上 下
43 / 62
護衛について

第43話 策士の焦燥

しおりを挟む
「しかし、叔父貴の奴。珍しく焦ってるな」 

 司法局実働部隊基地の隣に隣接している巨大な菱川重工豊川工場の敷地が続いている。夜も休むことなく走っているコンテナーを載せたトレーラーに続いて動き出したカウラの『ハコスカ』の後部座席でかなめは不機嫌そうにひざの上の荷物を叩きながらつぶやいた。

「そうは見えませんでしたけど」 

 助手席の誠がそう言うと、かなめが大きなため息をついた。

「わかってねえなあ」 

「まあしょうがないわよ。私だってあの不良中年の考えてることが少しわかったような気がしたの最近だもの」 

 そう言って自分で買ってきたマックスコーヒーをアメリアが口にする。

「どうしてわかるんですか?」 

「部隊長は確定情報じゃないことを真剣な顔をして口にすることは無い。それが隊長の特徴だ……過去の未確定情報を私達に話しても不安をあおるだけだということくらい分かっているはずだ」 

 ギアを一段あげてカウラがそう言った。こういう時は嘘がつけないカウラの言葉はあてになる。確かに誠が見てもあのように本音と明らかにわかる言葉を吐く嵯峨を見たことが無かった。

「法術武装隊に知り合いがいねえだ?ふざけるなっての。東都戦争で叔父貴の手先で動いてた前の大戦時の部下達の身元洗って突きつけてやろうか?」 

 かなめはそう言うとこぶしを握り締めた。

「たぶん隊長にしらを切りとおされて終わりよ……いつも公安の安城あんじょう中佐が食らってるじゃないのそんな態度」 

 そのアメリアの言葉にかなめは右手のこぶしを左手に叩きつける。

「暴れるのは止めてくれ」 

 いつもどおりカウラは淡々とハンドルを操っていた。

「安城中佐って……」

 誠はこの中では一番まともな答えを返してくれそうなカウラに声をかけた。

「司法局公安機動隊の隊長だ……うちと違って正式な『特殊部隊』の隊長って訳だ……近藤事件の後始末でお世話になってるから今度会ったらちゃんと挨拶をした方がいい」

「なるほど」

 社会知識のない誠にもここが『特殊な部隊』で、他に正式な『特殊部隊』が存在することくらいのことは理解できた。

「でも、西園寺さんでもすぐわかる嘘をついたわけですか。じゃあどうしてそんなことを……」 

「決まってるじゃない、あの人なりに誠君のこと気にしているのよ。さすがに茜お嬢さんを司法局に引き込むなんて私はかなり驚いたけど」 

 飲み終わったコーヒーの缶を両手で握り締めているアメリアの姿がバックミラーを通して誠の視線に入ってくる。

「どう読むよ、第一小隊隊長さん」 

 かなめの声。普段こういうときには皮肉が語尾に残るものだが、そこには場を凍らせる真剣さが乗っていた。

「法術適正所有者のデータを知ることが出来てその訓練に必要な場所と人材を所有する組織。しかも、それなりの資金力があるところとなると私は一つしか知らない……そこが今回の刺客と何かのつながりがあると考えるのが自然だ」

 その言葉に頷きながらかなめが言葉を引き継ぐ。 

「遼帝国禁軍近衛師団」 

 カウラの言葉をついで出てきたその言葉に誠は驚愕した。

「そんな!遼帝国って焼き畑農業しかできない発展途上国ですよ!そんな法術とか地球の科学でさえ解明できないような高度な技術を持ってる訳ないじゃないですか!」 

 誠が声を張り上げるのを見て、かなめが宥めるようにその肩を押さえた。

 車内は重苦しい雰囲気に包まれる。

「神前。確かにあそこは発展途上国だが……法術に関しては先進国なんだ。法術の存在が無かった時代ならまだしも、今はその存在は公になった。法術の存在が公然の秘密だった時代から禁軍近衛師団が『剣と魔法の世界の特殊部隊』として注目されてたのは事実なんだぜ……まあ五年前の選挙でを南都軍閥の頭目、アンリ・ブルゴーニュが政権を担うようになってからは経済も好調だ……どうなることやら」 

