の特殊な部隊』の隊長、峨特務大佐のご威光という奴だな」 

 テラフォーミングから四百年もたった大地の風は穏やかだった。甲武国の首都、帝都の空は赤く輝いていた。

「それより、かえで。本当にいいのか?惟基の『特殊な部隊』は『特殊』すぎるぞ。おまえさんがある意味『特殊』なのは誰でも見ればわかるが、あそこに自分で行ったら甲武国海軍には戻れないと思うぞ」 

 西園寺かなめと日野かえでと言う『奇妙な姉妹』の父親、西園寺義基は『父親』の顔でそう言った。

「僕は『お姉さま』を愛するために生きていると思ってます。そして、『お姉さま』の愛しているものはすべて僕も『愛する』んです」 

 義基は娘の反応を予想していたが、あまりに予想通りの反応にただ何も言えずに黙り込んだ。

「それに、あの友達の少ないお姉さまに『下僕』ができたと教えてくれました。僕に見せびらかしたくなるような面白い『下僕』だそうです」

「『下僕』ねえ……なんだかなあ」

 義基はため息交じりにそう言った。

「お姉さまの『下僕』は僕の『下僕』です……いつかしっかりしつけてあげましょう」

 義基は自分の二人の娘があまりに『特殊』な男女観を持っているのは知っていたが、迷惑をこうむるのは自分の政敵の『官派』の貴族主義者なので放置していた。そもそも彼は妻の勧めもあって、『特殊』な姉妹の暮らしに介入しない主義である。 

「へーそうなんだ……まあがんばれ」 

 義基は奇妙な生命体を見るような眼をしてそう言うと、再び部屋の上座に座った。

「かえで。早速、陸戦部隊一個中隊を呼んでくれ。この書類は最高レベルの機密書類だ。できれば司法局の作戦終了時まで伏せておきたい。それとかえで、くれぐれも『東和共和国』に戻っても『下僕』のストーカーとして逮捕されないでくれよ。恥ずかしいから」 

「承知しました」

 西園寺義基のその言葉を聴くと、すぐさまかえではタブレット端末で海軍省との打ち合わせを始めた。

「さあて……今回の近藤さんの決起で連座する人達をどう救済するか……勝者は情けを持たねえと嫌われるからな」

 『官派』の殺害目標第一位である、『平民宰相・西園寺義基』は人懐っこい笑みを浮かべてそう独り言を口にした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

レジェンド・オブ・ダーク 遼州司法局異聞

橋本 直
SF
地球人類が初めて地球外人類と出会った辺境惑星『遼州』の連合国家群『遼州同盟』。 その有力国のひとつ東和共和国に住むごく普通の大学生だった神前誠(しんぜんまこと)。彼は就職先に困り、母親の剣道場の師範代である嵯峨惟基を頼り軍に人型兵器『アサルト・モジュール』のパイロットの幹部候補生という待遇でなんとか入ることができた。 しかし、基礎訓練を終え、士官候補生として配属されたその嵯峨惟基が部隊長を務める部隊『遼州同盟司法局実働部隊』は巨大工場の中に仮住まいをする肩身の狭い状況の部隊だった。 さらに追い打ちをかけるのは個性的な同僚達。 直属の上司はガラは悪いが家柄が良いサイボーグ西園寺かなめと無口でぶっきらぼうな人造人間のカウラ・ベルガーの二人の女性士官。 他にもオタク趣味で意気投合するがどこか食えない女性人造人間の艦長代理アイシャ・クラウゼ、小さな元気っ子野生農業少女ナンバルゲニア・シャムラード、マイペースで人の話を聞かないサイボーグ吉田俊平、声と態度がでかい幼女にしか見えない指揮官クバルカ・ランなど個性の塊のような面々に振り回される誠。 しかも人に振り回されるばかりと思いきや自分に自分でも自覚のない不思議な力、「法術」が眠っていた。 考えがまとまらないまま初めての宇宙空間での演習に出るが、そして時を同じくして同盟の存在を揺るがしかねない同盟加盟国『胡州帝国』の国権軍権拡大を主張する独自行動派によるクーデターが画策されいるという報が届く。 誠は法術師専用アサルト・モジュール『05式乙型』を駆り戦場で何を見ることになるのか?そして彼の昇進はありうるのか?