 そう言うとかなめはタバコを取り出してくわえる。

「西園寺。この車は禁煙だ」 

「わあってるよ!くわえてるだけだっつうの」 

 カウラの言葉に口元をゆがめるかなめ。そのままくわえたタバコを箱に戻す。

「私のところにも結構流れてくるわよ。禁軍近衛師団ってブルゴーニュ政権になってからかなりのメンバーが入れ替わってるわね。内戦末期のトップエースのナンバルゲニア・シャムラード中尉くらいじゃないの?生え抜きは……ランちゃんのペンフレンドらしいわよ」

「ペンフレンド?」

 誠はアメリアの言葉が理解できずに繰り返した。

「時々ド下手な字のハガキが来るから……よく着いたわねって感動するほどの下手な字」

「はあ……でもその人エースなんですよね」

 誠はナンバルゲニア・シャムラードと言うエースの名にどこか聞き覚えがあった。

「ランの姐御が唯一負けた相手だ……当然法術師。その時は法術師用に開発された特殊なアサルト・モジュールに乗ってたらしい」

「そうなんですか……」

 ハンドルを握るカウラの言葉に誠は上の空でそう返した。 

 誠の隣のアメリアは工場の出口の守衛室を眺めている。信号が変わり再び車列が動き出した。

「あそこの皇帝は即位後しばらくは親政をしていたが、現在はすべてを選挙で選ばれた宰相アンリ・ブルゴーニュに一任しているからな。皇帝の重石が取れた今。その一部が暴走することは十分考えられるわな。ようやく平和が訪れたとはいえ、30年近く戦争状態が続いた遼南だ。地方間の格差や宗教問題で、いつ火が入ってもおかしいことはねえな」 

 バックミラー越しに見えるかなめの口元は笑っていた。

「西園寺は相変わらず趣味が悪いな。まるで火がついて欲しいみたいな顔をしているぞ」 

 そう言うとカウラは中央分離帯のある国道に車を乗り入れる。

「ちょうど退屈していたところだ。多少スリルがあった方が人生楽しめるもんだぜ?」 

「スリルで済めばね」 

 そう言うとアメリアは狭い後部座席で足を伸ばそうとした。

「テメエ!半分超えて足出すな!」 

「ごめんなさい。私、足が長いから」 

「そう言う足は切っとくか?」 

「冗談よ!冗談!」 

 後部座席でどたばたとじゃれあう二人を見て、誠は宵闇よいやみに沈む豊川の街を見ていた。東都のベッドタウンである豊川。ここでの暮らしも一月を越えていた。職場のぶっ飛んだ面々だけでなく、寮の近くに広がる商店街にも知り合いが出来てそれなりに楽しく過ごしている。

 遼州人、地球人。元をたどればどちらかにつながるであろう街の人々の顔を思い出して、今日、彼を襲った傲慢な法術師の言葉に許しがたい怒りの感情が生まれてきた。

 誠は遼州人であるが、地球人との違いを感じたことなど無かった。先月の自分の法術の発現が大々的にすべてのメディアを席巻した事件から、目には見えないが二つの人類に溝が出来ていたのかもしれない。