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 『修羅の国』での死闘

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第三部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』は法術の新たな可能性を追求する司法局の要請により『05式広域制圧砲』と言う新兵器の実験に駆り出される。その兵器は法術の特性を生かして敵を殺傷せずにその意識を奪うと言う兵器で、対ゲリラ戦等の『特殊な部隊』と呼ばれる司法局実働部隊に適した兵器だった。 一方、遼州系第二惑星の大国『甲武』では、国家の意思決定最高機関『殿上会』が開かれようとしていた。それに出席するために殿上貴族である『特殊な部隊』の部隊長、嵯峨惟基は甲武へと向かった。 その間隙を縫ったかのように『修羅の国』と呼ばれる紛争の巣窟、ベルルカン大陸のバルキスタン共和国で行われる予定だった選挙合意を反政府勢力が破棄し機動兵器を使った大規模攻勢に打って出て停戦合意が破綻したとの報が『特殊な部隊』に届く。 この停戦合意の破棄を理由に甲武とアメリカは合同で介入を企てようとしていた。その阻止のため、神前誠以下『特殊な部隊』の面々は輸送機でバルキスタン共和国へ向かった。切り札は『05式広域鎮圧砲』とそれを操る誠。『特殊な部隊』の制式シュツルム・パンツァー05式の機動性の無さが作戦を難しいものに変える。 そんな時間との戦いの中、『特殊な部隊』を見守る影があった。 『廃帝ハド』、『ビッグブラザー』、そしてネオナチ。 誠は反政府勢力の攻勢を『05式広域鎮圧砲』を使用して止めることが出来るのか?それとも……。 SFお仕事ギャグロマン小説。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

銀河戦国記ノヴァルナ 第3章:銀河布武

潮崎 晶
SF
最大の宿敵であるスルガルム/トーミ宙域星大名、ギィゲルト・ジヴ=イマーガラを討ち果たしたノヴァルナ・ダン=ウォーダは、いよいよシグシーマ銀河系の覇権獲得へ動き出す。だがその先に待ち受けるは数々の敵対勢力。果たしてノヴァルナの運命は?

絶世のディプロマット

一陣茜
SF
惑星連合平和維持局調停課に所属するスペース・ディプロマット(宇宙外交官)レイ・アウダークス。彼女の業務は、惑星同士の衝突を防ぐべく、双方の間に介入し、円満に和解させる。 レイの初仕事は、軍事アンドロイド産業の発展を望む惑星ストリゴイと、墓石が土地を圧迫し、財政難に陥っている惑星レムレスの星間戦争を未然に防ぐーーという任務。 レイは自身の護衛官に任じた凄腕の青年剣士、円城九太郎とともに惑星間の調停に赴く。 ※本作はフィクションであり、実際の人物、団体、事件、地名などとは一切関係ありません。

歴史改変戦記 「信長、中国を攻めるってよ」

高木一優
SF
タイムマシンによる時間航行が実現した近未来、大国の首脳陣は自国に都合の良い歴史を作り出すことに熱中し始めた。歴史学者である私の書いた論文は韓国や中国で叩かれ、反日デモが起る。豊臣秀吉が大陸に侵攻し中華帝国を制圧するという内容だ。学会を追われた私に中国の女性エージェントが接触し、中国政府が私の論文を題材として歴史介入を行うことを告げた。中国共産党は織田信長に中国の侵略を命じた。信長は朝鮮半島を蹂躙し中国本土に攻め入る。それは中華文明を西洋文明に対抗させるための戦略であった。  もうひとつの歴史を作り出すという思考実験を通じて、日本とは、中国とは、アジアとは何かを考えるポリティカルSF歴史コメディー。

処理中です...