 そんなことを考えながら流れていく豊川の町の景色を眺めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』

橋本 直
SF
その文明は出会うべきではなかった その人との出会いは歓迎すべきものではなかった これは悲しい『出会い』の物語 『特殊な部隊』と出会うことで青年にはある『宿命』がせおわされることになる 法術装甲隊ダグフェロン 第二部  遼州人の青年『神前誠(しんぜんまこと)』が発動した『干渉空間』と『光の剣(つるぎ)により貴族主義者のクーデターを未然に防止することが出来た『近藤事件』が終わってから1か月がたった。 宇宙は誠をはじめとする『法術師』の存在を公表することで混乱に陥っていたが、誠の所属する司法局実働部隊、通称『特殊な部隊』は相変わらずおバカな生活を送っていた。 そんな『特殊な部隊』の運用艦『ふさ』艦長アメリア・クラウゼ中佐と誠の所属するシュツルム・パンツァーパイロット部隊『機動部隊第一小隊』のパイロットでサイボーグの西園寺かなめは『特殊な部隊』の野球部の夏合宿を企画した。 どうせろくな事が怒らないと思いながら仕事をさぼって参加する誠。 そこではかなめがいかに自分とはかけ離れたお嬢様で、貴族主義の国『甲武国』がどれほど自分の暮らす永遠に続く20世紀末の東和共和国と違うのかを誠は知ることになった。 しかし、彼を待っていたのは『法術』を持つ遼州人を地球人から解放しようとする『革命家』の襲撃だった。 この事件をきっかけに誠の身辺警護の必要性から誠の警護にアメリア、かなめ、そして無表情な人造人間『ラスト・バタリオン』の第一小隊小隊長カウラ・ベルガー大尉がつくことになる。 これにより誠の暮らす『男子下士官寮』は有名無実化することになった。 そんなおバカな連中を『駄目人間』嵯峨惟基特務大佐と機動部隊隊長クバルカ・ラン中佐は生暖かい目で見守っていた。 そんな『特殊な部隊』の意図とは関係なく着々と『力ある者の支配する宇宙』の実現を目指す『廃帝ハド』の野望はゆっくりと動き出しつつあった。 SFお仕事ギャグロマン小説。

基本中の基本

黒はんぺん
SF
ここは未来のテーマパーク。ギリシャ神話 を模した世界で、冒険やチャンバラを楽し めます。観光客でもある勇者は暴風雨のな か、アンドロメダ姫を救出に向かいます。 もちろんこの暴風雨も機械じかけのトリッ クなんだけど、だからといって楽じゃない ですよ。………………というお話を語るよう要請さ れ、あたしは召喚されました。あたしは違 うお話の作中人物なんですが、なんであた しが指名されたんですかね。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

牛汁屋物語

ゲルマでちゅぶる
SF
土居昇は真清田次郎のバッキンガムストラトスを喰らい吹っ飛んだ 宙に舞い 鈴鹿山脈や生駒山を越え シケイン商店街で気絶しているところを千林露彦に助けられた 牛汁を飲まされた 土居昇は伝書鳩に生まれ変わり 関目高殿で研鑽を積む

おっさん、ドローン回収屋をはじめる

ノドカ
SF
会社を追い出された「おっさん」が再起をかけてドローン回収業を始めます。社員は自分だけ。仕事のパートナーをVR空間から探していざドローン回収へ。ちょっと先の未来、世代間のギャップに翻弄されながらおっさんは今日もドローンを回収していきます。

「メジャー・インフラトン」序章4/7(僕のグランドゼロ〜マズルカの調べに乗って。少年兵の季節JUMP! JUMP! JUMP! No1)

あおっち
SF
 港に立ち上がる敵AXISの巨大ロボHARMOR。  遂に、AXIS本隊が北海道に攻めて来たのだ。  その第1次上陸先が苫小牧市だった。  これは、現実なのだ!  その発見者の苫小牧市民たちは、戦渦から脱出できるのか。  それを助ける千歳シーラスワンの御舩たち。  同時進行で圧力をかけるAXISの陽動作戦。  台湾金門県の侵略に対し、真向から立ち向かうシーラス・台湾、そしてきよしの師範のゾフィアとヴィクトリアの機動艦隊。  新たに戦いに加わった衛星シーラス2ボーチャン。  目の離せない戦略・戦術ストーリーなのだ。  昨年、椎葉きよしと共に戦かった女子高生グループ「エイモス5」からも目が離せない。  そして、遂に最強の敵「エキドナ」が目を覚ましたのだ……。  SF大河小説の前章譚、第4部作。  是非ご覧ください。 ※加筆や修正が予告なしにあります。

悠久の機甲歩兵

竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。 ※現在毎日更新中

処理中です...